12-23 キング級と一緒に
ルナのプライベートは全く知らない。だが、戦場でのアイツの姿は知っている。
身体機能の大部分を魔神に持って行かれて居ると言うのに、それでも≪黒≫を宿すその強さは鮮烈だった。
そのルナが行方不明とはどういう事だ?
悩んで居ても仕方無いので直球で訊く事にした。
「ルナが居なくなったって、どう言う事ですか?」
「うむ。アイツは自由に行動する代わりに、定期的に統括ギルドの方に連絡を欠かさず入れていたらしいのだが、それが無いらしい」
「連絡無いから行方不明ってのは早計じゃないですか?」
「そうだな。普通の冒険者であればそうかもしれないが、アイツはその頂点であるキング級だ。しかも、定期連絡を今まで1度も欠かした事が無いらしい。それ故、ウチのグランドマスターも心配してしまってな? 私の所に捜索の依頼が出された、と言う訳だ」
本来探す側のキング級が探されるなんて、随分間抜けな話もあったもんだ。
だが、まあ、確かにルナが本当に行方知れずになったのだとしたら、それはただ事ではない。
キング級のオッサンの事情を説明され、何故ここに現れたのかを察したパンドラが訊いた。
「その依頼を受け、まず近しい相手に事情を聞こうとマスターの元へと現れた、と言う事でしょうか?」
「そうなる」
「そして、もしキング級が行方不明になるような事態であれば、その対応には貴方以外に最低でももう1人相応の力を持った人間が必要になる。現キング級が2人しか居ないのであれば、その下位であるクイーン級の中から人選されます。つまりマスターです」
パンドラの無感情な説明を聞いて俺とカグと白雪は「あー、そう言う事ね」と納得し、説明の先を言われたシンさんが苦笑する。
「メイドのお嬢さんは聡いな…。そう言う事なのだが、協力して貰えるか?」
「ええ、そらまあ、構いませんけど」
ルナの事は気になるし、それに―――ルナに何かあったとすれば≪無色≫が何かした可能性がある。それでなくてもアイツは連中から恨み買ってるっぽいし。
………まあ、考えたくは無いけど最悪の展開も一応頭の片隅に置いておく。
「ありがたい。では早速だが、行方に何か心当たりは有るか?」
一瞬迷う。
ルナに何かあったとすれば、恐らく調査すると言っていた北の大地だろうけど…。「何の調査だ?」と問い返されると答えが出ない…。
600年前の亜人戦争の調査……ではあるけど、そもそも普通の人間にとっては「愚かな亜人が人間にたて付いて滅ぼされかけた」大昔の出来事だ。裏で魔神のなんやかんやがあったり、戦争を扇動していた奴が居た事なんて知る由もないだろう。
…いや、でも相手は冒険者のトップであるキング級だ。知ってるかもしれないし、知って無くても察してくれるかも…。
まあ、とりあえず言ってみよう。
「北の大地に調べ物が有るって言ってたんで、多分そこに行ったんじゃないかと思いますけど」
「調査? ふむ、まあそうか。そう言う事なら、とりあえず北の大地に行ってみよう」
若干疑問を持たれたけど、調査の件は流されたようで良かった…。
早速受付さん(汗だく)に、北の大地へ転移出来る人間が居ないか相談を始めたシンさんを余所に、コッチもコッチで相談をしておく。
「ねえリョータ、フィリスさんどうするの? 故郷に戻ったままでしょ?」
「ああ、そだな…」
「置いて行けば良いのでは?」
ウチのメイドは本当に容赦ない。
でも、まあ、今回はそれで良いか? 折角の里帰りだし……連中との戦闘後のアルフェイルがどうなったのかはフィリスも気にしてたしな。たまにはノンビリさせてやろう。
まあ、回復支援の出来るフィリスが居ないのは若干不安だけども…。
「間に合うようなら連れて行こう。来ないようならギルドに伝言残して置いて行くって事で」
「うん」「はい。宜しいかと」「ですの」
「っつか、他人の事よりお前はどうするよ? 多分、戦闘になったら無茶苦茶激しい戦いになるぞ? まあ、何事も無く終わる可能性もあっけど」
「行くわよ。ルナって…あの仮面を付けた女の人でしょ?」
「あれ? アイツの事憶えてるん?」
「まあボンヤリとだけどね? やたら怖かった印象しか残って無いけど」
怖かったって…まあ、気持ちは分かるけど。俺もアイツに殺気向けられたのが若干トラウマになってるくらいですし。
「私の意思じゃ無かったとは言え、あの人と戦って迷惑かけちゃったし……あの人に何かあって困ってるなら助けてあげたいじゃない? 汚名返上! 的な?」
「まあ、無理しない程度にな? あの連中が今回の件に関わってるかどうかはともかく、ルナに何かあったとしたらそれ相応にヤバい状況って事だ」
「敵対存在が居るのだとすれば、キング級の魔物5体以上の危険度と判断します」
未だかつて無い程の物凄い危険度……。
カグの初戦にするにはちょ~っと難易度がベリーハード過ぎじゃねえかなぁ…? 出来れば何事も無く終わって欲しいんだが……?
実はルナがどっかでバカンス中で、楽しくてギルドへの連絡も忘れてるとか……ねえか? ねえな。
「おーい、移動方法が決まったぞ」
「移動方法って……転移では?」
「いや、北の大地へ転移出来る者が居なかった。あそこは人も魔物も近寄らない場所だから、行った事のある者が居ないらしい」
ああそっか、【長距離転移魔法】は行った事ある場所しか行けねえんだっけ。
「一旦1番近いゴルトゥーラと言う港町まで転移して、そこから船で移動する」
「なるほど、了解です」
「転移士は半刻程したらくるそうだ。船の手配はすでにギルドの方でしてくれているので、転移しだい船での移動になる。何か準備が必要なら今のうちにしておいてくれ」
「わかりました」
言われた通りギルドを離れて食料やら消耗品やらを若干多めに買って白雪のポケットの中に保管して貰う。
ついでに花売りから綺麗な奴を見繕って貰い白雪に渡してご機嫌取りしておく。花が大好きな妖精らしく、花を受け取るや否や超ご機嫌になり俺に甘えて来た。こんな単純で大丈夫か白雪よ……。
「フィリスは間に合いそうにねえなあ…」
「はい。では、後でギルドに伝言を残しておきます」
「おう、頼むわ」
おっと、ウチの連中しか居ない今の内に言っとく事が有ったんだった。
「あのさ、ちょっと聞いてくれ」
「聞いてます」「言わなくても聞いてるわよ」「なんですの?」
ウチの女性陣は毎回ノッてくれなくてちょっと泣く…。
「あのキング級のオッサンの事なんだけど―――…」
* * *
グラムシェルドを旅立って数分後に、俺達の船旅が始まった。
そして5分で酔った。
クッソ気持ち悪い……! もういっそ殺して下さいって感じなんスけど!?
そこまで天気は崩れていないのに、やたら海が荒れている気がする…。海流やら潮やらの関係なのか、どっかで天気が崩れている影響を受けているのか知らんが……もう、本当に死にたい…。
そもそも船が波の影響をもろ被りしているのが悪い…これ技術でなんとかなんねえの? ……ダメか…ダメだな。俺等の世界だって波の影響を消してくれるようなトンデモ技術は開発されてねえし…。いや、だったら魔法とかでさぁ…こう、なんとかならんのですか?
着くまでに3時間とかマジかよ? 多分、俺は今日が命日だな…。
「父様、大丈夫ですの…?」
「大丈夫じゃない……とっても大丈夫じゃない……」
すでに吐きそうになっている―――って言うか1回吐いた。
心配そうに俺の頬に触れて来る白雪の手が冷たくて気持ちいい。
くそぉ…三半規管は相当鍛えられてる筈なのになぁ……。もしかして、ロイド君の体が船に乗るの初めてだからかなあ?
「マスター、横になってお休みになられてはどうでしょうか?」
起きてると船酔いのダメージ直撃だから、眠ってしまえ、と言う事らしい。そうね、とっても良い作戦ね。
「あぁ~、そうするわ……。この調子で北の大地まで耐えられる気がしねぇ…」
「では、どうぞ」
パンドラが座って自分の膝をトントンっと叩く。
何をしたいのかは聞くまでもないが…一応訊いておこう。
「……何?」
「はい。横になるには枕が必要かと」
「っ!? ちょっ、パンドラさん何言い出してるのよ!?」
カグが慌ててパンドラの肩を掴むが、掴まれた方は至って冷静に…。
「マスターの頭を乗せる丁度良い枕がここには存在しません。ですので私の膝で代用するだけですが?」
「えぅ……えっと…じゃ、じゃあ、私が代わりにやるわ!」
「必要ありません。マスターのお世話は私の役目です」
「そ、そう言う事じゃないの!」
「………お願い、静かにして………」
「父様、ファイトですわ」