13-6 フィリス帰還
ディベルトの町で食糧やら消耗品やらを買いながら宿屋に戻る道中、いきなり大声で呼ばれた。
「アーク様!!」
「ん?」
突然呼ばれてビックリしたが、いい加減聞き慣れたアニメチックな声なので、一々誰かなんて確認する必要も無い。
「おう、フィリス」
宿屋に戻ろうとしていたのはフィリスが帰って来るのを待つ為だったので、手間が省けたな?
5日ぶりに見るフィリスは(つっても俺は寝てたけど)、どこか疲れたようで……あまり眠れていないのか、目の下にくまが出来ている。ただ、それでも美しさが欠片も失われて居ないのは凄いと思う。
改めてみると、本当に綺麗な顔してんなぁコイツ…。そら、ローブからチラッと顔が見えたら皆振り返るわ…。
通りの先に居るフィリスだったが、俺の挨拶に対しての反応が無い。いつもなら俺が挨拶したら若干食い気味に返事するのに…。どうかしたんか…?
と思ったら―――ツゥっと涙を流した。
「え……?」
なんで泣いた? 感極まった…のか?
「アーク様!!」
もう1度俺の名前を呼んで、クシャッと顔を歪めて泣きながら抱きついて来た。
「ぉっと…」
結構なパワーで抱きつかれて、そのまま後ろに倒れそうになるのを何とか踏ん張る。身長差のせいで、頭が丁度胸のあたりにくるんですけぉ……。まあ、お世辞にもボリュームが有るとは言えないが、それでも姉さん相手とは違って、むっちゃドキドキする。
……にしても、フィリスが抱きついて来るなんて珍しい……っつか、初めてじゃねえか?
「どうした?」
「よかった…アーク様が目を覚まされて」
ギュウッと俺を抱く手に力が入る。
んー…いっぱい心配させちまったな? 変に俺に対して絶対の信頼を向けているせいで、俺がやられるとやたら心配すんだよなぁ。
それに、今回は故郷があんな事になってて、家族同然の仲間もいっぱい死んでるからな……。そこら辺の不安とか悲しみが、俺が目を覚まさなかった事で更に積もっていたんだろう。
「心配掛けた。もう大丈夫だから」
あやす様に背中をポンポンと叩いて落ち付かせる。
抱きつかれるのは男として嬉しいが………そろそろ離れません? こんな通りのど真ん中でやられると周りからの視線が痛いんですよ。っつうか、皆からの視線よりパンドラとカグの視線が痛いんですよ。いや、もう痛いっつうか怖いんですよ……。
多少落ち付いたところでフィリスから離れる。名残惜しそうな顔をされたが、流石にこれ以上は俺の方が周りから―――っつかメイドと幼馴染からの圧力に耐えられそうにないので我慢して貰おう。
白雪がフィリスの不安を感じ取ったのか、俺の肩からフィリスの肩に移動して「大丈夫ですの?」と慰めている。
カグの奴も気を使ったのか、若干優しげに言葉をかける。
「フィリスさん、お帰りなさい」
「ああ。アーク様に変な事をしなかっただろうな?」
「……しねーわよ」
相変わらず仲悪い……と思ったけど、言葉に比べて口調がどこか砕けている気がする。パンドラとカグも微妙にだが打ち解けてる気がするし、俺が寝てる間に女性陣少し仲良くなったのかな? まあ、白雪に関しては基本誰とでも仲良しだけど…。
「パンドラ、本当にこの女は何もしていなかったか?」
「はい。マスターが寝ている時に手を握り締めていましたが、肉体的接触は最小限であったと判断します」
「えっ!? ちょっとパンドラさんっ、それ内緒!!」
「内緒…シークレットデータとしてのレベルは最低に設定されていましたので、話しても問題なかったかと」
「私の内緒がなんで機密度最低なのよっ!?」
「妥当かと」
「おいっ、それより寝ているアーク様の手を握っていたとはどういう事だっ!?」
仲良くなった? どうやら俺の目が節穴なだけだったようです。
………話進まねえから、女性陣のやり取りを切らせて貰おう。
「あ~…とりあえず、フィリスお帰り」
「は、はい! ただいま戻りました! ですが今はこの女がアーク様に如何わしい事をしていた事について問い質す方が先なのです!」
「如何わしいって何よ!? そんな睨まれるような事してないしっ!!」
「ですが手を握っていました」
「してるじゃないか!!?」
「お、おお、幼馴染なんだから、て、手ぐらい握るわよ!!?」
いや、別に幼馴染でも手は握らなくない? 元の世界で手握ったのなんて、小学生時代まで遡らないと思い当たらないんですけど…。
あ、フィリスが鬼の形相になった……。普段綺麗な顔の人が怒った顔すると、むっちゃ怖いですよね? いや、んな事言ってる場合じゃねえよ。これ以上行くと本当に止まらんくなる。町中で≪白≫の継承者vsユグドラシルの枝を持つ魔法使いとか洒落にならん。
「はいはい、そこまでにしとけよー」
パンパンっと手を叩いて2人の間に割って入る。……左手に力が入らないので、若干音が情けなかったのは御愛嬌だ。
流石にフィリスも般若になりかけていた顔を引っ込める。カグも若干恥ずかしくなったのかススッとさり気無く視線を逸らしながら後ろに下がる。
「で、アルフェイルに帰ってたんだろ? どうだった?」
訊いた途端にフィリスの顔が曇る。
………まあ、そうだろうな…。予想はしてたけど、その顔でアルフェイルの酷さを察した。
≪黒≫の魔神の力を好き勝手に振り回して、地震、地割れ、砂化、重力異常、色んな事をされたんだ。それで里と森が無事な訳ねえ……。まあ、その一部は俺との戦いで使われた物なので、正直少し責任を感じてしまうが…。
「………酷い…状態です」
「うん…そっか」
俺が寝ている5日間で良くなる程、安い状態じゃねえか…。コッチの世界には、魔法なんて便利な物が有るって言ったって、≪黒≫の残した傷跡を癒すのはそう簡単じゃない…。
ソグラスを巨大ミミズに穴だらけにされた時のように、パパっと直せれば良いんだけど……って、アレを直したのは≪黒≫…ってかルナだっけ。
「…里も、私達の森も……暫く住めるような状態ではなくなってしまいました…」
「!? ……そこまで酷いのか…?」
「…はい」
正直、それを訊くのは勇気がいる…。けど、訊かない訳にはいかない。
「亜人の皆は……?」
「………」
フィリスの顔が更に暗くなり、その肩で慰めていた白雪も悲しみの青色に光る。先程フィリスとバチバチしていたカグでさえ顔を伏せて空気が沈む。
「…生き残ったのは、数える程です。…エルフの皆も…ほとんどが死にました…」
「……マジか…」
あの惨状を見ていたから、予想はしていた。……していたけど、自分でも驚く程ショックを受けている。
俺を「≪赤≫の御方」と慕ってくれた亜人の連中の何割かがすでにこの世に居ないのだと思うと、気持ちがズンッと重くなって痛くなる。
「それと…」
え…? まだこれ以上ダメージ負うような話が続くのか…?
「実は…≪黒≫の襲撃のあの日、襲われていたのはアルフェイルだけではなかったようなのです…」
「え……? どう言う事?」
「アーク様が倒れた後になって分かったのですが……他の亜人の里も、魔物や≪無色≫一派と思われる者に襲われて居たそうです」
マジかよ……!? いや、待て、≪無色≫がユグドラシルの結界を解く事が目的だったのなら、他の亜人達が狙われて居た事も偶然じゃない…!
俺の足止めにキング級を差し向けた事も、仮にそれを抜けたとしても、まず第一にアルフェイルに向かうだろう事………その上で無防備になった他の亜人の集落への襲撃…。全部織り込み済みの作戦だったとしたら、相当達が悪い。
「それで!? 襲われた亜人の里の皆は!?」
「ほぼ壊滅です……。ただ、全滅は免れたそうです」
「そうか、良かった…。いや、良くはねえんだけどさ…」
「はい、これもアーク様のお陰です」
「なんで俺のお陰? そっちに関しては俺何も……」
「いえ、アーク様が≪黒≫を撃退したのとほぼ同時に襲撃者達は引き上げて行ったそうなのです」
……なるほど。≪黒≫との戦いを終えた俺が、他の場所に向かう事を危惧して、先んじてケツ巻くって逃げ出したって訳ね…。
逃げるタイミングと連絡の手際の良さを考えれば、あの日の事は1から10まで全部≪無色≫の仕込み通りだったって事で間違いねえな。
って事は、あの野郎……! 俺から≪赤≫を―――ロイド君を奪っておきながら、こうして復活して、また牙を剥いて来る事も想定してたって事かよ…。
くっそ、腹立つわ…!