11-16 ユグドラシルの守人
精霊王の住まう城に移動する短い時間で、≪赤≫の精霊と他愛も無い話しで盛り上がる。
「ほお、お前の炎は毒素を燃やして発生するのか?」
「ああ。つっても酸素が無いと燃焼を続けられないのは普通の炎と同じだけどな?」
「だが、その炎が有れば周囲の毒素を弱められるのだろう? その炎は私も使えるようになりたいものだ」
「周囲の魔素を薄める程の火力を出したら、一帯を焼け野原にしちまうぜ?」
「ふむ……そう言う物か」
「魔素を弱めるのは自身や他の精霊が自由に動けるようにする為だろ? だったら【魔素吸奪】っつうもっと手っ取り早いスキルがあるぜ」
「ほおほお、興味深いな」
と、こんな感じで周りを置いてけぼりにして炎やらスキルやらの談義に花を咲かせてしまった。
っつか、他の精霊が見ているかもしれないのにサラッと魔素がないと炎出せない事を喋ってしまった……。まあ、月の涙の中に腐るほど魔素を溜めてあるから、精霊界でも普通に出せるっちゃ出せるけど。
にしても、妙にコイツ話しやすいんだよなぁ…。お互い炎熱を司る≪赤≫だからかな?
話して居たらあっと言う間に城に辿り着き―――その巨大さと、精神を締め付けられるような荘厳さにビビる。
無駄にでかい城門……どうすれば開くのコレ?
10m近い大きさの…なんの素材だこの扉? 鉄っぽく見えるけど、多分違う。俺の疑問を聡く見抜いたフィリスが、コソッと寄って来て答えを耳打ちしてくれた。
「あの扉は、もしかしたらオリハルコンではないでしょうか?」
「オリハルコン……マジか?」
なんか凄気な金属としてファンタジーなゲームや漫画に出てくるオリハルコン。どんな物かは知識として全くないが、まあ、きっと硬いとか何か凄いんだろう。
「流石守人の娘だな。この扉はオリハルコンで出来ている」
おっと、結構地獄耳だった。
にしても……。
「なあ、精霊達ってフィリスと白雪をモリビトって呼ぶけど、どう言う意味だ?」
「…? 星の大樹を守る者、と言うそのままの意味だが?」
ユグドラシルを守る? そう言や、あの聖域って人間単体じゃ入れないんだっけか? 亜人じゃないと入れない事と何か関係あんのかな? そんな俺と同じ疑問を皆が抱いていたようで、代表してフィリスが尋ねた。
「我等亜人は確かにユグドラシルの聖域に入る事が出来る。しかし、ユグドラシルを我等がどうこうする事はない。むしろ、守られているのは我等の方だと思うのだが?」
特撮オタクが「グリーン、亜人だったの!!?」と驚いていたがスルーする。フィリスが若干「しまった!?」と言う顔をしたが、1度頭を振って話しに戻る。
それに対して、当たり前の事を口にするように淡々と答える≪赤≫の精霊。
「その聖域がユグドラシルを守っているのだろう?」
「ん?」
「うん?」
お互いに「何言ってんだ?」「なんで理解しないんだ?」と言う顔をする。
「それはそうだが?」
「だから…その聖域はお前達が維持しているのだろう?」
はい? え? そうだったの? とフィリスを見てみると……無茶苦茶驚いた顔をしていた。そりゃもう、死んだと思っていた母親に会ったくらいの驚きの顔だった。
「……まさか、知らなかったのか?」
フィリスがコクコクと高速で頷く。
「そうか……。まさか、守人達が役目を忘れているとは思わなんだ」
精霊さんの方も、腕を組んで何やら凄く困った顔をしている。
「いや、だが、まあ、忘れているのだとしても維持する事は可能なのだから、良いのか…?」
「聞きたいのだが…本当にあの聖域は亜人が維持しているのか? それらしい事をしていると言う話は聞いた事がないのだが…?」
「いや、何かをする必要はないのだ。お前達守人は、その生命であの聖域を作り出しているのだよ」
命……? 祈り…とかの聞き間違いじゃねえよな?
フィリスの顔が青褪める。ついでに、いつの間にやら目を覚まして話を聞いていた白雪も青褪める。
それ以上踏み込んで訊く余裕が無さそうなので、代わりに俺が引き継ぐ。
「それって、あの聖域が勝手に亜人達の命を吸い上げてるって事でOK?」
「うむ」
マジかよ…。
それと、一応訊いておこう。
「止める方法は?」
「無い。と言うよりその必要がない。何故なら、守人は元よりあの聖域を維持する為に生み出された存在だからだ」
「生み出された……? 神様に?」
「神様、か……人の言葉で言えばそうなる。……故に、守人は数多く存在している事に意味がある。守人の数が多ければ多い程、聖域の強度が増すからな」
亜人は、ユグドラシルを守るために生み出された……か。
まあ、俺としては「そうなのか…」くらいの感想だ。だって、亜人がなんの為に生み出されたのだとしても、俺にとっては良くしてくれる友人達だ。だから、それは関係無い。
……つっても、それは俺が外側の人間だからだ。本人達は、どうだろう……?
フィリスが俯いたまま震えている。ローブの隙間から見える顔色が明らかに悪い。
まあ、そりゃあ自分達の命を勝手に吸われてると思ったら、恐くて堪らんよな…。亜人が人間に比べて寿命が長いつっても………あれ? もしかして、亜人の寿命がやたら長いのって、命を吸われる事を前提にして生み出されたからか?
にしても、そんな役目を勝手に押し付けた神様は腹立つな…! 出会ったら是非ぶん殴りたい。俺への偶然と言う名の嫌がらせの分も合わせてぶん殴りたい。
「フィリス、大丈夫か? 白雪も」
「……はい」「…ですの」
全然大丈夫じゃなさそうだった。
右手を伸ばしてフィリスの頬に触れる。別に意味があってやった訳じゃない。強いて言えば、こうすれば少しは安心するかと思ったからだ。
知らない相手や嫌いな相手でもない限りは、物理的に触れ合う行為と言うのは気持ちを落ち着かせる…とテレビか何かで聞いた事がある。
「あ…アーク様…!?」
フィリスの顔が朱に染まる。グッと上がった体温が手の平に伝わってくる。
「辛いのも痛いのも、悲しいのも苦しいのも、全部我慢する必要ねえよ。俺達は仲間なんだから、そう言うのは口にして皆で分ければいい」
「ありがとう…ございます」
俺の手の上からそっと自分の手を重ねて、縋るように握って来る。
「父様、私には言ってくれませんの?」
「白雪はそう言うの全部体の光で判るし。っつか、心の中で感情だだ漏れだし」
白雪は言わなくても伝わってくるから、気を使って構うべきか、放って置くべきか判断出来るし、そうじゃなくてもそう言う時は自分から甘えてくるからそれ程心配してない。
対してフィリスの奴は、俺に遠慮してるのか口に出す事も構って欲しいオーラを出す事もないから判らん。変に内側に溜め込まれるのも心配だし、その都度吐き出してくれた方が仲間として嬉しいし安心だ。
「亜人の命を吸われてるってのが本当だとしても、今のところどうしようもねえ……ゴメンな」
「い、いえ! アーク様のせいではありませんから! 私も白雪も大丈夫です。少々突然聞かされた事に驚いただけですので。それにユグドラシルを守る為に我等の命が消費されていると言うのなら、それは名誉な事です!」
……と口では言ってるけど、若干無理してるのが丸判りだ。とは言え、自分の事もままならない今の状態では、こんな大きな問題俺には抱えられない。とにもかくにも、ロイド君を取り戻す事が先決だな。
色んな事情を知らないJ.R.が、今の会話でボンヤリと何かを察して、自分なりの答えを出した。
「つまり、その聖域とやらを破壊すれば良いんだな!!!」
「違う」「止めろ!!」「馬鹿者め!!」「ですの!!」「不用意な発言は止めろ、と忠告します」
総ツッコミだった。
J.R.が何故自分の意見が不評だったのか理解出来ずに首を傾げているのを横目に、フィリスがこの場に居る皆に頼む。
「今の話……ユグドラシルの聖域の話は、一先ずこの場だけの話にしておいて欲しい」
まあ、他の亜人達に聞かせるにはちょっとショッキング過ぎる内容だからな…。亜人のフィリスがそう言うのなら、俺としては喋るつもりはない。パンドラと白雪も口止めされた事を喋るような奴じゃないから問題ない。J.R.は………かなり心配だが、そもそも亜人との関わりが薄そうだし問題無いだろう。