11-23 黒い炎
仰々しい封印の扉を潜ったら―――暗い部屋だった。
本当に真っ暗で何も見えないんですけど……。
部屋の広さも確認出来ない程の一寸先は闇。横に手を伸ばしてみると、両側に壁が有るのが感触で判った。
幅2mってところかな? その両側の壁が奥に向かって続いている……って事は見えないけど今立っているのは通路なのかな?
とにかく…進んでみよう。
何が有るのか判らないけど、≪黒≫の言う通りに奥に有る何かを持って来なければならない。
片手を壁について、恐る恐る歩き出す。
「落とし穴とか…ねえよな…?」
戦闘能力だけでなく、感知能力もダダ下がりだから、視覚が利かなくなると周囲の様子が全然判らんな。
それでも警戒しながら足を動かし続けると―――奥の方に何か見えた……気がする。
まるで暗闇への恐怖心が見せる幻のように、ボンヤリと何かが……光っている? だが、“光っている”と言うには、暗闇で自身の存在を主張していない。
むしろ、暗闇に紛れようとするかのように……
――― 黒く光っている
近付くと、何が光っているのかが判った。
いや何が…って言うか、それ自体がそもそも光る物なんだけど…。
よく見慣れた―――俺が慣れ親しんだ物。
――― 炎だ
丁度俺の視線の高さと同じくらいの台座。その上で―――黒い炎……じゃないな? 目の前まで来てようやく判った。この炎は黒いのではなく、赤が濃くなりすぎて、黒と見分けがつかなくなっているだけだ。
いや、でも、そんな色の炎存在しねーだろ…。
有り得ない色の炎が目の前で燃えている。いや、奇妙なのは色だけじゃない。炎にはそれを燃焼させ続ける為の燃料が必要だ。それなのに、この黒い炎は燃えている。
――― この黒い炎…何を燃焼してんだ……?
いや、ちょい待ち…思考ストップ。
この炎への考察は一旦横に置いておこう。
えーと…とりあえず通路はここで終わりっぽいな? って事は、ここが部屋の最奥で……この黒い炎が目的の物なのかな? 他にそれらしい物ねえもんな。
これを持って来いってか?
四大精霊が最後の試練として取って来させる炎だ。どう考えても、すんなり持って帰れる物じゃねえよなぁ…。それ抜きにしたって、あんな厳重に封印してたのってこの炎って事だろ?
……正直言って、このまま何もせずに回れ右して帰りたい……。
目の前の黒々と燃える炎は、よく分からないが恐怖心を全力で刺激して来る。触れたら「死ぬ」と思わせる程の圧倒的で巨大な…恐怖の塊。
「………しっかりしろ…!」
頬を叩いて自分を叱咤する。
ビビって足を止めてる場合じゃねえだろうが! この黒い炎がどんな物であろうとも、ここを越えて行かないと精霊王に会えない……ひいてはロイド君を蘇らせる事も出来ない。だったら、迷う事なんてねえ。やるだけだ!
それに、相手が炎だってんなら、俺の得意分野じゃねえか。
手を伸ばす。
どうせ俺には【炎熱無効】があるし…。
――― その驕りが、全ての間違いだった―――…。
「ぁ―――ッが!?」
一瞬の出来事だった。
黒い炎に触れた指先に、ハンマーで叩いたように熱量が広がった。
――― 熱い!!
【炎熱無効】のスキルを得てから、ずっと忘れていた感覚。
皮膚を突き抜けて、体の中に耐えられない熱を捻じ込まれ―――焼かれる感覚。
指先に燃え移った黒い炎は、まるで俺を喰らおうとするかのように燃え広がる。
「ぁっつ……なんで!?」
自分の味方であった筈の炎が、牙を剥いて殺そうと―――燃やそうと襲いかかって来る。
黒い炎の正体が何なのかは判らない。けど、この炎は触れてはいけない物だったのは判る。
触れた者を問答無用で、容赦なく、平等に、跡形も無く焼き尽くす炎―――。
それに気付いた時には、俺の体は黒い炎に呑まれて居た―――…
「うわあああああああああああああああッッ!!!!!!!」
誰も居ない暗闇の中に、誰にも届く事の無い悲鳴が響き渡った―――。
* * *
「マスター…?」
主の声が聞こえた気がして、パンドラはまだまだ暗い草原の上で振り返る。しかし、そこには誰の姿もない。
当たり前だ。先程≪黒≫の大精霊と共にどこかへ行ってしまったのだから。
妙な胸騒ぎがした。
半分以上が機械のパンドラが不安を感じるのもおかしな話だが、それだけ人間に近いレベルにまで成長しているとも言える。
「パンドラさん、どうしたんですの?」
眠そうに目を擦りながら白雪が目を覚ました。
「ふわぁ……あれ? 父様は?」
「先程、≪黒≫の大精霊に連れられて試練を受けに行きました」
「えっ!? 父様御1人でいかれたんですの!?」
「はい」
白雪の体が、不安で青く光る。
パンドラも、いつもならば無条件にマスターの無事を信じるのだが……今回は酷く嫌な予感がした。ラーナエイトで魔人となったマスターと離れ離れになった時にも感じた物によく似ている。
だが、すでに始まってしまったのだ。あとは無事を信じる以外にない。
「大丈夫なんですの……?」
「信じましょう」
「ですの……」
不安そうにパタパタと手の平に飛んで来た白雪を撫でて落ち付かせる。
暫く2人でそうしてお互いを慰め合っていると、草原にポツンっと立っていた扉が開いて―――巨大な岩壁が入って来た。
「な、なんですの…あれ?」
「岩石です」
「それは見れば分かるんですの…」
そんな会話をしているうちに、夜の闇の中を音も無く巨大な岩の塊が歩いて来る。
白雪が怯えてパンドラのエプロンドレスの中に隠れ、そんな恐怖心が伝わったのかフィリスとアスラがガバッと起き上がる。
「何事だ!?」「悪の帝国が攻めて来たのか!?」
2人が同時にパンドラの視線を追って、近付いて来る巨大な岩壁を発見する。即座に戦闘態勢に入り、フィリスがユグドラシルの枝を構えて、アスラが2人の前に立って拳を握る。
「「パンドラ(ピンク)、あれは何だ!?」」
「岩石です」
「「それは見れば分かる!」」
岩石の壁が3m程離れた場所で立ち止まる。
かぐや以外の全員が起きている事を確認し、ゴツゴツした塊が口も無いのに口を開く。
「………全員………揃って…いるな……?」
「誰だ!? 岩石怪人か!?」「何者だ!」
喋りが苦手な岩壁に代わって、パンドラがその正体を明かす。
「≪黒≫の大精霊です」
「なんだと!?」「…だと思ったよ…!」
皆が目の前の巨大な岩壁の正体を理解したところで、パンドラはどうしても訊いておかなければならない事を訊く。
「マスターはどうしたのですか?」
先程一緒にこの部屋を出て行った筈なのに、戻って来たのは精霊だけ……マスターはどこに行ったのか?
パンドラが尋ねた事で、起きがけの2人も初めてアークの姿が無い事に気付く。
「アーク様は!?」「レッドが居ない! 修行か!? 俺に内緒で修業に行ったのか!?」
そんな反応を全部無視して、≪黒≫の大精霊は淡々と話しを進める。
「…………魔神は………試練を………受けている……」
「では、貴方はどうして戻って来たのですか?」
「………お前達にも…………試練を………受けて貰う………」
試練を受けろと言われて、顔を見合わせる。
正直言えば全員大精霊の試練と聞いて警戒をしているし、不安も感じている。だが、すでにアークが1人で試練を受けていると聞けば、腰を引かせている場合ではない。
「分かりました」「いいだろう」「ですわ!」「試練上等!!」
それぞれの答えを聞いて、満足そうに岩壁の上部で頭と思しき部分が頷く。そして腕らしき部分が眠ったままのかぐやを指さす。
「………その魔神も………連れて来い……」
「試練に、動けない者を参加させるのですか?」
「…………うむ…。………では…来い……」
言うと、先程アークを連れて行った時と同じように無言のまま扉に向かって歩き出す。フィリスとアスラがそれに続き、パンドラがかぐやを背負ってそれを追った。
≪白≫の扉を潜ってエントランス。
不気味な底の見えない闇が足元に広がり、一歩踏み出すにも勇気が居る。
丁度巨大なエントランスの真ん中に辿り着くと、岩壁が振り向き―――
「…………始めるぞ……」
「ここで、か? 何もねえぞ?」
アスラが問い返し、このまま≪黒≫の大精霊との戦闘にでもなるのかと視線を鋭くする。
「…………お前達の………試練は………」
トンっと地面を足が叩く。すると、
――― 床が抜けた
「なっ!?」「きゃぁッ!?」「くっ!!!?」
3人と背負われたかぐやの体が底の見えない闇の中に引っ張られる。
咄嗟に魔法で全員の体を浮かそうとしたフィリスだったが、突然上から圧し掛かる重力によって叩き落とされて詠唱をキャンセルされて落下。それを追いかける様に、パンドラ達も成す術なく闇の中に落ちて行った―――…。
ただ1人、見えない床の上に残っていた≪黒≫の大精霊は呟く。
「…………亡者共に………喰われろ………」