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12-7 アークの進化

「進化…だと?」


 意味が分からず苛立ったように問い返したハーデス。

 その前に立つのは、唯一の武器であるヴァーミリオンを鞘に収めて無防備になったアーク。

 そんな姿を、自分の仕事を全うしながらパンドラ達が心配そうに見つめる。相手が誰であろうともアークが負けるとは欠片も思っていない。だが、冥府の不気味な雰囲気と冥王の底知れない能力(ちから)に当てられて若干の不安を感じてしまう。


「マスター…」「アーク様…」


 しかし、心配されている当の本人は、不安も恐怖も感じている様子はない。それどころか、どこか余裕さえ見て取れる。

 アークの頭の中で、ルディエの地下で≪赤≫を継承した時に≪赤≫に言われた言葉を思い出していた。


――― お前の往く道に幾千、幾万の試練を。そして、それを越える為の力を。


 その言葉の通り、アークの旅時にはどれだけの試練が降りかかっただろうか? だが、その度にそれを乗り越えて来た。

 その試練が、魔神によって操作された“運命”と言う名の偶然だったのか必然だったのか、それはアークの知るところではない。問題なのは、降って湧いたようにその試練を突破する方法が(もたら)される事だった。

 ≪赤≫の言う通り、試練とそれを越える為の力はセットになってアークにやって来る。

 アークは余裕の笑みを浮かべた。

 すでに―――勝利に必要な手札は全て自分の手の中に揃っているからだ。


「遠くの者は音に聞け、近くの者は目にも見よ―――つってな!!」


 ヴァーミリオンを鞘ごとベルトから引き抜き、そのまま空中に放り投げる。

 自分の目元に手を翳して周りから隠す。戦場で自分の視界を閉じるなんて自殺行為に思えるが、向きあって居るハーデスは気付いている。


 隙が無い。


 構えているわけでもないのに、攻め手が見つからない。


「【反転(リバース)】」


 銀色の髪が、ペンキを垂らしたように黒く染まる。冥府の闇を吸いこんだように、混じり気の無い漆黒。


「父様…髪が…!」

「おおっ、主様の剣が!!」


 空中で放物線を描いていたヴァーミリオンが、赤い光に包まれて形を変える。

 片刃の直剣が―――深紅の鞘に収まった日本刀に。

 目元を隠していた手を上に掲げて落ちて来た日本刀をパシッと強く掴む。

 静かに目を開く。


――― 闇色の目


 漆黒の髪と瞳。その姿はまるで―――異世界人。

 ヒュンっと鞘ごと日本刀を軽く振って、ベルトに差し直す。


「≪赤≫の継承者アーク、()して(まい)る」


 姿勢を低くして、左手を鯉口に当てて抜刀の構え。

 勿論アーク…良太には刀を使う技術も知識もない。せいぜい選択授業で少しだけ剣道をやったと言う程度。だが、そんなものは【マルチウェポン】によって世に存在する全ての武器を自在に使えるアークには関係ない。


「マスター、その姿は?」「あ、アーク様が黒く……!?」「父様、格好良いですわ!!」「なんと…何と神々しい御姿! 流石我等の創造主様です!」


「なんだ…その姿は?」

「お前には言っても判らねえだろうけど、普段俺が使ってる魔神の力はロイド君のチャンネル。けど、≪赤≫が俺自身に繋がった事で、俺用のチャンネルが用意された。それがこの姿ってわけ」


 異世界人である良太に繋がった≪赤≫の力。その力を行使する時、肉体が魂に引っ張られて良太としての特徴が表に出る。それが、髪と瞳の変色だった。

 そして≪赤≫用の神器(オーバーエンド)であるヴァーミリオンもまた、良太に合わせた進化と変化を果たした。姿の変化によって折れていた刀身も繋がり、万全な……いや、それ以上の状態になって戻って来た。

 アークと言う人間は、ロイドと良太の2人で形作られている。だからこそ、2人分の力を自由に切り替える事が出来る異能を手にした。


「説明は以上だ。再開しても良いかな?」


 鯉口を切って右手が柄を握る。

 ハーデスの返事が「はい」でも「いいえ」でも、アークはすぐさま攻撃を始めるつもりだった。元より相手の準備が整うのを待つ理由など存在しないのだから当然だ。


「ふむ。なるほど、その姿になって格段に強くなったと仮定しよう。だが―――」


 ハーデスの壁になる為に、大量の亡者達が2人の間に割って入る。


「それでどうなる? どれだけ強くなろうとも、意味が無いと言う事を理解しろ」


 どんなに力を高めようと、どんなに速度を上げようと、どんなに火力を強くしたとしても、亡者と冥王の不死性はどうにもならない。

 この場にプリーストや聖騎士などの浄化能力や魔法を持った人間が居ればまた違ったのかもしれないが、この場にそんな都合の良い人間はいない。とは言っても、アークには最終手段として魔神になって【事象改変】で相手の不死性を無効にすると言う力技がある。

 もっとも、今回は最終手段を使うつもりなどさらさらないが。


「じゃあ、試してみるか?」


 キンッと刀と鞘が擦れる音、抜刀からそのまま攻撃に繋げる―――居合い抜き。

 しかし、刃の届く範囲に敵は居ない。

 当たり前だ、アークが斬ったのは敵ではなく―――敵の存在する空間。

 刃が通った軌跡をなぞって空間に刻まれた横一文字。一瞬…ほんの一瞬、そのラインから上部分の空間がズレた。が、縮んだバネが伸びるようにすぐさま元通りになる。その空間に突っ立っていた敵以外は…。


「な…に?」

「マスター、流石です」「あれが、アーク様の新しい御力…」「え? え? 今何が起こったんですの?」


 亡者数十体と、その後ろに控えていた冥王の体が真っ二つになり、皆仲良く上半身がボトリと地面に落ちる。

 

「ん~…まあ初撃としてはこんなもんかな?」


 【空間断裂】。ヴァーミリオンが進化した事で手にした異能。

 抜刀からの一刀目に限り発動される制限付きの能力。効果は文字通り、空間を引き裂く。

 元々ヴァーミリオンの持っていた【レッドペイン】は斬撃の威力と射程を拡張させる異能。【空間断裂】はそんな斬撃強化の最上位能力である。

 空間が繋がっているのならば、ほぼ無制限に射程を伸ばす事が出来る上に、空間をズラす事で相手を引き裂くので、どんな硬度も物理防御も意味を成さない。放たれればほぼ防御不能と言う反則(チート)級の攻撃。

 だが―――


 亡者と冥王は1秒足らずで元通りに再生された。


――― 致命打は与えられなかった。


「驚いたよ。まさか、空間を切り裂くとは流石に予想出来なんだ…。だが、それだけだ。魔神が持つに相応しい強力な異能だとは思うが、それでは亡者の首1つ奪えんよ?」

「いや、別に今ので首を貰おうとは思ってねえよ?」


 言いつつ、日本刀の姿になったヴァーミリオンの美しさに感嘆の溜息を漏らす。

 紅の刃に刻まれている炎のような乱れ刃の刃文。

 シンプルながら美しい鍔の装飾。


「あー、やっぱ日本刀は格好良いよなぁ」


 名残惜しげに鞘に戻し、鞘走らないように魔素の籠手に包まれた左手を柄に置く。


「今の一撃が、君の最後の悪足掻き…と判断するが?」

「いやいや、今のはちょっとコイツの威力を確かめて置きたかっただけだから。本命はこっからだぜ?」


 余裕の笑みを浮かべたまま、手の平を下に向けたまま右手を真っ直ぐに構える。

 そんなアークを嘲笑うように亡者達が口々に呟く。


「死ね…」「食いたい…」「…無駄だ」「……死ね」「…食わせろ…」「…死ね」「死ね」「体を…」


 アークに叩きつけられた言葉の雨に、パンドラとフィリスが我慢できずに叫ぼうとした。だが、それよりも早くアークの笑い声が亡者の声を遮った。


「はっはっはっはっは! 亡者も口きけんのかよ!? 超面白ぇな!」

「何が笑えるのか理解出来ないが……。何度でも言おう、君達はすでに終わっている諦めたまえ」

「お断りだね」


 ハーデスの言葉を鼻で笑い飛ばし、自分を取り囲む亡者達に目を向ける。

 先程のヴァーミリオンの一撃でアークを警戒したのか、それともハーデスの命令があるまで動かないだけなのか、亡者達は攻撃して来る様子はまだない。だが、口撃は止めるつもりがないようで、そこら中から「死ね」「死ね」と言う呪いのような怨嗟の声が聞こえてくる。


「さて亡者諸君、君達に言っておく事が2つある。1つ、俺はラクー●シティの屋敷を3時間ノーダメージクリアする程ゾンビ退治に慣れている」


 アークの言っている事を理解出来る者がこの場には1人もおらず、ハーデス達だけでなくパンドラ達も首を傾げている。


「2つ、“死なねえ”なんて看板は俺の炎を耐えてから掲げろ」


 アークの右手が炎に包まれる。

 炎使いであるアークとしてはいつも通りの姿。だと言うのに、その姿を見慣れている筈のパンドラもフィリスも白雪も驚いて息を呑んだ。

 そして、今まで余裕の態度を崩す事がなかったハーデスも息を呑んだ。

 何故なら、その炎は―――



――― 黒く燃え盛っていたから。



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