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13-13 コロシアムの一幕

 魔物についての情報を貰おうと思ったら、「詳しい事は本人からお聞きになった方が…」と、例の手酷くやられたと言うクイーン級の人の居場所を教えられた。

 話通りにパーティーメンバーと一緒にボロ雑巾にされたらしいが、流石にクイーン級をそのままって訳にも行かず、ギルドの方で腕の良い治癒師を呼んで、すでにもう全員職場復帰しているらしい。

 で、現在は―――コロシアムに居るそうな……。

 え? なんでコロシアム? 復帰早々興行中なのか?

 まあ、会ってみりゃあ分かるか。


 ………で、そのコロシアムに移動したんだが…。


「無駄に人が多いな…」


 さっき遠目に見た時も思ったが、どこからこんなに人が湧いて来たのかとウンザリする程コロシアムの入りは激しい。

 元の世界の新宿を思い出して、ちょっとだけ懐かしくなるが……感傷に浸ってる場合じゃないので心から締めだす。


「世界中から腕に自信のある連中が集まって来るからなあ。それに、コロシアムはこの国の資金面を支える柱。血の気の多い観客が腐る程来るって訳よ」


 やれやれっと肩を竦めながらガゼルが丁寧に説明してくれた。

 ようはコロシアムの興行は国が主動になってるから、こんなに大盛況って事ね。ま、自分の実力を見せ物にするのも、それを観て楽しむのもそいつ等の勝手だが……何が楽しいのやら。

 そんな思いが女性陣は特に強いのか、コロシアムの中から伝わってくる熱気とむさ苦しさに皆して顔を(しか)めている。


「正直に言うわ。私、ここ入りたくない」


 ウチの幼馴染は建前とか言葉を我慢する事が出来ないらしい。知ってたけど。

 気遣いは出来るくせに、嫌な事は「嫌だ」と言わずには居られない性分なんだよ、この女は。

 まあ、嫌だと言われても、ここに放置して行く訳にも行かんから連れて行くけど。


「我慢して下さい」

「どうしても?」

「どうしても」

「本当にどうしても?」

「後で飴買ってやるから我慢しろ」

「幼稚園児か私は!?」


 精神年齢はそんな感じだろ。と言うツッコミは流石に呑み込む。

 それでもブーブーうるせぇので、もう面倒臭くなって力付くで手を引いて引き摺って行く。昔っからこうすると素直に従うのを俺はよく知っている。実際、今回も少し満足げな顔をして手を握ったまま後ろを付いて来る。

 これでようやく中に入れる…と思ったら…


「マスター、私も入りたくありません」


 パンドラまでトンチキな事を言いだした。


「え…なんで?」

「はい。駄々をこねるとマスターが手を引いてくれるようなので」


 そんなシステムねえよ。


「そう言う事でしたら、私も入りたくありません!」


 フィリスまで……っつか、コイツに至っては既に手を差し出して、俺に手を引かせる気満々過ぎるんだが…。あ、ヤバい白雪もこの流れに乗っかろうとしてやがる!?

 口を開きかけた白雪よりも早く、カグと繋いでいた手を離す。


「あっ!」

「はい、終わり! 皆ちゃんと自分で歩け」


 女性陣が反論を始める前にズンズンとコロシアムの中に向かって歩き出す。女性陣も、後ろでぶつくさ言い合いながらも付いて来た。

 ………始めっからこうしとけば良かったんじゃん…。

 俺が1人で精神的な疲れを感じていると、早足で追い付いて来たガゼルが横に並ぶ。


「お、なんだ? イチャイチャタイムは終わりか?」


 うわ…そのニヤニヤ顔、むっちゃ腹立つ…!


「見てねえで助けろよ先輩(パイセン)…」

「いやいやいや、お前達のやり取りは見てて微笑ましくてなあ。女と大人な付き合いしか出来なくなった俺には、もうそんな事出来ないし?」

「人が苦労してんのを横で笑うなんて良い趣味じゃねえなぁ」

「横で笑うとは人聞きが悪いな? 子供を見守る大人の義務だろ?」


 チッ、戦いだけじゃなく微妙に口も回るのが更に腹立つ…!


「そう言えば、この国の魔物にやられたクイーン級ってどんな人だよ? 俺は会った事も噂聞いた事もねえけど、顔の広いお前なら会った事あんだろ?」

「まあな。大きな事件とか、巨大な魔物が現れたりするとクイーン級に召集がかかる事あるんだよ。その時に挨拶がてら食事とか。って言っても、俺も会った事あるの2回だけだぜ?」

「どんな人?」

「どこにでも居そうな村娘って感じの女」

「強いん?」

「まあ、そこそこだな? 特別何か強力なスキルや魔法を持ってる訳じゃないけど、仲間との連携や立ち回りが上手い」

「ふーん…。じゃあ、ガゼルと1対1(サシ)で戦ったらどれぐらい持つよ?」

「2秒」


 戦力差が絶望的過ぎて笑いも出ねえや…。

 特撮オタクやショタコンなら勝てないまでもそこそこ良い勝負しそうだけど、2秒でやられるって……そこらの一般人と変わらなくね? いや、まあ、俺等の戦闘レベルになったら、一般人基準の“強い”も大して違いがねえのはそうなんだけど……腐ってもクイーン級の冒険者が2秒て…。

 

「ほら、噂をすれば」


 前方―――人だかりの奥で、筋骨隆々な体が黒光りする男と、上等な仕立ての軽鎧を身に着けた女性が、何やら言い合っていた。

 あの軽鎧の女の人がこの国のクイーン級か。その後ろで不安そうな顔をして事の成り行きを見守っている同年代の男女が8名。多分あの人達がパーティーメンバーだろう。

 とすると、言い合いしてる相手の男は誰だろう?


「筋肉の方は?」

「さあ? 俺も見た事ないな」


 後ろの方で、嫌な顔を隠そうともせずに歩く女性陣を呼ぶ。

 先程からチラチラと周りからの視線が気になるようで、白雪がフードの中に飛び込んで来て小さくなった。

 アステリア程この国は亜人に対して寛容じゃないのかな? 白雪がやけに周りの人間を怖がってる…。

 一応その辺りの事も注意しつつ、ガゼルに先導されて人垣を掻き分けて言い合っている2人に近付く。


「なんだぁ? やっぱ逃げるのか冒険者様は!?」

「逃げるんじゃない! 戦う理由が無いって、何度言えば理解出来るの!!」

「理由なんざ必要ねえだろうがよぉ!? テメエと俺、どっちがこの国最強かハッキリさせようって言ってんだよ!!」

「だーかーら! そんな事して何の意味があるの!?」

「意味なんてねえよ!! 強い奴がいればぶちのめして、自分がもっと強いって事を証明する! そして、この国1番の強者は俺だって事を、テメェをぶっ潰して証明すんだよ!!?」

「はーい、失礼しまーす」


 今にも掴み合いそうな2人の間に、ガゼルが体を割り込ませる。


「ぁんだテメェはッ!!!?」

「ガゼル君!?」


 2人のそれぞれの反応を受けてから、男から向けられる怒気と殺気の視線を無視して女性と向かい合う。


「やあエイル、お久しぶり」

「どうして貴方がここに!?」

「エイルがやられたって聞いて、飛んで来たのさ」


 そしてさり気無く手を取る。


「おいテメェ、何者だって訊いてんだよ!!? 無視してんじゃねえぞっ!?」


 背中で筋肉さんがむっちゃ騒いでいるのに、凄まじいスルー力で無視している。男に欠片も興味無い感じ…コイツの女好きもここまで来るともう特技だな…。


「そ、そう…ありがとう…」


 若干顔を引き攣らせつつ、そっとガゼルの手を離す。

 ガゼルが嫌われてるって訳じゃないが、男にべたべたされんのが苦手な人っぽいな。


「クイーン級の中でも最強と言われる貴方が来てくれたのは嬉しいわ」

「ぁあ!? この帽子の奴がクイーン級最強だぁ!?」


 会話に欠片も参加させて貰えてない筋肉さんが、横に回り込んでガゼルの顔を下から覗き込む。

 周りで2人の喧嘩を面白そうに見ていた野次馬達も、割って入った男の正体を聞いて驚いている。


「来たのは俺だけじゃないぜ? おいアーク」


 呼ばれて、あの輪の中に入るのかと思うとちょっと泣きたくなる…。

 仕方無くガゼルの横に並んで女性の前に出る。


「どうも、始めましてアークです」

「あ、これはどうも…エイルです。この子は?」

「アステリア王国に現れた新参のクイーン級冒険者の噂は聞いてるだろ? それがコイツ」

「えっ!? じゃあ、貴方があの<全てを焼き尽くす者(インフィニティブレイズ)>!? 世界最強の炎術師って呼ばれてる!?」

「炎術師じゃないですけど、多分そうです」


 突然のクイーン級2人の登場に(実際はクイーン級じゃねえけど)驚いているエイルさんと、その後ろのお仲間さんと(おぼ)しき皆さん。

 周りの皆さんの反応はむしろ懐疑的で…特に俺の事は完全に舐められていた。


「クイーン級? あの2人がか?」「いや嘘だろ」「帽子の男はともかく、もう1人はガキだぞ?」「あんなチビなら俺だって勝てそうだ」「どっかの金持ちの子供で、金を積んでクイーン級になったんじゃないか?」「それだな、間違いない!」


 あ…いかん。ウチの女性陣が若干殺気立ってる気がする…、今にも周囲の人達をボロ雑巾しかねんくらいに…。


「それとエイル、1つ訂正だ。俺達は2人共、もうクイーン級じゃない」

「え? どういう…?」


 そこでようやく、俺の首に提がっているシンボルに目が行ったらしく、フルフルと震える指でキング級の証を指さす。


「ま、まさか―――!?」

「そのまさかだ」


 ガゼルも自分のベルドに括りつけているキングの駒を出して見せる。


「俺達2人共キング級になった。と言っても、ついさっきなったばかりだけどな?」

「強い強いとは噂で聞いて居たけど……まさか、キング級になってしまうなんて…! もしかして、前のキング2人が同時に引退した事と関係ある?」

「その辺りは色々込み入った事情なので、訊かないで貰えると有り難い」


 野次馬達が一斉に後ずさって囲いが大きくなる。

 流石に俺を(あざけ)ような声も聞こえなくなる。まあ、ビビってる…と言うよりは困惑してるだけっぽいけど。

 キング級の冒険者と言えば、世界最強の存在。その最強がナンパ師とこんな子供では、そりゃ「どう言う事!?」ってなるわな…。


「そんな訳で、俺達のキング級としての初仕事が、お前さん達を倒した魔物の討伐なのさ。で、その魔物ってどんなや―――」


 ガゼルが訊き終わる前に、周囲の野次馬達にジャングルの猿のような大声でがなりたてながら男が近付いて来た。


「どけっ、邪魔だ! わしが通れんダろうが!!」


 かなりメタボ気味の小男。野次馬達の着ている物に比べて、2つも3つもランクの高い仕立ての良い服を着ているが、身長と体形のせいで完全に服に着られている…。なんか、七五三の子供のような印象……。

 その男が、護衛らしい鎧姿の数人の男達に護られ、後ろに鎖に繋がれた女達―――奴隷?を連れて俺達の輪の中にズカズカと入って来た。

 しかし、小男の目的は俺達やエイルさんではなく、エイルさんと言い合いをしていた筋肉さんだった。


「おぉチャンプ! 今日も体の仕上がりはどうだ? ん?」


 筋肉さんの体をバシバシと叩きながら、上機嫌に訊いて居る……っつか、チャンプ? チャンピオンのチャンプ? チャンプって渾名(あだな)ってオチじゃないよね?


「はい、問題ありませんよオーナー! 今日も全員ぶっ潰してやりますから!」

「はっはっは、流石ワシの見込んだ男だ! 頼むぞチャンプ? お前さんの活躍が、このコロシアムを1番盛り上げてくれるんだからな? はっははっはは!」

「分かってますよ! 今日も俺の勝ち姿で観客共を沸かせてやりますって!」


 オーナーとチャンプ…お互いをそう呼ぶ事から何となく関係性は理解出来たが、一応確認の為にススッと気付かれないようにエイルさんに近付いて、小声で訊いてみた。


「あのエイルさん? あのチビデ……じゃない男の人誰ですか?」

「このコロシアムを運営してるダルクスさん。この国は一応民主国って事になってるけど、実権を握ってるのはあの人なの。逆らわない方が良いよ?」


 なるほど、お偉いさんだったか…。まあ、この国を支えてるのはこのコロシアムらしいし、その運営者なら、まあ、そりゃあ偉いだろう。

 等と2人で話していると、アッチで筋肉とチビデブも俺等の事をチラチラ見ながら何やらヒソヒソと話している。

 クイーン級と話していたら、もっと上のキング級が割って入って来たんだから…まあ、ねえ?

 ウチの女性陣が妙に静かにしているのに気になった。

 カグも、パンドラも、フィリスも誰1人突然現れたチビデブの事も、それと話している筋肉の事も眼中に入って居なかった。彼女等が見ていたのはその後ろ―――男の後ろで鎖に繋がれていた女性達。

 まあ、同姓がああいう扱いをされるのは気分が良くないんだろう、と思ったらそう言う話ではなかった。何故なら、その鎖に繋がれた女性達は全員―――亜人だったから。


「亜人の奴隷…?」


 この国では亜人の奴隷制度が生きているのか!?

 4人中3人はエルフだった。長いボサボサの髪で隠されて居て気付かなかった…。1番後ろの小柄な女性は、良く見ると額の当たりに角が生えていた……初めて見るけど、(オーガ)か?

 一瞬、鎖に繋がれて虚ろな目をする亜人達の姿に、我を忘れて目の前の小男を灰にしてしまいそうになった。

 そうしなかったのは、理性が働いたからではなく、俺より先にフィリスが飛び出して行こうとしたのを、咄嗟に腕を掴んで止めた事で俺自身の怒りが引っ込んだからだ。

 「どうして止めるんです!」と言う視線で俺を睨むフィリスを、無理矢理俺の後ろに隠すように引っ張る。カグとパンドラにフィリスを任せ、白雪に絶対顔を出すなと思念を送る。

 件の小男の方も、筋肉との話が終わったらしく妙にニコニコしながら俺達に近付いて来た。


「どうもどうも、我が国のクイーン級であるエイルさん。そしてキング級の……」

「ガゼルだ」「アークです」

「ありがとうございます。キング級のガゼル様とアーク様ですね? 世界最強と名高いキング級の方々とお会いできるとは光栄です」


 口先だけで、欠片も光栄とは思ってないのが透けて見える。笑っている目の奥で、俺達を下に見ているのを隠そうともして居ない。腹は立つが、変に隠されるよりは分かりやすくて良い。


「実は、前々からエイルさんには我がコロシアムのチャンプと戦って頂けるようにお願いしていたんですが、中々色よい返事を頂けなくて」


 あー…俺等が来た時の言い合いはそう言う話をしてたのね…理解した。

 しかし、そんな興行で稼ぎたい運営の思惑と冒険者は全く関係ない。だからこそ、エイルさんも断って居るんだろう。


「だから、そのお話はお断りしてるじゃないですか!」


 カッとなって怒るが、それでも理性が働いて相手の身分を思い出してブレーキをかける辺り、この人は自分をちゃんとコントロール出来てるなぁ、と感心してしまう。俺だったらとりあえず一発ぶん殴ってたわ。

 小男の護衛らしい鎧達もエイルさんが手を出さないのを理解しているからか、全く動く気配がなかった。


「いえいえ、別に責めてるんじゃないんですよ? クイーン級とは言っても、所詮は冒険者ですからねえ、ウチのチャンプと戦えば敗北は必至。偽りとは言えこの国最強を名乗っているのですから、逃げるのは当然ですよ」


 このオッサン…エイルさんだけでなく、冒険者全体を舐め切ってんな…! 冒険者最強であるキング級がこの場に2人居るのを分かった上でこんな挑発してくるなんて、自殺志願者なのかこのボケ…!


「そこでお話なのですが―――」


 小男の舐めるような鳥肌の立つ視線が、エイルさんから俺とガゼルにスライドして来た。


「宜しければ、折角ですのでキング級の御2人にチャンプのお相手をお願い出来ないかと思いまして」


 ぉう、マジかよ…。キング級を金稼ぎに引っ張り出そうとする根性も凄いが、キング級に闘技場のスターを当てるその肝っ玉が凄ぇよ…。どう考えたって負ける―――…とは考えてねえから、こんな提案が出来るのか…。

 後ろに居る筋肉チャンプもニヤニヤと俺達を見ている。

 挑戦的な目。「お前等がどれ程か確かめてやるよ?」とでも言いたげな、完全に見下している目。


――― この提案は好都合だ。


「悪いけど、そんな物に付き合ってる暇は―――」


 断りを入れようとしたガゼルのコートを掴んで遮る。


「いいですよ」

「おいっ、アーク!?」「マスター?」「ちょっ、リョータ!? そんな事してる暇ないでしょうが!」「アーク様…?」


 ガゼルを押し退けて前に出て、小男と相対する。相手の身長も大した事ないせいか、俺とだけ視線の高さが丁度良い。


「ぉお本当ですかな!? これは嬉しい、キング級の方に舞台に上がって貰えるとは!」

「ただし、条件だします」

「ぇ?」

「コッチが勝ったら、貴方の所に居る奴隷を全員下さい」

「なっ!?」「何言ってやがる!?」


 驚愕と憤怒で顔を歪める小男と筋肉。

 対して、ガゼルが「なるほど」と口元に小さな笑みを浮かべながら納得し、ウチの女性陣は「アーク様…!」「やはりマスターはそうでなくては」「流石リョータ」「父様、大好きですの!」と目をキラキラさせているし。


「じゃあ、ハンデあげますよ?」

「ハンデ…ですか?」

「1つ、そっちは何十人でも、何百人でも用意してくれて構いません。2つ、コッチは1人で戦います。3つ、コチラは武器と魔法を使いません」


 周りで成り行きを見守っていた野次馬達がどよめく。

 普通に考えれば、勝ち目なんて1つも無いからだ。

 だが、俺とガゼルにしてみれば、正直ハンデにすらなっていない。数の有利なんて俺達には意味ないし、区切られた空間で戦うなら1人で戦った方が立ち回りやすいし、武器なんて人間相手に振り回したら確実に殺すから使うつもりねえし、魔法なんてそもそも使えねえし。

 相手が全員、真希さんや特撮オタクレベルだってんなら、また話は違うかもしれないが、有象無象が百やそこら集まったところで脅威なんて爪の先程も感じない。


「そ、そこまでして頂けるのですか? い、いえ、しかし…奴隷を全て手放すのは…」


 チッ、まだ迷ってるか。仕方ねえ、もう少し背中を押してやるか…。


「それなら、コッチが負けた時は奴隷にでも犬にでも、どうしてくれても構いませんよ?」


 周囲のザワザワが「うぉおおおおおおおお!!」と爆発したような騒ぎになる。

 まあ、そりゃあそうだろう。キング級をもし自分の手下にする事が出来たら、どれ程の利益が自分の懐に転がりこむか…。どの国だって喉から手が出る程欲しがる人材を、こんな場所でただで手に入れられるなんて、そんな美味しい話に乗って来ない訳ねえよなぁ。


「そうですか、そこまでの覚悟を見せられれば仕方ありません! ワシもコロシアムの運営者としての器を見せねばなりませんな! その条件、御飲みしましょう!」


 心当てに答えたような感じで話しているが、目の奥で欲望の炎が渦巻いている。今頃、頭の中ではキング級を下に付けたらどう使ってやろうかと考えているんだろう。

 そんな未来は来ねえよ!!

 亜人達が、あんな虚ろな目になるような扱いをしていた事―――後悔させてやる…!

 そんな俺の殺気が外に漏れたのか、ガゼルが俺の方を掴んで後ろに下がらせ、


「ちょっと待った。チャンプとの戦いは俺がやる」

「おい、出しゃばんなや…!」


 ギロっと睨んだが、ガゼルは全く気にも留めずにスルーしやがった!


「いいでしょう。なあチャンプ?」

「ああ! 俺はむしろ歓迎だぜ? ガキをリンチしたってショーにならねえからな、戦えそうなそっちの帽子の方が少しは観客も楽しんでくれるだろう」

「ふっふ、お前はやはり頼もしいなあ。では、早速ですが10分後に始めると言う事で宜しいですかな? もう観客の皆さんが待ちくたびれていますので」

「ああ、良いぜ」

「そうですかそうですか。では、闘技場でお会いしましょう」


 小男と筋肉が立ち去り、周囲の野次馬達が我先にと良い席を取りに散って行った。


「おい、俺が提案した事をオメエがやってどーすんだボケ…!」


 言うと、頭をスパンっと叩かれた。


「ぃって!」

「アホか、今の自分の目見て来い。そんな目して戦ったら、手加減しても手元狂って相手を殺しちまうぞ?」


 ………そう…か?

 女性陣の方を向くと、ガゼルに賛同して「うん」と1度だけ頷いた。フードの中から白雪も「父様、心の中が暗くなってて怖かったですの…」と、少しだけ怯えた声で呟いた。

 …ヤベぇ、そんなに怒りに我を見失いかけてたのか? 自分じゃ全然分からなかった…。

 俺達以外に唯一残っていたエイルさんと、お仲間さん達が不安そうに訊く。


「ね、ねえ、大丈夫なの? 言いたくないけど、あのチャンプ結構強いわよ? あっ、いえ別にキング級の力を疑ってる訳じゃないけど!」


 その言葉に、俺とガゼルは1度見合わせてから、いつも通りの口調で返した。


「余裕でしょ?」「相手の心配でもしてやってくれ」



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