12-26 正体
「と言う訳で、現在あの竜人が≪黒≫を押さえています。≪黒≫が引きつけられている間に、私は転移阻害の効果範囲の外まで走ってここに」
「そうか」
どんな訳だ? と言うツッコミは胸の中にしまっておく。
ガゼルの奴、ちょいちょい狙ったようなタイミングでヒーロー的な登場をしやがる。そう言うのも、ある種の素質っつか才能なのかねえ?
まあ、んな事はどうでも良いか…。
今重要なのは、ルナの奴がトチ狂ってアルフェイルで亜人を殺して回ってるって事だ…。
正直、最悪の展開としてルナが敵になる事も考えていなかった訳じゃない。≪無色≫の力が精霊王の精神に干渉する力だと知った瞬間から、頭の片隅で考えていた事だ。
ガゼルが何でそんな所に居たのかはこの際どうでも良い。アイツなら多少なりともルナを止める事が出来る筈…。
つっても、ルナが本気出して魔神覚醒しようものなら、その瞬間にアルフェイル諸共全滅が確定する。
クソッ…早いところ、俺が行かなきゃマズイ……! ガゼルだってそれが分かってるからフィリスを俺の所に迎えに寄越したんだろうし。
ただ、その為には―――
「次の用事が出来たんで、その剣引っ込めて欲しいんですけど?」
「断る」
目の前の、もう片方のキング級をなんとかしなきゃいけない。
両手に握られた神器の剣。分かる。2本の剣も、その使い手たるこのオッサンもクソ程強い。
「アンタ仮にもキング級の冒険者だろう? なんでこんな事してんだよ…!」
俺の問い掛けに、少しだけ口元を歪めて笑う。今まで見せていた温和な笑みではない。俺を…俺達を見下し嘲笑う笑い方。
「お前はどこにも行けんよ。すでに詰みだ」
「ぁあ?」
言い返そうとして、ガクンッと膝を折って地面に手をつく。それを見て、シンの笑顔が更に歪む。
「アーク様!?」「リョータ!?」「マスター!」
余裕の足取りでシンが近付いて来る。
俺が地面から動かないでいると、慌ててパンドラ達が割って入ろうとするが、それを剣を振った衝撃波で牽制する。
「勝負は始まる前から決していた、と言う事さ」
地面に手をつく俺の首に刃を当てる。
「さっきお前に飲ませた水、あれは―――」
振られた剣。飛び散る鮮血。宙を舞う―――腕。
そして片腕を失ったシン。
生温かい血の雨を降らす腕を呆然と見詰める男に、半分立ち上がりながら剣を振った体勢のまま煽ってやる。
「神経毒が混ぜてありました~ってんだろ? あれれー? もしかして、気付いてないとか思いました?」
混ぜてあったのが植物から抽出した毒だったのが運の尽き、コッチには植物のスペシャリストの白雪が居る。
水を取り出した瞬間に白雪が気付いて思念で『父様、あの水飲んだら危ないですの』と注意してくれた。だから、飲むふりをして、口元に熱量を集めて全部蒸発させてやった。
「クッ…どうして…!」
慌てて俺から離れながら、二の腕から先の無くなった右腕に、血止めか痛み止めのポーションを振りかける。
「どうして? そりゃあ、始めっからお前の事なんて信用してなかったからな?」
ギルドで初めて会った時に握手をしたが、あの時に感じた違和感がどうにも気になった。初対面の人間に対して「おや?」と思う事はあっても、ここまで引っ掛かる事はなかった。先代達が積み上げて来た≪赤≫の経験値が、「コイツを警戒しろ」と言っている。
だからこそ、グラムシェルドで皆にも「あのキング級のオッサンの事なんだけど、多分俺達の味方じゃねえ。基本的に信用しないようにな」と忠告もしてあった。
「気配消すの上手いし、感知能力に引っ掛からないのも凄ぇと思う。けど、人間がそれをやるのはやり過ぎだ。テメェ、何者だ?」
シンの顔から表情が消える。
「………なるほど………≪赤≫……侮り過ぎたみたい…」
あれ? 声が変わった…?
さっきまで見た目通りの低く重い声だったのに、少し高めの―――女の子の声?
その声を聞いて、フィリスがハッとなって声を上げる。
「アーク様お気を付け下さい! この男―――いえ、この女は≪無色≫の仲間です!」
マジで…? いや、まあ確かに状況を考えればその繋がりは理解出来ますけども。それよりも女? 女なのこのオッサン?
次の瞬間、精悍な顔つきの男の顔がシールが剥がれるようにペロリと捲れて、剥がれ落ちた男の顔のシールが塵になって消える。
男の顔の下に有ったのは、あどけない少女の顔―――そして耳が長い……エルフ? いや、コイツ見た事あるぞ。妖精の森跡地での戦闘でも、アルフェイルの戦闘でも俺の偽物―――≪無色≫の近くに居たエルフの子だ!
全身のシールが剥がれると、男らしさの欠片もない少女らしい小さく細い体。左手に握られた怪しく光る神器の剣。そして―――俺の斬り落とした右腕。
このタイミングの良過ぎる出現。
ルナが暴れ出したのとほぼ同時に、≪無色≫の仲間が俺に接触して来たのは……どう考えても偶然じゃねえよな?
コイツ等は、俺にルナの所に行かれたくねえ訳か。まあ、そりゃあ今アイツを止められるのは覚醒した魔神になれる俺だけだ。もし本当にルナが≪無色≫に操られて手駒にされているとしたら(十中八九そうだろうけど…)、俺とルナの接触はどうしても止めたいって事ね…。
コイツ等にとっちゃ、フィリスが偶然アルフェイルに里帰りしてたのが運の尽きだな。
「テメェ、本物のキング級の片割れはどこだ…!」
「本物なんて……元々居ない」
「ぁん?」
「………キング級の…シンは……私達が表舞台で…動く為に作った…虚像」
って事は、コイツが本物であり偽物って事か……ややこしいな。まあ、でもとりあえずぶっ倒していい相手なのは確定した。
「アーク様…どうか、お早く!」
故郷が今も魔神の力を振り回す怪物に襲われているのだから、フィリスの焦りはもっともだ。正直言えば、俺もよくしてくれた亜人達が殺されているのかと思うと気が気ではない。
「だな。フィリス、転移の準備してくれ。アッチにかけられてる転移阻害は、俺が“転移阻害無効”で消すから、直接アルフェイルに飛ぶぞ」
「は、はい!」
「マスター、どうなさるのですか?」
「コイツの相手してる暇ねえ! この場では取り逃がす事になるけど、今はアルフェイルが優先だ!」
≪無色≫の仲間を見逃すのはクソ悔しいけど、今は冗談なしに1分1秒遅れれば死人が増える状況だ。この場ではこの悔しさは呑み込むしかない。
「……行かせない」
「悪いが、お前の相手はまた今度にしてくれ」
「……私を放置して転移した場合……私は町に戻って……無差別に人間を殺して回る」
「はぁ!?」
エルフの少女の瞳からは感情が読み取れない…と言うか、生気すら感じられない。死んだ魚の目ってのはまさにこの目の事だろう。だが、少なくても俺達をこの場から逃がす気が無い決意だけは本物だ。
俺達が無視して転移しようものなら、その瞬間にどこかの町で大量殺戮祭りが始まるだろう。
「死んでもこの場から逃がす気はねえって事ね」
「…………それが……頭首の…命令だから」
ボソボソと喋りながら、俺達に注意を向けたまま斬り飛ばした手に握られて居た神器を回収して鞘に戻す。
腕1本落とされても戦意が落ちてねえ…。
「リョータ、どうすんの? フィリスさんの故郷まずいんでしょ…?」
「分かってる…!」
どうする…? コイツをこの場に放置出来ないってんなら、俺達の最善の選択肢は「コイツを瞬殺する」だ。だが、コイツの目的が俺等……っつか俺の足止めだと言うなら、わざと戦闘を長引かせる戦い方をされる可能性が高い。
魔神に覚醒すれば、どんな戦い方をされても瞬殺出来る自信が有るけど、この後にルナとの戦いが控えているから温存したいし……。
もう1つの選択肢として、俺だけアルフェイルに飛んで、コイツの相手はパンドラやカグに任せるってのも有るには有るが………連中には魔素体とか言う切り札がある。その力は凄まじい…。ウチの女性陣に任せるにはかなり荷が重い。
カグの奴が戦闘の経験値豊富で、≪白≫の力をもっと自在に扱えたなら任せる事も出来たかもしれないが、今の状態で任せるのは無理だ。
せめて、ガゼルクラスの強さの奴がこの場に居てくれれば……。
………いや、待て。
閃いたっ!!!
「フィリス構わねえ、転移魔法でアルフェイルに飛ぶぞ!」
「し、しかし良いのですか!?」「え? ちょっ、リョータ!?」「父様、良いんですの!? 人が一杯殺されてしまいますわ!」
んな事させねえよ…!
周囲に炎を撒いて、【炎熱特性付与】で“転移阻害無効”を引っかける。これで、アルフェイルに直接転移出来る!
「……関係無い人間達は………見捨てるのね…?」
「いや、俺はそんな薄情な人間じゃねえよ」
グッと足に力を溜めて一気に距離を詰める。
フェイントも何も無く、真っ直ぐに突っ込む。流石に反応されて、残った片腕の剣で迎撃をされる。が、それは想定内!
「……こないで…」
「ふんっ―――!!」
ヴァーミリオンで剣を受ける。
凄いパワー…!? 見た目の幼女感は、攻撃には一切無いなっ!!
そのまま刃を合わせたまま踏ん張る。
「フィリス、転移!!」
「は? いえ、しかし―――」
「コイツも一緒にアルフェイルに飛ばせっ!!」
一瞬「正気ですか?」と言う顔をしたが、今の一刻を争う状況だと言う事と、命令したのが俺だった事で迷いを振り払って【長距離転移魔法】を発動させる。
3番目の選択肢。コイツをここに置いて行けないのなら、コイツをアルフェイルに連れて行く! あっちにはガゼルが居るし、戦力的には、まあ、なんとかなるだろう。