12-17 原初の火を持つ者として
「言うまでも無く貴方は理解していると思いますが、貴方が手にした“原初の火”はあらゆる意味で危険な物。使う時にはくれぐれも気を付けなさい」
「はい」
原初の火が何なのかを根本的に俺は理解してないが、危険なのは分かる。
多分だが、“完全なる1”と同じで本来ならば世界に存在してはいけない物の1つだろう。
俺の心を読んで、精霊王が静かに頷く。
「黒き炎を手にした瞬間、貴方は世界にとっての死神となった」
「そ、そんな言い方って!」「訂正を要求します」「アーク様が死神な訳があるものか!!」「ですの!!」
皆が色々言ってくれるのは嬉しいが、死神呼ばわりされる事は仕方無いと俺自身は思っている。
原初の火はそれぐらいにヤバい力だ。どんな物であろうとも例外無く焼き殺す……いや、焼滅させる火。生き物であればその精神と魂さえ跡形も無く焼き、強制的に転生の輪から叩き出してしまう。
「しかし同時に―――」
ウチの女性陣の言葉をサラッと受け流し、精霊王は続ける。
「世界の理の外に存在する者に対しての唯一の切り札にもなった」
暗に“完全なる1”を俺に何とかしろって言ってるように聞こえるのは……気のせいじゃねえよな?
「貴方がその力を手にした事は偶然ではない。“種撒く者”が、貴方に新しい世界の道標の可能性を見出した必然の結果」
「種撒く者? 精霊達がちょいちょい口にしてるけど何なのその人?」
「貴方は1度出会っているのでしょう?」
「そいつが農家じゃねえなら会った覚えはねえ……ないです」
まあ、種撒きしてる農家にも会った事ねえけど。
「いいえ、会っていますよ。貴方の心には強く刻まれている大いなる歴史の書庫で」
え? 歴史の書庫ってあそこですよね? 時間の果て、そこで出会った相手は1人しか居ない。
「もしかして…もどきの事ですか?」
「ええ。あの御方こそが創世の種を撒き、私達精霊を…いえ、世界を産み出してくれた御方」
えっ!? って事は、あれ“もどき”じゃねえじゃん!!? ガチ物の神様じゃん!? あの野郎が自分で神様である事を否定したから、俺も違うと思いこんでたわ!
「貴方は、種撒く者より世界の未来を委ねられた“世界の道標”。その力を持って、標たる義務と役目を果たしなさい」
……正直、義務って言葉で何かを押しつけられるのは嫌いだ。
なんで俺がそんな大層な役割を…とは思うが、まあ、≪赤≫を振るい始めてからいつも自分に言い聞かせて来た事だ。「誰かがやるしかない事で、その誰かが俺だった」そう言う事だろう。
そもそも、世界の未来を投げ出すって訳にもいかんしな……。
「ねえところでリョータ? 髪黒くなってる時の方が強いんでしょ? ずっとあのままで居たら?」
ごもっともな意見だな幼馴染。
それはともかく、お偉いさんと話してる最中なのに、余裕で流れぶった切るお前の度胸が時々恐ろしいわ。
「まあ、確かに強いは強いよ? あの姿のスキル構成は全部瞬間火力重視で組み立てたから無駄が無いし」
「じゃあ何でそっちの姿に戻るの?」
「【反転】状態だと、【魔炎】のスキルが原初の火を使う為の【終炎】ってスキルに置き換わんだけど、そのせいで使う炎が全部原初の火になっちまうんだよ。主力の炎がそれじゃ危なくて仕方ねえし。瞬間火力は高いけど、引き換えに戦闘継続能力低いし。それにそもそもの話として…勝手に戻っちまうんだよ」
「え…? そうなの?」
「ああ」
実際、封印の扉から出た時には【反転】していた筈なのに、冥府への穴を落ちている最中に勝手に解除されちまってたし。
勝手に戻ると言っても【魔人化】のような肉体への負担が限界を超えて元に戻る、と言う事ではない。
【反転】した姿と力は俺―――阿久津良太の力だ。だから、ロイド君の体が無意識にその変質を嫌って元の姿に戻ろうとしてしまうんだと思う……多分。
一応意識的にあの姿を留めようとすれば維持できるっぽいけど、元々持久力低いから無理する理由もねえしな。
「だから、普段はいつも通りのロイド君の姿で居るよ。黒い姿は必要な時だけ使えば良い」
「そっか……」
カグが少し残念そうな顔をする。カグにとって俺はあくまでアークではなく阿久津良太なんだろう。だから、少しでもその特徴が出ている【反転】した姿の方が落ち付くのかも。
対してパンドラ達は逆に安心していた。まあ、そりゃぁ見慣れたこの姿の方が良いだろうしなあ…。
コッチの話が一段落したのを確認し、精霊王が話しの締めに入る。
「貴方は魔神としての力の全てを引き出し、原初の火を手にした。その力は、世界の理から逸脱した異常な存在」
精霊王の瞳が、少しだけ慈しむような優しい目になった。
「新たなる世界の道標よ、どうか世界をより良き未来へとお導き下さい。そして、私達精霊が生み出してしまった魔神と言う名の混沌を、どうか沈める為に御力をお貸し下さい」
そう言って少しだけ頭を下げる。
一瞬遅れて四大精霊達も、精霊王を追って頭を下げる。
今世界を満たしている混乱、その中心に居るのは間違いなく俺の体を使う≪無色≫。それを生み出したツケを本来ならば精霊達自身で払いたいのだろうが、魔素の中では能力がガタ落ちになる精霊ではどうにもならない。だから、俺に託しますって事か?
「精霊のケツを拭くつもりはないけど、≪無色≫を放っておけば世界に何するか分かったもんじゃない。それに、さっきも言った。野郎は俺の体を使ってる。個人的にも倒す理由がある以上、避けて通るつもりはないよ」
「ええ、それで良いのです。貴方が最善だと信じる道を選ぶ事が、世界を良き未来へと導くでしょう」
ん…? あれ? 気のせいかな? 今、精霊王が何か言おうとして迷ったように見えた。俺の思考を読んだのか、目を伏せて俺の視線から逃れる。
…………まだ、全部話してくれたって訳じゃねえのか…?
「話しは終わりです。では、貴方が私の元に来た本来の目的を果たしましょう」
「…はい」
今の…無理矢理話を切りに来たって事は当たりっぽいな?
正直「知ってる事を全部話せ」って気持ちは大きいけど、魔神の事を俺に任せるって言ってんのに敢えて話さないて事はそれなりに重要な話で、それ相応に事情があるって事か。
………まあ、ここは流しておくか?
精霊が世界の未来を想ってるって点は疑いようは無い。だったら、話さない事も必要な事なんだろうと納得する。
一度思考を落ちつけて気持ちを切り替える。
≪無色≫やら“完全なる1”やら、これから先色々何とかしなきゃいけない事はあるけど、今はロイド君の復活に集中。
「それで、どうやって蘇らせるんですか?」
「正確には、私に精神を蘇らせる力はありません」
「……え…?」
ここまで来て「実はできません」落ちじゃねえよな…?
「精神とは、積み上がった記憶や経験が形作る物。私に出来るのは、その体に残っている記憶の粒を呼び起こす事。砕かれた記憶をもう1度積み上げて紡ぎ直す事で、失われた心を修復させます」
ぉ、おう……よく分かんないけど、殺されて失われたロイド君の精神は生き返らす事は出来ないけど、体に残ってるバックアップからまったく同じ精神のコピーを作り出すって事で良いのか?
「ええ、その認識で間違っていませんよ」
心を読まれるの、俺は元々白雪とこんな感じだから慣れてるけど、周りの皆は訳が分からない顔をするんだよなぁ。
「心を紡ぎ直すには、長い長い時間がかかります」
長い時間…。ロイド君の復活は最優先だけど、だからってあんまり悠長に構えてらんねえんだけど……。ここでノンビリしてる間に≪無色≫が何して来るか分からんし。
「長い時間って、具体的にどのくらいですか?」
「私にも分かりません。その体が生きて来た10年以上の記憶を積み直すのですから、それ相応の時間がかかります。1ヶ月か、1年か、あるいは10年か」
…マジか…。時間をかければロイド君を復活させられるって部分が確定されているだけマシではあるけども、10年かかるとか冗談にしたってきつ過ぎる……。
いや、焦るな…!
焦ったところで、他に方法なんて無いんだ。
「あの、その間中俺は身動き取れないんですか? 出来れば早く戻って≪無色≫をどうにかする方法を考えたいんですが…」
「それは問題ありません。1度記憶の残滓を呼び起こせば、あとは放って置いても数珠繋ぎに記憶が積み上がります。ですから、貴方がここに留まる必要はありませんし、普通に日常に戻って頂いて構いません」
あ、それならまだ何とか許容範囲……なのか? でも、自由に動けるなら良いか。いつロイド君が蘇ってくれるのか分からないのはちょっと不安だけども…。
「そう言う事なら、お願い出来ますか?」
「ええ。それともう1つ」
「はい?」
「貴方の本当の体の件です。体を取り戻し、貴方が元に戻る事を望むのなら、貴方の精神を私の力で元の体に戻して差し上げましょう」
「マジですか!?」「本当ですか!?」
俺とカグの声がハモッた。
至れり尽くせりで感謝しかねえ。
心の中で何度もお礼を言っていると、静かに鋭い声で精霊王が一言付け足した。
「どうするかは、貴方の自由です」