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12-32 竜王

 エメルの放った斬撃が迫る。

 究極の装甲である竜の波動(ドルオーラ)の防御をどれだけ貫通出来るかは疑問ではあるが、キング級が持つに相応しい威力特化の神器から、攻撃力を上限なしにチャージして放たれた必殺の一撃だ。

 食らえばただでは済まない。


 だが―――ガゼルは回避行動を一切取らなかった。


 決して反応出来なかった訳ではない。その気になれば6枚の翼の羽ばたきで一瞬で超音速に加速できるだけのスペックを持っている。

 避けないどころか、竜の波動を解除して無防備になる。食らえば笑えない程のダメージを受けるどころか即死。だが、それは―――好都合。


「それ、返すぜ(・・・)


 背中で3対のうちの1つ、真っ白な天使の羽が広がる。

 神々しく―――禍々しく―――光を放つ。だが、それ以上の変化はない。

 エメルの攻撃が届く。

 次の瞬間、


 攻撃を放ったエメルが消し飛んだ。


 いや、周りで転がっていた2体のエメルも、核の魔晶石ごと塵になる。残った1体も半身が吹き飛び【隠形】が解けて―――辛うじて生き残った。

 そして攻撃を受けたガゼルは……無傷だった。


「いい攻撃だったよ。俺が相手じゃなければ、それなりにダメージを与えられたんじゃないか?」


 天使の翼を畳み、竜の波動を張り直す。

 エメルの最強の攻撃を目にしても、ガゼルは変わらず気負った風もなく、緊張した風もない。道端で女の子に声をかける時のようなごく自然な立ち姿と雰囲気。

 それを苦々しげに見つめながら、エメルは【自己再生】で体が修復されるのを待つ。瞬時再生の【自己再生】でも全快に5秒を要するダメージ。

 氷のような冷静さと冷徹さを自負するエメルの思考が乱れる。

 今、何をされたのか分からない。

 攻撃された。それは分かる。

 だが、魔法なのか、スキルなのか、武器による物理攻撃なのか、竜のブレスなのか―――ガゼルの攻撃の判別が出来ない。

 気付いたら分身が消し飛んだ…と言う事しか認識出来ていない。

 そんなエメルの心を読んだかのようにガゼルが訊く。


「今の攻撃が何なのか分からないって顔してるね?」


 魔素体となった時に顔なんて物は無くなっているのに、何故表情が読めるのか理解出来ない。そもそもエメルは元々感情が薄く表に出ないと言うのに。


「………答えを………教えてくれるの………?」


 自身でも馬鹿な事を訊いた、と心の中で自嘲した。

 敵がわざわざ自分の能力を明かすような真似をする訳がない。


「いいよ」


 エメルの心の混乱が一層渦を巻く。

 目の前の異形の竜人が何を考えているのか理解不能だった。圧倒的な力量差が有ると、余裕を見せているのか。それともただの馬鹿なだけか。

 一方ガゼルとしては、女性に訊かれたから答える。と言うそれだけの単純な事だった。


「天竜ゴルドニアスって知ってるか?」

「………四竜の1匹……」

「そうそう。その竜がな“自分の受ける筈だったダメージを相手に撃ち返す”って意味不明なスキルの使い手だったんだ。……いや~、アレはヤバかったな。マジで自分の攻撃で(なぶ)り殺されるかと思った…」


 うんうんと頷きながら、思い出に浸るように遠い目をする。


「で、野郎の心臓を食った時にそのスキルを奪ってやったんだが―――」


 途轍もない事実を聞かされて、エメルの混乱が恐怖に変わる。四竜と言えば、自分達でも魔素体とならなければ手こずる相手だ。そのうちの1匹を食らい、その力をそのまま手に入れたとなれば、ガゼルの戦闘力は自分達に迫るどころか、同等かそれ以上になっている可能性がある。

 事実、今エメルはこんな簡単に追い込まれている。


「まあ、奪ったスキルをそのまま使っても芸が無いんでな。ちょっとばかりアレンジしてスキルを作り変えた。攻撃してきた相手に撃ち返すのではなく、一定範囲に居る奴になら誰でも叩き込めるようにした。ついでに威力を3倍になるようにしてある」


 先程攻撃を食らう時に敢えて竜の波動の防御を捨てたのはそう言う理由だった。

 相手の攻撃をそのまま撃ち返す反射(リフレクト)ではなく、“自身が受ける筈だったダメージ”を撃ち返す能力である為、防御能力を意図的に下げる事でその効果が倍増する。

 この能力の利点は、ダメージを渡す対象が居る限り自分が一切ダメージを受ける事は無いと言う事。そして、相手が高火力の攻撃を持っている程楽な展開になると言う事。

 相手にとっては厄介な事この上ないチート能力。

 竜の波動(ドルオーラ)の防御を貫通させる為には威力を上げるしかない。しかし、その攻撃をした途端に3倍返しのダメージが返ってくる。

 まるで難攻不落の要塞のような完全防御だった。

 死角からの不意打ちであればダメージを通す事が出来たかもしれないが、相手は【隠形】を容易く見破るガゼルだ。死角をとる事は困難を極める。

 エメルも攻め手が見つからずに手詰まっていた。

 このままアークとルナのように睨み合いに突入するかと思ったがそうはならなかった。


「そう言えば思い出した」


 槍でトントンっと肩を叩きながら軽い口調で話を続けた。


「さっきの四竜の話だけどよ。もう1匹、幻竜サマルフェスって奴とも戦ったんだよ」


 表には出さなかったが、内心エメルは驚きと共に嫌な予感に恐怖した。ガゼルが竜と戦った事実は、天竜と同じ―――その能力の奪取に繋がっていると即座に気付いたからだ。


「そいつがお嬢ちゃんと同じような事をする奴でなぁ」


 再び遠い目をして思い出に浸る。


「いやー、アレはマジでヤバかった…。今思い出しても良く勝ったと自分を褒めてやりたくなる」


 更に深く思い出の海にダイブしようとして、エメルの視線に気付いて1度咳払いをして現実に戻る。


「なんでも、“こことは違う世界線から、自分が複数存在する可能性”を引っ張り出す能力らしくてな?」


 一瞬、話しているガゼルのが姿が蜃気楼のように揺らぐ。

 次の瞬間、


――― 4人のガゼルがエメルを取り囲んで居た。


「こんな風に」

「…………ッ……!!?」


 そしてエメルは気付く。

 今目の前に居る異形の竜人は、自分達と同等などではない。すでに魔素体となった自分達を圧倒する力を手にしている。

 竜種と人の混ざり者である竜人。その力はただの竜の劣化物でしかない。しかし、究極レベルに育った竜の力を食らい続けた事で、人としても、竜としても、本来ならば越える事の出来ないスペックの限界(リミット)を優に超えてしまった。

 この竜人は魔神と同じだ。


――― 神の領域に足を踏み入れている。


「「「「決着があっさりですまないな?」」」」


 4人のガゼルが左手の手の平をエメルに向ける。

 手の平に集まる黒い光―――竜の息吹(ドラゴンブレス)の分解の力を秘めた光。その光に呼応するように6枚の翼が大きく広がり、それぞれの翼が周囲からエネルギーを集約し、ガゼルの頭の王冠のように生える5本の角にそのエネルギーを流す。

 翼の集めたエネルギーが角でパチパチと(またた)く。


「“終の息吹(デッドエンドブレス)”」


 手の平の光が(はじ)け、黒い光の奔流が放たれる。

 普通のドラゴンブレスの放射規模は頑張っても精々200m。対してガゼルの放った終の息吹の放射規模は優に1km。

 目の前で放たれれば、逃げ道などどこにもない。しかも、その凄まじい放射が四方から襲いかかる。

 だが、エメルは慌てない。

 確かに竜の息吹は強力な攻撃だ。魔素の体であろうとも無事では済まないだろう。だが、この攻撃ではエメルは死なない。“分解”の力では、核となっている魔晶石まで砕く事が出来ないからだ。

 魔晶石さえ残れば、あとは【自己再生】で復活する事が出来る。


 だが、それはただの現実逃避だった。


 エメルは気付いている。神の領域に踏み込んだ怪物の放つブレスが、ただのブレスで有る筈がない事を。

 エメルは気付いている。目の前の竜人に一矢報いる事すらできない事を

 エメルは気付いている。………自分がここで終わる事を。


 黒い光の奔流がエメルを呑み込む。

 一瞬で体を形作る魔素が剥げ落ち、核である魔晶石が露わになる。竜の息吹の分解の力であるならば防げる。だが―――魔晶石はバキンッと音をたてて真っ二つに割れ、次の瞬間塵になって飛び散り、その塵も黒い光の中で消え失せた。

 終の息吹の力は分解ではない。


 “崩壊”だ。


 食らえば自己をその場に留めておく事が出来ずに崩壊する。

 アークの使う原初の火によく似た力であり、この力からは逃れる事は―――まず不可能である。


「悪いなお嬢ちゃん? 前の俺だったら恐らく逆の結果になっていただろうが、今の俺じゃ、君は本気出す程の相手ですらなかったよ」

 


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