12-11 再び精霊王の城
冥府の出口を潜ると、頭が痛くなる時間が数秒続き―――精霊の城のエントランスに帰還した。まあ、吐き出されたのが天井付近だったのは、ハーデスの最後の嫌がらせだろう。
突然の浮遊感に驚きつつも、【浮遊】で落下運動に逆らう。
「おっと」
難無く見えない床に着地する。
肩の白雪に「どうよ」と得意げな顔をしてみると、「あっ」と呟いて白雪が肩から離れた。
え? 何? 今の「あっ」は?
それを訊こうと口を開きかけた瞬間に、「あっ」がなんだったのか分かった。
――― 87kgのメイドロボが降って来た。
感知能力でそれはすぐにそれは分かった……分かったんだが―――どうすりゃ良いの?
片腕はJ.R.抱えてて塞がっている。片腕で87kgをキャッチしろってか? 無理です! いやいや、相手が87kgの鉄球とかなら【身体能力限界突破】で強化された筋力ならキャッチできる。問題なのは相手が更に人型だと言う点だ。いや、かと言って避けると重量級のメイドロボが傷付かない? ……とか考えてる間に重量級のボディプレスを食らった。
「へヴィー級ぅッ!!!!?」
J.R.を床に投げ出して見えない床に倒れる。
「マスター、申し訳ありません」
「良いよ……良いから早くどいて…」
何が悲しくてこんな場所でメイドのフライングボディプレス食らってんだっつうの。
パンドラが立ち上がろうとすると、その上からエルフのボディプレスが降って来た。
「キャアッ!」
「ザンギエ●ッ!!!」
某格闘ゲームのキャラを彷彿とさせる見事なボディプレスでした。
フィリスの体重は軽いものだが、重量級メイドが上に乗ってる現状で食らうにはちょっと辛い。いや、嘘だ、ちょっとじゃない凄い辛い、泣きたいくらい辛い!
「え? あれ? パンドラ……とアーク様?」
「そうだよ俺だよ………早くどいて」
「す、すいません!」
「マスター、私はこのままでも良いのですが…」「パンドラ……場所を代わらないか?」「お断りします」
なんか上でメイドとエルフが火花散らし始めたんですけど……!? 勘弁しろし……俺を圧死させる気か。
女子に引っ付かれて喜ぶにはもうちょっと雰囲気が必要です……ええ、本当に。
あっ、今物凄く嫌な予感………。2度ある事は3度ある的な? 最後に幼馴染が降ってきます的な?
悪い予感程当たるもので、本当にカグが降って来た。
「んにゃぁ!!」
「トドメの一撃ッ!!?」
女子3人(内1人ロボ)に圧し掛かられるとか、一部の男性にはとっても御褒美かもしれない。だが残念な事に俺はそんな性癖の持ち主ではない……と言うか一瞬川の向こうで「コッチに来るな!」と叫んでる死んだ爺ちゃんが見えた気がしたんだけど…。
「あれ? リョータ? そんな所で何してんの?」
「おい、カグコノヤロウ、お前は自前で空飛べるんだからちゃんと回避して下さいコラ。マジお願いします」
「アンタがそんな所で寝てるのが悪いんじゃない! ……って言うか、女の子にべたべたし過ぎ! 離れなさいよ!?」
「ふざけんな!? 俺が好きで下敷きになってるように見えんのか!?」
「見えるっ!!」
「眼科行けやッ!!!」
1番下と上が喧嘩していると、間に挟まれた2人が迷惑そうな顔をする。
「そんな事より早く私の上から退け!」
「重いのでどいて下さい」
「あ……ごめんなさい…」
気のせいか? パンドラとフィリスのカグへの当たりが若干強い気がする…。まあ、今まで敵だったし仕方無いか。
カグが上から降りて、順番にフィリスとパンドラが俺の上から退く。あ~、重かった…。超人的身体能力つっても、重いものはやっぱ重いわ。
体を痛めてないか首や肩を回しながら辺りを見回すと………尋常じゃない程冷めた目をした四大精霊達が俺達を見ていた。
その目の冷めっぷりたるや、風俗店から出てくる親を目撃した子供ぐらい冷めた目だった。
「………何してんの?」
四大精霊を代表して≪白≫が俺に訊いた。
カグが「炎人間と水人間と透明人間と……岩? アメコミみたいな取り合わせね…」と以外と冷静に精霊の見かけにツッコミを入れているが、今はそれどころではない。
「待って。色々言いたい事があるけど、今回別に俺に落ち度1つもなくない?」
「…人間……いや、魔神が変わって居るとは知っていたが…うむ、その、なんだ…。正直困惑している」
「いや、待って、マジ待って! 別に視線逸らされる様な事もしてねぇから。ちょっとした事故だから、笑って流す程度の事だから!」
「こんな場所で性交を始めるのは流石にどうかと……」
「してないよね!? する素振りすら見せてないよね!?」
「いや、しかし、くっついてたしな…」
「なんなの!? 精霊の性知識は小学生レベルなの!? 長生きしてんだからもうちょっと常識的な知識を身に付けろよ!?」
「「「そんな知識必要ないし」」」
チキショー…そもそも精霊に子作りって概念が存在しねえのが問題なのかよ!? もう良いや…コイツ等相手に雄蕊と雌蕊の話なんてしたくねぇし…。
「はぁぁぁぁ…」
床に沈みそうになる程の深い深い溜息を吐いて話を真面目な方向に進路変更する。
「おい、≪黒≫の岩石コノヤロウ」
右腕に原初の火を纏う。
精霊達がそれを見て驚く―――と予想していたのだが、以外にも冷静だった。もっとハーデスのようにビビったりするのかと思ったんだが…。まあ、俺が封印の扉から出て来た時点でこの展開は予想してたって事かな?
「ほらよ、御望み通りに封印の扉の奥に有った物を持って来てやったぜ?」
「………………うむ……」
納得してる感じがしねぇなあ…。まあ、岩石だから表情が分からないのと、パンドラ以上に声に感情が乗らないから、そう言うのを読み取りづらいってだけかもしれんが。
でも、このド腐れ岩石の出した試練はクリアしたんだから文句はないだろう。いちゃもん付けて来たら……まあ、その時はぶん殴ろう。
「これで、精霊王に会わせて貰えるんだよな?」
「……………仕方……あるまい………」
よっしゃ! ここまで長い道のりだったぜ…。
喜びを皆に伝える為に親指をビッと立てると、パンドラとフィリスが同じようにサムズアップを返してくれた。ついでにさっき俺を見捨てて逃げた白雪もやっていた。
唯一状況が分からないカグだけが「え? 何?」としかめっ面をしていたが流す。
「まあ、それはそれとして―――」
徐に刀を握る。
予備動作無しの抜刀―――!
【空間断裂】が発動し、≪黒≫の存在している空間ごと両断する。
切り取られた≪黒≫の周囲の空間、その上部がズルリと一瞬横にズレて、次の瞬間には元通りになる。
その場に残ったのは、上半身と下半身が切り離された≪黒≫だけ。
振動と轟音を撒き散らし、岩石の上半身が見えない床に落ちる。
正直俺自身この【空間断裂】がどう言う効果なのか理解してない。空間は裂いても勝手に元に戻ろうとする力があるが、その際にその空間上に有る物を置き去りにしてしまう……と言う事らしい。
「い、いきなり何を…!?」
他の3人の大精霊が慌てて俺を止めに入るが、これ以上の事をするつもりは元々ない。ヴァーミリオンを鞘に戻して柄から手を離す。
「ウチの連中を巻き込んだ落とし前だ。どうせ、その程度じゃ死なないだろ」
「………むぅ……」
特に痛そうでも、苦しそうでも無い≪黒≫の声が床に落ちた上半身から聞こえた。殺すつもりは欠片もなかったので、ちょっとだけ安心。
一応パーティーの代表として、ケジメはつけておかないとな。
「っつー訳で、お前等が酷い目にあった件は、これで流してやってくれ」
「マスターがそう仰るのでしたら、私は構いません」
「元より精霊への怒りはそれ程ありませんでしたが、正直少しスッとしました。ありがとうございます」
「父様が許せと言うなら許しますわ!」
「状況がイマイチ分からないけど………まあ、皆が良いって言ってるなら良いんじゃない?」
若干1名投げやりだけども……まあ、精霊との関係にしこりが残らないっぽくてちょっと安心。