表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
341/489

11-31 絶望の入り口

 北の大地。

 大規模な魔法災害によって、草木一本生えない不毛の地となった場所………と言うのが普通の人間達に伝わっている建前の話。

 実際は600年前に起こった世界大戦、亜人戦争において魔神の継承者4人によって最後の決戦が行われた地。魔神の力がぶつかり合った結果、大地が死んで不毛の地になったのだ。

 北の大地には何も無い。人も亜人も寄りつかず、魔物ですら避けて通るような場所なのだ。あるのは、降り積もった雪だけ。

 そんな、何も無い北の大地にルナは居た。

 冒険者ギルド最強の一角、世界に2人しか居ないキング級冒険者の片割れ。そして、かつてこの大陸で戦った≪黒≫の魔神の継承者。それが、このルナと言う褐色の肌の女性だった。

 ルナがここに居るのは調査の為だ。

 魔神に関係ある場所として何度か訪れた事はあるし、複数の感知能力を使った地質調査やらなんやら色々した事もある。だが、具体的な疑問を胸に調査した事はない。

 その疑問とは―――600年前の魔神同士の戦いは本当にあったのか?

 ルナが宿す≪黒≫の魔神は、地と石を司る。そのお陰で、600年前の地層であっても一々掘り返す必要もなく視えている。この力で埋まっていた貴重な遺跡をいくつも発見してギルドから高い評価を得ているのだが……それはまた別の話。


「さて…どこから調べるかな?」


 草木一本生えていない、所々に雪の残った何も無い大地を見渡す。

 “北の大地”と呼ばれる場所は、軽く50km以上の広さがあるのだ。一通り見て回るだけだとしても何日もかかる。

 600年前の地層には戦闘跡が無いのはもう知っている。だからこそ魔神達の決戦の地である事に疑惑を感じたのだから。

 ルナが知りたいのは、戦いが起こっていないとしたら「ここで何が起こったのか?」だ。

 継承者には先代の継承者達の記憶の残滓のような物が視える事がある。初めてこの不毛の地に足を踏み入れた時に、ルナにはそれが視えた。


 先代の≪黒≫の継承者達が、先代の≪赤≫の継承者と向かい合う姿が。


 その記憶を信じるのなら、600年前に4人の魔神の継承者はこの大地に居た事は間違いない。では、戦いの跡が無いのはどう言う事だろうか? それにその後に継承者は全員死んで歴史から消えている事も気になる。

 事実だけを集めると……継承者は北の大地に集まった。しかし戦いは起きなかった。何かが起きて継承者は全滅し、北の大地が不毛の地になった。

 ピースが欠けるにも程がある、これでは推理パズルにもならない。


「……ふぅ」


 溜息を吐いてとりあえず当てもなく歩き出す。

 600年前に起こった“何か”のヒントが、どこかに転がっているかもしれない、と期待半分に探してみる。

 しかし、歩き出した足はすぐに止まった。


 目の前の空間を割って―――阿久津良太が現れたから。


「!?」

「おっと、誰かと思えば≪黒≫の継承者か?」


 まるで、始めからそこに居たかのような自然な立ち姿。異世界人と言う世界にとっての異分子の体でありながら、どこに居てもそれが当たり前のように自然な存在感。

 現れたのは1人だけ。仲間や手下を連れている様子はない。だが、それでもルナの警戒度は最高値だった。アルフェイルでの邂逅で、目の前の少年の“中身”が怪物である事は知っている。


(やはり…相対した時に感じるこれは―――魔神の気配か…?)


 原色の魔人は4つ。しかし、今、目の前に5つ目の魔神の気配が存在している。


「何故、貴様がここに居る…?」

「それはコッチのセリフなんだけど、ね?」


(私を狙って来た訳ではない…のか?)


 てっきり計画の邪魔をする自分を潰しに来たのかと思ったが、そう言う訳ではなく、アチラとしても予想外のエンカウントだったらしい。

 そう言う事なら、ルナとしては少しだけ安堵した。キング級の冒険者として、魔神の継承者として、どんな相手とも戦う覚悟はある。しかし、正直な気持ちを言ってしまえば、目の前の少年とだけは戦いたくなかった。得体が知れない……と言うか、ルナの中の≪黒≫の魔神が戦う事を嫌がっているように感じるのだ。


「まあ、良い。そちらから出向いてくれたのなら好都合だ」

「何…?」

「コチラも戦力が(とぼ)しくてね? 君を迎えに行こうと思ってたんだ」


 迎えに来た、と言う単語を聞き背中に冷たい汗が流れる。


「どう言う意味だ?」

「そのままの意味だが?」


 冗談を言っている目ではなかった。


「≪黒≫の継承者、私の元に来たまえ」

「断る!」


 即答し、戦闘態勢に入―――れなかった。


――― 体が動かない


 阿久津良太の黒い瞳、その奥で4つの色が()わる()わる輝く。赤、青、白、黒、世界の根源たる色。そして、魔神を表す色。

 瞳が輝く(たび)に、ルナの意識を覆う霧が濃くなる。

 思考が奪われる。

 体の自由が奪われる。

 自我を奪われる―――…。


「な……にを」


 辛うじて絞り出せた言葉がそれだけだった。

 魔神を宿す継承者の体は、例外無く精神攻撃や干渉波に対して絶対の耐性を持っている。しかし、今ルナの意識は絡め取られようとしていた。“継承者ですら防御できない”ではない。魔神の継承者故に―――その瞳からは逃げられない。

 魔神を宿した相手への絶対の優位性、それを目の前のごく普通の少年の“中身”は持っているのだ。


「さあ、おいで」


 良太が手を差し出す。

 ルナに残った微かな自我がその手を拒否しようとするが、体はそれを無視してその手を取る。


「ようこそ≪黒≫の継承者」


 2人の姿は何も無い景色に溶けて消えた。



十一通目 精霊と原初の火 おわり

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ