13-20 名探偵? そんなもの要らん
あれから1週間が過ぎた。
≪無色≫や水野が何かをする様子はない。
嵐の前の静けさのような不気味な平穏な日々………とも言えないか? 世界規模で魔物が凶暴化し始め、各地で今まで現れなかったような高ランクな魔物が目撃されるようになった。
この1週間、俺はガゼルと一緒に各国のギルマスやらお偉いさんに顔繋ぎの挨拶をしに行ったり、各地で見つかった高ランクな魔物を退治に行ったり、色んな亜人の集まる仮集落で皆を元気付けたり、代表者達と移住先の要望を聞いたり…頭が痛くなる程忙しい毎日を過ごしていた。
結局、北の大地やユグドラシルへは未だ行く事が出来ていない…。
パンドラが時間を見つけてカグやフィリスを連れて連中の手掛かりを探してくれているようだが、今のところ成果は出ていない……。まあ、その代わり…と言うのも変だが、俺のいないところで強めの魔物を狩っていたらしく、3人揃って気付いたら等級がルークの黒になっていた。
ただ、1週間のハードスケジュールをこなしたお陰で、ようやく亜人達の移住先が決まりそうだった。
亜人達皆が始めから人間の生活圏への移住を納得してくれていた訳ではないが、俺やフィリスや白雪が根気よく説得して、何とかお互いの妥協点から折衷案を出した。
1つ、出来るだけ人の少ない場所。
2つ、深い森と山がある場所。
3つ、俺…っつか、“≪赤≫の御方”にゆかりのある場所。
1と2は分かるけど、3つ目は要らなくない…? と何度も言ったのだが、「むしろそれが1番重要なのです!」と凄い剣幕で返された。
俺にゆかりの有る場所なら、神聖な気持ちで人間達と向き合える―――らしい…。いや、本当かよ…。まあ、それで亜人達が静かに暮らせると言うのなら良いんだが…。
で、じゃあその条件に合う場所ってどこやねん? と言う話になって、思い付く場所は1つしかなかった。
――― ユグリ村
アステリア王国、王都ルディエ近隣の大森林を越えた先に在る小さな村。
ロイド君の故郷であり……俺にとってのこの世界でのスタート地点。
確かに条件には合う……合うが……ちょっと問題がある。ユグリ村はロイド君の日常の形その物だ…。
“ロイド君の日常を守る”。
これは、ロイド君の体を使わせて貰っている俺が自分に課している絶対ルールだ。
仮にユグリ村への移住が了承されたとして、ロイド君がその村に戻ったらどう思うだろう?
見知らぬ亜人達が、敬意を持って挨拶をしてくる自分の故郷をロイド君はどう思うだろう?
………どこまでも優しいロイド君なら、受け入れてくれそうな気がしないでもない。けど、同時に夢の中で見たロイド君の記憶が頭を過ぎる。
自分の本心を隠して、心にナイフを少しづつ突き刺すように偽りの笑顔の仮面で毎日を過ごしていたロイド君。……その無理がたたって、最後には自身の死を望むようになってしまっていた。
…あんな無理を、もう1度させる訳にはいかねえよなぁ…。
結局、亜人達とロイド君を天秤に乗せたところで答えは出ない。
………いっそ、訊いてみるか? ロイド君の心を1番知っているあの子に。
* * *
そして現在の俺達は―――ルディエ城の前に居た。
「またここに戻って来てしまった……」
ちょっとどころか、いっぱい泣きたい気分だった。
「父様、気をしっかり持って下さいませ!」
白雪が肩で一生懸命応援してくれるが、どうにも城は苦手だ…。この一週間で、お偉いさんの所へは何度も行ったが、やはり城はダメだ。なんたって威圧感が凄い。何かやったらすぐに首を刎ねられそうで怖い。
「え? 何? アンタ城に入った事あるの?」
「まあな…。この国1番の冒険者だと、こう言う場所にも呼ばれる事もあるんだよ」
「どんな感じだったの?」
「2度と入りたくない感じ」
「…何があったのよ…」
特に何があった訳じゃないけど、厳かな雰囲気が一般人には苦痛なだけです。
とは言え、亜人の移住を勝手にやる訳にも行かん。キング級の冒険者が途轍もない権限を持っていると言っても、人との生活圏を分けている亜人を移住させるなんて大事を無断でやったら、色んな所から冒険者ギルドにクレームの嵐だろう。
だからこそ、一応手順を踏んでそのクレームを少しでも無くす必要がある。
……それは、まあわかるんですけどねぇ…。
俺が行きたくないオーラを出してゴネていると、ガゼルが焦れて先に立って歩き出した。
「さっさと行こうぜ? 王様から許し貰わないと、亜人の代表者達を村に連れて行く事も出来ねえだろ?」
移住許可貰ったら、早速亜人の代表者達に下見して貰おうと仮設住居で待たせているのである。
「そうです! アーク様、早く行きましょう!」
フィリスも亜人の新しい住処が決まるかもしれないとテンションが高ぇし……あと、ついでに俺の生まれ故郷(正確にはロイド君のだけど…)を見れると喜んでいるらしい。あんまり期待されても、あの村マジで何にもねえぞ……?
「リョータ、覚悟決めるしかない感じじゃない?」
「そッスね…」
「マスター、お気を確かに」
カグに手を引かれ、パンドラに背中を押されて城に向かう。
城門に立っていた門番達が、俺達に気付いて一瞬怪しげな者を見る目をしたが、その中に俺の姿を見つけてすぐに居住まいを正す。
そう言えば、前に来た時の門番の人達かもしれん…。が、正直あんまり良く覚えてない。
仕方無く俺が前に出る。
キング級になって、建前上はどの国にも属さない無所属って事になっているが、この国の出身として顔は利く。
「どーもー」
気軽に手を上げて挨拶すると、目の前に鬼でも現れたような緊張の仕方で背筋が伸びた。
「「はっ! ようこそルディエ城へ!」」
うわ……俺と全然目を合わせない…。何なの、その「目を合わせたら殺される」的な脂汗のかき方…。キング級だからってビビられるのは…まあ分かるが、それにしたってアンタ等極端過ぎない?
「毎回突然の訪問で悪いんだけど、王様に謁見する事出来ます? もしくは、騎士団長さんに取り次いで欲しいんですけど」
一応形式としてキング級のシンボルを見せる。すると、更に門番達の顔から汗がダラダラと流れ出し、脱水症状を起こしそうでちょっと心配になってしまった。
そして門番2人がマジの半泣きになってた。泣きてえのはコッチだバーロー。
「あ、の……今は、その…お取り次ぎできない理由がありまして…その…」
何、その歯切れの悪さ。
でも、俺等を嫌って城に入れたくないって感じじゃねえな? 城の中で何かあって、それに俺等を見せたくないか、関わらせたくないって事かな?
「何かあったのか?」
ガゼルが直球で訊いた。
流石だ先輩! 訊き辛い事もズバッと訊いてくれる。
「え!? あ、の…その……き、騎士団長をお呼びしますので、少々お待ち下さい!!」
と言って、片方が大急ぎで中庭の方にガチャガチャと鎧を鳴らしながら走って行った。残った1人は、「どうか、お待ち下さい!」と今にも土下座でも始めそうな程俺達に恐縮していた。
俺等が苛めてるようで、正直あんまり気分は良くない。
「アンタ、騎士団長なんて偉いっぽい肩書の人とも知り合いなの?」
「まあな? 前にここが戦場になった時に知り合った」
「ルディエが戦場になったって…お前、それ、まさか魔道皇帝の時のか!?」
「そうそう。いや~、マジでヤバい強さだったわアイツは……。ロイド君居なかったら、やられてたからね、本当」
「ぁん? って事は、魔導皇帝を倒したのはお前だったのか?」
あっ、ヤベ…世間的には明弘さんが相討ちで倒した事になってるんだっけ…。
「スマン、今の無し。本当は勇者様の戦いを横で見てただけだわ」
……ヤバい、皆の目がすっごい疑いの眼差しだ。
『父様、本当の事を話したらいいんですの』
白雪に至っては、思考を読んでますからね。
俺が空気に耐えられなくなった時、中庭から見知った顔が慌てて駆けて来た。
今の俺にとっては救いの神、団長さんの登場である。
「アーク君!」
「ども。ご無沙汰してます」
ご無沙汰って言う程、前に会った時から日付経過してねえけど…まあ、一応社交辞令として。
「先日冒険者ギルドから使いが来て驚いたよ! 君がキング級になったなんて…!」
「はぁ、まあ、クイーン級の時と同じく成り行きで、ですけど」
挨拶も早々にコッチの本題を切り出す。
「それで、王様に御会いしたいんですけど、何とかなりませんか?」
「………」
何かを思案する沈黙。しかし、すぐにその沈黙は終わった。
「すまない、場所を変えよう。付いて来てくれ」
場所を変えるって事は、一般人には聞かれたくない話しをするって事らしい。
3分程歩いて、城の中にある小さな兵舎に到着。
「それで、何があったんですか?」
「うむ。それが、今城内に侵入者が居るようなのだ」
「はぃ?」
侵入者ってあの侵入者? 無断で入って、中の人間に害を振り撒く傍迷惑な招かざる客…の侵入者? それ以外ないよね? それが? この城の中に居るの?
「大事件じゃないですか!」
「ああ。目下、大混乱中だ…」
なるほど、それで王には会わせられないってか? こんな状況で、冒険者のトップとは言え、外から来た人間に会うなんてリスクが大き過ぎる。
それになにより、外にこの状況が伝わるのが良くない。
今現在ルディエは復興作業の真っ最中。そんな時に、城に正体不明の侵入者が現れた…なんて、この機に国を脅かそうとする何かが動いている…と不安になるに決まっている。
「兵士が数人殺され、先日は陛下の食事に毒が盛られた」
「えッ!? それ、大丈夫だったんですか!?」
「ああ。元々、王の食事は毒を無効にする食器が使われているのでね、それは問題無かった」
なら安心した……。けど、王様が狙われたと言う事実はマジで笑えない。
王を狙ったって事は、その侵入者は本気でアステリアを潰そうとしていると言う事に他なら無いからだ。
こりゃ一大事だな…! ウチの連中も同じように思ってくれたようで、無言で俺に頷く。
「あの、団長さん? 宜しければ、その侵入者俺達で探しましょうか? っつか、排除しましょうか?」
「本当か!? あっ、いや、実を言うと君ならそう言ってくれるんじゃないかと期待してこの話をしたんだ。ギルドを通さずにキング級を働かさせるのは色々とマズイのだろうが……何か問題があった時は、それはこの国ではなく私個人の責任としてくれ」
何か問題があった時は、キング級の権限でもみ消すので大丈夫です。
「さしあたって、とりあえず調査の為に城内を自由に動き回りたいんですけど? ああ、あと色んな人に話を聞きたいんですけど」
「そう言う事なら、私が一緒に行動しよう。城内に居る人間にならば、貴族にも顔が利く」
「そんじゃあ、鼠狩りと行きますか」
――― と意気揚々と始めたのが10分前の話。
そして現在、俺達の前には………パンドラとフィリスの【拘束魔法】の鎖で芋虫のように固められた貴族が1人転がって居た。
さて、何故にこのような展開になったのかと言うと……とりあえず色んな人に城の中で異常を感じた事や場所を訊いて回って居たのだが、その1人がこの男だった。
「侵入者について何か知りませんか?」
と質問したところ、この男はふてぶてしい態度で、
「何も知らん」
と答えた。
しかし、それを聞いたガゼルが【天上眼】で嘘だと見抜き、更に突っ込んだ質問をしたところ、男は何とか誤魔化そうと嘘をつき続けた。だが、嘘を言えば言う程ガゼルには真実が見える……と言う訳で、この男を軽く締め上げ、荷物を漁ったら証拠が出るわ出るわ…。
もう、なんなの? もっとサスペンス劇場的な推理パートが有るのかと予想してたのに、蓋を開けたら超性能嘘発見器1人で片付いてしまった。
高校生探偵ばりの推理劇場……したかったなぁ…。