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11-29 狂戦士の拳

 腐葉土に半分体を埋もれる様に倒れたアスラ。

 いつものテンションで声高らかに「正義」を叫びながら立ち上が―――らない。

 ビクンッと手足が自身の意思を無視して痙攣している。

 ゾンビ達が(むら)がろうとしているにも関わらず、まだ立ち上がろうとする気配がない。

 即座にマズイ状態だと判断したパンドラが、スカーレットの【タイムキーパー】を発動。魔弾でアスラの近くに居たゾンビ3体を炎弾のヘッドショットで爆発させ、スカートを翻して走る。


「無事ですか?」

「………あんみゃり……」


 舌が回ってない。

 雷のダメージが神経を麻痺させている。


「凄いな、まだ生きているのか? 並みの敵なら10回は殺せる威力だったんだが」


 ハーデスが異形の魔人の手で称賛の拍手を送る。見下した風ではなく、本当に単純にアスラの耐久力を褒め称えているのが恐ろしい。


「しかし、流石にここまでかな? どれだけ強靭な肉体であろうとも、どれだけ人間離れした反射を持っていようとも、神経系を麻痺されればその(ざま)だ」

「ろりゃあ、ろーかな…(そりゃあ、どーかな)?」


 体が痺れてまともに動かなくなっていると言うのに、その目の闘志は全く衰えていない。それどころか、追い込まれる程に燃えているように見える。

 不敵に笑ってから、右腕を振り上げる。

 動かない筈の腕。痙攣している筈の腕。それなのに、右腕は―――右腕だけは平常時と変わらず頭からの命令を受けて滑らかに動いている。

 そして、その振り上げた右腕で―――自分の顔を殴り飛ばす。


「ガぁッご!!?」


 凄まじい打撃音と共に、口から血飛沫(ちしぶき)が吐き出されて、血の波に紛れて何本か白い歯が地面に落ちる。


「ぃってえ……流石俺の拳…!!」


 口元の血を拭う事もせず、右手を地面に突き立て、痙攣の止まらない足を無理矢理押さえつけて立ち上がる。


「まだ、終わってねえ!」

「痛みで無理矢理麻痺した神経系を戻したか。無茶な真似をする」


 アスラの闘志…いや、生きようとする生命力が余程心地良いのか、ハーデスは心底嬉しそうに笑う。

 一方アスラも、強者との戦いが楽しくて仕方ないのか口もとの血を舐めて笑う。


「少々君の右腕を甘く見過ぎたな? それが“レムナント”である事は最初から気付いていたのだが」

「レムなんたらってのが何か知らないが、俺の右腕はそんなもんじゃないぞ!」

「ん? ああ、そうかレムナントはコチラが勝手に付けた呼び名だからな。人間の呼び名では確か―――神器、だったか?」


 女性陣の視線がアスラの右腕に集まる。

 パンドラは無表情を装っているが、今聞いた情報をメモリーに落とす事に一瞬遅延が発生した事が動揺の証だ。

 フィリスと白雪はあまりに驚き過ぎて、目を剥いて口をポカンと開けた…ちょっと男性には見せてはいけないアホ面を晒している。


「貴方の右腕は神器なのですか?」

「そーだよ? 言ってなかったっけ?」

「聞いてないぞ!!」「そうですの!!」


 フィリスが若干キレながらも、2人を狙って動いていたゾンビの集団を広範囲の雷撃魔法で潰す。


「昔魔物に右腕を潰されちまってね。師匠(せんせい)が『()くした腕の代わりに』ってコクーンをくれたんだよ。出て来たのは“腕の代わりになる物”じゃなくて“代わりの腕”だったけどな!!」


 アスラの腕はパンドラのスカーレットや、アークのヴァーミリオンと同じ神器だ。失くした腕の代わりに体にくっ付いている。ただ、接続面などは存在せず、完全に体と一体化している為、アスラ自身もどこまでが自分の体でどこからが神器なのかは今では曖昧になってしまっている。

 神器故、右腕は超パワーを生み出す事が出来る。

 神器故、右腕は大抵の攻撃を防御出来る。

 神器故、右腕は体の神経系が麻痺しても単独(スタンドアローン)で機能を維持できる。

 磨き上げられた体術と肉体、そして神器の右腕、それが9人のクイーン級冒険者の1人であるアスラの―――ジャスティスリボルバーの力。


「ふふっ、人間にしておくには惜しいな? 是非冥府の住人として迎えたいものだ」

「残念ながら、俺が冥府(ここ)の世話になるのは地上の悪を根絶やしにした後だ!!」

「では、力付くで冥府に堕ちて来て貰おうか?」


 暴風―――


 吹き飛ばされないようにその場で踏ん張る以外の選択肢がない。

 だが、アスラにはその踏ん張ろうにも痺れが抜け切っておらず、簡単に吹き飛ばされる。


「ぉーーわああ!?」


 咄嗟にパンドラが手を伸ばそうとするが届かない。追いかけようにも自身が飛ばされないようにするので精一杯。


「例えば―――」


 【空間転移】で吹き飛んだアスラに追い付き、異形の拳を振りかぶる。

 いつものアスラであれば、自由の利かない空中であろうとも、吹っ飛んでいる最中であろうとも、ハーデスの攻撃に反応する事は余裕だった。だが、神経系の痺れによって反応速度と肉体機能を奪われた現状では無理…と言うか不可能だ。


 右腕以外は―――。


 不自然なまでに超速で動いた右腕が、異形の拳をブロックする。しかし、威力を右腕1本では逃がし切れずに下に叩き落とされる。


「ぐ――――ッ!!?」

「君がただの人間の最強だとしても―――」


 地面に叩きつけられてバウンドしたアスラの元へ転移し、今度は蹴りを放つ。

 拳打と落下のダメージで反応が瞬間遅れる。しかし、音より早く攻撃の飛び交う戦いにおいて、その一瞬は致命的。


「死なないわけではないあるまい?」


――― ドゴッ


 見た目の美しい足からは想像できない重い蹴りが、無防備なアスラの鳩尾を捉える。


「―――!!!?」


 声も出ない叫び声。口から出るのは大量の真っ赤な血―――。

 蹴りの威力と吹き荒れる暴風に煽られて、凄まじく飛距離が伸びる。

 

「まず、1人―――」


 次の獲物を求めて、ハーデスの瞳が辺りを彷徨う。

 パンドラ、そしてポケットの中に隠れている白雪、そしてフィリスを順番に見た。

 次の瞬間―――拳が飛んで来た。


「む……!?」


 避ける。が、即座に2撃目。

 ヴェールに包まれた左脇腹を貫く様な一撃が突き刺さる。


「…ぢぃッ!?」


 咄嗟に風で自分の体を後ろに押して距離を取る。

 目の前に居たのは―――アスラだった。


「死にかけただろうがぁああああッ!!!!」


 血走った眼。口から流れる血液を拭う事もなく、獲物を狙う獣のような気配。

 意識が飛んで、アスラを縛っていた理性と言う(かせ)が外れた。

 元々戦闘狂の()のあるアスラだ。理性が飛べば、あとに残るのは闘争心と、強大な力による破壊衝動だけだ。それはもう人ではない―――血に飢えた一匹の獣だ。


「喰い殺すぞ、ゴミがああッ!!!!」


 痛みと神経の麻痺を、ハーデスに対する殺意が撃ち消す。

 アスラの体のダメージは、集中治療室に今すぐ直行しなければならないレベルに達している。だが、その痛みと体の反応の鈍りを闘争心によって塗り潰して、体が万全の状態の時のように動く―――いや、本来ならば肉体への負担で無意識にブレーキがかかってしまう、危険領域(レッドゾーン)の力までも今は引きだしている。

 言う所の“120%”の力。


――― 突っ込む。


 ハーデスの攻撃を読んだり、反撃への備えも何も無い。ただ、相手をぶん殴る事だけを考えて足が前に進む。

 それを阻むようにゾンビが数体割って入ったが、歯牙にもかけず適当に殴る。訂正…適当、ではない。殴り飛んだゾンビはハーデスに真っ直ぐ飛んで行く。

 先程の砲弾をやり返した。しかも、相手の逃げ道を塞ぐように2体目、3体目が飛んでいる。

 決して計算してやっているわけではない。数多の戦いで培って来た経験値が、感覚だけで動いても的確に相手を狩ろうと機能している。


(上手いな)


 ハーデスは心の中だけで、改めてアスラに称賛を送る。だが、だからと言って攻撃を喰らってやるかどうかは全く別の話。

 複数のゾンビ砲弾で逃げ道を塞いだつもりだろうが、【空間転移】を使える魔神の継承者の肉体を使うハーデスに焦りは無い。粛々と転移を実行しその場から逃げようとした。


 だが、逃げられなかった。


 転移を実行に移す直前、ゾンビの砲弾を“追い越して”アスラが突っ込んで来たからだ。


「死ねッ!!!」


 必殺の右ストレート。

 思わぬ展開に驚いたと言っても、それを受ける程ハーデスは弱くない。即座に冷静さを取り戻して回避の動作に移る。

 しかし、それをアスラが許さない。

 プッと血を吐き出す―――狙いは相手の右目。


「―――チッ!?」


 咄嗟にその血を“避けてしまった”。

 右ストレートの回避動作が遅れて、必殺の拳がハーデスの腹にめり込んだ―――。



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