11-15 精霊界へ
燃え盛る炎によって形作られた≪赤≫の大精霊に連れられて、やって来ました精霊界。
毎度のパッと移動だったのだが……転移ではない。いきなり空間がバリンっと割れて、次元の壁を飛び越えた。あっと言う間の出来事だったが、頭蓋骨にヒビが入ったと錯覚する程頭が痛い…。
多分、この移動法は本来人間がやってはいけない奴だ。肉体や精神が特殊な精霊だからこそ平気でやれるが、脆弱な人間の肉体には下手すりゃ死にかねない程の負担がかかる。実際俺以外も頭を押さえて居るし、白雪に至ってはあまりの痛みに目を回して気を失ってしまった。………まあ、ただ1人J.R.だけが「くッ…この痛み、世界が俺に正義を成せと囁いている!!」とテンションを上げていたが、規格外の言葉はスルーするに限る。
そして精霊界だ……。
精霊なんてフワッとした幽霊みたいな方達の住まう世界だっつうから、どんなおどろおどろしい場所かと戦々恐々していたんだが……。
実際に足を踏み入れた感想は―――以外とまとも、だ。
まあ、あくまで“以外と”だが…。
夜空のような真っ暗な空間に精霊の世界が浮いている。
この世界はアレだな? 中世の地球が丸い事を知らない学者が書いた世界をそのまま形にした様な感じだ。
お盆のような平たい大地の上に、森や海、山や砂漠、色んな地形が乗っかっている。どうやって重力やらのバランスをとっているのかが謎過ぎて、地に立っても落ち付かない。心無しか足元がフワフワしている気がする……(完全に気のせいだ)。
そもそもお盆がさほど大きくない。多分全長20kmも無い。
小さな島のような大きさの上に、様々な物が乗っかって居るので、右を向いたら森が広がり、左を向いたら砂漠が広がる……。
そんな世界の中心には、大きなお城―――。
「あの城が、王の住まう場所だ」
ですよね。
もう、見るからに偉そうな奴が居そうな雰囲気プンプンですもの。
「付け加えるなら、他の四大精霊もあの城の中に居る」
さて、目的の精霊王までもう一歩かな?
「んじゃ、さっさと向かうべ」
「待て。城に行く前に話しておく事がある」
歩き出そうとした俺達を、大きな炎の手が制する。
普段は自分が炎を使う側だから気にしないけど、コイツの炎は妙に威圧感があるな…。
「もう理解して居ると思うが、精霊にとって魔神は絶対的な敵だ」
「まあ、いきなり殺意満点の攻撃するくらいだしな? でも、なんでそこまで敵対心持ってんだ?」
魔神が危険な存在だから、ってんなら……まあ、そりゃそうでしょうけど。
「…………」
え? なんで黙るの?
答えに迷う数秒の間が、何故か重苦しく感じる。心なしか、吐く言葉を選んでいる≪赤≫の精霊の炎が、心の迷いを映すように揺らいでいるような気がする。
「異物故…だろうか」
「異物?」
「うむ……。魔神も、世界に満ちる毒も、人の手にした禍々しい武具も、全てあの世界には本来ならば存在してなかった物だ」
本来なら世界に存在してなかった?
え? どゆ事?
俺が言われた事の意味が判らず首を傾げていると、それを引き継ぐようにパンドラが問い返す。
「それは、どう言う意味でしょうか?」
「他意はない、そのままの意味だ。ある筈の無い物が、世界に突然生まれてしまった…そう言う意味だ」
やはり意味が判らなかった。
だが、それ以上の事を聞くのは精霊の重い雰囲気が許さない。さっきは威圧感を感じた炎が、妙に小さく見える。
パンドラも「空気を読む」と言う事を覚えたのか、それ以上を訊こうとはしない。
だが、空気を読めない男が1人……。
「さっきの精霊達も言っていたが、お前達にとっての毒とはなんだ! 正義の使者として、そんな毒があるのなら、人に被害が出る前になんとかせねば!!」
両腕を組んで、やたら格好良い斜め立ちをする。何そのヒーローポーズ…。
っつか、マジで空気読め特撮オタク…。折角精霊界に連れて来て貰ったのに、叩き返されたらどーすんのよ。
……とは言え、俺もその話にはちょっと興味がある。
さっきの水晶霊との戦いで、「もしかしたら…」程度に思った事だったが、その答えが聞けるのなら聞きたい。
「毒は私達精霊にとっての毒だ。お前達人間は、毒を己の力へと変じるように体が変質……いや、進化しているので問題は無い筈だ」
「そうなのか? であるなら問題ないな!!」
うんうんっと大きく頷く特撮オタク。だが、パンドラとフィリスは逆に難しい顔になった。
多分、2人共気付いたんだ。毒の正体に。
「訊くが、その毒と言うのは―――魔素ではないのか?」
フィリスが問うとパンドラが同意するように頷く。
やっぱりそうなるよねぇ……。水晶霊が魔素の剣に触れるのを嫌がってた時にチラッと思ったけど、大正解じゃね?
「その通りだ」
魔素が精霊にとっての毒……それは良い。問題なのは、さっきの≪赤≫の精霊の言葉だ…。
さっき、この世界に本来なら存在する筈ではなかった物を羅列した時に、魔神と一緒に毒を並べていた……って事は…。
「なあ? もしかして、魔神と魔素って何か関係ある?」
今更ながら、その2つを結ぶ線に気付く。
魔神の継承者には、魔素に直接干渉する力が与えられる。俺の【魔炎】しかり、水野の氷や水しかり、ルナの地形操作も地中の魔素への干渉だと思う。多分だが、カグがやってた風も魔素への干渉で起こしているスキルだ。
普通の人間にはまず目覚める事のない魔素に直接干渉する強力過ぎるスキル。だが、魔神の継承者はそれを当然のように持っている。
エグゼルドのような“そう言う能力”に特化した規格外を除けば、魔素をどうこう出来る力って下手すりゃ魔神にしかないんじゃないかな?
「……うむ。だが、それを語る事は出来ん。王の許し無くして、魔神の“始まり”を語る事は許されないのだ」
魔神の始まり……? って事は、精霊は魔神がどうして生まれたのか知ってるのか!? 今まで色んな情報に触れて来たが、魔神の出自についてはイマイチ不明瞭だった。その答えが、ここにあるのか!?
でも、その情報は精霊王によって止められている。それはつまり、精霊にはその辺りの情報を止めておかなければならない事情があるって事だよな?
…………いや、その詮索は後で、だな。少なくても、上が止めている情報をペラペラと喋ってくれる事はないだろうし、だったら精霊王に会った時に直接訊けば良い。まあ、それで素直に話してくれるかどうかは別問題だが……。
「話しが逸れたな、戻すぞ。精霊は魔神の存在を敵視している………いや、忌避していると言って良い。故に、この世界に居る全ての精霊はお前達の敵だと思え。死にたくないのならば妙な真似はするなよ」
言葉も表情も笑っていなかった。完全に本気のそれだ。
どうやら、冗談抜きに精霊達は俺達を殺す機会を今か今かと待ち侘びているらしい。現在は≪赤≫の精霊が一緒に居て目を光らせているから身と気配を隠しているが、そこら中から見えない悪意と殺意が漂っているのが雰囲気で判る。それが俺に向いている事に気付いたパンドラとフィリスが、さり気無く俺を護るために近くに寄って来る。
J.R.はいつも通りに正義バカをしている―――かと思ったら、鋭い視線で周囲を窺っていた。熱血正義バカな特撮オタクの顔ではない……若くして格闘戦術を極めた超一流の戦士の顔。さっきの戦闘で水晶霊を圧倒していた時にも余裕があったが、今の表情はそれすら無い。
水晶霊の戦闘力が精霊の中でどの程度のランクなのかは不明だが、魔素による弱体化を食らってもクイーン級の魔物くらいには強かった。この精霊界にはきっとアレより上の強い精霊が居るだろうし、魔素が無いので完全に相手の土俵。いくらJ.R.が強いと言っても、正直周りに居る全部を相手にするのは無理―――と言う事だろう。
目を付けられないように大人しく―――って、俺とカグに関しては最初っからロックオンされてるから無理か…。
「それと、四大精霊に会わせるところまではしてやるが、それ以上は自分達でどうにかしろ」
流石に案内人をして貰った上に交渉までさせるつもりはなかったので素直に頷く。
「……これは余計な事かもしれんが、四大精霊は他の精霊に比べても魔神への憎悪が大きい。会う時にはそれなりの覚悟をしておけ」
「え? でもアンタは友好的じゃん?」
「まあ、そうだな…。言われてみれば≪青≫もどちらかと言えば人寄りではあるし、さほど問題でもないかもしれん、忘れてくれ」
≪青≫が人寄り……? ≪青≫と言えば、憎悪と殺意の塊みたいな印象なのは、どっかの阿呆のせいだな。間違いない、うん。