12-3 封印の扉を越えて
冥王とアークの邂逅から遡る事20分。
精霊王に次ぐ地位を持つ四大精霊は、全員揃って“原初の火”を封印する扉の前に居た。
「ぉおおおい! あの人間達を冥府に落としたってどう言う事だよー!?」
エントランスの静寂を切り裂くように、甲高い声で透明な少年―――≪白≫の大精霊が叫ぶ。
元々≪赤≫と≪黒≫の2人が言い合っていた所に(正確には≪赤≫が一方的に怒っていた)その気配を感じて起き出して来た≪青≫と≪白≫が加わった形だ。
全然口を開かない≪黒≫を放置して≪赤≫が2人に状況説明をした。アークが封印の扉の中に入って原初の火を取りに行った事。そして、残った連れの人間達を冥府へ落とした事。
そして、先程の≪白≫のセリフが吐かれた。
≪白≫の大精霊も、どちらかと言えば人間に対しては良くない感情を持っている側の精霊だが、あの人間達は別である。自分を楽しませてくれる奴は基本的に“お気に入り”なのだ。兎角、アスラにはサシのカード勝負で負かされているのでお気に入り度が高い。
「そうね。理由を言って貰わなければ納得出来んな」
≪白≫の言葉に≪青≫も頷く。
≪青≫も同じく、あの人間達はお気に入りだからだ。もっとも、≪青≫は元々人間に友好的だが。
そんな2人を見て、≪赤≫が自分の怒りを共有してくれた事に嬉しそうに頷く。
「ほら見ろ! せめて、私達に相談すべきだっただろう!」
「…………相談して………どうなる………」
「どうなるもないだろう! 魔神の処遇をお前1人で決めるなと言っている!」
「そうだそうだ!」「私達四大精霊に上下関係は無い。なれば、決定は相談するべきじゃないの?」
3人の言葉を聞き終わると、ユックリと岩石の顔が動き≪赤≫を睨みつける。
「…………それならば………魔神を…ここに連れて来る時に………我等に相談すべき…だったのではないか……?」
「…むぅ。それは…うむ、言う通りだ…すまない」
素直に≪黒≫だけでなく、他の2人にも頭を下げる。
アークや周りの人間達が、自分達精霊にとって無害であると判断した上での事であったが、確かに事後報告なのはいただけない。ただ、あの時点で相談して居たら、きっと3人全員が良い顔をしなかった事だけは確かだろう。
「だが、それでも言わせて貰うが……いや、私の独断で連れて来たからこそ言わせて貰うが、奴等を処断すると言うなら私に何か言うべきじゃないのか?」
「…………どちらでも……変わらん……。………魔神は……消さなければ……ならない…」
魔神と精霊は相容れない。
それは、四大精霊だけでなく全ての精霊の共通認識だ。だからこそ精霊は魔神を宿す人間も、それに与する全ても忌み嫌うのだ。
「そんな事は言われなくたって分かってるけどさ~」
≪白≫が口を尖がらせてブー垂れる。
「話し合いとかで何とか出来なかったのかよー? あっ、口下手の≪黒≫じゃ無理か? キャははざーんねーん」
「≪白≫の、煽るのは止めなさいな」
≪青≫に窘められて、「へーい」と口を閉じる。
「≪黒≫の、私はそこまで強く言うつもりはないけれど、せめてユグドラシルの枝を持っていた守人は助けるべきだったのでは?」
「同感だ。あの妖精共々、守人を殺すメリットがどこにある?」
「…………魔神に……与する者は………生かす意味が…ない……」
≪黒≫の言いたい事が、他の3人に理解出来ないわけではない。だが、それでもあの人間達を―――あの≪赤≫の魔神の継承者を信じてみたいと思ったのだ。
話しは平行線のまま進展していない。いや……そもそもこんな話し合いに意味は無いのだ。何故なら、すでに当事者である人間達は居ないのだから。
原初の火の元に向かった≪赤≫の魔神の継承者も、冥府に落ちた≪白≫の魔神の継承者を始めとした人間達も―――もう、死んでいるだろう。
ここで四大精霊がどれだけ話したところで、それが戻ってくる事もわけもない。
――― 筈だった
封印の扉が、音も無く開かれる。
「何!?」「扉が…!」「開いたっ!?」「………まさか……?」
4大精霊が最大級の封印術を施した扉であり、開ける事が出来るのは封印をした4人だけ。だが、それはあくまで外から開ける場合の話。中に誰かが入る事も、ましてや誰かが出てくる事など想定されて居ない。
だから、内側からならアッサリとこの扉は開ける事が出来る。
今扉が開いたのは、内側から。そして、現在扉の中に居るのは―――
「あれ? 四大精霊勢揃いでお出迎え?」
アークだけだ。
「≪赤≫の魔神!」「生きていたの!?」「どんな手を使ったの!?」「………仕留め…損ねた……?」
「騒がしいな、1人づつ喋ってくれよ…」
疲れたように返しながら、封印の扉を閉める。
「無事だったのは喜ばしいが…魔神よ、どうして生きているんだ!?」
「もしかして、“原初の火”の所まで行かずに戻って来たとか?」
≪白≫がそんな事を言うのも当たり前の事。原初の火に触れれば、誰であろうと生きていられない。であれば、生きて出て来た事に対する答えはそれしかないからだ。
「原初の火? 奥にあった黒い炎の事か?」
アークの問い返しに四大精霊が揃って頷く。
「それならちゃんと行って来たけど? っつうか、そうして来いって言われて入ったんだから、そりゃあ行くでしょ」
「…………ならば……何故……生きている……」
「なぜって…」
「やっぱり殺すつもりだったのか」と心の中でツッコミを入れるが、それを口にして無意味に相手を突くような真似をする程アークも阿呆ではない。
「あの炎が何なのかは知らんけど、やっぱり触れるとヤバい系の奴だったのかよ……。どおりで【炎熱無効】が機能しなかった訳だ」
「うむ。原初の炎は、絶対防ぐ事が出来ん。例え魔神であろうともな? だからこそ、お前が生きて出て来た事に皆驚いている」
「いや、何度か本気で死ぬと思ったよ? 久々に頭ハゲるかと思う程熱かったし」
「だから、それで何で生きてるんだよ」と言う四大精霊の視線。
「まあ、でも、俺は炎熱を司る≪赤≫の魔神の継承者ですし。多分そんな感じで無事だったんじゃん?」
そんな物は原初の火を耐える理由にならないのだが…。
「いや、今はそれは良い! それよりも、お前の仲間達が危険だ!」
≪赤≫が炎で形作られた顔を歪め、慌てた様子で言うとアークの表情から余裕が消える。戦場に立った時と同じ、緊張感と焦燥の浮かんだ顔。
「どう言う事だ?」
声も鋭くなり、先程までの少年っぽさが消えている。
「≪黒≫により、仲間達が冥府へ落とされたのだ!」
「はぁ?」
アークが殺気混じりの目を岩石の壁に向ける。
相手や状況の事など全部放り投げた、全力の殺気。「今すぐ殺すぞ」と口にするよりも明確な殺意。
「どう言う事だよ?」
「…………魔神に……与する者を………生かして…おけん……」
≪黒≫の言葉が終わると同時に、アークの体から熱風が放たれる。アーク自身が意識して放出したのではなく、体が無意識に目の前の岩石の塊を粉々にしようと力を発揮してしまったのだ。
そこで精霊達は気付く、迸るようなアークの力に。
昨日の夜までは、確かに魔神としての力の欠片も感じなかった。なんだったら眠ったままの≪白≫の魔神の方が強いと感じたくらいだった。本当に弱いのか、はたまた意図的に隠蔽しているのかは判断出来なかったが、今のアークの力は圧倒的だった。魔神としての力の全てに覚醒している事がすぐに理解出来た。
「精霊がどうしてそこまで魔神を恨むのかは知らねえし、ぶっちゃけ興味もねえ。けど、それを理由にウチの連中に手を出すってんなら、テメエ―――殺すぞ」
エントランスの空気が爆ぜるような熱。
アークの放つ、殺気を帯びた熱量が周囲の空気を重くする。
「待て、待て魔神よ! 今は≪黒≫と戦っている場合ではない。お前の仲間達が冥府に落とされてから半刻以上経過している! 亡者だけならともかく冥王と出会っていたら急がねば間に合わなくなるぞ!?」
「ちっ……マジかよ…! それで、その冥府への行き方は!?」
「この下だ!」
「下?」
アークが言われた通りに下を見ると、見えない床の向こう側にどこまでも深い深い闇が口を開けていた。その闇の向こう側に何が有るのかは、感知能力を使っても何も見通す事は出来なかった。
「ここを落下すれば着くのか?」
「うむ」
「分かった」
見えない床を拳でブチ抜こうとしているアークを、精霊達が慌てて止めに入る。見えなくても床は存在している。精霊王の住まう城を魔神の手で破壊されるなんて、四大精霊として絶対に見過ごせない事態だった。
「待て!」「止まれ!」「床は僕達の命令で抜けるから!!」「………馬鹿者め……!」
「え? 何? すぐに皆の所に行きたいんだが?」
「だから待てと言うに! いいか、1度冥府に落ちれば、冥王の許し無くして出る事は出来ん! 仲間を連れ戻したいのならば冥王の許しをもらうしかない、分かったな!」
「おう、説明アリガトさん! じゃ、下に落としてくれ」
「くれぐれも注意しろ。亡者共はともかく、冥王との戦いになれば魔神と言えどもどうなるか分からん」
≪赤≫が言い終わると、見えない床が抜ける。小さな体が、闇の中へと吸い込まれて行った。
精霊達は気付かなかった。
元々人の容姿や見た目に興味が無い為、その変化に気付く事は無かった。
少年の腰に差した剣が―――深紅の日本刀であった事に。
精霊達は気付かなかった。
少年の髪と瞳が―――黒かった事に。