12-6 光と影
「―――っふ!!」
容赦なく振られた深紅の刃が、目の前の亡者の首を刎ねる。
人を斬った経験の浅いアークだが、それでもその一太刀の違和感は分かった。
――― 斬った感触が薄い
筋肉や骨に引っ掛かる感触が無く、ストンっと綺麗に刃が首を通りぬけた。死人相手とは言え人を斬るのに躊躇いを感じてしまうアークとしては、斬ってる感が非情に薄くて有り難いのだが……引き換えに気味悪さが心に積もって行く。
首を落とされた亡者の体が、1秒後には文字通り土に還って元通りの姿で再び這い出て来ると言うのだから気味悪さは増すばかりである。
「ったく、ゲームのホラーハウスだってもうちょっとマシだっつー…のっ!!!」
左側から近付いて来ていた1体を裏拳で殴り倒しつつ、仲間達に視線を走らせる。
フィリスはアスラの回復魔法に専念していて手が離せないので、パンドラがかぐやを2人の元まで引っ張って行き、1人で何とか3人を亡者達から護っている。
が、圧倒的に敵が多過ぎる。
パンドラがスカーレットでどんなに自身を加速させて殲滅力を上げようとも、1人で処理できる物量ではない。
(そう言えば、前にも物量戦術で押し潰されかけた事があったっけ)
カスラナでの野戦を思い出して少し苦笑する。そんな余裕がアークには全然残っていた。相手の物量も、死なない敵だと言う事への悲壮感や絶望感は欠片もない。
アークにはそんなつもりは全く無いが、そんな余裕な姿を見てパンドラもフィリスも安心して落ち着いていた。
「来い! 我が眷族達よ!!」
カスラナで魔物の物量に押し潰されようとした時と同じ展開。
冥府の薄暗さを引き裂くように3本の炎の柱が噴き上がり、炎の中から3体の魔獣が姿を現す。
赤毛の狼―――ゴールドがいの一番にアークの元へ駆けて行き、鼻先を擦り付けて甘える。
「はいはい、甘えるのは後にしような?」
と言いつつも、状況を忘れてクシャクシャと撫でてやる。
「主様、お呼びになられましたか?」
3体の中で唯一言葉を喋る赤い装飾の仮面―――エメラルドが仮面を傾けてお辞儀をしつつ問う。
「おう、パンドラと一緒にフィリス達を護ってやってくれ」
「お任せ下さい」
命令を受ければ即座に実行する従順な魔獣達だ。
エメラルドはその場から巨大な腕を出してパンドラの周囲の亡者を殴り飛ばし、ゴールドは炎熱移動で亡者の群れのど真ん中に爆発を起こす。
残っていた赤い光沢の鱗の火蜥蜴―――サファイアもそれに続こうと、蝙蝠のような羽をパタパタさせて浮き上がる。
「サファイア待った。お前は別のお仕事だ」
自分だけ特別なのだと感じたサファイアが、嬉しそうに「クアアアァ」と鳴く。
「敵の大将が闇を力にするっぽいから、ちょっと上から敵を焼きながらそこら中に火撒いて来てくれ」
すると「いいの? 全部焼いちゃっていいの?」と言いたげな目を主の少年に向ける。
「良いんじゃない? 冥府が焼け落ちても別に俺は痛くも痒くもねえし。後で面倒事背負うのは敵の大将だし」
その返答に、宝石のような青い瞳をキラキラさせて喜ぶ。
アークのような火力を抑える能力を持たない為、現世ではサファイアの火炎放射は常に威力を押さえている。そのフラストレーションを一気に開放出来ると言うのだから大喜びである。
いつもの3割増でご機嫌な後ろ姿を見送って、アークも自分の方の対処を再開する。
目の前に群がって居た亡者達に炎を撒き、燃えながらも何とかそれを抜けて来た亡者はヴァーミリオンで両断する。
(そろそろ来るかな…?)
ボンヤリと次の展開をアークが予想して警戒すると、狙ったようなタイミングで亡者達の間を縫うように黒い蛇が高速で迫って来た。
いや、蛇ではない。
細長く伸びた黒い―――ハーデスの影。
アークには、それが影である事までは瞬時に判断出来なかったが、そろそろハーデスが攻撃してくるだろうと読んでいたので対処は早い。
ニョロニョロと追尾弾の様に高速で迫る影に向かって炎を放つ。ボンッと放たれた炎が膨れ上がり、地面の影を瞬間的に消す。
アークとしてはただ迫って来る攻撃を焼き落とそうとしただけの行動だった。それが影相手にはかなり最善に近い対処法だったのは完全に運だ。
「雑兵に隠れて攻撃して来るなんて、随分臆病じゃねえか?」
「王が雑兵の前に出るわけにはいかないだろう?」
「そーかい、だったら―――」
周囲取り囲んで居る亡者と、這い出てこようとしている亡者をまとめて炎で灰にする。
雑魚散らしと同時に、ハーデスの視界を潰す。そして、すかさず【空間転移】で間合いを詰める。
ハーデスの背後をとった。
「コッチから行かせて貰うぜ!」
相手に対応の間を与えずヴァーミリオンを振る。
タイミング、速度、位置取り、どれをとっても完璧な一撃。狙い違わず、冥王のヒョロッとした胴体を両断する。
やった!―――と安堵する間もなく、闇に包まれたハーデスの体が元通りになって現れる。
「チッ…」
今の一刀で仕留められるとはアークも思っていなかったが、瞬間蘇生をやられると精神的に辛い。
アークは今までにもダメージを無効にしてしまう再生能力持ちと戦った事はある。だが、ハーデスに関してはまったく違う点が有る。
蘇生がスキルによるものではなく、元々持って生まれた特性だと言う事。
例えば、魔道皇帝の使っていた【自己再生】は周囲の魔素を吸収して再生するスキル。水野の持つ【輪廻転生】は自身の寿命を支払う事で蘇生するスキル。
スキルとして発動する為に何かしらの支払いをしている。
だが、持って生まれた“死なない”と言う特性はその支払いがない。魔素を封じたり、相手の寿命を尽きさせたり、そう言った対処法が存在しない。
――― だが、アークは特に焦って居なかった。
いつもなら、相手への対処法に頭を悩ませ、仲間の負担を短くする為に焦って思考が空回るところだが、今は冷静だった。
そんな様子を知ってか知らずか、ゆっくり振り返りながら舐めるような口調でハーデスが話しかける。
「まさかとは思うが―――」
小さな悪寒を感じてハーデスとの距離をとる。
「影が足元にしか存在しないとでも思っていないか?」
その言葉の意味を飲み込めず、一瞬思考が停止した。
次の瞬間、服の中から影の手が伸びて来てアークの細い首を締め上げる。
「グッ―――!!?」
「父様!!」
咄嗟に影の腕を振り解こうとしたが、その隙を逃さずハーデスが自身の影を伸ばして四肢を掴む。
「服の中、自身の部位の裏側、影はどこにでも存在する。影も闇も決してお前を逃がしはしない」
万力を締めるように徐々に首に指が食い込む。
アークがどれだけ身体能力を強化して肉体の耐久力と防御力をあげようとも、窒息だけは防ぎようがない。それは、アーク自身も研究所の地下での戦いで身に沁みている。
身動き出来ないアークを助けようと、フードから飛び出した白雪が必死に影の手を引き離そうとする…が、非力な妖精がどれだけ頑張ってもビクともしない。
「炎を司る≪赤≫の継承者には釈迦に説法だろうが、煌めく様な光は強ければ強い程闇を、影を濃くする」
見せ付けるように、鋏の剣を開く。
大鋏で、先程自分がされたようにアークの体を上下に両断しようとしている。始めから窒息死を呑気に待つつもりはなかったのだ。
しかし、アークも真っ二つにされるのを待つ程阿呆ではない。
近付いて来るハーデスに焦りながらも、汗を流しながら頑張っている白雪に思念を飛ばす。
(離れてろ!)
その思念を受けて、白雪が慌てて手を放して離れる。
ある程度の距離まで離れた事を確認すると、【火炎装衣】を発動して全身から炎を放つ。服を燃やさないように気を付けながら、服の内側にも炎を出して影を消す。
体の自由を取り戻すや否や、若干酸欠になりながら剣を振って目の前まで迫っていたハーデスの首を刎ね飛ばす。
「ぷっ、はぁ! はぁはぁ」
ハーデスが復活する前に距離をとる。
呼吸を整えていると、白雪が心配そうにパタパタと飛んで来てアークの顔に触れる。
「父様、父様! 大丈夫ですの!? 大丈夫ですの!?」
「ああ、ちょっと苦しかったけどな…」
「しぶといな? 足掻いたところでどうなるのか」
傷1つ無い姿に戻ったハーデスが、調子を確かめるように首を左右に動かす。
「君達は永遠に冥府から出られん。故に、待っている結末は力尽き亡者共に食われる未来だけだ。ならば、こうして苦しむ時間は短い方が良いのではないかな?」
「馬鹿かテメエは。命はそう簡単に捨てられねえし、諦められねえから尊いんだっつーの」
アークの言葉はハーデスの心には届かない。それもその筈、ハーデスは生まれた瞬間から死んでいる。だから、命の尊さなんて説かれても理解出来るわけがない。
「でも…さっさと決着付けようって点は賛成だ」
「ほう?」
「白雪、ちょっと危ないからサファイアの所に行ってな」
「は、はいですわ!」
空中で火炎放射器と化しているサファイアに飛んで行く妖精を見送って、改めて目の前の敵に向き直る。
その目には覚悟があった。
「それで? ここからどうするのかな? 剣も炎も…君の力全てを持ってしても、私は元より亡者の1人も殺せん現状は変わらんよ?」
「ふんっ、だったら見せてやるよ」
ヴァーミリオンを鞘に収める。
「魔神の……いや、俺の進化を!」