13-16 チェックメイト
「【反転】」
体の中で、≪赤≫がいつもとは別の部分にカチンッと繋がる感覚。今まで体の奥の方に閉じられていた力が、泡のように体の表面に浮上して来る。
髪と瞳の色が黒く変色し、ヴァーミリオンが“阿久津良太”に合わせて深紅の日本刀に作り変わる。
「色が変わった……?」「髪と目が?」「……剣が変化した?」「…何をしたんだ?」
逃げ遅れて俺達の戦いを見ている人達が驚いているが、そんな物を気にして居られない。この姿になったからには、さっさと終わらせる!
刀をベルトに差し直し、デスサイズを睨む。
俺の姿が変化した事を警戒したのか、それとも…コッチの手札の中に、この世界のルールを逸脱した物が有るのに勘付いたのか…。
まあ、どっちでも良いさ。
「そんなに硬くなるなよ?」
言いながら姿勢を低くして鯉口を切る。
「どうせ、10秒後にはあの世に行ってる―――!」
――― 抜刀
同時に【空間断裂】が発動し、デスサイズの胴体と右肩の間の空間を切り裂く。
音も無く空間が一瞬だけ割れて、空間は即座に元通りになり、胴体から切り離された右腕の鎌だけがその場に残されて地面に落ちる。
【空間断裂】の特異性。物理的な硬度・防御力・耐久性を全て無視してダメージを通す事が出来る。相手がダイヤモンドだろうが、アダマンタイトだろうが、キング級の魔物だろうが、お構いなしにぶった斬る事が出来てしまう。
俺がアッサリと片腕を飛ばして見せると、さっきまで慌てていたエイルさんとそのお仲間さん達が、唖然としたまま棒立ちになっていた。
まあ、多分、エイルさん達が戦った時には、まともにダメージを与える事が出来なかったんだろう。あの防御力は、ガゼルくらいの凶悪な攻撃力か、俺のような防御無視の攻撃が出来ないと多分ダメージを通せない。
デスサイズが片腕を失うや否や、痛がる暇も無く反撃して来た。
そこらの雑魚なら、このまま何も出来ずにトドメ刺されて居たんだろうが、流石はキング、一筋縄じゃ行かない…!
手強い…と思うだろう―――普通ならな!
今の俺なら…恐るるに足らず!!
デスサイズが残った左鎌を振りに入っている―――しかし、俺は慌てる事も無く【オーバーブースト】で体を4倍に加速し刀を納刀。
即座に2度目の抜刀!
「ふッ―――!!」
傍目に見れば、俺は一刀目を放った次の瞬間に二刀目を放っているように見えているだろう。
デスサイズの鎌の振りと、俺の2撃目はほぼ同時のタイミング。
単純なパワーと、武器の硬度は相手の方が上。ぶつかり合えば恐らく俺が押し殺される。その上、相手には射程拡張の異能が有る。
ま、そんなの俺には関係ねーけどな!
相手の攻撃を無視して刀を抜く。
抜き終わりと同時に鎌の刃先から放たれる斬撃が伸びて俺に襲いかかる……が、構わず攻撃にだけ集中。
何故なら―――【空間断裂】が発動し、伸びて来た相手の攻撃ごと空間を切り落とす事が出来るからだ。
【空間断裂】は、攻撃の射程拡張系の能力の完全上位互換。だから、相手の攻撃を無効にしつつ反撃なんて事も可能なんだ―――
「―――ぜっ!!」
デスサイズの左腕が宙を舞う。
【身体能力限界突破】を全開にして、更に【オーバーブースト】で体を加速する。
トンっと軽く踏み込んだつもりでも、地面が踏み足の衝撃耐えられずに破裂する。構わず割れた地面を踏み砕いて走る。
走りながらもう1度納刀し、デスサイズの4歩手前で足を滑らせてブレーキをかけながら、頭上にある胴体目掛けて抜刀する―――!
キングとキングの首の取り合い。悪いが俺の勝ちだ!
「チェックメイト」
音も無くデスサイズの胴体が両断され、ズルリと下半身から切り離された上半身が俺に向かって落ちて来る。
落下しながら複眼が忌々しげに俺を睨むが、もうコイツに出来る事は何も無い。
鞘に添えていた左手を離し、落ちて来る上半身に向けて掲げる。
「虚無に還れ」
原初の火を放射して、デスサイズを構成していた魔素と魔晶石を一欠片も残さずに焼滅させる。
核である魔晶石が消滅した事で、残っていた下半身も黒い魔素を霧の様に撒き散らして消える。
飛び散った濃い魔素を全部月の涙の【魔素吸奪】で吸わせれば……はい、戦闘終了。
ヒュンっと1度血振りして刀を鞘に収める。
念のために周囲に感知能力を走らせるが、引っ掛かる物は無し。魔物の増援や仲間は居なさそうだな。
「ふぅ…」
張って居た緊張の糸を緩めて【反転】を解除する。
髪と瞳が元通りのロイド君の体の色に戻り、ヴァーミリオンがいつも通りの片刃の西洋剣の姿になる。
やっぱ、魔物との戦いは精神的に楽だなぁ。相手を殺すの殺さないだのと考える必要ねえから、基本的に全力でぶん殴ってぶっ殺せば良いだけで凄ぇ楽なんだよなぁ。
普段からこんな感じで楽だと良いんだが…、そんな訳には行かんよなぁ…立場上。
思わず溜息が洩れる。
「はぁあ……」
そんな俺の心の疲れを知らず、周りが騒ぎ始める。
「お、おい…倒しちまったぞ!?」「え…? 嘘だろ? あんな子供が…?」「馬鹿な!?」「何かの冗談か…?」「あんな化物をたった1人で…!?」「冒険者って…あんな強いもんなの?」「強いっつうか、強過ぎるだろ!?」「銀色の髪と焔色の異装……まさか、あいつが!?」「<全てを焼き尽くす者>か!?」「そう、それ!」「マジか!? あの小さいのが、噂の最強の炎術師なのか!?」「いや、だって! さっきの黒い炎見ただろ!? あの化物を焼いちまったぞ!?」「そうだけど! って、あの黒い炎なに!? どんな魔法だよ!?」「「「分からん!」」」
むっさ騒がれてる……。まあ、この国は冒険者が舐められてるし、これで多少は地位向上したら良いんじゃん? とか思いながら左手の魔装を解除していると、その舐められているこの国の冒険者であるエイルさん達が走って来た。
「ちょっと、ちょっとアーク君!!?」
「はい?」
「貴方、何者なの!?」
「何者と言われても、ただのキング級ですが?」
キング級の時点で“ただの”ではないと言うツッコミは受け付けない。
「おーい後輩、終わったかー?」
ガゼルが戻って来た……って、後ろに女3人連れてるッ!!? この野郎! 避難させながら、この短時間で3人もナンパしやがったッ!!!? チキショウめっ!
「おい、女連れのナンパ野郎ゴルァ。ケツ蹴り上げられたくなかったら、その女子達をただちにどこかへやりやがれ」
「ゴメンねレディ達? チビッ子が童貞なの気にしてるから、また今度」
「えー」「ご飯一緒にって言ったじゃないですかー」「ベッドでは寝かさないって…言ったのに…」
「ゴメンね。また今度誘うから、それまでのお楽しみって事で」
女子達が顔を赤らめて去って行くのと見守って、笑顔で手を振っているナンパ師のケツを蹴り上げる。
「ドルァッ!!!!」
「いでぇッ! 何すんだチビ!? オメエの願い通りに女子達と泣く泣く別れてやっただろうが!!?」
「うるっせえよ! 人が必死こいて戦ってる時に、何ナンパしてんだテメェ!!?」
「あの戦いの何処が必死こいてだ!? 3割も本気出してなかっただろうが!?」
「3割で必死に戦ってたって意味じゃボケが!!」
「それ必死じゃねえよ! ただの手抜きだろうが!!」
「ちょっ、ちょっと!? ガゼル君、アーク君ストップ!」
睨み合っていた俺達の間にエイルさんが割って入る。
「キング級の2人が喧嘩するとか、デスサイズ以上の脅威ですよ!!?」
言われて「え? そうかあ?」とガゼルとアイコンタクトを交わす。
別に本気で殴り合いをするつもりは欠片もなかった。多分ガゼルもそうだったんじゃねえかな? 口調は怒っているのに、気配とか雰囲気とかが全然怒ってなかったし。
「あー、大丈夫大丈夫。俺もチビも殴り合いまではするつもりなかったから」
ほらな?
まあ、それはそれとして…。
「戦闘中に女連れ歩くとか、何考えてんだ」
「お前が負けるとは思ってなかったからな? それに、今は出入り口に人が密集してて外に出られないから、俺の近くに居てくれた方が安全だったってのもある」
ふむ…一応ナンパ師なりに考えがあっての行動だったらしい。
けど、人を童貞呼びしやがったから蹴りいれた事は謝らん! いや、実際童貞ですけども……。そう言う事ちゃいますやん?
「まあ、その話はともかく」
「サラッと流したなチビ……」
「とりあえず、成金チビデブの所に取り立てに行くか」
「そう言う仕事大好き」
俺達は2人で邪悪な笑みを浮かべた。