12-29 修業の成果です
傷だらけで死にかけのエメル。
受けているダメージを考えれば、立っている事が奇跡的。……だと言うのに、目だけが死んでない。死んだ魚のような無感情な目から生気が消えない。
「ガゼル、油断すんなよ」
「しねえよ。コイツ等は肉体を殺しても、魔素体とか言う黒い姿になるんだろ?」
分かってるならヨシ。
まあ、こと戦闘に関してならガゼルにはグチャグチャ言う必要もなかったかもな?
「人の事より自分の心配しろよ? 来てるぞ?」
「知ってます」
吹っ飛んだ俺を追ってルナが近付いて来る。
「ルナは正気に戻りそうか?」
「ダメっぽいですな…。こりゃあ、いよいよコッチも覚悟決めないといけねえな…」
勿論命をくれてやる覚悟ではない。逆だ。ルナの命を奪う覚悟。
俺が心の中で迷っているのを目ざとく感じ取ったガゼルが、
「代わるか?」
と提案して来た。しかし俺は
「いい。これは俺の役目だ」
と丁重にお断りした。
同じ魔神の継承者として…ってのは勿論だが、俺はルナに命を預けている身分だ。ラーナエイトの一件で、断罪の刃を下げて命を保留にして貰っている。
ルナには俺がロイド君の体から離れるのを見届ける義務がある。戻った後、俺の処遇をどうするのかはともかく、その義務を放棄すると言うのなら俺がルナにその支払いをさせなければならない。
若干無茶苦茶な事を言うようだが、その義務を自身に課したのは誰でもなくルナ自身だ。だからこそ、その義務を知っている俺がやらなければならない。
「…………頭首様…………勝利を……」
エメルが自分の胸―――心臓に手を当てる。
ドクンッと離れている俺達にまで聞こえる程の大きな脈動。
次の瞬間、ブチブチと内側からエメルの小さな体を引き裂き―――魔晶石が飛び出す。コイツ等が魔素体になる前触れ…らしい。
あれ…? けど、魔晶石大きくない? 前に始末したピンク頭と巨人の核になってた魔晶石はクイーン級の魔物と同じくらいの大きさだったのに、エメルの魔晶石は一回り大きい。
キング級の魔晶石か…? ピンク頭達よりも上位存在なのかな。
改めてガゼルに忠告しようと思ったが―――笑っていた。「相手にとって不足無し」とでも言うような笑顔。
まあ、大丈夫そうだな。
魔晶石を中心に魔素が収縮し、人型となって地面に降り立つ。
元々の肉体の大きさが反映されているのか、子供のような小さな体躯。微妙にだがボディーラインが女性らしいが、やはり凹凸が乏しい。
失っていた腕が元通りになり、地面に倒れていたエルフの体から2本の神器を抜く。
「なるほど、それがお嬢ちゃんの本気ね」
「………無駄………貴方は……私に…勝てない……」
「そいつはどうかな?」
不敵に言いながら、チラッと後ろに居る俺に視線を向ける。「よく見とけよ?」と挑戦的な目。
なんだ?
ガゼルは自分の力を過信しないし、相手を過小評価しない。だとすれば、この状況でのガゼルの選択肢は【竜人化】以外に無い。けど、あの姿もその実力も俺はもう知ってるんですけど……なんでそんな目で見てくんの?
「………竜人………の力は………知っている………無駄」
「くっはっはっはっは、残念だが今の俺は竜人であって竜人に非ず」
なんだかガゼルが言っているが、俺の意識はそちらから離れる。何故なら、俺に近付いて来るルナが―――
「“我に力を”」
刻印を使っていたから。
このやろう…! 覚醒した魔神の力の使い過ぎて内臓まで身体機能喰われてるくせに。魔神の力を使えばそれだけ体に負担かかるっつうのに、お構い無しかよ…!?
ルナの全身に広がる力を示す黒く光る刻印。
刻印の発動に伴って、吹きつける≪黒≫の魔神の気配が濃くなる。
ゾクッとした悪寒。
このまま戦闘再開すれば、俺がボコリ殺されるのは明白。俺も【赤ノ刻印】を使うって選択肢は勿論アリだが……ルナに合わせても戦闘を長引かせるだけで状況が好転するとは思えない。
だから―――こっちも全開で行く!
「【反転】」
ヴァーミリオンが鞘ごと日本刀に作り代わり、髪と瞳の色が日本人的な混じり気のない漆黒に染まる。
体に付与されて居たスキルのいくつかが置き代わり、今まで以上の身体能力と戦闘力が体の奥から湧き上がる。
ついでに左手に【魔装】を張り直して身体機能を補う。
俺の変化と同時に、後ろでガゼルが力を解放した。
「【竜王降臨】」
あれ? 【竜人化】じゃない?
俺の頭に浮かんだ疑問を余所に、背後からビリビリとした力の波動が吹きつけて来る。変な汗が出てくる。今、後ろにとてつもなくヤバい“何か”が居ると全身の感覚が言っている。
正気が有るのかどうか怪しいルナですら、足を止めて額に不安からくる汗を浮かべている。
背後の気配を覗き見る。
そこにはガゼルが居た。
居たのだが―――翼が生えていた。いやいやいや、翼が生えてるのはいい。竜人の背中に翼があっても不思議ではない。問題なのは……羽が6枚も有った事だ。
蝙蝠のような竜の翼が一対。
天使のような真っ白な羽毛の翼が一対。
機械仕掛けの鋼の翼が一対。
そしてガゼルの額には3つ目の瞳。
【竜人化】した時には2本だった頭の角が大小合わせて5本になり、折れていた片角が生え代わり雄々しく伸びている。
竜の鱗が浮き出ていないが、代わりに淡い緑色の光が体を包み込んで居る。あの光―――竜の鱗の上位能力…竜の波動…!?
異形の亜人となったガゼルがゆっくりと振り返る。
目が合った瞬間、変な汗が噴き出る。いや、ビビる前に言っとく事がある。
「「何、その格好!?」」
お互いに指差ししながらツッコンだ。
「何お前!? なんで黒くなってんの!? なんで武器変わってんの!?」
「いやいやいや、俺よりお前だよ!? 何その第3の目!? それになんで羽と角増えてんの!? 意味分かんないんだけど!?」
そして黙る。
「「……………」」
一瞬顔を見合せながら、相手の問いへの答えを考える。
しかし、俺もガゼルも簡単に説明できるような姿でない事を察して、一言で済ませる事にした。
「「修行の成果です!」」
俺の姿は修行の成果じゃなかったけど、もうどうでも良かった。
「詳しい事は後で」「うむ」とサッカー日本代表ばりのアイコンタクトで会話して、お互いの敵に向き直る。
ガゼルの新しい姿は色々と気になるところだが、少なくても相手が何者であろうとも大丈夫そう…と言うのが分かったので一応納得して今は自分の戦いに集中しよう。
異形化した竜人の姿に足を止めていたルナが立ち直り、改めて俺を睨む。
「待たせて悪いね? んじゃ再開しようか?」
「驕るなよ? その妙な姿が何かは知らないが、刻印を使っている私とその姿で戦うつもりか?」
刻印使った時の戦闘力は通常時の1.5~2倍くらい。そりゃあ、相手が素の状態のまま戦おうとしていたら、自分が舐められてると思っていい気分じゃねえわな? まあ、俺は別に舐めてる訳じゃねえけども。
「気にせずかかって来て良いぜ? 驕ってるのがどっちか教えてやる」
「減らず口を!」
重力が襲いかかる。
さっきの物より圧倒的に強い。先程の重力が1とすれば今叩きつけられているのは4くらいかな?
だが―――俺はそれを無視して刀に手を伸ばす。
重心を低くして鯉口を切り、抜刀の構え。
「ほら、ちゃんと避けろよ?」
忠告が終わるや否や
――― 抜刀
キンッと鞘走る音と同時にルナの足元の空間が切断。
【空間断裂】によってルナの足元の地面と、剣線の延長線にあった木が両断。樹齢何百年の大木が崩れ落ち、地面が抜け落ちてルナが慌てて飛びずさる。
「言っておくが、俺のこの姿は対魔神を想定してるんでね? 覚悟決めてかかって来ねえと触れる事すら出来ねえぜ?」