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12-34 ≪黒≫の魔神

 原初の火。

 気の遠くなる程の大昔に、“もどき”こと種撒く者がこの世界に落として行った黒い炎。何を思ってあの野郎がこんな物を残して行ったのかは知らないが、まあ、とりあえず俺に使えると言うのなら使う。

 インチキだのチートだのと呼ばれる能力は数あれど、本物(ガチ)のチートと呼べる力は、魔神の【事象改変】と原初の火の2つだけだと思っている。


 全てを焼く火。


 言葉にすれば、たったそれだけの力。

 だが、例えば水。普通の火であれば、水の中に入れば消える。しかし、原初の火が水の中に入ると水が燃焼して消える。「蒸発する」のではなく「燃える」のだ。

 物理現象として成立しない結果を、原初の火は起こしてしまう。

 人であろうと、物であろうと、神器であろうと、魔神であろうと原初の火で燃やせない物など―――この世界に存在しない!


 だから、≪黒≫の神器(オーバーエンド)であるノワールが、原初の火に触れた箇所から先が焼け落ちたのは必然の結果。


「――――は…?」


 ルナが一瞬呆けた顔をする。

 戦闘中にそんな余裕見せて良いのかよ? とは思うが、俺も≪無色≫にヴァーミリオン()し折られた時に似たような反応をしちまったしな。

 でも、その隙は致命的―――


「だ、ぜっ!!」


 袈裟斬りで付けた傷の上から、叩きつけるように蹴りを入れる。


「ぅ―――ぐッ!!?」


 傷口から盛大に血が噴き出して地面に飛び散る。

 吹き飛びながらなんとか姿勢を整えようとするが、ダメージの受け過ぎたのかまともに着地する事も出来ずに地面を転がる。


「諦めな。お前じゃ俺に勝てねえよ」


 笑えないラインまでダメージを与えた。唯一の武器を奪った。

 追い込むのはこれくらいで十分かね?


「ふっ……なるほど。これが≪赤≫か…」


 気配が変わる。

 ゾクッとする程の鋭くて重い―――魔神の力。


――― 来る…!


「侮っていたわけではないが、コチラも命を賭けなければならない相手だと理解したよ」


 傷を押さえていた手を放し、ユックリと静かに1度深呼吸をする。ただ、それだけの動作に寒気がする。

 耳鳴りがするような一瞬の静寂。

 空気が一気に張り詰める。

 吹き付ける殺気を帯びた風で、喉の奥が痛くなる。

 ルナの目。すでに魔神に視力をほとんど奪われて、何も見えていないその瞳が、射抜く様な鋭さで俺だけを見る。


「この命…魔神に食われる事になろうとも、≪赤≫を落とす…!」

「そう簡単に落とされねえぜ、俺は? なんてったって、初めてフリーフォールに乗った時に声1つ出さなかった程の男だからな」


 遠くで「それ気絶してただけじゃない!」とカグの声が聞こえたが全力で聞かなかった事にした。いや、別に気絶じゃねえし。ちょっと意識が体から飛んでただけだし。気付いたらベンチで寝かされてたけど断じて気絶じゃねえし。体が勝手に動いた夢遊病的な感じの奴だし。


「“岩石の如く―――”」


 謳うようなルナの声。

 発せられる一音一音が、やけに耳に響く。


「“山脈の如く―――”」


 ≪黒≫の気配がズンッと跳ね上がって大きくなる。


「“世界の全てを黒く染め上げる”」


 ルナから放たれる力の波動に当てられて、地面が微かに揺れて空気を更に重くする。


「“我に力を”」


 魔神覚醒―――


 ドンッと空気と地面が(はじ)け、空間がひび割れる。

 ルナの全身に、今まで纏っていた刻印とは別の“魔神の刻印”が浮かび上がり、瞳が黒曜石のように漆黒に染まる。

 体の傷が巻き戻し再生のように元通りになり、一瞬で消える。

 

「我は≪黒≫。原初にして究極」


 魔神のお決まりのセリフを聞きながらヴァーミリオンを鞘に戻す。

 人の体でありながら神の領域を侵す者―――魔神。

 さあ、こっからは時間との勝負だ! (のろ)くさやってたら、ルナの体が魔神の浸食で食い潰されてしまう。

 ルナが死ぬ前に―――ケリを付ける!


「覚悟はいいか?」


 背筋が寒くなるような透き通った声。

 聖歌でも歌ったら似合いそう……とか、考えてる場合じゃねえな。


「ああ」

「ならば、貴様も魔神へと変じるが良い」


 魔神と戦えるのは魔神だけ。だからこその発言なのは分かる。

 敵になっても妙な所に礼儀正しさが残っていて苦笑する。

 あくまでルナは対等な相手として戦いたいらしい。


「いや、このまま相手をさせて貰う」

「………ふざけているのか? 貴様も魔神の力を知らぬ訳ではあるまい?」


 決して舐めてかかっている訳ではない。

 魔神のヤバさはその力を使う俺も十分過ぎる程知っている。だが、この姿のまま試しておきたい事がある。


「このまま、首を落とされたいのか?」

「まさか。心配しなくても自殺志願者じゃねえよ」


 寒気がするような殺気に曝されながら居合い抜きの構えをとる。


「構えたところでどうなる? 魔神である(わたし)に攻撃は出来んぞ?」

「それは、どうかな―――ッ!!!」


――― 抜刀


 【空間断裂】が発動し、ルナの居る空間が真っ二つに割れる。


「―――…!?」


 一瞬―――ルナの体が上下に両断された。…だが、次の瞬間には切り離された体が即座に修復されて傷1つ無い状態に戻る。

 魔神となり、神の域に達し、全ての攻撃を…異能(スキル)を無効にする【事象改変】の力を持ったルナの体がダメージを負った。その事実に、ルナ自身が驚愕に目を剥く。


「どう言う事だ…?」

「驚いたか?」


 フッと不敵に笑ってみたが、正直俺も驚いている。

 本当にやれるかどうか、実際にやってみるまで半信半疑だったから…。

 【事象改変】による現実の書き換えをぶち抜いて魔神に攻撃をする。なんでそんな事が可能だったのか? それは、俺の【反転(リバース)】状態の時に現れる1つのスキルのお陰だ。


【     】


 誤魔化した訳ではない。スキルの名称が本当に分からないのだ。

 スキルの名前が無いのも不便なので、仮に【無名】と呼んでおく。

 良く分からないが、このスキルは『不可能を可能にする』力があるらしい。

 ……らしい、とアヤフヤな言い方をしたのは、俺自身このスキルの能力をちゃんと理解できていないからだ。

 このスキルを手にしたのは、精霊の城の封印の部屋の奥……原初の火を手にした時。手に入れたタイミングと【反転】した時―――ロイド君ではなく阿久津良太(オレ)に付与されているって事実を考えれば、本来御す事が出来ない原初の火を俺が使えるのも恐らくこの【無名】のお陰。

 このスキルなら、【事象改変】の現実の書き換えの影響を受けずに戦う事が出来る……みたいだ。

 なんでこんなスキルが有るのか? まあ、心当たりはもどき………じゃねえ種撒く者が去り際に寄越したあの白い光だが……それは今考えてもしょうがねえ。


「…魔神の力に、人の身のままで対抗して来るとは驚いた。だが、そこからどうする?」


 俺を刺すように睨みながら手に持っていた神器の欠片を捨てて拳を握る。


「お前が人の身を越えた力を持っているのは理解した。(わたし)の持つ【事象改変】を持ってしてもお前を止める事が出来ない事も、な」


 次の瞬間―――ルナが一歩踏み込む。

 大地が悲鳴を上げて吹き飛び、空間が歪んだと錯覚する程の圧力と共に加速。

 一足飛び、などと言う生易しいレベルではない。コチラが「来る!」と身構えた瞬間には腹と胸と腕に激痛が走って後ろに吹き飛ばされていた―――…。


「が――――ッぐ…ぅッ!?」


 8m程吹っ飛んで、大木に当たって止まる。

 食らったダメージが後追いで襲って来て、喉を上がって来た熱い液体を吐きだす。真っ赤な血だった…。

 くっそ……いてぇ……洒落にならん……。

 反応する前に3発入れられた…。しかも、今のわざと致命傷にならないように外されたな…。


「だが、それで? 人と魔神の力の差が埋まった訳ではないだろう?」


 ああ、そうだよ。

 俺が【事象改変】を無視して攻撃出来るようになったところで、パワーやスピード…全能力が魔神のレベルでカンストするまで強化されてるルナと、人の姿のままの俺では、能力差が天と地どころか宇宙とマントルくらいある。


「もう1度だけ言うぞ。貴様も魔神になれ」

「ヤバくなったら使うからお気遣いなく」


 言ってはみたけど、今の状態でも十分ヤバいっつうの…。

 けど、魔神になればロイド君の体への浸食が進んでしまう。今は二の腕辺りで止まっているが、このまま浸食が進んだらもうすぐ肩に…そしてその先―――心臓にまで浸食の刻印が届いてしまう。

 浸食が心臓まで届いたら、その瞬間にアウトだ。

 そう考えると、ロイド君の体が魔神になれる総時間は多分あまり長くない……。

 ルナとの戦いが最後の決戦ってんなら多少無茶しようって気にもなるが、まだ俺は水野や≪無色≫との決着をつけなければならない。

 この先の事を考えたら、極力使わずに終わらせたい………。

 ………まあ、その為にまたロイド君の体に無理させる事になるんだけど……。ロイド君には、復活した後にいっぱい謝って許して貰おう。



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