13-22 ユグリ村へ
アステリア王国の王都ルディエ西側に広がる深い深い森。
森ってのは風に流れて来た魔素が留まって魔素溜まりになりやすく、その結果、強い魔物や大量の魔物が生まれやすい。………のだが、この森はどう言う訳か魔素が薄い。まあ、元々アステリアは何処に行っても魔素が薄いってのもあるけど…。
魔素が溜まりにくい要素でもあるんかな?
そんな事を考えながら懐かしい森を皆と歩いて居た。
「のどかな森ね」
カグの呟きに、白雪が嬉しそうに頷いて居る。
「まあ、ポーン級の魔物くらいは出るけどな?」
出るっつっても、この森の中でエンカウントするのなんて最下級の奴ばっかりだけど。正直、ウチの面子じゃどんなに油断してても脅威にならないから、散歩気分なのは俺も同じ。
「その女に同意する訳ではないですが、確かに良い森ですね? 我等の森に比べれば随分劣りますが、ここでならエルフや他の亜人達も暮らしやすいかと思います」
森の良し悪しは俺にはさっぱり分からんが、森と生きるエルフと、草木を愛する妖精が嬉しそうなので、まあこの森は良い森なんだろう……多分。
だが、まあ、移住してくる予定の亜人達が少しでも暮らしやすいのなら、それに越した事はない。
「女の子を連れて来たら、どこでもキャッキャウフフ出来そうで良いな…」
そうね、暗がりがいっぱいで人目を気にしなくて良いものね?
「って、アホかッ!!」
とりあえずケツを蹴り上げ―――ブロックされた!?
「フッ、甘いなチビッ子? 俺が何度もお前の蹴りを受けるとでも思ったか?」
「じょーとーじゃあ爬虫類!! 冥府に行って後悔しさらせやぁ、そして冥王に会ったら『色々思い出したらムカついて来たから、そのうち殴りに行くわ』って伝言ヨロシク!」
「誰が爬虫類じゃ小人!!」
突き出したお互いの拳がぶつかり、殺し切れなかった衝撃が地面と木々を震わせる。
「ちょっと!? 馬鹿コンビ音うるさい!」
「マスター、御力をそんな無駄な事に消費するのは如何な物かと…と私は溜息を吐きます」
「あの、アーク様のお怒りはよく分かりま………スイマセン、良く分からないですが、先に進みませんか?」
「父様! ガゼルさん! 木や花が怖がるから止めて下さいまし!」
「「……はい、すいません」」
……なんか、いつの間にかコッチの世界でも女性優位っぽいなぁ…。
拳を引っ込めて渋々歩き出す。
「で、そのユグリ村? って言うのがリョータ……ってかその体の子の故郷なの?」
「そう、ロイド君の故郷。小さくて何も無いけど、皆優しくて良い村だよ」
「アーク様の故郷だと思うと、少々緊張します……」
…すんなよ。絶対碌でもない結果になるんだから…。
「とりあえず村に着く前にもう1度確認な? 村の人間に亜人の移住の話をする前に、ちょっと話しておきたい奴が居るから、俺とそいつの話が終わるまでは待っててくれ。OK?」
「何度も言わなくても分かってるわよ」「はい」「アーク様が待てと言うのなら待ちます」「父様! この花とっても綺麗ですわ!」「別に良いけど、さっさと話し終わらせろよ~」
「それと、そいつとの話しによっては、ここへの移住は無しな? 別の場所を探そう」
皆が頷いて返す。
正直、ユグリ村への変化を躊躇うのは俺の個人的な事情なので、亜人達には少しスマナイと思う気持ちもある……。だが、ここはロイド君の体を借りている俺としての絶対に譲れない一線だ、こればっかりは許して貰おう。
暫く歩くと、良く見慣れた光景。
何の力も持って居なかった頃の俺が入る事が出来た範囲。大分ユグリ村に近いな。
「ねえ? 気のせいかな? この森、魔素の濃さに合わない魔物居ない?」
ふとカグがそんな事を言いだした。
「そうな。なんか強いのが何匹か視えるな」
森に入った瞬間から【魔素感知】にやたら大きな魔物の影が2つ3つあるのは気付いて居る。ただ、俺等に襲って来る気配はないし、人や動物を襲っている気配もないので放置しているだけだ。帰り際にでも始末しようと思っていたんだが、まさかカグが気付くとは。
「大丈夫なの?」
「いざとなればここからでも仕留められるし、まあ大丈夫だろう」
魔素量から判断すれば多分ルーク級。ここいらの魔物の平均値に比べれば相当高レベルではあるが、俺等なら全員問題無く倒せる。
話している間に木々が途切れて森が終わる。
とてもじゃないが、普通の…とも言えない小さな村。
「ここがユグリ村ですか?」
「ここが父様の故郷ですのね?」
「まあ…俺っつかロイド君のな」
しかし、俺にとってのスタートの場所って意味なら、まあ、確かに良太にとっても故郷と言えるのかもしれんな。
何ヶ月ぶりに帰って来て、色々思うところはある。……あるが、それでもやっぱり「戻って来てしまったか…」と言う後ろ向きな気持ちの方が大きい。
次に帰ってくる時は、ロイド君に体を返した後だと思っていたからな……。
……覚悟決めるか。
少しだけ躊躇う気持ちを残したまま村の中に入る。
するとすぐに―――
「ロイド?」
「イリス……」
ロイド君の幼馴染の女の子。
ルディエで別れた時よりも、髪が長くなってちょっと大人っぽくなった。
俺を見て喜んだ顔をしたが、俺の表情と自分への呼び方で中身が別人のままだと言う事に気付いたのか、すぐに顔を曇らせる。
………こんな顔をさせる事が分かってたから、出来れば会いたくなかったんだが…。
俺達の間の微妙な空気を読んで、ウチの女性陣が少し怖い雰囲気になる。
「……久しぶり」
「はい…お久しぶりです」
他人行儀な返しが、ちょっと心を抉って来る。
まあ、イリスにしてみれば、俺はロイド君の顔してるだけの他人だから当然なんだが。
「マスター、どなたですか?」
「え…ああ、えっと…ロイド君の幼馴染の子」
幼馴染と聞いて、カグが少し複雑そうな顔をする。
他の皆も、微妙に反応に困っている。しかし、それも当たり前だ。皆ロイド君の体を見飽きる程毎日見ているが、ロイド君自身の事は何も知らない。かく言う俺もロイド君の事をそこまで知らないけど……。
「今日は、どうして村に?」
イリスにはそんなつもりなかったのかもしれないが、俺には「なんで帰って来たの」と聞こえてしまう……。
いかんな…。無駄にネガティブ方向に思考が走っている。
気付かれないように小さい深呼吸をして気持ちをニュートラルな状態に戻す。ヨシ。
「うん、少し用事があって。もしかしたら、この村の今後が凄く変わるかもしれない」
「何かあったんですか?」
「あったって言うか……これから有るかもってか…」
「?」
首を傾げられた。
まあ、こんな曖昧な情報しか差し出さないんじゃそんな反応になるわな…。
「あー…その前にイリスに有るんだけど、ちょっと良いか?」
「え? ……は、はい」
チラッと後ろを向くと、俺達の話にウチの連中が耳を澄ませていた。
………落ち付いて話が出来んな…。
とそこへ、丁度良いタイミングで村長さんが現れてくれた。
「ん? おおロイドか! よく戻ったのぉ、突然旅に出たと聞いたから皆心配しておったんじゃぞ!」
「ご心配おかけして申し訳ありせんでした。この通り、無事にやっています」
体は、まあ無事だけど……ロイド君の精神は今も蘇生中だけど……。ちょっとだけ自分の事をぶん殴りたい衝動に駆られたが、ロイド君の体である事がブレーキをかけてくれた。
「して、記憶の方は?」
一瞬「記憶?」と訊き返しそうになって、そう言えばこの村では記憶喪失って事にしていた事を思い出す。
「あー…いえ、記憶はまだ…」
「ふむ、そうか。しかし焦る事はない、そうして探し求めていれば、いずれは取り戻せるだろうよ」
「……はい、有難うございます」
騙している事の罪悪感がぶり返して来た……。
「それで、後ろの方達はどなたかな?」
「ああ、はい、紹介します」
ええっと…この場合どっちから紹介すりゃ良いんだ…。2秒程迷った末、さっきから?マークを浮かべているウチの連中に先に紹介する事にした。
「皆、コチラの方がユグリ村の村長のトバル様」
それぞれにペコっと頭を下げる。ガゼルなんかは、わざわざ帽子をとって挨拶していた。キング級の冒険者なんだから、一応世間的にはお前の方が目上だろうに…。
「トバル様、それと…イリス。コイツ等は俺の冒険者仲間です」
「冒険者? 冒険者をしておるのか!?」
凄い驚かれた…。
まあ、仕方ねえか? ロイド君は小柄で力も人並み以下だし…何より魔法を使えない。昔っからその姿を見ていれば、そりゃ、キング級の魔物を余裕でシバキ倒す姿なんて想像出来る訳ねえ。
「ちゃんとやれておるのか?」
「えー…まあ、食べる事に困らない程度には…細々とやってます」
「アンタ、細々って意味を辞書で引いてきなさいよ」
うっさい、黙っとけパワー系ゴリラ……あ、ゴリラは元々パワー系か。
サラッと流して、左から順番に紹介していく。
「メイド服のがパンドラです」
「パンドラです」
ペコリと機械的な動きでお辞儀をする。
「ローブ着てるのがフィリスです。あ…顔見づらいですけど、アレは…あー、えーっと…恥ずかしがり屋なだけなので気にしないで下さい」
「フィリスです!」
俺(っつかロイド君)の故郷の目上って事で、フィリスがやたら礼儀正しい。まあ、移住先になるかもしれないから印象良く行きたいって事もちょっとあるかもだけど…。
あと、どーでも良いけどフィリスとイリスって口に出して呼ぶと微妙に紛らわしい。
「槍を背負った帽子の男がガゼルです」
「どうも、ガゼルです。俺は本来この国の人間じゃないですが、今はこのチビと一緒に行動してます」
もう1度帽子をとって軽く頭を下げる。そしてイリスに軽く流し目……何? お前はナンパをしないと死ぬ病気なのか?
「黒髪のがカグ…じゃない、秋峰かぐやです」
「ど、どうも…」
黒い髪と目を見て、イリスが明弘さんを思い出したのか俯いて目を閉じる。……かける言葉が見つからず、せめて見なかったふりをして最後の仲間を紹介する。
「白雪、出といで」
「はいですの」
ピョコンっとフードの中から出て来た妖精を見て村長がギョッとする。
「この小さいのが妖精の白雪です」
「白雪ですわ!」
俺の肩で羽を軽く揺らして器用にバランスを取りながら頭を下げる。
「お…おぉ、妖精とは…長年生きていますが初めて見ましたぞ」
エメラルド達も紹介しようかと思ったが、絶対驚かれるので止めておいた。見た目怖すぎる魔獣3匹なんて、こんなのどかな村の人間が見たら心臓止まるかもしれん。
「こんな感じの連中と、今は冒険者をやっています」
「そ、そうか…。このような方達と一緒で、足手纏いになっておらんか?」
足手纏いには……なってないだろう、うん。トラブルはよく起こすけど…断じて足手纏いではない。うん。
俺が必死に自分に言い聞かせていると、代わりに他の面子が答えてくれた。
「マスターが足手纏いである訳がありません」「コイツが足手纏いだなんて言える人間、多分この世に存在しないよなあ…」「この御方を足手纏い等と言う輩が居るのなら、私が殺す!」「足手纏いではないですよ? トラブルは起こしますけど」「父様は世界で1番強いんですの!」
仲間達の剣幕に押されて村長とイリスが目を白黒させる。色々言ってくれるのは嬉しい……けど、正直止めて欲しい。出来れば、この村の人間のロイド君のイメージを出来るだけ壊したくないんだが…。