12-38 ≪黒≫の魔神にお別れを
原初の火がぶち開けた現世と≪黒≫の世界を隔てる壁の穴から、意識を無くしているルナの体を抱えて外に飛び出す。
「ぷっはぁっ!! あっぶね! ちょっと頭クラクラするわ!」
≪黒≫の世界脱出完了!
いやー、マジでヤバかった!! 死ぬかと思った!
見えない世界の境界線の壁に穴を開けるところまでは狙い通りに上手く行ったのだが、問題が起きたのはそこからだ。
人と魔神を繋ぐパイプである≪黒≫の世界に穴が開き、魔神の力が急速にルナから抜け落ちる。それは良い、それを狙っての行動なのだから。
ルナがその反動で気を失う。まあ、想定内。
ブラックホールが消えない。ふざけんなッ!!!!
ルナを抱えて脱出しようにも、その為には【火炎装衣】を1度解除しなければならない。でなければ、ルナに触れた途端に原初の火が燃え移って殺してしまう。しかし、原初の火を消せば、その瞬間に重力に捕らわれてブラックホールに引き摺りこまれてジ・エンド。
どうしろって言うのよ!!?
まあ、最終的には特大の原初の火をブラックホールに向かって放り込んで焼き消して解決した訳だが…。
ともかく、そんな壮絶な感じの脱出劇を得て外に出た。
あー酸素美味い! 生きてるって素晴らしい!
「リョータ!」「マスター」「アーク様!」
下の方からウチの連中に声をかけられて我に帰る。
小脇に抱えたルナに負担をかけないようにユックリと降下し皆の元に到着。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
パンドラに無表情に出迎えられてから、ルナを地面に下ろす。
ピクリとも動かないルナを見て、白雪が不安そうに俺の肩に止まって訊いて来た。
「死んじゃったんですの……?」
「まさか」
≪黒≫の力が一気に抜けたせいで気を失ってるだけだ。
軽く指先で撫でて白雪を安心させる。
ふと、ルナに向けて殺気混じりの視線を向けている人物に気が付き、先手を打って制止をしておく。
「フィリス、仲間を殺られたお前の気持ちは分かるけど、ここは堪えてくれ」
「…………はい」
俺だって…フィリス程じゃないが良くしてくれた亜人達が死んだ事は悲しいし、怒りも感じている。ルナに対しても「何してくれてんだアホ!」と怒りたい気持ちも有るには有る…。
だが、どうやらルナ自身の意思を置き去りにして、≪無色≫の言いなりになった≪黒≫がやった事のようなので、「じゃあ怒ろう!」とストレートに怒りを向ける訳にはいかんよねぇ…。
女性陣の後ろからルナを覗き込んで居たガゼルが首を傾げながら訊いて来た。
「で? 結局今のルナはどう言う状態だ? なんか力が抜けているっぽい感じなのは分かるけどよ」
「操られてたのはルナじゃなくて、身に宿す≪黒≫の方だったんだよ。だから、ルナの体から≪黒≫の魔神を引き剥がした」
「お前そんな事できんの!?」
「出来るっつか、無理矢理やったっつか…」
女性陣が「流石です」と尊敬の眼差しを向けて来るのが若干居た堪れない。俺の力って言うか、ほとんど“原初の火”の力だし…。
「今のルナは、体の中に残った魔神の力を吐き出している最中だと思う。それが終われば、≪黒≫が勝手に出て行く………と思う」
「『と思う』ばっかりだな?」
仕方ねえじゃん? 生きている継承者から魔神の力を抜くなんて離れ業、≪赤≫の知識の中にだって存在してねえから、自分で考えた無茶苦茶な方法でやるしかなかったし…。成功してるかどうかなんて俺にも分からん…。
だが、まあ的外れな事をした訳じゃなさそうだ。
その証拠に、ルナの体に浮かび上がっていた黒く光る刻印が消え始めた。そして、空に浮かんでいた≪黒≫の世界に続く穴も。
「リョータ…」
カグの不安そうな声。
同じ魔神を宿す俺とカグの2人しか気付いていないが、ルナから感じていた魔神の気配が急速に小さくなっていく。
「分かってる。皆、少し離れてろ」
右手に原初の火を握る。
「リョータ、どうするの?」
「≪黒≫がルナの体から這い出たら、その瞬間に燃やす」
「えっ、燃やしちゃうの!?」
「ルナの次の継承者が味方になるとは限らねえし、精霊王の言う通り≪無色≫が“完全なる1”に戻ろうとしているのなら、いずれかの魔神を消しちまうのが1番手っ取り早い阻止する方法だろ?」
ルナとの戦いで、原初の火が形のない物でも燃やせる事に気付いたからな。これなら、燃やすべき肉体が無くても問題無く殺れる筈。
そして1人だけ俺の言った意味を理解出来ないガゼルが完全に置いてけぼり。
皆それぞれに言いたい事は有りそうだったが、この場は俺の言葉に従って5歩ほど後ろに下がって俺に任せてくれた。
さて―――そろそろ来るかな?
ルナの心臓の辺りから小さな黒い光がユラッと浮かび上がる。
――― 出た!!!
この小さな黒い光が、≪黒≫の魔神。
だが、俺とカグ以外の人間はその光が見えてない……? 辛うじてガゼルだけが蛍のようなその光を見ているが、視線の位置が定まっていないところを見ると、ちゃんとは見えてないらしい。
魔神同士にしか認識できないって事ね。
まあ、そんなもん燃やしてしまえば関係ねえ!
浮かび上がっただけで何の動きもない黒い光に向かって原初の火を叩き込む―――直前に、俺が血を吐いた。
「―――ブッ…」
やっべぇ! 【ダメージマネジメント】で先送りにしてた支払いの限界が来やがった…!? なんでこのタイミング…!?
まるで、見えない意思が≪黒≫を守ろうとしているかのような、クソみてぇなタイミング…!
クッソが、マジで殺してえくらい腹立つっ!!
今まで積み上げて来たダメージが体に圧し掛かり、指1本動かす事すら困難になる。
「リョータ!!?」「マスター!」「アーク様っ!!?」「父様っ!!!」
皆が駆け寄って来る姿がスローモーションのように感じる。
だが、それどころじゃない!
ルナの体の上で自縛霊のように浮いていた≪黒≫が、俺が行動不能になったと判断するや否や、大空に飛び去ったのである。
おいっ…マジかよ!? あの野郎、大人しくしてたのは逃げるチャンス窺ってただけなのかよっ!?
しかし俺にそれを追うような力は無く……俺の意思を無視して、勝手に【魔人化】と【反転】が解除されて地面に転がる。
駆け寄って来たカグに抱き起こされながら、人間に戻った事で急速に意識が遠のく。
「リョータ! リョータしっかりして!!」
視界が白くなり、音が消える。
俺達は気付いていなかった。
1週目の世界と同じ“終わり”がすぐそこまで迫っていた事を。
俺達は気付いていなかった。
この時、すでに魔神を巡る物語の最後の幕が開いていた事に―――…。
十二通目 神と人の境界線 おわり