12-15 精霊王
いよいよ精霊王との対面の時が来た。
「お偉いさんに会うのは苦手だ」と≪白≫の部屋で寝て待つJ.R.を置いて、再び集まった四大精霊達と共にエントランスの階段を上る。
一段上がるごとに、感覚が削ぎ落されるような錯覚……。
いや、これ錯覚じゃねえな? 実際に感知スキルが利かなくなってる…。阻害魔法やスキルの類じゃねえっぽいけど、なんだろう? とりあえず精霊王の力…と言う事で納得しておこう。
「……ねえ、リョータ? 視界が狭くなってる気がするんだけど……」
「そりゃ気がするだけだ。無意識に感知スキルに頼ってるから、感知阻害を受けてそう感じるんだろう」
「そう、なのかな?」
「俺も感知スキル利かなくなってるけど、それ程違和感は感じてねえよ?」
感知スキルは確かに便利だが決して万能ではない。
カスラナでの影の指揮者との戦いで痛い目にあってから、意識的に五感を鍛えてるから感知スキルを突然奪われたとしてもそれ程慌てない。
「マスター、私のセンサーの一部がエラーを出しています」
「マジかよ……」
阻害に引っ掛かったって事は、機械的なセンサーも感知スキルと同じ扱いとして処理されたって事だ。まあ、確かにパンドラのセンサーはどこをとっても人間の五感の比じゃねえけども…。
「大丈夫か?」
「はい。通常行動に問題はありません」
「……リョータ、私の時と対応違くない…?」
「そう? 別に同じじゃん?」
相手によって対応を変えるような事はねえ……とも言い切れんか? 2人共気心が知れていると言っても、パンドラと幼馴染のカグじゃやっぱり違うだろう。
カグに若干怒った目を向けられながら、階段を上る。
40段程上がると、ようやく扉が現れた。
なんつーか…随分質素な扉だな?
王様の部屋っつうから、もっと煌びやかな感じを想像していたのだが……実際に目の前にあるのはごく普通の木の扉。
拍子抜け感が半端じゃない……。と脱力していると、今までにない程真面目な声で≪赤≫が告げる。
「この先に王が居られる。くれぐれも無礼な真似はせぬ様にな」
ジロッと睨まれた。
え? 何? 俺はそんなに無礼をすると思われてんのか? ………思い当たる節が有り過ぎるな…。
「おっけー」
軽く返事をすると、他の大精霊にも睨まれた(特に岩石からの眼光がヤバい)。
そんな事をしていると、突然カチンッと扉から鍵が開く様な音がした。しかし、鍵穴なんて無いのにどこから音がしたんだ?
音に反応して、大精霊達が扉に向き直り姿勢を正す。
「王がお呼びだ。行くぞ」
「おう」
先導していた≪赤≫と≪青≫が扉の前に立つと、自動ドアのように木の扉が開いて俺達を招き入れる。
扉を潜ると―――青空が広がっていた。
雲1つ無い澄み切った青空の上に俺達は立っている。足元に広がるのは、穏やかな風に揺られて波を起こす真っ青な海。
空の青と海の青が地平線で溶け合い、どこまでが空でどこまでが海なのか判別できない。
阿呆のように見惚れてしまう程美しく―――そして、やけにこの光景が落ち付く。
精霊達は見慣れた光景なのか落ち付いているが、初めて見たウチの女性陣は俺と同じように驚きと…どこか安心感を感じている目で辺りをキョロキョロと眺めている。
いつまでもこうしている訳にもいかないし、感想の1つでも言ってさっさと王様の所に行こう、と口を開いたら妙な事に皆も同じタイミングで口を開いた。
「綺麗な空と海だな」「ねえ、これって八王子の街並みよね?」「なぜ研究所が?」「ここ、妖精の森ですの!」「アルフェイル……いつ戻って来たのだ?」
「「「「え?」」」」
皆で顔を見合わせる。
「え? 何言ってんの? 空と海でしょ?」
「目が腐ってるんじゃないの? どう見たって八王子でしょ」
「私の作られた研究所にしか見えませんが?」
「え? ここ妖精の森じゃないんですの?」
「いや、アルフェイルだろう。そこの女はともかくアーク様まで何を言っているのです」
再び顔を見合わせる。
女性陣が皆して俺をからかっている訳ではなさそうだ。と言う事は……どう言う事だ?
俺達が間抜け面でクエスチョンマークを浮かべていると、見兼ねた≪青≫が答えをくれた。
「王の部屋は入った者の心を映すの。今貴方達が見ている風景は、精神が魂が還るべき場所と思っている場所よ」
死んだ後に魂がどこに行くかなんて微塵も興味は無いが、なんで俺だけ抽象的なの……。≪青≫が「大抵は生まれ育った場所が見えるそうよ」と言い足した事で、どんだけ故郷への愛情が無いんだと、ちょっとだけ落ち込む……。
ちなみに大精霊達には何も無い部屋に見えるそうだ。
俺達の様子を気にした様子も無く≪赤≫と≪青≫が歩き出し、最後尾の≪黒≫と≪白≫が急かすように背中を押して来た。
皆見えている風景が違うから、歩き方が違って面白い。
カグは懐かしそうに辺りをキョロキョロしているし、パンドラは気にせず歩くし、フィリスと白雪はどこか慣れた場所を歩く安堵感が見える。そして俺は360度遮る物がない大パノラマの絶景の中を気持ち良く歩く。
2分程歩くと、突然大精霊達が立ち止まる。
何だ…? と思ったら―――俺達の前に突然“何か”が現れた。まるで、始めからそこに居たような不自然なまでの自然な姿。
何か……そう“何か”だ。人のようにも見えるし、獣のようにも見える。男のようにも見えるし、女のようにも見える。子供のようにも見えるし、老人のようにも見える。
つまり―――なんだかよく分からない“何か”だ。
俺の知覚が、目の前の“何か”を正しく認識する事が出来ない。
「我等が王よ。魔神の継承者達をお連れしました」
人間世界の王に対する必要以上の礼儀作法のような物は無いらしく、四大精霊達は少しだけ頭を下げただけでそれ以上の事をしようとしなかった。
四大精霊の態度を見なくたって分かる。この“何か”が精霊王か。
精霊と魔神が敵対関係だと言う事をようやく理解出来た。“何か”を目の前にした途端に、俺の中の奥底から≪赤≫の憎悪が噴き上がって来る。
今すぐに目の前の“何か”を切り刻み、原初の火で跡形もなく焼き尽くしてしまいたい衝動が体を満たそうとする。……が、≪赤≫の手綱を握れるようになっている俺は、ユックリと深呼吸をしてその衝動を心の奥へと送り返す。
大丈夫、破壊衝動にも憎悪にも呑まれたりしない。
まあ、俺自身の事はともかく―――隣に立っていたカグの腕を握る。
「落ち付け。≪白≫の憎悪に呑まれんな」
「!!?」
俺に言われて、初めて自分が血が滲む程強く拳を握っていた事に気付いたらしい。
「あ……わ、わたし今……?」
「まだ手を出してないからギリギリセーフだ」
俺達が攻撃しそうになっていたのは四大精霊達は想定内だったらしく、慌てた様子はない。ただし、俺とカグに背筋が寒くなる程ピリピリとした殺気が向けられていた。
そんな俺達と精霊のやりとりを知ってか知らずか、精霊王は穏やかな声で話し始めた。
「ようこそ≪赤≫と≪白≫の魔神。お久しぶりですね?」
「はじめまして。精霊王様にお会いできて光栄です」
「久しぶり」と言われて「はじめまして」と返すのは礼儀に反するかと思ったが、コッチとしては完全に初対面なのだから仕方ない。
少しは怒るかと思ったが、それ程狭量ではないらしくサラッと流して続けた。
「そして、作り物の従者とユグドラシルの守人達も」
パンドラ達はそれぞれ「はい」と短く返事をして頭を下げる。
「あの、ところで精霊王様の姿がうまく視えないのですけれど?」
「あれ? リョータもだったの? 私だけかと思ってた…」
パンドラ達も頷いてるって事は全員か。
「私の姿は、私を見る者の心の姿。己の心の形を見る事は出来ないでしょう? 故に私の姿を見る事は出来ません」
部屋の風景に引き続き心に依存する姿かよ…。
なるほど、精神を司る精霊の王ってわけね。