13-17 ニコニコキング金融
コロシアムでの騒ぎが一段落し、後の事をエイルさんに任せて「じゃあ、奴隷たちを受け取りに行くかー」と思ったら、支払う奴がいつの間にか姿を消してやがった。で、それを追いかけて現在は屋敷の前。
成金チビデブこと、コロシアムオーナー宅の無駄に豪華なドアをガゼルがドンドンっと無遠慮に叩く。
「すいませーん、取り立てに来ましたー」
なるほど、お前はニコニコしながらガッツリ取り立てる、インテリ系悪徳金融か。ならば、俺は典型的や●ざ風悪徳金融で行くか。
「オォオラァアア! ちゃっちゃと払う物払わんかいワリャコリャあ!!」
「……アンタ…何遊んでんの…」
遊んでねえよ、超真面目だよ。映画やドラマの闇金はこんな感じだろうが!
馬鹿やってる間に、召使風の男が出て来た。
「どちら様ですか?」
「ニコニコキング金融で~っす」
「なんだそりゃ……キング級の冒険者のガゼルとアークだ。コロシアムのオーナーと約束があって来たんだが、戻って来てるかな?」
「いいえ。出直して下さい」
俺達を煩わしそうに一瞥してから屋敷の中に戻ろうとする召使を、ガゼルが呼び止める。
「いやいや、嘘言っちゃいかんよ? 戻ってるでしょ知ってるよ?」
「…だとしても、ご主人様はお会いになりません」
心底嫌そうな見下す目。コイツも冒険者を下に見る人間か…。まあ、この国の人間は基本このスタンスっぽいから諦める。
とは言え、居留守使ってやがるのは腹立つな…。
「あ、くしゃみでそう…」
「急に何…?」
「はーくしょん(棒)」
くしゃみをする動作と同時に、近くの木が爆発炎上した。
その光景に、召使の男が一瞬ビックリした後、真っ赤な炎に食われた木を2度見して、顔面を白くしながら恐る恐る俺を見る。
「え………な…え?」
「すんませんねー、この頃ちょっと風邪気味で、くしゃみする時に炎出ちゃうんですよー。いやー本当すんませんねー(棒)」
まったく悪びれずにヴァーミリオンで燃えている木から炎を回収して鎮火する。
「え……ま、魔法じゃない……? え? え? それに、今…炎を吸収した…?」
冷静さを失った召使を見て、ガゼルが俺の意図を汲み取ってくれた。
「相方が風邪気味なんで、さっさと要件済ませたいんですよ? さっさと会わせて貰えないですかねえ? あんまりここで待たされると、間違えて屋敷が燃えちゃうかもしれませんし」
「あ……もう1回くしゃみ出そう(棒)」
「ま、待て…あっ、いや待って下さい!! ご主人様にお伺いして来ますから!!」
冷や汗を垂らしながら、出て来た時とは打って変わって急いで戻って行く。
「よし」とガゼルと拳を合わせる。
冒険者で食えなくなったら、2人で闇金でもするか。まあ、どっちも取り立て部分でしか役に立たねえけど。
「アンタ等、一応世界最強の2人なんじゃないの…?」
「1番上がキッチリしてる時代は終わりだ。これからは、最強もゆるく行く時代が来る」
「いや、そんな時代来ねーわよ…。ってか、今の脅しは冒険者的にセーフなの?」
「ギリギリでセウト」
「どっちよ!?」
まあ、ぶっちゃけどっちでも良い。アウトならアウトで、全部グランドマスターに責任を押し付ければいい。なんたって、コッチは「亜人の移住を全面的に支援する」って約束して貰ってますから。
元奴隷でも亜人の移住には変わりないし、支援してくれるよね?
幼馴染にツッコミを入れらていると、パンドラとフィリスの視線が痛い……。どうも、俺とカグの距離感が気にいらないらしい。……早いところカグが2人と打ち解けて仲良くなってくれると良いんだが……。
なんで俺自身より、周りの人間関係で精神すり減らしてんだっつーの…。
『父様、頑張って下さいませ』
フードの中から白雪が応援してくれた。お前は癒し系だなぁ…。
お礼にフードに手を入れて撫でてやる。
『えへへ~、父様~』
白雪とじゃれていると、ドタドタと屋敷の雰囲気に似合わないウルサイ足音が響いて扉が開いた。
息を切らせたさっきの召使いの男、その後ろにコロシアムで見た護衛の人達、そして最後に偉そうに歩いて来る成金チビデブ。
若干引き攣った笑いを浮かべながら、会釈程度に頭を下げる。
「お待たせしました皆様。どうやらウチの召使いが、ワシが皆様に会わないと何やら勘違いをしていたようでして。ははは、ワシがキング級の方に御会いしない訳がないでしょうに」
「そーですねー(棒)」「はっはっは、まったくですなー(棒)」
よう言いおるわ。
「お約束の奴隷を頂きに来たんですけど?」
「ええ、ええ、ご用意してありますよ。お前達、来なさい」
呼ばれて屋敷の中から首輪をされた亜人達が出てくる。コロシアムで見た者達で間違いない。今から解放されると言うのに、目にはやはり生気がない。それどころか、怯えと憎しみを向けて来る者までいる。まあ、それは仕方無い。散々人間に酷い扱いされて来たんだろうしな…。
ひー、ふー、みー……8人か。
数を確認すると、ガゼルが成金に訊く。
「これで全部ですか?」
「ええ、そうです」
そんじゃあ引き取って……と思ったら、ガゼルに手で制された。
何?
「オーナーさん、あんまり俺達を甘く見ないで貰いたいんですが?」
「………は? いえ、どう言う事でしょうか?」
「1つ、俺は他人の嘘を見抜くスキルを持っている。2つ、俺達がその気になったら、この屋敷どころかこの町を廃墟にするのは一瞬。以上2つの事実を理解した上で、もう1度答えて貰えます? “奴隷はこれで全部か?”」
うわ…ガゼルがニコニコしながら殺気をバンバン放ってる…。小心者ならションベン漏らすか気絶するぞ…。
っつか、これだけあからさまに脅しかけに行くって事は、奴隷をまだ隠してるって事かよ…。
このチビデブ、キング級を相手に良い度胸してんなぁ。大抵の奴ならコロシアムの戦いで敵対する事がどれだけハイリスクなのか気付きそうなもんなのに…。
呆れる気持ち半分、いっそ感心してしまう気持ち半分。
ガゼルに睨まれて、蛇と蛙の構図になってる2人を尻目に、感知能力を作動して屋敷の中を確認する。
「地下室に30人くらい隠れてるっぽいけど、あれはなんですか?」
「ぇえッ!? な、何故ッ!!?」
地下室の熱源がやけにジッとしてるから鎌をかけたが、大当たりだったな。
「隠しても無駄だと思いますよー? 俺もガゼルも目が良いんで。まあ、それでも隠すってんなら、その場合、不慮の事故で屋敷が吹き飛んで、地下室が露わになるかもしれませんけど?」
手の平で火の球を転がすと、一瞬で屋敷を呑み込む程の巨大な炎に膨れ上がる。熱が周囲に散らないように、ヴァーミリオンで回収する事も忘れない。
「うわぁッ!?」「ヒィッ!!!?」「な、なんだこの炎!?」
「どうします? 素直に差し出してくれた方が、事故が起こる可能性がグッと低くなると思いますが?」
「わ、わ、ワシを脅すつもりかッ!!?」
「脅すなんて滅相もない。俺達は、ただ約束を守って下さいと頼んでるだけですよ? なあ?」
「ああ。それを脅しているなんて言われたら心外だな!」
後ろの女性陣から「いや、完全に脅しでしょ…」「脅しです」「脅されて当然です」と言う声が聞こえたがスルーする。
「そちらが約束通りに出す物出せば、こっちも大人しく帰りますよ」
ガゼルが殺気を引っ込めて、今までより更に一段階上のスマイルをプレゼントした。
チビデブが苦々しげに俺をガゼルを睨み、その後俺の手の平で燃える巨大な炎を見る。
数秒の沈黙。
恐らく、奴隷を渡さないで済む方法を一生懸命考えているんだろう。だが、ノンビリ考えさせると碌でもない事を思い付きかねないので、さっさと話を閉めてしまおう! と俺が思ったのと同時にガゼルも同じ回答を導き出したらしく、引っ込めた殺気をまた出し始めた。
「で? 渡すんですか? 渡さないんですか?」
「え…? ああ…ええと…ですなぁ…」
「3秒で答えろ。はい、3、2、1――――」
「え!? はっ、ええ―――わ、渡します!」
ガゼルって地味に人を追い込む事に長けてるよな…。これって、腐る程女に声をかけて身に付けた能力なのかな…? まあ、どうでも良いか…。
――― 3分後
成金宅の前には、首輪をした亜人が全部で37名。
買いに買ったり奴隷商ってか…? よくもまあ、これだけ亜人の奴隷を集めたもんだ…。
エルフ、ドワーフ、オーガやらの有名どころから、見た事も無い種族まで……あっ、鳥籠の中に居るの妖精!?
どんだけ多彩に集めてんだよ……。この豚一発殴ったろか…!? いや、落ち付け…一応この国の中じゃ合法だ。俺の尺度でぶん殴る訳にはいかねえな。
「じゃあ、貰ってきまーす」
別れの挨拶の1つでも言おうと思ったら、無言で屋敷の中に引っ込んでしまった。その上厳重に鍵がかかる音が聞こえた。
俺等が立ち去ったら塩でも撒かれるんじゃねーのか…?
と言う感じで御屋敷を後にし、町から少し離れた人目のない場所まで来たのだが…、元奴隷たちは何も言わずに付いて来るので空気が重い…。
37人の元奴隷の亜人達が俺達の反応を窺っている。奴隷の生活で、自発的に行動するって部分が完全に死んじまってんのか…。
「えーっと…」
何を言えば良いのか迷う。「これから皆自由です」って言われても、それこそ元奴隷にしてみれば困る言葉だろうし…。「もう大丈夫です」って、今まで散々な事をやらされて来た人間からの言葉じゃなぁ…。
こう言う時は…。
「フィリス、頼むわ」
「はい、お任せ下さい」
ローブを脱いで、エルフの証である長い耳を亜人達に晒す。
「エルフ…!?」「お、おおっ、同族であったか!」「どうして人間と…?」
「まさか、貴女も人間の…奴隷に…?」
見た目がやたらと強面なオーガが、オドオドとして訊いた途端、亜人達に剣呑な空気が漂う。
「落ち着いてくれ! 私は奴隷ではない。私は私の意思でこの方に付いて居るのだ」
「なっ……ど、どうして人間なんかに…!」
「この方はただの人間ではない。私達エルフの森と里を魔竜から守ってくれた大恩有る御方なのだ。そして何より、私達亜人にとって何より大切な―――≪赤≫の御方でもある」
今まで生気の無かった瞳に意思が戻り、曇天に光が差し込むように亜人達の顔に光が戻る。
「まさか…」「本当に…≪赤≫の…!」「≪赤≫の…御方…!」「あの小さい子供が…?」
同じ亜人のフィリスの言葉っつっても、流石に憧れの“≪赤≫の御方”がこんな子供じゃ、疑いの眼差しを向けられるか。
亜人達と話をするのには、“≪赤≫の御方”の方が都合が良いか……。
「“我に力を”」
赤い光の刻印が全身に広がる。
「ぉお!」「これは、魔神の力―――!」「間違いない、この方が!」「貴方様が!」「「「≪赤≫の御方」」」
信じて貰えたようなので刻印を引っ込める。
「改めて、≪赤≫のアークだ。よろしく」
「「「「畏れ多い!」」」」
亜人達が平伏した。
あー…元奴隷つっても、亜人のこのスタンスは変わらんのか…。
「まさか、≪赤≫の御方が人間達の元から助け出してくれるとは…!」
「いや、まあ、そんな畏まらんでいいよ? それより、これから君等どうするつもりなの?」
亜人達がそれぞれに顔を見合わせて困った顔をする。
諦めている……と言うか、絶望している顔…。
「申し訳ありません。≪赤≫の御方に御救い頂いた体ですが、我々は屋敷に戻ります…」
「え!? なんで!?」
俺も驚いたが、それ以上にフィリスが驚いて一瞬言葉を失っていた。が、我に戻るや否や大声で非難する。
「なっ、何を言ってるんだ!!? あそこに戻ると言う事は、奴隷に戻ると言う事なんだぞ!?」
「……はい。ですが、仕方無いのです」
仕方無い?
俺が疑問符を浮かべると、横で聞く側に徹していたガゼルが亜人達の首輪を指さす。
「チッ……その首輪、やっぱり呪具か? もしかしたら…とは思ったけど、あの場で外させるべきだったな…」
「その通りです。この首輪の呪いは、日に1度延命の魔法をかけて貰わなければ、首輪をしている者を殺してしまう、と言う物なのです…」
「な…んだそりゃぁ!!」「ふざけるなよ、あの人間ッ!?」「そんな…ひどい…」「人を従属させるのに命を盾に取るのは効率的ですが、非人道的ではあります」
亜人達は、ずっと死にたくないから奴隷にされてたってか…!? ふざっけんなよ、あのデブッ! 今から引き返して灰も残さず焼いてやろうか!!
「延命の魔法は、あの屋敷に出入りしている術師にしか扱えません…。ですので、我々は外に出る事はできないのです……申し訳ありません」
クッソが…! 最後いやにアッサリ渡したと思ったらこう言う事かよ…!?
亜人達は自分達の手元を離れる事が出来ない。もし離れれば呪具の首輪に殺される。
俺達とあのチビデブとの約束は「奴隷を全員くれ」。だが、奴隷が自分から戻るってんなら、その約束では縛れない…。奴隷の所有権を主張したところで、所詮は口約束で悪者にされるのは俺達だ…。
どっちにしろ俺達の思い通りにはならないってのが分かってたってか…! くそ…野郎の1人勝ちなんてさせて堪るか!
「いや、待った! 魔法って事は真希さんに頼めばどうにかなるんじゃね!?」
あの人の神器“楽園の知恵の実”には全ての魔法が記されている。
天からの贈り物のようにひらめいたが、ガゼルは苦い顔をした。
「んー…どうかな…? レベルの高い魔法なら全部記されてるとは言ったが、個人の作った小規模な魔法は除外されてるって言ってたぜ?」
「あ……そっか」
延命の魔法がどの程度のランクか分からないが、少なくても魔法に長けたエルフ達がずっと人の手を借りなければいけなかった事から、そこまでポピュラーな魔法ではない事が確定だし…。
それに何より、呪具の呪いの方は魔法による効果かどうかも分からない。もしかしたら、ブレイブソードみたいなスキルの付与された道具だったら、魔法のディスペルが効くのかさえ疑問だ……。こっちが解決しないと、助け出しても意味無い。
「いや、でも、頼んでみる価値はあるだろ!」
「……まあ、そうだな。マキに頼むだけ頼んでみるか」
ダメだったら、その時は俺が原初の火で焼く。
……つっても、これは最終手段だ。首輪だけを上手く焼くようにやるつもりだが、原初の火はちょっと首に触れただけでも、頭ごと焼き消してしまう。やるにはリスクが大き過ぎる。
「じゃあ早速呼びに行こう」と俺が言うまでもなくフィリスが転移魔法をすでに準備していた。亜人達を助けたい気持ちは、やっぱり誰よりもフィリスが大きい。
しかし、その転移が実行される前にカグが手を上げた。
「あっ、ちょっと待って」
「何? 今急いでるから…」「そうだ! すぐにあの女を連れて来なくては!」
「もしかしたら、あの首輪外せるかも」
一瞬皆が思考停止して、埴輪みたいな顔をした。
「え? マジで?」
「うん。多分だけど、大丈夫だと思う」
俺の幼馴染は、ニッコリと余裕の笑みを返した。