13-10 かぐやは人見知り
阿久津良太は秋峰かぐやの幼馴染である。
2人の出会いは、かぐやが八王子に引っ越して来たすぐの事。小学校の入学前まで遡る。
越して来たばかりで知り合いも友達も居なかったかぐやは、いつも1人で過ごしていた。
そんなある日、道端で子犬を拾った彼女は「この町で初めての友達が出来た」と喜んだ。しかし、両親に一生懸命頼んでも飼う事を許して貰えず、さりとてまた腕の中の子犬を捨てる事も出来ず、彼女は公園の片隅で1人でどうしようもなくなって泣いて居た。
助けを求める事の出来るような人間は誰も居らず、泣いて居る彼女に手を差し伸べてくれる人間も居ない。
しかし、日が暮れはじめた頃、彼女に声をかけた人間が居た。
「お前、そんな所で何泣いてんの?」
それが阿久津良太だった。
だが、当時の良太にかぐやを助けようと言う意思はなく、ただ自分の庭である公園に見知らぬ奴が居るから、とっちめてやろうと声をかけただけだった…と、後に聞かされるのだが、それはまた別の話。
なんのかんのと会話があって、泣いてばかりのかぐやを放って置けなくなったのか、良太はその後、子犬の飼い主を泣き止まないかぐやの手を引いて探し歩いた。結局飼い主は見つからなかったが、最後はかぐやの両親に一緒に頭を下げて飼う事の許しを貰った。
――― こうして阿久津良太と秋峰かぐやの長い長い付き合いが始まった。
* * *
アークが冒険者統括ギルドからの使いと共に居なくなって、女性陣だけがグラムシェルドに残された。
彼女達は基本的にアークと一緒に居る事が最優先であり、自由行動をしない。特に、アークがいつ戻ってくるか分からない現状で好き勝手に動き回ると言う選択肢はない。
そう言う訳で、「お茶でも飲んで待ってて」と言われた通りに、ギルドの片隅で紅茶を飲みながら待つ事になった。
………のだが。
「……………」
「……………」
「……………」
「~♪」
凄まじく気まずい沈黙の中、3人のカップを傾ける音と、1人だけ楽しそうに白い花と戯れている白雪の鼻歌だけが周囲に響く。
女子3人のお茶会と言えば楽しそうだが、異様な迫力を出す3人組+妖精1人に近付く事を恐れて、他の冒険者達は遠くに離れてしまっている。
(……き、気まずい……)
秋峰かぐやは悩んで居た。
元々人見知りで気心の知れた相手でもなければ気軽に話す事も出来ないような人間である。
パンドラはそもそも積極的に会話をしないし、フィリスは多少打ち解けて来たと言ってもまだまだ≪白≫の継承者のかぐやとは溝がある。白雪は花を楽しむ事に夢中で話をするつもりはない。
そしてこの沈黙である…。
かぐやは脳味噌を回転させる。
(何か…何か話題を絞り出すのよ、私!)
4人の共通の話題を探す。しかし、付き合いが短過ぎて見つからない。
………いや、1つだけ見つかった。しかし、それを自分から話題に出すのは少し躊躇いを覚える。
悩んでいる場合ではない。なんと言ってもこの空気に耐えられないのだから。
「あ、あの、皆はリョータとどうやって出会ったんですか?」
共通の話題なんて1つしかない。良太の事だけだ。
フィリスの眉が少しだけ吊り上がるのに恐怖を感じたが、パンドラが気にせず話し始めたのでホッと安堵の息を吐く。
「私は、研究所の地下で眠っていたところをマスターに起こして頂きました」
言われて「そう言えばロボットなんだっけ…」と思い出す。
普段の自然な姿を見ているとつい忘れそうになるが、向かいの席に座る美しいメイド装束の女性は人の手によって作られた存在なのだ。
パンドラが答え終わると、白い花を抱いたままパタパタとパンドラの肩に止まった白雪が続いて答える。
「私は、里から離れて迷子になって魔物に襲われて居たんですの! そしたら、父様が助けてくれたんですの!」
「あ、じゃあ白雪ちゃんの名前もその時にリョータが?」
「そうですわ!」
アークの姿を思い出したのか、ギューっと花を抱きしめる。
話の流れ的に、次はフィリスの番なのだが……答える様子はない。それどころか、無言のままジト目でかぐやを睨んで居る。
居たたまれなくなって逃げる様にカップを傾けるが、視線の圧力が強過ぎて味がまったく分からない。
「それより、お前はどうなんだ?」
「え!?」
唐突に水を向けられて、思わず紅茶を噴き出しそうになるが辛うじて堪える。
「言いたくはないが、アーク様はお前に対してだけは…何と言うか…自然な接し方をしている! お前はアーク様とどう言う関係なのか、この場でハッキリして貰おうか!!」
フィリスの発言に、パンドラと白雪の視線も微妙に鋭くなる。パンドラに至っては、答え如何によっては銃に手を伸ばす気満々だった。
「か、関係って! べ、別に普通の幼馴染ですよ!?」
「本当か? 本当にただの幼馴染か? 嘘を吐いてもすぐに分かるんだからな! 私の目を見て『やましい事はしていません』と言ってみろ!」
「………やましい事はしていません」
言われた通りにやったが、貫く様な眼光に負けて視線を逸らしてしまう。
「ほら嘘じゃないか!!」「目を逸らしました」「ですの!!」
「ちょっ、違ッ!? 今のはフィリスさんの目力が強過ぎたからですよ!?」
「誤魔化すな! では正直に答えろ、お前はアーク様とき、き、キスを…した事があるか!?」
「えっ!? なんですかその質問!?」
「いいから答えろ!」
何と言う羞恥プレイ。
しかし、最初に話題を振った人間として逃げる選択肢はない。
「えっと……まあ…その………」
「どっちだ!?」
フィリスの顔から鬼気迫る物を感じて若干引く。
雰囲気的には恐らくかぐやに「NO」と言って欲しいんだろう事は、その視線を向けられているかぐや自身にも分かる。
だからこそ、その先を口にする事を躊躇ったのだ。
「はい…」
「!? その『はい』はどっちの『はい』だ!?」
「……ええっと……した方の、『はい』…です」
「…なん…だと…!?」
聞きたくない答えを聞いた途端、フィリスは絶望して燃え尽きた灰のように力無く目を閉じた。
(さっきまで亜人の人がいっぱい死んで落ち込んでたのに、この人色々大丈夫なのかな…?)
かぐやの心の中の心配を余所に、パンドラはジッとかぐやを見つめていた。フィリスの事はアウトオブ眼中だ。それどころか「近頃ちゃんと眠れていないようですし、そのまま寝てしまえば良いのでは?」とか思っている始末だ。
そんなパンドラの視線にかぐやも気付く。
「あ…の、何か?」
「私もしました」
「はい?」
「私もマスターとキスをした、と報告します」
「なぁにゃっ!!?」
驚きと怒りが混ざって呂律が回らなかった。
「ちょっ!? なッ!? その話し、詳しく聞かせて下さい!!?」
「はい。私に抵抗の余地もなくキスを」
「なんですって!!?」
秋峰かぐやは阿久津良太の幼馴染である。
だから、時に容赦なくぶん殴る事が出来る。相手に非があろうが無かろうが、基本的にそんな物は殴ってから考える。
そんな扱いをされようと、良太は怒る事はあっても、そこから2人の関係に微塵も影響を与える事はない。それをかぐやは確信している。
* * *
遠い遠い地―――。
男は1人、暗闇の中に居た。
光の差し込まぬ締め切った窓と扉。決して大きいとは言えない家の中、片隅で膝を抱えてその男は震えていた。
――― なんでこんな事に…!?
男は後悔していた。
数日前、黒い流れ星を拾ってから、体の奥から力が溢れて止まらない。実際、今までは脅威であった町の周囲に現れる魔物を指先で突いただけで殺す事が出来た。
皆には感謝され、頼りにされ気分が良かった。男は、自分の運命なのだと思った。あの流れ星は幸運の星で、きっとこれからは幸せな未来が約束されているのだと―――そんな幻想を抱いていた。
拾い物をした2日目には、それが幸運を呼ぶ物などではなかったと気付いた。
頭の奥で声が絶えず響く。
壊せ―――この世界を―――命を―――全てを壊せ―――我等を否定する―――全てを殺し尽くせ―――!!!
頭が痛くなる。
――― もう止めてくれ……痛い……頭が割れる……俺が、食われる…!
ジリジリと鑢で自己意識を削り落とされるような錯覚。…いや、錯覚ではない。日を追うごとに、意識がフワフワとして思考が回らなくなる。
このままでは、自分は流れ星に食われる。
誰かに助けを求めたい。だが、こんな状況を誰に頼れば良いのかが分からない。
――― いい…誰でもいい………助けて…!!
そんな神への祈りが届いたのか、扉が開き、来訪者が家の中に入って来る。
「誰…だ?」
来訪者は静かに笑った―――…。