13-15 キングvsキング
「良く憶えて置け、これがパンチだ」
あれ? チャンプ股間濡らしてない? 大丈夫? 大丈夫じゃないよね? あ…鎧の仲間達が顔を逸らして見ない振りしてる……。
ああ…可哀想なチャンプ……きっとアレ再起不能だわ…。
ガゼルも流石に大の男の粗相にツッコミを入れるような事はせず、見なかった事にして立ち上がり周囲の鎧達に視線を巡らせる。
「どうした諸君? かかって来たまえ」
軽く拳を握って見せるだけでビビって後退りする。
完全に戦意を挫かれている…。こりゃあ、勝負あったな。
観客達もコロシアムの英雄の負けた雰囲気を感じ取って黙る。先程まで歓声と怒号で五月蠅かったのに、今は静けさに包まれている。
結局パンチ1発で決着付いたな……まあ、やる前からこのオチは見えてたけど…。相手に1ダメージも与えずに勝ったのは御見事。……代わりに精神をバッキバキにしたけど…。
「おーい、これ勝負ありで良いかー?」
隅に退避していたMCが、ガゼルに声をかけられてハッとなる。
『えッ!? あっ…えーと……チャ、チャンピオン! ぞ、続行は可能ですか!?』
チャンプは無言のまま立ち上がる事も出来ずに震えている。
はい完璧に戦闘不能です、ありがとうございました。
「お、おいチャンプ!! 負けは許さんぞっ、戦え!!」
貴賓席っぽい上の席から、例のチビオーナーが全力で喚き散らす……が、当のチャンプの戦意がバッキバキなので動く気配が無い。辛うじて取り巻きの鎧達が、気を張り直して動きそうな気配があったが、結局地面の惨状を見て再び動きを止めた。
『せ、戦闘不能と言う事ですので、チャレンジャーの勝利ですッ!!!』
MCの勝利宣言に、会場中から悲鳴が上がる。
――― けど、俺はそれどころではなかった。
俺とカグとガゼルの3人は、勝利の喜びも感じる事無く空を見上げていた。
「ね、ねえリョータ…?」
「分かってる」
「マスター、どうなされましたか?」「アーク様、空がどうしたのですか?」
俺達以外には見えていない異常事態。
【魔素感知】の有る俺とカグにだけ見えている。空中で魔素が渦巻いていて、一点に集束して濃度を上げている。
ガゼルが魔素を知覚出来ているのかは知らないが、少なくてもアイツは“それ”の前兆を感知出来る。
――― 転移の前兆を
渦巻いて居た魔素が弾け、エネルギーとして消費される。
空間が歪み、転移の光がコロシアムに降り注ぐ。
そこでようやく俺達以外の人間も異変に気付くが、もう手遅れだ。
巨大な影が光の中から現れ、落下して来る―――!
ガゼルが咄嗟に足元のチャンプを拾い上げてその場を離脱すると、その次の瞬間、コンマ数秒前までガゼル達の居た場所を、その巨大な足が踏み潰す。
落下して来た巨大なそれ。凄まじい質量を受け止めきれず、大地の悲鳴の如き轟音を響かせて、闘技場が沈み地面が割れる。
全長6mの巨大な魔物が、コロシアムに降り立った。
その魔物を一言で表すのなら、“蟷螂”だ。
細長い胴体と、不釣り合いに大きな下半身、そしてそこから生える多脚は蜘蛛を思わせるが、何より目に付くのは両腕の鎌。
頭であろう部位で、ギョロギョロと6つの瞳が周囲を見回す姿が恐怖心を煽る。
今までにも蟷螂タイプの魔物と戦った経験はある。だが、コイツは今まで見て来た奴とは別格だ。なんたって【魔素感知】を使っても、相手の魔素量が測りきれない!?
今まで出会ったどの魔物よりも強いと言う確信。
――― コイツ…キング級の魔物か!?
悲鳴は上がらない。誰もが目の前の自体を理解出来ない。出来ていたかもしれないが「もしかして、これもショーの一環かな?」と言う希望的観測が……いや、現実逃避が思考を止めて、目の前にある絶対的な脅威を認識させない。
「クソッ、なんでこんな所に出てくるんだよッ!!」
「リョータが魔素撒いたから、それに引き寄せられたんじゃない?」
「……………マジか?」
「いや、知らないけどさ」
確かに有り得る…! 魔物が人里に近付かないのは、人が魔素を消費して魔素が薄いからだし。
ヤベェ、流石に考えなしにやり過ぎた!
しかし、それを後悔している暇はない。そんな時間を目の前の魔物が許してくれない。
巨大な鎌を魔物が、観客席の人間に向かって振り被る。
「チッ―――!」
後悔は後だ! 今はコイツの処理が先!!
「どうするの?」
「ぶっ潰して来るッ!!」
【空間転移】で振り被った鎌の真横に飛ぶ。そして、即座に振り下ろしにかかった鎌を、横から全力で蹴り飛ばす!
「だっ、しゃらぁあああ!!」
ダイヤモンドでも蹴ったような感触(実際に蹴った事ねけど)で足が痺れる。
クッソ硬い!! 鎌を圧し折るつもりで蹴ったのに、少し軌道をずらす事しか出来てねえ!
観客席を両断する軌道が俺の蹴りで逸れ、空振って地面を抉る。
だが、それだけではない! 鎌の延長線の地面に線が刻まれている―――いや、これ線じゃねえ!? 斬れてるのかッ!?
“斬撃の射程拡張”。つまり、俺のヴァーミリオンに付与されている【レッドペイン】みたいな事が出来るって訳かよ!?
複眼がジロッと俺を睨む。
おし、一先ず観客からはタゲ外せたな?
一旦離れると、俺の動きを追って蟷螂が多脚をガチャガチャと動かして向き直る。
「おーい、無事かアーク?」
焦った様子も無く、チャンプと仲間達を避難させたガゼルが呑気に歩いて来た。
俺がガゼルと軽口を叩き始めると、観客達もようやっと目の前の魔物の脅威を認識出来たようで、一斉に大騒ぎしながら出口に向かって駆けだす。
「うわあああああッ!!」「逃げろ、早く!!」「馬鹿ッ、退けよ!!」「お前が邪魔だろうが!」「さっさと出ろ! 殺されるぞ!!」「早く早く! 急いでよっ!!」「押すな、危ないだろう!」「うるせえ、さっさと走れよ!?」
しかし、そんな騒ぎは闘技場の俺達には関係ない。
「余裕で無事じゃボケぇ」
預かっていた槍と、括りつけられたままのコートを返す。
「ありがとよ」
コートを手早く着て、俺の頭に乗せていた帽子を回収して被る。
「で? なんでコイツいきなり出て来たんだ?」
「……すいません。俺が呼んだっぽいっス…」
「馬鹿じゃねえの?」
「返す言葉もねえ…。まあ、言い訳させて貰えば、呼ぶつもりは欠片も無かったよ?」
「当たり前だろ。呼ぶつもりで呼んだんだったら、お前の事ぶん殴らなきゃならんだろうが」
ですよね…。
とか凶悪な魔物の目の前で呑気な会話をしていると、逃げ惑う人々の中から、誰かが闘技場に降りて来る。
「ガゼル君、アーク君!」
エイルさんだった。
血相を変えて…っつか、本当に顔色が悪い…。コッチが心配になるくらい顔面蒼白で、何かの病気じゃないかと…。
「気を付けて! そいつが私達が倒されたキング級の魔物、デスサイズよ!!」
「ぉう、マジかよ」「なるほど、確かにコイツはエイル達には荷が重い」
偶然俺の不注意で呼び込んでしまったが、この後どうせ探して倒す相手だったから、探す手間が省けたって点だけは良かった。
「ガゼル、コイツの相手は責任持って俺がするわ」
「そうか、それじゃあ頑張れ」
俺の事を心配するような雰囲気は欠片も無い。まあ、逆の立場だったら俺も絶対心配しない自信が有るけど…。
まあ、ガゼルには筋肉チャンプとの戦いを肩代わりして貰ったし、ここは俺が頑張らないとねえ。
「一応俺も気を付けるけど、流れ弾が逃げる観客に当たらないように護ってやってくれ」
「よし、可愛い女の子は俺が護る!」
「むさいオッサンも護ってやって下さい…」
「ちょっとリョーター!? 私達どーすれば良いのよー!?」
ああ、そう言えばウチの女性陣客席に置いて来たんだった…。
「茶でも飲みながら応援してて」
「またなのっ!?」「マスター、水分接種過多なのですが?」「ご飯も食べていいでしょうか?」
さて、そんじゃウチの女性陣が水っ腹にならないうちに片付けるか!
っと、その前に。
「白雪、危ないから顔出すなよ?」
「はいですの」
1度背中に手を伸ばしてフードの中の白雪を撫でてやると、指先に抱きついて来た感触があった。
「さってと、キング級の初仕事を始めますか!」
動きの重い左手に【魔装】を施し、ヴァーミリオンを抜いて軽く振る。
辺りから、まだ観客席から逃げられない人間達の声が聞こえる。
「お、おい…まさか、あの小さいのが戦うのか?」「チャンピオンを倒したあの男が戦うんじゃないのか……?」「あの子供も…キング級、か?」「勝てる訳ねえだろ…あんな化物にっ!?」「早く…早く逃げろ! あの子供が死んだら次は俺達がヤバいッ!!」
「ちょっとガゼル君!? 君、一緒に戦わないのっ!!?」
「戦わないよ?」
「で、でも、デスサイズは桁外れの強さなのよ!? とても1人で戦える相手じゃ…!」
「大丈夫大丈夫。下手すりゃあのチビ、俺より強いから」
「………え…?」
どう攻めよっかなぁ…?
まあ、俺の戦い方って、そこまでバリエーション大きくねえからなあ? 大きく分けたら近接か炎熱の2択だし。まあ、大抵はそこからの応用技と力技でなんとかするんだけど。
とりあえず、定石通りに【魔炎】で相手の魔素を消費するところから始めるか。
コチラの攻撃意思を感じ取ったのかデスサイズが動く。より正確に言えば動いたって言うか、転移した。
魔素の動きで転移を先読み出来る俺には関係ねーけど!
左斜め後ろ―――!
デスサイズが転移で現れるよりも早く、その場に炎を撒く。
「燃えろ」
狙い違わず、俺の用意しておいた炎の絨毯の上にデスサイズが現れる……が、自分を取り巻く炎に目もくれずに鎌を振って来やがった!?
「―――っと!」
【レッドペイン】で斬撃の威力、射程を大幅に強化し、下から鎌を叩いて盛大に空振らせる。
チッ…やっぱり硬い! 今のもかなり本気で鎌を切り落としに行ったのに、傷1つ付けられてねえ!
デスサイズがもう片方の手―――鎌を振り下ろす。
背後を確認…とは言っても、感知能力が働いているので一々後ろを振り返る必要はない。
後ろに人は居ないな? よし、なら避けても問題ねえ!
トンっと軽く右にステップし、左手から炎を放射してその勢いで体を更に右に流す。
2本目の鎌が誰も居ない地面に突き刺さり、その延長線20m程の地面がスパンっと野菜の断面のように綺麗に斬れる。
これで突っ込める隙が出来た。
「ほい―――さ、っと!」
多脚の生える下半身に飛び乗り、更にそこから頭目掛けて飛び上がる。
両腕の鎌はまだ振ったまま、転移の予兆はない。我ながら完璧なタイミング!
「燃え溶けろッ!!」
【魔炎】発動。デスサイズを構成する魔素に発火―――出来なかった!?
「チッ!」
予想はしてたけど、魔素の支配力が高過ぎて発火出来ねえ! こりゃあもう流石キング級の魔物と褒める以外にねえな。
「リョータ!」「マスター!」「アーク様!!」
何を騒いでいるんだと思ったが、それはすぐに分かった。
デスサイズの鎌がそこまで迫っていた―――! いや、でも刃が俺に向いて居ない。ただの腕の振り戻し。
ただし、馬鹿っ早い!
【火炎装衣】…いや、ダメだ! フードの中に白雪が居る、炎を纏ったら燃やしちまう!
転移―――は、間に合わない。受けろ!
空中で体を捻って、向かって来る鎌の背に対して正面を向く。ヴァーミリオンを盾にして受ける。
「ぅ…グッ!」
ガギンッと硬い物がぶつかり合う音。次の瞬間、体が吹っ飛ぶ。
受けた衝撃に逆らわず、体を回転させて威力を散らし、【浮遊】で素早く姿勢制御をして地面に降りる。
「ぃてて…」
攻撃法だけでなく、防御に関しても≪赤≫に蓄積された知識と経験値は役に立つ。
「白雪、無事か?」
「目が回ったですの…」
「悪い、ちょっと調子に乗って回転し過ぎた」
「リョータ、無事ー?」
「おお、サンキュー」
視線はデスサイズに固定したまま手だけ振る。
さてさて、どうしたもんかね?
物理攻撃は硬過ぎてダメージが全然通らないし、炎は強い耐性持ってる臭いし、【魔炎】で魔素を消費させようにも野郎の方が魔素の支配力が上で通用しない。
腐っても魔物の王たる1匹……いや、別に腐ってねえか?
「アーク、手伝うかー?」
「要らーん」
ゆっくり深呼吸をして気を引き締め直す。
「ふぅ…」
認めなければならない。
キング級の魔物には、ノーマル状態の俺では通用しない。
チンタラやってると人に被害が出るかもしれねえし、この後の予定も詰まってる。
「悪いけど、インチキ臭ぇ能力使わせて貰うぜ?」
ヴァーミリオンを鞘に収め、鞘ごとベルトから抜く。
「【反転】」