12-27 QvsK
転移―――体が引っ張られるような錯覚。
斬り合わせている剣を握る手から力が抜けないように気を付ける。今少しでも力を抜いたら、幼女エルフの超絶パワーで押し切られて、転移直後に真っ二つなんて笑えない状態になりかねない。
とか考えている間にパッと転移が終わり、気が付けば周りの景色が不毛の地ではなく、木々が自然のままに伸びている大森林の中―――アルフェイルになっている。
だが……あの美しかった森が…フィリスの―――エルフ達の誇りであった大森林と里が見る影もない……。
地盤をひっくり返したような酷い有様…。木々も、エルフ達の住居も、倒壊したり半分地面に呑まれて居たり…。
………なるほど、これが地と重力を司る≪黒≫の本領って訳かよ…!
漫画やゲームでは地属性は“噛ませ”とか言われるけど、実際にその力を振り回せばこうなる。
どこが噛ませじゃボケぇッ!!
そんな震災跡地のようなアルフェイルのど真ん中、褐色の肌の女とテンガロンハットの男が、周囲に衝撃波を撒き散らしながらハルバードと槍を打ち合わせていた。
超人バトルが絶賛勃発中……。
周りで、倒れた家や木々から仲間の亜人達を助け出そうと2人の戦闘を見守っている皆が物凄い不安そう…。
でも、戦ってる当の2人はまだ全然様子見状態で本気出してねえな? ルナは刻印出してねえし、ガゼルは人間のままだし…。
っつか、あれ? ルナの持ってる黒いハルバード……あれってもしかして≪黒≫用の神器じゃねえか? ≪赤≫の知識の中にチラッとだがその姿があった。確か名前は………ノワール。
今まで≪黒≫の神器の話をルナから聞いた事はないし、持っているところも見た事は無い。……って事は、操られた時に≪無色≫に渡されたとかそんな感じか? 今からアイツを止めなきゃいけない俺としては、「要らん事しやがって…」と言う気分だったが、まあ愚痴ってもしょうがない。
周囲から戦いを見守っている亜人達が俺を見つけて喜んでいるのを気配で感じながら、一旦目の前の敵に意識を戻す。
「…………≪赤≫の魔神………やってくれたな……」
「我ながら中々良いアイディアだったろ?」
フフンッとドヤ顔すると、エルフ幼女の足元が微かに動く―――針が飛んで来た。
何をどうして針を撃ち出したのか全く分からない。魔法じゃない事は確か、スキルを使った様子もない。恐らく暗器による攻撃と思われるが、本当に見事としか言いようがない不意打ち。
だが、出を俺に悟られた時点で意味はない。
「甘ぇよ!」
【火炎装衣】を発動して、幼女の足元から飛んで来た針を俺に届く前に溶かし落とす。
しかし、元々その針で俺にダメージを与える事が目的ではなかったようで、俺の意識が自分から離れたその一瞬を逃さずに距離をとる。
そして無言のまま、感情の浮かばない虚無の瞳で俺をジッと観察する。
「………」
なるほど、コイツはこう言う奴か…。
気配の隠蔽技術に特化し、虚構の姿で相手を欺いたり、意識の外側からの攻撃を得意とする―――言うところのアサシンタイプの戦闘員。
だが、それなら目の前に向き合ってる時点でお前の負けじゃね? 真正面からの殴り合いなんて、アサシンの最も嫌う戦いだろうに…。
考えても始まらんか…。
「ね、ねえリョータ?」
おずおずと背後からカグが声をかけて来た。
戦闘中だから気を使ったのか? いや、それにしては妙に何かに怯えるような声なのはなんなんだ?
「何?」
「あの人、むっちゃアンタの事見てるわよ?」
「ん?」
言われて気付く。
さっきまで絶え間なく続いていた≪黒≫と竜人の殴り合いの音が止まって静かになっている。
チラッとアチラの戦いに視線を向けると、ガゼルが目の前に居るにも関わらず、ルナが俺の事をガン見していた。
ついでにガゼルも「遅ぇよ」と呟きながらガン見していた。
ルナがトンっと地面を踏む。
途端に、俺の周囲の地面が盛り上がり、地面から丸太のような極太の針が何本も突き出されて襲って来る。
「―――っと!?」
その場で跳躍して逃れようとしたら、追尾弾の様に針先をグニャリと曲げて空中に追っかけて来た。
普通の奴なら、身動き取れない空中で対応出来ずにジ・エンド。だが、普通でない俺は【浮遊】で高度を更に上げながら3次元軌道でそれを避ける。
しかし、俺が空中で回避する事なんて織り込み済みだった。
空中で7本目の針をかわしたタイミングで、ルナが突っ込んで来た―――!? しかもむっさ早っ!?
人間とは思えない加速から飛び上がり、砲弾のような速度で空中で絶賛回避行動中の俺に向かって来る。
「――――≪赤≫…!!!」
血走った目で黒いハルバードを振り被る。
8本目の針を回避してから、無理矢理体を捻ってヴァーミリオンでそれを受けようとした瞬間―――グンッと体がルナの方に引っ張られる…!?
何コレ…! 体の自由が奪われる!?
ルナに―――いや、その手に有る神器に引き寄せられる。そうか、コイツの能力は【引力】かよ!?
自由の利かない状態でルナと斬り合うなんて自殺行為―――近付けさせるな!!
【魔炎】でルナを捕らえる様に炎の檻を作る。だが、コイツの足を止めるにはまだ足りない、【魔素形成】で鎖を作りその体を縛る。
「よし、ざまーみろ!」と、呑気に喜ぶ暇もなく、今度は幼女の方が襲って来た。
おいっ、くそっ、ふざけんな! 見えては居るけど、反応する余裕なんてねえぞ!?
俺の反応が間に合わないと判断したパンドラが、脅威的なクイック&ドローで魔弾を放ち、俺に近付く幼女の体を狙う。が、魔弾の威力が足りないのか、幼女は気にした様子もなく突っ込んでくる。
「リョータ!!」
パンドラの銃撃でようやく目の前の状況を理解したカグが、俺を護るように風を渦巻かせ、幼女の軽い体を吹き飛ばして、ついでに地面から生えるニードルも抉り飛ばした。
「カグ、サンキュー!」
と返した次の瞬間、魔素の鎖と炎の檻を引き裂いてルナが迫って来た。
クッソ、パワーゴリラめ!? カグの起こした風を物ともせずに突き進む姿は恐怖しかない。
俺が身構えるよりも早く、白い槍が飛んで来てガンっと硬い物同士がぶつかる音をたててルナのドテッ腹にヒットする。
ガゼルの音速を超える槍の投擲―――だが、刺さる事無くルナの体を吹っ飛ばしただけで、跳ね返って空中を舞う。なんなのルナの体は……鋼鉄ボディーなの…?
ガゼルが呑気に近付いてきながら、槍を手元に戻す。
「無事か後輩?」
「コッチのセリフだっつーの先輩」
言いながら横に着地する。
「ルナ相手に良く持たせたじゃん?」
「フフンッ、アッチも本気じゃなかったしな? 何より、俺は短期間で無茶なパワーアップしたからよ、今なら魔神相手だって負ける気がしねぇ」
どんな無茶な修行をして来たのか知らないが、確かに横に立ってるだけで前とは桁違いの威圧感を感じる。元々強かったガゼルが、そこから更に一歩踏み出した強さを手に入れたって訳ですか……恐ろしいな…。
「で? なんでルナが暴れてて、お前はエルフの娘とドンパチしながら現れたんだ? ルナの奴、何聞いても答えやしねえんだよ…」
時間が無いので、手短に心を操る≪無色≫の事と、幼女エルフがもう1人のキング級の正体で、ここで見逃すと無差別殺人をしに行くらしい事だけを説明する。
「ふむ…なるほどな。操られている可能性が有るってんなら、下手に全開で攻撃しなかったのは正解だったな」
「あ、ついでに言っとくとあの黒い髪の女、≪白≫の継承者だけど、今はもう≪無色≫の洗脳が解けてるから攻撃しないでやってくれ」
「ぉお、そうか。お前の幼馴染つってた子だな? 良かったじゃねえか。今度ディナーに誘うか」
「何サラッとナンパ宣言してんだよ!? マジ止めて下さいます? ってか、お前の方こそ、なんで都合良く助けに来られたんだよ?」
「いや、本当に偶然だ。まあ、粗方食い散らしたし、そろそろグレイス共和国に帰るかなぁと思ってたところではあったけどな?」
なんだ食い散らしたって…? 食い倒れツアーでもしてたのか?
俺達の会話を遮るように、殺気と憤怒の入り混じる気配を纏ったルナが立ち上がる。そして、その横に片腕のエルフ幼女も並ぶ。
あの幼女が敵なのはルナも知ってる筈…それなのに横に立たれても無反応って事は……こりゃぁ、完全にアウトだな。
「仕切り直しだな」
「おう。ルナの相手は俺がする、幼女の方はよろしく」
「任せな」
「見た目に騙されんなよ? 腐ってもキング級の戦闘力だ。あと意表をついた攻撃が得意だから注意な?」
「色々ご忠告どうも。参考にさせて貰うよ」
パンドラ達は……戦闘に参加させられねえか。ぶっちゃけ、相手が相手なだけに俺もガゼルも1人の方が立ち回りやすいし。
「皆は今の内に亜人達を助けてやってくれ」
「はい」「畏まりました!」「ですの!」「リョータ、気を付けてね…」
女性陣が離れて、残ったのは俺とガゼル、そして向かい合うルナと幼女。
ふとガゼルがプッと噴き出した。「何?」と視線で問うと…。
「奇しくも、クイーン級対キング級の図式になったな?」
「ああ、確かに…」
普通に考えれば、クイーン級がキング級に勝てるわけない。だが、俺もガゼルもクイーン級の中でも飛び抜けた規格外だ。
「キング級に挑む日が来るとは思ってなかったな」
「世の中はカカア天下の方が平和なもんだ。悪いが、キングの2人にはここで沈んで貰いましょう」