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12-4 対峙

 冥府の表層、その片隅で2人は睨み合っていた。

 片や、咲き誇るような赤い炎を放つ銀色の髪の少年。

 片や、世界を呑み込む穴の如き闇を呼ぶ鈍色の骸骨仮面。


 ≪赤≫の魔神の継承者と冥王。


 それぞれが炎と闇を体に纏い、お互いの領域を主張するように通路を明るく、暗く照らしている。


「今日は客人の多い日だ。コチラとしては、もてなしの用意もしていないので困るのだがな?」

「………」


 ハーデスの問い掛けに無言で返す。とは言っても、相手が嫌いだから無視した訳ではなく、嫌味で言われたのか、本当に呆れられたのか判断に困ったからだ。

 そんな数秒のやり取りをしている間に、ハーデスの闇の中で眠っていたパンドラ達が目を覚ます。


「ぅ……」「…こ、こは…?」「……ぁぅ…痛いの嫌ですの……」


 ハーデスの【闇の支配者(マスターオブダークネス)】によって死の眠りについていたパンドラ達だったが、アークが炎を放って闇を遠ざけた為にその効果が切れたのだ。


「全員無事か?」

「マスター」「アーク様!?」「父様!!」


 見慣れた姿を見つけるや否や、ガバッと起き上がり我先にとアークの元へ走る。

 最初に辿り着いたのは、軽やかに空を飛び、その勢いのままアークの顔にタックルをかました白雪。

 アークが慌てて体に纏っていた炎を引っ込めて、周囲の天井や壁を燃やす事で明りにする。


「父様父様! 怖かったんですの!! とっても怖かったんですの!!」


 ビービー涙を流しながら顔を擦り付けて来る妖精を優しく指先で撫でて落ち着かせる。


「お前は少し離れると、大抵泣きながら抱き付いて来るな?」

「マスター、ご無事でしたか?」

「そりゃこっちのセリフだっつーの。冥府に落とされたって聞いたから、慌てて追いかけて来たんだぜ?」

「御言葉ですがアーク様。貴方様が原初の火なる物に燃やされたと聞いて、私達も心配していたのですよ」

「ああ…そう言う事な。まあ、確かにあれはちょっとヤバかったけど、こうしてちゃんと無事だ」


 アークがいつも通りに笑ってみせると、2人は安心したように緊張を解いて少しだけ笑った(パンドラはほとんど変化していないが)。

 自分の頬っぺたから離れようとしない白雪を好きなようにさせつつ、周囲へ感知能力を走らせる。


「特撮オタク……やられたのか?」

「はい」


 地面に伏したまま動かないアスラの姿が、赤い炎に照らされて見えた。

 起きれば、いの一番に騒ぎだしそうなアスラが倒れたままと言うのは、少なからずアークの心を動揺させた。

 アスラの力は本物だ。磨き上げられた技量に裏打ちされた圧倒的な戦闘力は、クイーン級冒険者の中でもトップクラスだと評価している。

 そのアスラがやられている―――だが、まだ死んだ訳ではない。

 それどころか、倒れたままの体が凄まじい勢いで治癒されている。

 アスラの神器の腕に付与されているスキル【自己治癒超強化】が働いているお陰。ただ、それでも受けているダメージは大きく意識が戻るところまで回復出来るかは微妙だった。


「フィリス悪いけど、あいつの回復を頼む」

「はい、お任せ下さい」


 アスラの元に走って行くフィリスを見送り、もう1人目を覚まさない人物に意識を向ける。

 秋峰かぐや。

 精霊の城で別れた時と同じで眠ったまま、だが、体がダメージを受けている。【回帰】によって傷はすぐさま消えていっているが……何故寝たままのかぐやがあそこまで傷付けられているのかが疑問だった。


(眠ったままの無抵抗なところを狙われた…のか?)


 アークの怒りに呼応して、周囲の炎が燃え猛る。


「カグ―――≪白≫の継承者に何があった?」


 怒りを表に出さないように、(つと)めて冷静に訊く。

 それに対してパンドラも、あえて淡々と事実だけを答えた。


「冥王に体を乗っ取られジャスティスリボルバーと戦闘。相討ちとなるや体を捨てて本体に逃げました」

「なるほど……」


 かぐやとアスラの怪我の理由を理解し、アークの視線が殺気を帯びて鋭くなる。


「そう睨まないで欲しいな?」

「いや、睨むだろ。いきなり殴りかからないだけ有り難いと思えよ」


 アークの言葉に嘘は無かった。辛うじて理性が働いているから飛びかからないが、今すぐ爆発してしまいそうなくらい頭にきていた。


「マスター…申し訳ありません。あの女の処遇はマスターがお決めになるべき事かと思いましたが、状況が思わしくなく()むを得ず攻撃を……」


 実際に殴り合ったのはアスラだが、それを止めに入れなかった時点で自分達も同罪だとパンドラは判断している。


「いや、それは良い。確かにカグの事は俺自身でどうにかしたいけど、それに(こだわ)ってお前達が危険な目に遭うのは嫌だしな」

「ありがとうございます」


 ペコリとパンドラが頭を下げて会話が一段落したと判断したハーデスは、改めて本題を切り出す。


「それで? 一応尋ねておこう、君は何をしに冥府(ここ)に来た?」

「ウチの連中を拾いに来た」


 その返答に、ハーデスは「だろうな」と呟いた。

 その反応を見て、アークは1度深呼吸をして気持ちを平常に戻し、放っていた殺気を引っ込める。そして―――頭を下げた。


「コイツ等が冥府に落ちて来たのは、俺達と精霊達とのイザコザが原因です。貴方の庭を騒がせた事をお詫びします」


 アークには珍しく礼儀正しく大人な対応。メンバーの代表としては在るべき姿だ。だが、アークが頭を下げている事に女性陣が少なからずショックを受けている。


「ほう、随分礼儀正しい事だな魔神よ?」

「これ以上騒がせるつもりはないので、精霊の城に戻る道を開けて貰えないでしょうか?」

「断る」


 即答だった。

 1人たりとも冥府から出す気はない、と言う事らしい。

 ハーデスの返答を受けて、アークが下げていた頭を上げて


「どうしてですか?」

「逃がす理由がないからだ。それとも代わりに何かしてくれるのか?」

「……何もしません」

「ふっ、都合の良い事だな?」

「そうじゃなくて―――」

「?」


 アークが言葉を切り、少しだけ視線が鋭くなる。


「俺達が貴方にとって招かざる客なのは理解していますし、そんな俺達を貴方が好ましく思わないのも分かります。けど―――だからって、ウチの連中に手を出した事を納得出来る程俺は大人じゃねえんだよ…!」


 先程引っ込めた殺気が再び噴き出す。


「だけど、そう言う怒りを全部呑み込んで帰ってやるから、さっさと道開けろやボケッ!!」


 取り繕っていた大人の対応のメッキが一瞬で剥がれ落ちた。そもそも根が単純思考なアークに冷静な大人な対応など無理なのだ。

 しかし、アークの素の言葉を聞き流してくれる程ハーデスは優しい相手ではなかった。


「驕るな人間! そのセリフは強者が吐くべきセリフだと知れ!!」

「はぁ? テメエが俺より強いってか? あんまり笑かすんじゃねえよ、片腹(いて)えわっ!!」


 アークが怒った時のいつも通りの言葉使いに、パンドラ達が「あ、なんだ、やっぱりいつも通りだ」と安心した息を吐く。


「貴様……!? 余程ここで亡者共の仲間入りをしたいと見える!」

「やるってんなら受けて立つぜ? テメエが二度と立てないくらいボコり殺して、無理矢理帰り道開けさせてやる!」

「人間相手だからと、手を抜いて貰えると思うなよ?」

()(ずみ)になってから後悔すんなよ骸骨ヘッド?」


 一触即発―――。

 視線をぶつける2人、お互いに攻撃を始めるタイミングを計っている。

 それを止めに入ったのは、


「マスター、待って下さい」


 パンドラだった。

 慌てて後ろからアークのパーカーの裾を掴んで制止する。と言うのも、このまま戦いになればアークが危険だと判断したからだ。

 何しろ、今のアークはロイドの精神を失って≪赤≫の魔神の力を使えない。更に冥府(ここ)はハーデスの土俵、戦う条件が最悪過ぎる。


「何?」

「魔神の力の使えないマスターでは―――」


 2人の会話を遮るように、ハーデスの纏う闇が槍のように伸びて襲いかかる。パンドラは反応出来ていない。アークは、パンドラに向き直っている為背を向けている。

 だが―――


「ほッ」


 振り向きざまに、右手でヴァーミリオンを抜いて闇で形作られた槍を払い落す。当たり前のように、ごく自然に。


「マスター、ヴァーミリオンが…」


 アークの手の中にある深紅の剣は、折れていなかった。欠けてもいない、ヒビも残っていない。完全な形に修復されている。

 それに今の反応の良さは―――。


「ああ。心配掛けて悪かったな、もう大丈夫だ」


 大丈夫アピールに、ヴァーミリオンに炎を灯してみせる。

 蝋燭のような小さな火ではない。地獄の業火のような、赤い―――赤い火炎。


「この炎は…」

「うん。なんか、死にかけたら≪赤≫が上手い事俺の精神に繋がってくれたみたいでさ。完全復活って訳よ!」

「そうでしたか、では頑張って下さい」


 焦って止めた割に、手を放す時はアッサリだ。

 それも当然。パンドラはアークの力を疑わない。元通りに力が戻ったのならば、アークが負ける訳がないと信じて疑わない。


「白雪、離れたくないならせめてフードの中に入っててくれ」

「ですの……」


 顔に張り付いたままの白雪を手でフードに導きながら、ヴァーミリオンをクルッと手元で回して灯していた炎を辺りに散らし、熱量を【炎熱吸収】で回収する。


「さあて、そんじゃあ始めようか? 泣きながら土下座すんなら半殺しで許してやるぜ?」

「戦い終わった後にも、その大口が叩けていればいいな?」



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