12-19 ただいま
脳味噌を直接揺すられるような、気持ち悪さと頭痛を感じる転移時間が5秒程続き、俺達は無事に精霊界から帰還した。
「おーっし、ただいま――――って寒ッ!!!?」
転移穴の出口はアヴァロアの精霊の森だった。
元々ロシア並みに寒い国な上に、雪が吹雪いていて洒落にならない。マイナス何度か知らないが、多分業務用冷凍庫くらいには寒い。
この森に来る時に着ていた防寒着も今は脱いでしまっているし、ジッとしているとマジで凍死してしまう。
ああもう、≪赤≫の大精霊め! そりゃあ精霊界にはここから行ったけど、出口はもっと気を使った場所に開けて欲しかったよ!!
「ちょっ! 何コレ寒過ぎない!?」
カグも自分の体を抱きしめて震えている。って言うか若干キレている。今にも暴風を起こして上空の厚い雲を吹き飛ばさんばかりの雰囲気だった。
「……父様、なんだか眠いですの……」
「寝るな!? マジで死ぬぞ!?」
フードの中の白雪が本気でウトウトし始めたので、慌てて【レッドエレメント】で熱を放出して周囲を暖める。
「あれ? なんか暖かくなった?」「わぁ、父様の体とっても暖かいんですの!」「マスターからの熱放出を確認。窮地を脱出したと判断します」「はぁ、まるでアーク様に包まれているような………ゴホン、なんでもありません!」
よし、これで一先ずオッケー。
防寒具要らずの炎熱能力マジ万歳。
「こんな寒い場所にいつまでも居られん。さっさと移動しよう」
「はい」「賛成です」「そうね。雪景色綺麗だけど、寒いの苦手だわ」「花が無い場所は嫌ですの…」
「っつー訳でフィリス、グラムシェルドまで転移魔法頼むわ」
「お任せ下さい!」
打てば響く様な速さで【長距離転移魔法】が発動され、寒さの国にお別れを言う間もなく俺達は転移した。
* * *
転移魔法の移動は本当に楽だ。
俺等の世界にもこんな事が出来る技術が有れば良いのに…と思うが、実際に有ったら有ったで車屋や鉄道や航空業が軒並み廃業に追い込まれてとんでもない事になりそうなので、やっぱり暫くは良いや。
転移の利便性の話は置いといてグラムシェルド。
あー懐かしい…って2日しか離れてねえけど。
眼前に広がる光景に、感動と不安を合わせたような微妙な顔をしているカグ。
「…………すごい、本物の中世の街並みだ…」
「コッチに来てからまともに町に来た事ねえの?」
「あったかも知れないけど憶えて無い」
なるほど、それじゃあその反応も仕方ねえ。俺も初めてルディエに行った時はそりゃあ感動したもんだ。……まあ、次の瞬間にはどっかのアホの炎術を叩き込まれて地下送りだったけど…。
「マスター、これからどうなさるのですか?」
「とりあえずギルド行こう。ギルマスに色々連絡しとかねえと」
俺が戦えるようになった事もだし、アヴァロアのクイーン級が長期休暇するかもしれんから、そっちの仕事も出来る限りは俺が貰うように言っとかないとだし……。
しかし、そうなるとガゼル不在のグレイス共和国と合わせて国3つ分の仕事か……まあ、無理なら無理で真希さんなり、他のクイーン級の人なりに仕事回せば大丈夫か。
それと、ついでにカグを冒険者にしとかねえとな? 身分証明できる物がないと不便なのは、アッチでもコッチの世界でも変わらん。
今後の予定を考えつつ歩き出す。
グラムシェルドもいい加減歩き慣れたもので、何処の通りを歩けば最短コースかなんて一々考えなくても分かる。
カグは中世の街並みや人の暮らしがよっぽど物珍しいのか(当たり前だが)田舎から出て来たお上りさんみたいにキョロキョロしていて、正直すげぇ危なっかしい…。一応迷子にならないように注意しておこう。
後ろを歩くカグに注意を向けて居たら、通りの先から声をかけられた。
「アークさん、御戻りになってたんですね?」
俺もアステリア王国ではクイーン級冒険者として顔と名前が売れて来たようで、首のクラスシンボルを服の中に隠していても色んな人に声をかけられる。
このオッサンは…確か肉料理の店のおやじさんか。
「ども」
「また食べにいらして下さいよ」
「ええ、そのうち寄らせて貰います」
それを聞いて、後ろの方でフィリスが「……ジューシーな、肉…」と涎を垂らして遠い目をしていた。
ダメだこの暴食!?
その後も、パンドラ御用達の野菜売りの兄ちゃんやら、白雪が残り物を貰う花屋の女の子やら、色んな人に挨拶をされる。その度に「おう」とか「どうも」とか軽く返事をする。もっと丁寧な対応をしようかとも思っているのだが、1人にやり始めるとキリが無いので全員平等に軽く挨拶を返すようにしている。
まあ、挨拶をしてくれる人達は俺が返事をするだけでも満足らしいので、これで良いんじゃなかろうか?
ふと視線を感じて振り返ると、カグがジッと俺の顔を見つめていた。
え? 何? 幼馴染に見つめられると落ち付かないんだが…。
「何? 顔に何かついてるか?」
「じゃなくて」「マスターの顔はお綺麗です」
パンドラがトコトコと横に来て俺の髪や服装の身だしなみをチャックし出す。天下の往来でやられるととても恥ずかしいのでやんわりと止めさせる。
「リョータ、皆に慕われてるんだ?」
「まあ、この国でただ1人のクイーン級冒険者だからな? それなりに頼りにはされてるんじゃないか?」
ぶっちゃけあんまり仕事してねえけど。
パンドラ達が「当たり前です」「それなりではありません!」とか全力でフォローしてくれてるけども…肩の白雪も首が取れる勢いで頷いてい居るけども…。
他のクイーン級に比べれば新参だし、ぽっと出なのは本当だぜ?
「ふーん……」
……何その反応? 微妙に寂しそうな雰囲気を出してるのはなんなの…?
「ところで、なんでアークなの?」
「え? 何唐突に?」
話の切り替えが急ハンドル過ぎません? まあ、いつもの事だけど。
「リョータじゃなくてなんでアークなのかなって?」
真実を語ると、とても馬鹿らしいので……うむ。
「それは、アレだ。なんか、箱舟的な? 希望的な? そんな感じの深い意味が込められているんだ」
「ふーん。リョータの事だから、阿久津の頭二文字とかそんな安直なオチかと思った」
すげぇ!? 幼馴染マジすげぇよ!? 俺の思考完全にトレースされとるやん!?
いや、っつか安直て!? 確かに咄嗟の思い付きではあったけれども…。結構いい名前じゃない?
「お前なぁ…俺のネーミングセンス舐めんなよ? パンドラと白雪に名前付けたの俺だかんな?」
「え? そうなの? なんで妖精の子に和名付いてるのかと思ったら…」
「とってもお気に入りですの!」
と嬉しさ満点の黄色い光を放出しながら抱き付いて来る。
「はい。マスターの下さった名前以上の物は存在しないと判断します」
俺が名付けた2人共名前を気にいってくれているようで良かった…。「本当は嫌でした」とか言われてたら、今日は1人で枕を濡らす事になっていたかもしれない。
1人だけ蚊帳の外だったフィリスがおずおずと…。
「アーク様…私にも名前を…」
「お前はフィリスだろうが」
「はい……」
むっちゃ残念そう!? そしてパンドラと白雪が凄い勝ち誇ってる!?