13-12 ヴィヴィシア
「キング級の仕事…ですか?」
グラムシェルドのギルドをあとにして、そのまま出発……と言う訳にも行かず、とりあえず目立たない路地裏に場所を移して、統括ギルドでの話を皆にしていた。
亜人達の移住についての協力を取り付けた事とか、グランドマスターが見た目完全に糞餓鬼だった事とか。
それから、キング級として押し付けられた仕事の事…。
正直、ガゼルと2人して聞かなかった事にして逃げ出そうかと思ったんだが、行き先がヴィヴィシアとか言う国だと聞いてちょっと話が変わった。
ガゼル曰く、その国はアルフェイルから西に在るらしい。……って事は、≪黒≫が飛び去った方向だ。
≪黒≫は恐らく次の継承者…の候補者の居る場所に向かったと思われる。つまり人の居る場所。そして、アルフェイルから西に向かって、最初に行きつくのはヴィヴィシアらしい。
それなら、≪黒≫を追いかける取っ掛かりに丁度良い。っつう訳で、その話を受けて来た。
「そう。でも、まあ、ただの魔物退治だし、そこまで難しい話じゃねえよ?」
「心配する事はないよレディ達? 何かあった時は、俺が護ってあげるからね」
ガゼルがハリウッド俳優のような笑顔で言うと、女性陣は何事も無かったようにスルーした。
「その魔物は、その、キング級? とか言う等級なの?」
「らしいな。なんか、ヴィヴィシアのクイーン級冒険者が手酷くやられたって話しだし」
ガゼルが後ろの方で「声のかけ甲斐がねぇなぁ」と溜息を吐いているが、正直俺にもどうしようもねえのでスルーした。
「クイーン級がですか!? ……あの、それは大丈夫なのですか?」
「まあ、多分」
心配そうな顔をするフィリスに笑って返す。
確かにクイーン級冒険者がやられたって話は俺も驚いたけど、クイーン級つっても、その強さはピンキリらしいからねぇ…。
誰も彼もが真希さんやジャスティスリボルバーみたいな怪物ではない…っつーか、話によるとその2人が極端に強過ぎるだけらしい。
他の5人のクイーン級は、個として能力はそこまで高くないって話だ。
クイーン級への昇級には同級の魔物の単独討伐が条件に入っているが、その5人は回復、強化、敵への弱体化などの魔法での支援を貰った上で討伐したそうな。まあ、一応実際に殴り合っているのは1人なので、単独討伐としてカウントされるそうなのだが…。
そんな訳で、現クイーン級7人の内5人は、個としてではなくパーティーとしてクイーン級って事らしい。
「大丈夫だって。俺やガゼルに勝てるような魔物が居ると思うか?」
「まったく思いません」
「と言う事だ」
魔物相手なら負ける気がしないのは本当だ。どんな怪物級であろうと、魔神やら魔素体より上って事はねえだろうし、何より魔物相手は気分的に楽だ。
キング級の初仕事だから手を抜くつもりはねえけど、仕事はチャチャッと片付けて、早いところ≪黒≫を探しに行くべ。
転移はフィリスが行った事があると言うので御世話になる事にした。
ちなみに、国外に出る事の報告をギルドにする必要はない。何故ならキング級だから。
冒険者ギルドを置いて居る国限定ではあるが、キング級は自由に出入りする事が出来る権利が与えられている。そう言えば、ルナの奴も好き勝手国に出入りしてたな…。
――― 転移して…
ヴィヴィシアは気候は若干温暖寄り国だが、四季によってはクソ寒くなる季節を楽しめる日本のような国だそうな。
まあ、あとは中央の街に闘技会が開かれるコロシアムが在るって事で、世界中から腕自慢が集まる国なのだとさ。そんなゴロツキ紛いの連中がいっぱい居るからか、冒険者が安く見られがちなのだとか…。
ま、俺はこんな見た目……つったらロイド君が怒るか…ともかく童顔、小柄なせいで舐められる事に慣れてるけど、今は一応冒険者の“最強”の看板背負ってるから、舐められ過ぎねえように気を付けよ。
さて―――。
「で、ここは?」
転移魔法を使った本人に訊いてみる。
「は、はい! ここは、ヴィヴィシアの中央都市シュゼア・リクとか言う場所です」
流石にこの人数の転移は疲れたのか、頬を伝う汗を拭う姿が妙にアスリートっぽくて見惚れそうになる。
……っと、エルフの美しさを再確認してる場合じゃねえや。
「って事は、コロシアムが在るって場所か?」
大通りの先に見える巨大な円形の建物。人が蟻のように雪崩れ込んで行く姿を見ると……お祭り好きの日本人の血が騒ぐ…!
「そうです…とは言っても私は行った事がありませんが」
「町見学に来た訳じゃないでしょ? さっさと冒険者ギルド行って話聞きましょう?」
うちの幼馴染が修学旅行で引率する委員長みたいな事言ってやがる…。
フィリスが「お前が仕切るな!」的な目で睨んでいるが、俺としては特に従わない理由もないので素直に返事をする。
「そうだな」
早速フラフラと道行く女の子の尻を追いかけて行きそうなガゼルのコートを掴んで引き摺って行く。
街の何処にギルドが在るのか分からないので、所々で人に訊く……のだが、冒険者ギルドの場所を尋ねると、吐き捨てられるか蔑んだ笑いを浮かべられるか……。なるほど、この国の冒険者がどう言う扱いなのか理解した。
20分程皆で、「あっちだ」「いや、あっちでしょ!」「先程あの角を曲がると聞きました」「え? 右じゃないですの?」「今擦れ違った子、尻の形が芸術的じゃね?」「おいっ、ちゃんと歩け!」みたいなやり取りを10回以上繰り返し、ようやく冒険者ギルドに到着。
冒険者ギルドは、まあ綺麗ではあるがそこまで大きくない。むしろ首都のギルドとしては小さい気がする。
別にちゃんと機能してるなら、小さくても構わないけどさ。
「ちわーっス」
威勢良く扉を開けて入ると………御通夜みたいな雰囲気だった。
皆がズーンっと下を向いて肩を落とし、幽霊のような生気の無い目でジッと地面の染みを数えている。
「………葬儀場と間違えたか?」
「アンタ、少しは言葉選びなさいよ…」
カグにぺシッとツッコミを入れられている間に、ガゼルがズンズンと中に入って行く。俺よりクイーン級の期間が長かったせいか、知らない冒険者ギルドにズカズカ入って行く図々しさは流石だ。まあ、俺もそこまで遠慮する人間じゃねーけど。
「グランドマスターからの使いで来た。キング級のガゼルと―――チビだ」
「ぉい…」
“キング級”の言葉を聞いて、ギルド内の幽霊達に生気が戻り、首が取れる程の勢いで皆が顔を上げて受付に居るガゼルを見る。
「キング級…?」「あの男がキング…?」「来てくれたのか?」
死んだ目に希望と言う火が灯り、室内の温度が心無しか上がったような気がする。
ずっと葬儀場のような空気に触れ続けていた受付のお姉さんも、目の前に立っているガゼルが救世主のようにキラキラと目を輝かせている。
一方その視線を向けられているナンパ師も、女の子にそう言う目を向けられれば満更ではないようで、優しくお姉さんの手を取って…
「俺が来たからにはもう安心さ。俺達の今後について、今夜食事しながらゆっくり語ろうか?」
いきなりナンパ始めよったッ!?
くそっ、お姉さんも顔立ちはハリウッド俳優ばりのガゼル相手だからコロッとやられてるし……。
腹立つからケツ蹴り上げておこう。
「ナンパしてる場合か、ォルァッ!!」
子供のような俺―――っちゅうかロイド君の足から放たれる蹴りがゴドンッと雷のような音を立ててクリティカルヒット。
「いって…お前、少しは手加減しろよ…!」
尻を擦りながら文句を垂れる。しかし、それでもお姉さんの手を離さない根性だけは褒めて置く。
っつうか、血便出さすくらいのつもりで蹴ったのに、コイツのケツ異常に硬い…。流石竜王…とこれも褒めるべきところか?
「予定詰まってるから後にしろ」
「えっと…そちらの御坊ちゃんは?」
受付さんがガゼルの連れと判断して、一応気遣った訊き方をするが、その視線は「邪魔すんな」「なんで子供がギルドに」と雄弁に語っている。
「そこの阿呆と同じくキング級のアークです」
首から提げている王石で作られたキングの駒を見せる。
「ぇうッ!? う、嘘ですよね!?」
ガゼルに注目していた周りの冒険者達の視線も、一斉に俺の首のシンボルに移る。
このままスンナリこの国に現れた魔物について聞けるかなぁ……と思っていたら、冒険者の1人が立ち上がり、犯人を暴いた探偵の如く俺達を指さす。
「嘘だ! 今のキング級は褐色の肌の女と、もっと老年の男だった筈だ!」
その声に他の冒険者達もハッとなって反応した。
「そ、そうだぜ!」「おい、待て! じゃあコイツ等はなんだよ!?」「偽物めっ!」「キング級を騙ろうなんてふざけた奴等だ!!」「冒険者を舐めんじゃねえ!!」
20秒前まで死んだ魚の目をしていたくせに、皆の目がギラギラと狩人の目になっている。怒りは人の原動力と聞いた事があるが……なるほど、確かにそうだな。
この国の冒険者はトップであるクイーン級が魔物にやられて、色々燻っていたのだろう。怒りをぶつける先が現れて、今にも襲いかからんばかりに殺気立っている。実際、何人かは武器に手をかけているのだから恐ろしい。
この状態から話聞いて貰える状態に持って行くのはしんどそうだなぁ…。と俺は思ったのだが、先輩はこう言う状況にも慣れているようで、慌てず騒がず…
――― ドンッ
机が割れないギリギリのラインの力で受付台を叩き、冒険者達の機先を制して出鼻を挫く。
その狙い通り、突然のギルド内の空気を震わせる轟音に、修羅場を潜って来た冒険者達ですらビクッと肩を震わせて動きが止まった。
「前任キング級の2人は既に引退した。俺達2人はその後釜って訳…と言っても、キング級になったのはついさっきなんでね? そのうち統括ギルドから連絡があると思うぜ? 信じられないってんなら―――」
ベルトに括りつけていたキングの駒を差し出す。
「どうぞ、確かめてくれて」
誰も動こうとしない。
ガゼルの威圧にビビったから―――も有るが、それ以上にここの冒険者達は知っていたらしい。
キング級の駒の輝きが本物の王石である事を。
冒険者達と俺達の間にのピリッとした空気を読んで、ガゼルに手を取られたままの受付さんが改めて頭を下げた。
「世界の守護者たるキング級の方々、ようこそいらっしゃって下さいました」
その言葉を聞いて、冒険者達も敬意を持って俺達に頭を下げた。