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12-37 ≪黒≫の世界

 上下を認識する感覚が()げ落とされ、自分が今どの方向に向いているのかが分からなくなる。

 世界を割るヒビが広がる。

 ヒビの奥から差し込む黒い光が強くなり、“今見えている世界”が崩壊する。

 パズルのピースが抜け落ちるように景色が欠けて、抜けたピースが大地の無くなった≪黒≫の世界へ真っ逆さまに落ちて行く。

 程無くして、俺の視界は黒だけになった。上下左右どの方向を向いても黒しかない世界。どこまでもどこまでも果てしなく広がる漆黒。


 ここが≪(ルナ)≫の世界…。


 【事象結界】。世界の一部を切り取って、自分の世界へと作り変える魔神の奥義とも言うべき究極の技。そして、作り変えた世界をヒビの“向こう側”へと引っ張り込む。

 俺もピンク頭と巨人の合体した毬藻(まりも)の処理に使った事があるから良く知っている。

 その黒だけの世界に俺は浮いていた。そして―――ルナも。


「ようこそ≪(わたし)≫の世界へ」

「真っ暗で陰気な世界だこと……」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 どこをどう取ったら褒めたように聞こえんだよ…。


「貴様には一々説明する必要はないだろうが、ここにおいては(わたし)がルール…(わたし)が神だ」

「必要ねえと思うんなら一々説明すんなよ。言われなくても分かってるっつーの」

「そうか。ならば―――」


 黒い空間が揺らぐ。

 頭上にある一点に向かって世界が収縮するような錯覚。いや、錯覚じゃない…! 全ての力のベクトルがその一点を目指して動いている。


「貴様がここで終わる事も理解できているだろう」


 世界が―――小さな黒点に引きこまれる。

 実物を見た事はないけど、この現象はよく耳にする。ゲームや漫画じゃお決まりの技や魔法と言って良い。


「ブラックホールかよッ!!?」


 それがどんな現象なのかは知らない。

 天体がシュヴァルツシルト半径よりも縮退して重力異常がどうのこうのとか、確かそんな感じの奴だったと思うが、シュヴァルツシルト半径ってどんな半径だっつうの!!

 とりあえず、あの黒点に呑まれたらジ・エンドって事は分かる。

 1度重力に捕まれば、光ですら脱出出来ないらしいからねえ…ヤバいヤバい! つっても、【火炎装衣】で原初の火を全身に纏っている俺は、襲って来る重力の波も焼き消す事が出来る。

 ただし―――息が出来ねぇ……!! ブラックホールに空気が全部吸われちまってるからか…!

 重力を防げても、周囲から酸素が無くなれば窒息死だ。


「いかに≪赤≫と言えど、いつまで持つかな?」


 余裕でコッチを見下ろしてやがるのが腹立つ…! そらここはアイツの世界だから酸素の確保なんて余裕のよっちゃん●カだろうけども。

 けど、テメェは1つ思い違いをしてるぜ?

 ≪黒≫の世界に引っ張り込まれて、俺に打つ手が無いと思ってんだろ?


――― 残念だったな!


 コッチはこのタイミングを待ってたっつーの!

 ≪黒≫の世界は言ってみれば魔神の腹の中。

 そして重要なのは、恐らくここが魔神と継承者の体を繋いでいるパイプだと言う事。つまり、ここが人と魔神の境界線―――!


 さっき亜人達を助けに行こうとした俺をルナは攻撃した。けど、結局直前で手が止まった。

 あれで確信した。


――― ルナは操られてない


 だが≪無色≫の影響下にある事は明白。ルナではない別の部分が≪無色≫の洗脳を受けているのだとしたら、その対象は考えるまでもない。

 ≪黒≫だ。

 けど、ルナの意識はまだ生きていて、≪黒≫の暴挙を止めようともがいている。

 だとすれば、俺のとるべき行動は簡単だ。


――― ルナから≪黒≫の魔神を引き剥がす!!


 その為に、≪黒≫の世界に入るチャンスを狙っていた。体をどんなに傷付けたって意味無い。魔神との繋がりを断ち切らなきゃ意味無いからだ。

 魔神を継承者から引き離すなんて、多分魔神の歴史で初めての試みだろう。

 正直上手くいく保証なんて何も無い。一か八かの勝負にしたって分が悪いのも理解している。仮に上手く行ったとしても、引き離されたルナと≪黒≫がどうなるのかも分かったもんじゃない。

 だが、助けられる可能性はゼロじゃない!!

 殺すなんて最終手段よりは、万倍ましな止め方だ。

 では、具体的にどう引き剥がすか? 俺のやる事なんて決まっている。


 燃やすに決まってんじゃん!!


 魔人の持ち得る炎熱能力の全てを解放。

 纏っていた原初の火が膨れ上がり、1m程だった炎が一瞬で100m先まで届くまでの大きさになる。


「何をするつもりだ? ここから何をしても無駄だと理解しているだろう?」


 無駄かどうかなんて、そんなもんやってみるまで分かんねえだろうが! 悪いが俺は、「止めろ」と言われて素直に止まる程聞き分けの良いガキじゃねえんでね!!

 原初の火を制御する【終炎】のスキル。スキルによって握っていた原初の火の手綱を―――手放す。


 さあ、好きなだけ暴れて来い!


 黒い炎が空間に舞い踊った。

 上も下も、右も左も関係無い。餌を求めて飛び出した猛獣のように、黒い炎が黒い空間を飛び回る。

 原初の火が燃えるのに空気は必要ない。燃料も必要ない。ただ、“燃える”と言う事実だけを現実に捻じ込んで燃え続ける。


「どんなに足掻いても無駄だ」


 吐き捨てるように言いながら、近付いて来る原初の火を避けて俺から離れる。

 無駄? 無駄じゃねえよ! この≪黒≫の世界が無限に広がっているってんなら、そりゃあ無駄だっただろうよ。だが、この世界は有限だ。

 ここは、あくまでルナ1人分の小さな世界。

 ≪黒≫がルナの為に用意した都合の良い小さな箱庭に過ぎない。この箱庭の果てには、必ずこの世界と元の世界を隔てる“壁”が存在する。その壁を原初の火で焼き砕ければ俺の勝ち。その前に窒息すれば俺の負け。

 挑戦的な目でルナを……いや、≪黒≫を睨む。


「なんだ…?」


 さあ、勝負だ≪黒≫!



*  *  *



「あれ…? リョータと≪黒≫の人が居ない…?」


 アルフェイルの森の中で秋峰かぐやは不安そうに呟いた。

 さっきまでは確かにジェット機を越える速度で空中鬼ごっこをしていた筈だが、ふと気が付いたら2人の魔神の気配がどこにも感じられなくなっていた。

 気を向けていなかったのは精々30秒程。たった30秒、されど30秒。光速の領域にまで到達できる魔神の戦いでは30秒は長い。一瞬で3回死ぬような速度の戦いをするあの2人ならば30秒あれば100回は殺し殺されをしていてもおかしくない。

 だが、戦いの決着がついたの言うのならば、どちらかの気配が残って居なければおかしい。相討ち…と言う可能性も有るには有るが、それは無いだろうと言う確信に近い思いがあった。

 それにそもそも、そこら中に広がる黒いひび割れが消えていない。と言う事は、少なくても≪黒≫はまだ生きている、と言う事だ。

 若干の不安を感じているかぐやを安心させるように、1番後ろを歩いていた男が声をかける。


「心配しなくても大丈夫だろ。前にここで戦ってた時もアークの奴、敵と一緒に消えてた事あったし」


 ガゼルだった。

 すでに“竜王”の姿から普通の人間の姿に戻り、トレードマークのカーキ色のコートとテンガロンハットを被っていつも通りの姿になっていた。ガゼル的にはすでに戦闘は終わっている。

 勿論周囲への警戒はしているが、その上でこれ以上自分の出番は無いだろうと確信していた。

 ≪黒≫の魔神はアークが自分で決着をつけると言っているから問題ない。アークは見かけは小さな餓鬼だが、戦闘力は“竜王”となったガゼルですら測れない怪物だ。例え相手が同格である魔神であっても負けるとは欠片も思えなかった。

 そして、横に居たパンドラ達も頷いて同意の意思を示す。


「マスターの事は心配ありません」

「そうだな、アーク様が≪黒≫如きに(おく)れをとる訳が無い!」

「ですの。父様だったら、きっとルナさんの事も何とかして助けてくれる筈ですわ」


 女性陣のアークへの信頼は絶対である。それは、信頼と言う枠を超えて、崇拝と言っても良いかもしれない。

 だが、1人だけ不安を感じているかぐやには、その姿が眩しく見えた。

 まだかぐやの顔から不安が消えていない事に気付き、ガゼルが続ける。


「えーと…カグヤちゃん、だっけ? アークの事なら本当に心配要らないよ」

「どうして…ですか?」

「昔っから島の爺様達に言われて居た事なんだが、『強い意志持つ者は、死を遠ざける』ってな?」

「……? どう言う意味ですか?」

「果たさなければならない使命を持つ者。守らなければならない約束を持つ者。そう言う奴は、天が生かそうとする…って事らしい。アイツは普通の人間が抱えきれないような物まで抱え込んで、それでも全部捨てられずに背負って歩いている。神様なんてものが居るんだとしたら、誰よりもまずアイツの事を護ってくれるだろうよ」


 アーク……いや、良太は体の本当の持ち主であるロイドの命も背負っている。そして、この世界の未来も。運命なんて物があるのだとしたら、アークのそれはここで終わるべきものではない。だからこそ生きている、と言う事。


「そう言う物でしょうか?」

「そう言うもんだ。大体、アイツがそう簡単に死ぬような繊細な人間かよ…」

「それは、確かに…!」


 かぐやの知る幼馴染の少年は、どこまでもしぶとい人間だ。誰もが終わりだと諦めてしまうところから、更に悪足掻きを2度、3度やって来るような奴だ。


「ん?」


 ガゼルが何かを感じて空を見上げる。


「どうしたんですか?」「どうしたのですか?」「なんですの?」「なんだ?」


 女性陣に口々に訊かれ、空を指さす。


「やっぱり心配要らなかったみたいよ?」

「え?」


 見上げると、空に浮かぶ黒いひび割れの1つが黒い炎を噴き出していた。


「あれって!?」

「マスターの原初の火ですね」


 世界広しと言えど、黒い炎を使うのはアーク1人だけだ。

 最初はチロチロと蛇の舌のように隙間から出ていた黒い炎だったが次第に大きくなる。まるで、炎がひび割れをこじ開けて、この世界に生まれ出ようとしているような…そんな恐ろしさを見ている者に感じさせる光景。

 そして炎が家1つ丸呑み出来る程の大きさになった時―――ひび割れの方が悲鳴を上げた。

 バキンッと凄まじい破砕音を立ててひびが砕けて、空に巨大な穴が空く。

 同時に―――それ以外のひび割れ消えて、何事もなかったように元通りの世界に戻る。


「これは…?」

「アークの奴がやったかな?」


 溜息混じりにガゼルが言うと、それに答えるように空の穴からルナを小脇に抱えた赤い魔人が飛び出して来た。


「リョータ!!」

「ぷっはぁっ!! あっぶね! ちょっと頭クラクラするわ!」



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