13-9 QからKへ
キング級冒険者。
世界中の冒険者の頂点。たった1人で国を滅ぼすような魔物と戦い、大きな厄災が降りかかれば剣となり盾となり、人や国を護るこの世界の守護者。
1つ下の等級であるクイーン級となって暫く経つが、キング級になろうなんて考えた事はないし、なりたいと思った事もない。……だと言うのに、今冒険者ギルドのトップである目の前のガキンチョ(年齢不詳)はなんつった? 俺とガゼルにキング級に昇級しろって?
「それで? 答えはどうかな?」
「嫌です」「断る」
揃って即答だった。
「おやおや…普通昇級の話しをされたら喜ぶ物だと思うんだが?」
「って言われても、別に俺もアークもクイーン級以上の権限なんて必要としてないですから」
ガゼルの意見に頷いて同意を示す。
それに、キング級になって変に動き制限されたら、≪無色≫を追いかけるこれからの行動に支障が出る。だったら、気軽に動き回れるクイーン級のままの方が良い。
……とか何とか、もっともらしい理由を考えてみたけど…ぶっちゃけ面倒クセぇだけなんだよね? ルナを見てると、とてもじゃないが楽しい仕事環境とは思えねえし。そして、そう思っているのはガゼルも同じようで、目の奥に「だりぃ」と書いてある。
「まあ、嫌だと駄々をこねられても、昇級する事はもう決定事項なのだけども」
「えぇー!?」「おーぼー!」
2人で全力ブーイングをしてみたら意見を曲げてくれるかもと期待したが、見た目は小さくても海千山千のギルドのトップ…ニコッと子供らしい笑顔で流された。
「まあまあ、聞きなさいって」
俺達を宥めるように落ち付いた口調で切り出し、机の引き出しからパイプを出して慣れた手つきで葉を詰める。そして、ユックリと口に咥えて指に魔法の火を灯して葉に着火させた。
子供の見た目にパイプはどうにも似合わないが、美味そうに煙を吐く姿は妙に様になっているので困る。
「前キング級の2人、一方は冒険者を引退、もう一方は死亡。はい、2人をそうしたのは誰ですか?」
「「………俺です」」
「はい、って訳で君達に拒否権ないから」
そう言われると何も言い返せない…。
そうしなければいけない事情があったのは確かにそうなんだが…冒険者ギルドにしてみれば、クイーン級2人が上位者を潰した事になる訳で…。
「誤解が無いように言っておくが、別に上が居なくなったから繰り上げで君達がキング級になる訳じゃないからね? 君等の昇級はずっと前から決まってた事だ。まあ、少し時期が前倒しになりはしたが…」
背もたれに小さな体を預けながら、天井に白い煙を吐き出す。
「君等2人の戦闘能力は、前キング級の2人を倒してみせた事で疑いようは無い。それに、ルナ君からの推薦もあったしね?」
ルナが統括本部に呼ばれるって予言してたのはそう言う事……。っつか、「宜しく頼む」ってコレの事かよ…。
「それに、ルナ君とガゼル君の報告書は読んだ。前キング級の片割れ…シンが人間や亜人にとっての敵対者だったってのも色々まずい。キング級の冒険者は、一応“絶対的な善の存在”って事になってるからね」
俺とガゼルが善か否かは、ここで言ってもしょうがないので一旦置いておく。
ようは、キング級の変な話が伝わる前に、新しいキング級の話で塗り潰してしまおうって訳ですか…。微妙に大人な事情に使われるようで気分良くない。
つっても、俺等のキング級への昇級はすでに決定項。グチャグチャ文句言ったところでそれが覆る事はないらしい。だったら―――…。
「分かりました。昇級のお話お受けします」
「おい、アーク!? 良いのか?」「分かってくれて有難い」
「引き換え―――って訳じゃないですけど、お願いが1つ有るんですけど?」
「聞こう。言ってみたまえ」
「亜人達の居住領域が荒らされてまして、住まう場所が奪われてしまったんです。それで、近々亜人達を人間の生活圏に移住させようと思ってるんです」
興味が有るのか無いのか判断し辛い表情。だが、一応話を聞く気は有るらしく、パイプを咥えながら俺に先を促す。
「ふむ……続けてくれ」
「まだ何処に移住させるかも決めては居ないんですけど、その時が来たら全面的に支援して欲しいんです」
移住計画なんて呼べる程の計画は立てていないが、行動を起こす時に後ろ盾が有るか無いかは成否に関わる。計画が大きければ大きい程、だ。
それに、今回は人と亜人の関係性の溝と言う見えないが凄まじい強敵が居る。協力者はたくさん居て欲しい。
「ふむ……」
独り言のように呟いて、天井に自分の吐いた白い煙が広がるのをぼんやりと眺めている。
肯定も否定も口にしない。妙に重く感じる沈黙。
多分だが…俺の提案の先に生じるリスクとメリットを考えているんじゃないかと思う。
冒険者ギルドは決して慈善事業ではないし、無償の正義の味方でもない。当然の事だが金が無くては組織は回らないし、運用できない。
俺……っつか、キング級1人分の価値と、亜人の支援のリスクが釣り合っているかどうかは、正直俺の凡人な価値観では分からない。この小さなグランドマスターの判断を信じるしかねえなぁ…。まあ、仮に断られたとして「じゃあ、キング級にはなりません」なんて駄々をこねるつもりはねえけどな? “それは、それとして”って奴だ。
「分かった、そう言う事なら冒険者ギルドで移住を支援しよう」
「え…? 本当に良いんですか?」
「いいよ。なんなら念書でも書くかい?」
「いや、流石に要らんです…」
サラッと軽い口調で承諾してくれたけど……嘘や誤魔化しでは、ない…よな? 表情から考えを読み取れねえ……。微妙に信用できねえんだよなぁ、この人…。断ったけど、マジで念書有った方が良いんじゃなかろうか?
「そうかい? では、これでアーク君の方は承諾って事で。ガゼル君はどうする? 君も何か要求が有るのなら出来る限り呑むように努力するが?」
「いや、俺はいいや」
興味無さそうに言うと部屋に満ちていた煙を鬱陶しそうに軽くフッと息を吹いて自分の周囲から散らす。
「それはキング級にはなりたくない、と言う事かな?」
「いや、アークがなるってんなら、俺もそれで構わねえよ。ただ、アンタに何か要求するつもりが無いってだけ」
「おやおや、見かけに似合わず謙虚だね?」
「見かけに似合わずって点は否定しないが、別に謙虚な訳じゃない。アンタと取引したくないだけ。所属してる組織のトップに言いたくねえけど、アンタ相当胡散臭いぞ?」
うぉ!? ガゼルの奴、どストレートに言いやがった!!? 俺ですら気を使って言わんようにしてたっつうのに!?
「フフ、これは手厳しい。だが、人に対して“信用”ではなく“疑い”から入る人間は好感が持てる」
「どうも。俺の方は別にアンタに好かれたくねえけどな」
あれ? なんかガゼルの奴、この人に対して若干当たりがキツイな…?
まあ、ぶっちゃけ俺もこのエセ子供好きじゃないけど…。どちらかと言えば嫌いですけども…。
「何が気に食わねえって、アンタの持ってるそのパイプで、俺等の能力をコソコソ調べてやがるのが癇に障る」
……え? そうなの? 全然気付かなかったんですけど?
ガゼルに指摘されて、グランドマスターが少しだけ苦笑する。
「このパイプに、相手の能力を解析するスキルが有るのは正解。だが、別に君等の事を調べていた訳じゃないよ。ただ吸いたかったら吸ってるだけさ。そもそも、こんな玩具のような魔具で調べられる程君等の能力は安くないでしょ?」
ガゼルが黙る。
確かに言う通りだ。俺もガゼルも、並みの解析能力では能力を割られない自信が有る。と言うか、俺に関しては≪赤≫が勝手に解析能力を妨害するらしく、その手の能力では何も見えないらしい……と≪赤≫の知識にあったが実際にどうなのかは知らない。
「実際、君等2人の能力なんて何も視えてないしね? どんな遮断スキルか魔法か知らないけど、ここまで視えないといっそ清々しいよ」
ちゃんと妨害しているらしい。見られて困る能力だらけなので、勝手に目隠ししてくれるのはありがてぇ。
「ま、その話はともかく、これで2人ともキング級への昇級の件は承諾してくれたって事で良いかな?」
1度ガゼルと顔を見合わせる。「本当に良いのか?」と視線で訊かれ「まあ、大丈夫じゃん?」と返す。
「ええ」「おう」
そう言う訳で、俺達は―――キング級の冒険者となった。