11-22 黒の大精霊
ぅん……?
草原の上に敷かれたシーツの上で目を覚ます。
あれ…? 少し寝てたか?
精霊達と、パンドラ達を交えて色んな他愛も無い話しをしていたのは憶えてるんだが。ああ、そうだ! そろそろ≪黒≫の所に向かおうと思ったら、≪白≫の透明小僧とJ.R.が無駄にヒートアップして止まらなくなってたから、仕方なく2人が飽きるか疲れるかするのを待ってたんだ…。
まあ、結局1時間くらい待っても一向に熱が抜ける事もなく、体力馬鹿2人は疲れる事も無く、延々とカードで死闘を延じ続けた。
奴等よりも、あの速度とパワーに破れずに堪えているカードの方が凄ぇよ…。とか感心している間に眠気が来て、先が長そうだったので少しだけ仮眠をとろうと横になったんだ。
起きた時には、空が暗くなっていた…。
ここ一応便宜上は部屋なのに、ちゃんと朝と夜があるのね……。まあ、そんな事言ったら、それ以前の話として精霊の世界にも朝夜の概念があったのかって話しだが。
起き上がろうとしたら背中から何かにガッチリとホールドされていた。
「パンドラ……」
俺の後ろに寝ていたメイド装束のロボ娘が、獲物を掴んで放さないトラバサミのように俺の事を後ろから抱きしめていた。
そっと手を退かそうとしたら、尋常じゃないくらいのパワーでホールドされて居た。
ちょっ、待っ!? コイツ本当は寝てないんじゃねえの!? 全然ビクともしねえぞ!? 俺が魔神の支援無くしてパワーダウンしてるって言ったって、どんだけ!?
なんとか頑張って抜けだそうとしていると、背後からキュゥンと何かの電源が入る音が聞こえて…。
「おはようございますマスター」
パンドラが目を覚ました。
「……ぉう、とりあえず放してくれ」
「マスターの戦力低下の現状から、御守りするにはこの睡眠の取り方が最も適していると判断されました」
この体勢を最適解と導き出したコイツの電子頭脳がちょっと心配になった。
ロボアームの拘束から解除されて起き上がる。
ああ、体ビキビキする……! 無くして分かる【回帰】の便利さ。
フィリスと白雪は亜人同士でくっ付いて寝ているし、カグは相変わらずの眠り姫。J.R.は、ばら撒かれたカードの上で死体のように転がっていた。これで血でも出てたから完全に殺人現場だな…。
3人の大精霊は………居ないな? 夜になったから、それぞれの寝床に帰ったのかな?
どうしよう? 精霊界では一応≪赤≫の大精霊が俺等の保護者だし、≪黒≫の所に行くのは戻って来てからの方がいいかな? 大精霊3人が寝に戻ったとするなら、≪黒≫の大精霊も今は睡眠時間かもしれないし。
「マスター、何かが近付いてきます」
「ん? 何かって――――」
なんだ? と続けようとしたけど言葉が口から出なかった。
だって―――5mくらいある巨大な石壁が、音も無く近付いて来たのだから。
「なんだありゃ?」
「岩石です」
「それは見れば分かる……」
まだ眠ったままのフィリスや白雪への配慮なのか、あの巨体で―――恐らく重量も何t―――音も無く動く姿が不気味で仕方ない。
でも…動く岩石の壁が、何かの意思を持って近付いて来ている事実を改めて認識すると、自然とその正体は導き出された。
俺達の目の前で停止した石壁を見上げて問う。
「≪黒≫の大精霊ですか?」
「……………うむ………」
ボソッと喋るから聴き取り辛い事この上ない…。
しかし、なんで≪黒≫の方から会いに来たんだ? もしかして≪赤≫みたいに実は俺に興味があるとか? いや、でも四大精霊の中で1番魔神への憎悪が高いって言ってたし……。もしかして、≪白≫に用事があって部屋に来たらたまたま俺等が居たとか、そんなオチかしら?
「…………≪赤≫の魔神………」
岩石の端っこの方が動いて俺に向く。えーっと……位置的に多分腕を動かしたんだよな? って事は、確認の為に俺を指さしたってとこかな? じゃあ、やっぱり俺に会いに来たのか。
「はい。あの、精霊王に御会いし――――」
「よい…………お前達…の………目的は…知っている……」
そして黙る。
息苦しい程の静寂。
≪黒≫が何かを考えているのか、それとも言葉に迷っているのか……いや、元々喋るの得意な精霊じゃなさそうだし、黙ったんじゃなくて、ただ単に会話の間をとっているだけかも。
「来い………試練を……越えられたのなら………王への……謁見を………許す……」
試練…ね。
今までの3人がトントン拍子だったから、正直ちょっとだけ油断してた。もしかしたら、このまま4人共すんなり許しを貰えるんじゃないか…と。
そう甘くねえよなぁ…。
「判った」
俺が立ち上がると、それを追ってパンドラもスクッと立ち上がる。が、それを制するように≪黒≫の精霊が口を開く。
「………来るのは………魔神…1人だけ…だ……」
パンドラ達の支援無しかよ…!?
今の俺は一般人に毛が生えた程度の能力しかない。しかも左手には全然力が入らないし…。
戦いはおろか、身体能力を必要とする試練全般今の俺にクリアするには難易度が高過ぎる。……でも、だからこそ≪黒≫はそう言う試練を選んでくる可能性が高い。パンドラやフィリス、それにJ.R.が一緒ならそう言う無理難題だされても何とかなると思ってたけど……俺1人を指名してくるとは……。まあ、最悪の展開として考えてなかったわけじゃないけども…。
「パンドラ、ここで待っててくれ」
「ですが…」
「良いから。それと、フィリスと白雪起きたら説明しといてくれ」
「……はい」
一瞬迷っての返事。
パンドラも、≪黒≫が俺に無理難題を突き付けるのは判っているんだろう。だからこそ、今のパワーダウンしている俺に、無理にでも付いてこようとする思考が働いたか。
カグの事も頼んでおこうかと思ったが、パンドラなら言わんでも何とかしてくれるだろう。あと3人の大精霊への説明とかも…。なんか、全部丸投げになってしまうな……スマンパンドラ…。
「………行くぞ……」
「おう」
音も無く歩き出した巨大な岩壁の後を追う。
「マスター、お気を付けて」
「あいよ!」
パンドラの心配そうな視線を背中に受けながら≪白≫の部屋をあとにする。
扉を潜った途端に、体を撫でていた涼しい風が止む。
見えない床の、クソ広いエントランス―――。
周囲の壁に映る俺の姿が、不安げに見返して来る…。
不安なのはしょうがない…けど、ビビるな! ビビって足と手が出なくなったら、それこそ今の俺は一般人以下だ!
「あの…どこに行くんですか?」
≪黒≫に着いて行ってるんだから、普通に考えれば≪黒≫の部屋なんだが……≪黒≫の部屋は≪白≫の部屋の隣。なのに、エントランスを横断するように真反対の位置にある部屋に向かっている。
その部屋は―――ビッシリと扉に紋様の刻まれた、例の封印の部屋。
≪赤≫と≪青≫に「死にたくなければ近付くな」って言われてるから、あの部屋には関わり合いになりたくないのに……岩壁は迷う事無くその扉を目指している。
「………あの部屋だ……」
岩壁の端っこが動いて、明滅する扉を指さす。
信じたくないが、マジであの部屋に向かっているらしい。
「でも、あの部屋には近付くなって他の四大精霊に言われたんですけど…?」
「……………問題無い……我が……許可する………」
扉の前に来ると、巨体に似合わぬ俊敏さで振り返る(どっちが前か判らんけど…)。
「………試練は…簡単だ………」
嘘だ。絶対簡単じゃねえよ!? この部屋でやるってだけでも絶対簡単じゃねえよ!? だって、扉の前に立ったらヤバい雰囲気が増してるもの!! 人間の中に備わってる危険回避のアラームが全開に鳴ってるし!!
「……部屋に入り………奥に有る物を……持ってこい………」
「え…? それだけ…ですか? 道中に恐ろしい怪物が居るとか…?」
「………無い…。この部屋には………お前が取って来る物以外……何も無い……」
あれ? じゃあ、本当に行って帰って来るだけのお使いって事か? いや、でも道中が地獄のアスレチックって可能性もあるか…。それとも、何も無いって言ってるんだら、本当に何も無いのか?
まあ、何にしたって、やれと言うならやるしかねえんだが…。
「………では…始めるぞ……」
「ああ」
岩壁が腕(?)を伸ばして封印の扉に触れると、4色の紋様のうち、黒く光っていた物だけが消えて、ガチャンっと鍵が外れる音。そして、扉の明滅が止まる。
「………………入れ…」
背中を押される様に封印の扉を潜った―――…。
* * *
赤い異装を纏った小さな背中が扉の奥に消えると、自動ドアのように勝手に扉が閉まり、ガチャンっと冷たい音を立てて再びロックされる。
「……………行ったな………」
黒い光の紋様が蘇り、扉の明滅が戻る。
エントランスを満たす静寂の中、≪黒≫の大精霊は1人呟く。
「さらばだ……≪赤≫の魔神……………お前が……この部屋を…出る事は………もうない」