11-28 vs冥王
風が渦を巻き、かぐやの体―――ハーデスを包み込む。
巻き上げられた塵や土、ゾンビの破片が視界を覆いその姿を隠す。しかし、見失ったのは一瞬。次の瞬間には―――内側からパチンっと空気が爆ぜる音と共に雷光が周囲に迸り、風に巻き上げられていた塵やゾンビ片を空中で燃え上がらせる。
渦を巻いていた風が止み、雷によって焼かれた物が燃えながら雨のように地面に降り注ぐ。
炎の雨に打たれて、白い魔人は立っていた。
アークや水野の魔人の姿は、強大で威圧的な正しく悪魔のような姿だった。それに対し、白い魔人はまるで………天使。
額に一角獣を思わせる白銀の角を持ち、黒かったセミロングの髪が真っ白に染まり、髪の1本1本が意思を持っているかのように風も無いのにユラユラと揺れている。
体を覆う極薄の白いヴェールから透けて見える体は白い光沢を纏い明らかに人の肌ではなく、硬いボディスーツを来ているかのように女性的なラインを惜しげも無く晒している。
ヴェールから覗く両足は白く穢れの無い少女の足だが、両手はまるで全身の美しさや神々しさ、その全てを否定するかのように鋭く、凶悪な禍々しい…相手を傷付ける為の手。
「ふむ、流石魔神を宿す体だ」
全てを見下すかのように開かれた瞳は、黒い眼球……その奥で眩いほどの白い光が輝いている。
「変身……した!?」
相対するアスラも、流石にその変化に驚く。だが、その反応は明らかに【魔人化】を初見である事を示している。だからこそ、パンドラは注意を口にしようとした。魔人となった時の能力値の上昇幅はアークの姿を近くで見て来たから良く知っているのだ。
「気を付けて下さい、その姿は―――」
「かっけええええええええええっ!!!!」
しかし、聞いて居なかった。
「何それ!? 俺も出来る!? 本当の変身じゃん、何それ何それえええ!!」
興奮しまくりでテンションが爆上がりだった。
しかしそれも当然の事、師から散々聞いて憧れて来た変身ヒーロー的な物が、人生で初めて目の前に現れたのだから。
「残念ながら君には出来んよ。どうやらこれは、魔神の継承者にのみ許された力のようだからね?」
「くっそおおおおおっ!!! なんで俺は魔神の継承者じゃないんだあああ!! ……いや、待てよ? 確かレッドも魔神って呼ばれてたよな? え? って事は、もしかしてレッドもこの変身出来るのか!? ちっきしょおおおおお!! 羨まし過ぎるぞレッドおおおおおお!!!」
膝を折り地面をバンバン叩く。アスラが全力で叩くものだから、地面が軋む。拳が地面にめり込む度に、振動と共に若干腐葉土の地面が沈む。
「待って、ちょっと待って、マジで止めて。君の超パワーでやられると冥界に穴が開きそうだから本当に止めて」
冗談ではなく本気のトーンで冥王が止めに入った。
アスラは、冥王を下手に出させた初めての人間として今後語り継がれる事になるが、それは今は全く関係ない話だ。
「おっと…すまない! 正義の味方に有るまじき姿を見せてしまった!! この失態は、俺の拳を持って返させて貰おう!!」
いつものテンションに戻り、大きく深呼吸をしてから構えを取り直す。
「それに、夢にまで見た変身者と戦えるなんて、こんな機会滅多にないからな!! それに、悪側のヒーローとの決戦とか考えれば、これはこれで超燃える!!!」
「では、やろうか?」
「おう、いつでも!!」
アスラの返事が終わったと同時に、白い魔人の姿が消える―――魔人スキルの【空間転移】。
背後に殺気―――即座に反応し思わず振り返って拳を振りそうになる。しかし、冷静な判断力と理性がブレーキをかける。少しだけ右足を後ろに下げる。起こした行動はそれだけ。
ハーデスはアスラの背後に居た。だが、そのまま攻撃をしない。転移からそのまま不意打ちなんて芸が無い。その上、そんな安い手が通じるとも思っていない。
アスラの右足が下がった事で、背後に意識が向いたと判断し、グルッと音速で左側から周りこむ。その途端に―――拳が飛んで来た。
(ほう、読み越されたか)
内心アスラの反応の良さに舌を巻きつつ、飛んで来た拳を難なく避ける。
風による攻撃逸らしも、雷撃によるカウンターも必要ない。【魔人化】によって底上げされた圧倒的な身体能力、それと魔人スキルの【物理透過】があれば大抵の攻撃には対応出来る。
拳を避けられたアスラは、即座にバックステップで離れる。
(無理な攻めはしない、か? もっと攻め手しか考えないタイプかと思ったが、これは少し考えを改めなければな)
アスラは誰がどう見ても近接で能力を発揮する人間。そんな人間が距離を開けようとすれば、傍目には腰が引けているように見えるかもしれない。だが、目の前に立つハーデスにはそのようなマイナスなイメージは欠片もない。
距離を離す時のアスラの顔は、爪の先程の必死さもない。むしろ、追って来いと言わんばかりの挑発的な視線を向けて来ている。
張り付いて戦うつもりはないが、決して攻撃する意思が無いわけではない―――と言う無言のアピール。その上で、「攻めてくるならどうぞご自由に。出来るもんならな」と挑発をしている。
アスラへの評価を上方修正。
相手が脆弱な人間だと言う先入観はもはやない。魔神を宿す体を使って居ると言う優越感も全能感もすでに消し飛んでいる。
冥府の王として、他人の体であろうともホームグラウンドでやられる様な間抜けを晒す訳にはいかない。いや、そんな事は許されない。
「少し、攻め方を変えようか?」
本当は、アスラの得意な土俵……近接での殴り合いで打ちのめしたかったが、そんな余裕を見せられる相手ではないと割り切って戦い方への拘りを捨てる。
近くに居たゾンビの体をトンっとアスラに向かって押す。すると、空気がドンッと押しだされ、即興の人間砲弾……ゾンビ砲弾の出来上がりだ。
「っとぉ!!」
撃ち出されたゾンビを、遠慮の無いパンチで横に殴り飛ばす。
一息吐く間もなく、更にゾンビの体が飛んでくる。
「仲間を飛び道具にするとは、なんて悪党的な戦い方をするんだ!! 燃えるじゃねえかぁッ!!!」
2つ、3つ、4、5、6、7、8―――途切れる事無く砲弾が叩き込まれる。だが、それがアスラの体に届く前に、音よりも早い拳がゾンビを文字通り粉々にする。
「いくらやっても、こんな柔らかな弾じゃ当たらんぜ!!」
「それは―――どうかな?」
数えて17発目のゾンビの砲弾。
アスラに慢心は無かった。……ただ、同じ攻撃を単調にされた事により、ほんの少しだけ体が“同じように”反応してしまったと言う、それだけの話。
――― ゾンビの体を貫いて襲いかかる雷
普通に構えている状態のアスラならば、驚く事なくその攻撃に反応出来ただろう。だが、16回ゾンビを撃ち落とし続けた結果、視界に入った情報を認識するより先に、体が反応してゾンビを撃墜する為に拳を出してしまった。
「しまった!」とアスラが思った時にはもう全て手遅れ。
雷がレーザーのようにアスラの右脇腹を貫く。
「ぅ―――ッ!!?」
小さな悲鳴のような呻き声を漏らし、アスラの体が冥府の地面に転がった。