12-24 急転
北の大地……ようやく到着。
あ~…マジで死ぬかと思った…。色んなスキルで固めたロイド君の体に、まさかこんな落とし穴のような弱点があったとは…。
寝て過ごそうかと思ったら、パンドラとカグがうっさくて眠れやしねえし…。ウチの女どもは本気で俺を殺すつもりかよ………? まあ、未だかつて死因“船酔い”なんて人間が居たのかどうかは知らんが。
とにかく、俺は生き残った! クソざまー見やがれ!
そして陸に辿り着いてようやく【浮遊】で体浮かしとけば良かったんじゃね? と思い至ったが………まあ、今後の糧にしよう…。
「マスター、ご無事ですか?」
「………うん。お前達が静かに眠らせてくれたら、もっとご無事だったんだけどな…」
「申し訳ありません」「…ごめんなさい」
若干恨み言を吐いてから辺りを見回す。
ビックリする程何も無ぇ…。
誰も近寄らず、600年前の亜人戦争から放置されっ放しの不毛の地。そんな情報を知識として聞いてはいたけど、実際に目の辺りにすると印象が違う。
草木一本生えず、人工的な建物も存在しない。
ただただ無駄なまでに広い平地だけが視界の先の先まで支配していて、辛うじてアクセント程度に所々雪が積もっている。
「アーク君大丈夫か? これを飲むと良い、多少は良くなる」
とシンさんが自分の水筒らしき物から無色透明な…水…? を木のコップに注いで差し出した。
「どうも」
コップを受け取り口元に運ぶ。
匂いは無いな…。アルコールでも無さそうだ。
気付け水的な奴かな? 冷たい水を飲むと脳味噌が起きてシャキッとします的な? もしくは―――…まあ良いや。
空になったコップを返す。
「心なしか良くなったような…?」
「ふむ、では行こうか? どこかにルナの痕跡があれば良いのだが」
船員達に待つように言って歩き出そうとしたした時―――
「―――く――ま…!」
遠くから声が聞こえた。
「ん?」
「どうかしたか?」
「いや、今声が聞こえたような?」
気のせいかと辺りを見回す。
皆も俺と同じようにキョロキョロとする。その中で、カグが逸早く声の出所を発見したようで、俺達が今まで船で渡って来た海上に視線を向けた。
「あっ、あそこだ!」
カグが空を指さし、それを追うと―――遥か彼方…人が豆粒みたいに見える距離に誰かが浮いていた。
遠過ぎて誰だか確認出来ん…。感知能力も生身ではあの距離は届かんしな。
しかし、そんな時に望遠レンズを搭載しているウチのロボメイドは頼りになる。
「フィリスのようです」
「え? マジで?」
「はい。マジです」
「なんだ、結局追いかけて来たのか…。こんな事なら待ってやれば良かったかな?」
追って来るつっても、俺達と同じようにゴルトゥーラの港町まで飛んで、そこからは船に乗るか、そうでもなければ浮遊魔法で飛ぶか、【短距離転移魔法】の連続使用するくらいしか方法ねえんだよなぁ。
どうやらフィリスは浮遊魔法で飛びながら【短距離転移魔法】を使うと言う合わせ技でここまで飛んで来たようで、俺達が見ている事に気付いて転移魔法を発動して目の前に現れた。
「ぁ…ーク…様…ハァハァ…」
無茶苦茶息が切れていた。っつうか、全身汗だくで服が肌に張り付いていて若干エロい。
「リョータ!!」「マスター」「父様っ!!」
なんだろう。なんでいやらしい目を向けたらその瞬間にバレるんだろうか…? 女の勘か?
フィリスの息が整うのをノンビリ待とうかと思ったら、本人がそれを待たずに俺に詰め寄って肩を掴んだ。
え? あれ? もしかして置いて行ったの怒ってますか? ちゃんと謝った方が良いかな。
「ゴメンなフィリス。置いて行って」
「そ…れは……ゼェ…ぜぇ…良いの…です。そ、そんな…はぁはぁ…事より、大変…なのです!」
この尋常じゃない焦り方、相当ヤバい何かがあったのか?
いや、っつか、冷静になってフィリスの体を見てみると、全身泥だらけの傷だらけだ! 明らかに激しい戦闘をした後の姿。
流石に俺もスイッチが入って意識が戦闘モードに切り替わる。
「落ち付け、何があった?」
フィリスが少しだけ息を整えて、改めて口を開こうとしたその瞬間、
――― 背筋を悪寒が滑り落ちた。
なんだ? と呑気に確認する余裕もない。
音も無く、気配も無く、予兆も無く―――俺の背に向かって剣が振り下ろされた。
あまりにも唐突。本来ならば反応するどころか、斬られなければ気付かなかっただろう見事な不意打ち。
しかも、剣を振った相手が感知能力阻害で一切コチラに攻撃の気配を感じさせないと言うのだから、もういっそ相手に拍手でも送ってやりたい気分だった。
だが―――
振り向きざまに右手でヴァーミリオンを抜き、振り下ろされた剣を甲高い音と共に受け止める。
だが―――俺には届かない。
「あのさぁ、今コッチは取り込み中だから後にしてくんない?」
刃を合わせる互いの剣越しに敵を睨む。
キング級冒険者のシンを―――。
「ぁ、アーク様!」「リョータ!?」「マスター!」「父様っ!!」
「大丈夫、怪我してねえから」
シンから視線は逸らさずに女性陣を安心させる。
さて………。
「一応訊くけど、何のつもりだコノヤロウ…!?」
「………」
無言だった。
何も言わず、表情からも何の感情も読み取れない。殺気や敵意の類もまったくない。
正直、「もしかしてジャレて来ただけじゃね?」とか本気で思ってしまう程何も感じない。
とは言え、今現在剣を向けているのは事実。今受けている一撃だって、受け止めていなかったら体が両断されて居たかもしれない。
つまりコイツは、疑う余地も無く俺を殺しに来たって事だ。
剣を合わせて睨み合ったまま、左手に【魔装】を施し肉体機能を補う。
「戦うってんなら、コッチはぶち殺すつもりで行くが?」
どんなつもりで攻撃して来ているのかは知らないが、黙って斬られてやる義理はない。
俺の問い掛けへの答えなのか、空いている手で腰に差したもう1本の剣に手を伸ばす。
二刀流。いや、そこはどうでも良い。剣2本持ってる時点でそんな物は予想済みだ。だが、2本目の剣が抜けた時にゾワッと全身の毛が逆立つような嫌な予感。
「伏せろ!!」
俺の声に反応して地面に膝を折る女性陣を確認しながら、自身も合わせていた剣を横に払い、姿勢を低くしながら飛びずさる。
鞘から抜き放たれた2本目の剣が空を切る―――。
瞬間―――空気が割れる。
ドンッと周囲に衝撃波が広がり、積もっていた雪を吹き飛ばし大地を抉る。それだけでは止まらず、俺達の乗って来た船が吹き飛び逆さになって海面に落下した。
えっ…!? ちょっ!? 何今の威力!? 空振りでこの威力ってヤバくね!? ヤバいよね!?
ひっくり返った船から船員達が何とか脱出したようで、何人かが海面に顔を出す。カグが「大丈夫ですかー?」と声をかけると「おぉー」「なんとかー」と返して居るので、一応大丈夫っぽい。
「腐ってもキング級…、舐めてかかれる相手じゃねえか…!」
戦い始めたら集中しねえとマズそうだ…。フィリスの話先に聞いとかねえと、戦いながらじゃ頭に入らん。
立ち上がって構え直しながら、シンに視線を固定したまま後ろのフィリスに止まっていた話の先を促す。
「で? 何が大変だって?」
「え、あ、はい! そうなのです大変なんです、一大事です!」
息は整ったが精神的には絶賛混乱中らしい。一大事を知らせに来たのなら、さっさと内容を言いなさい。いつものフィリスならもっと短く分かりやすく喋るのに。
「何があった?」
「アルフェイルが襲撃されました!」
「ぇえ!? またぁ!?」
3度目だぞ!? いい加減にしろよ! 何処のアホだ!?
っつか、フィリスが朝戻って来なかったのってそのせいか。
「それだけではないのです…」
「え…? まだ続きが有るの…?」
「アルフェイルを襲撃しているのは≪黒≫の女なのです!」
…………ふむ、なるほど。
「え? どう言う事?」