11-12 正義の味方
腰に届く赤いマフラーを冷たい風にはためかせ、正義の味方が俺と水晶霊の間に仁王立ちして俺を守る盾になる。
「無事かレッド? このジャスティスリボルバーが来たからには、もう安心だ!! 安心して死ぬと良い!!」
安心して死ぬってなんだ……。死ぬ前に助けようぜヒーロー…。
「……っつか、どこ行ってたの?」
「迷子になってた!!」
なんてダメ人間な正義の味方だ。
「後ろにレッド達が付いて来てると思って振り返ったら誰も居なくて、ちょっとだけ心細かった!!」
勝手に1人で先に行ってしまったくせに、何を言ってんだ……。
「帰り道が判らなくてウロウロしていたら、戦闘音が聞こえたから助かったぞ!!」
アンタが助かっても、コッチは死にかけてますけどね。
俺の心の中でのツッコミはさて置き、J.R.に殴られた水晶霊が警戒しながら口を開く(口無いけど…)。
「人間……その右腕は…!? そうか……貴様が先日、鉄を倒したと言う人間か」
「クロガネたら言うのが誰かは知らん!! だが、ここで戦った鉄っぽい奴の事を言っているんだったらそうだ!! 俺が、そのジャスティスリボルバーだ!!」
一々名乗りに格好良いポーズを付けるJ.R.を水晶霊が鼻で笑う。
「フンっ、そのような禍々しい右腕を持ちながら正義を名乗るとは、まったく笑わせる」
さっきから右腕って言ってるけどなんだ? J.R.の右腕に何かあんのか? 見たところ、普通の人間の腕にしか見えないけど……。
「お前こそ笑わせるな!! 俺の右腕は、師匠がくれた正義の力だ!」
言葉の端から怒りが漏れている。
熱血正義馬鹿のJ.R.ではなく、アスラと言う1人の青年としての怒り。
「ならば―――その忌まわしい右腕ごと、貴様の正義を砕いてやろう」
「良いねぇ! 悪役に相応しいセリフを吐いてくれると、正義の拳の振り甲斐がある!!」
言いながら、ユックリと息を吐きながら自然な動作で半身になる。
足を肩幅より少しだけ広く開けて、腰を落として重心を下げる。
左手を緩く握って相手に差し出すように視線の高さで構え、右拳を腰に添える様に握る。
何度も何度も…何年も何年も…、長い時間と数え切れない程の反復行動によって体に染みついた体術の構え。
口を開けば正義正義とクソ五月蠅いJ.R.だが、その構えは―――まるで、波一つ無い湖面のように静かで落ち着いている。
「むぅんッ!!」
水晶霊が距離を詰める。その右腕は怪しい程透き通る刃。左手はクリスタルの棍棒。
両腕のリーチにJ.R.を捉えるや否や振るわれる左手の棍棒―――それを避けても、受けても、今度は右腕の刃の餌食になる。……さっきの俺と同じ展開
――― には、ならなかった
横薙ぎに振るわれた棍棒を、ゆったりとした余裕のある動作で、左手で下から押し上げる。
特別な事はしていない。
特別に速いわけでもない。
特別なスキルを使っているわけじゃない。
ただ、最小限の動きと、最低限の速度で、相手の攻撃の重心の端っこをトンっと下から押してやるだけの―――化物染みた見切りと体術。
棍棒がJ.R.の頭の上を盛大に空振って、即座に連続攻撃に繋ごうとしたが……。
――― ゴガンッと雷が落ちたような破砕音。
「ごぅあっっ!!!?」
水晶霊の体が大きく仰け反り、雪のように水晶の破片が辺りに飛び散る。
傷一つ無く、曇りない美しい水晶の体に刻まれた―――2つの拳の痕。
握った指の形が判る程くっきりと残った傷跡。
え? 今殴った? しかも傷2つって事は2回殴った? 正直、右の拳の初動は見えたけど、拳の軌道はまったく追えなかった。
静と動―――。
静かな構え。
受ける時にも攻める時にも一切の無駄がない。動きだけを追ったら地味に見えるのに……敵と相対した時に魅せるその技は、あまりにも美しく、ある種の完成された芸術品のようにすら思える。
「水晶の!」
「くっ、ぬかった……。これ程とは」
体に拳のスタンプを2つ叩き込まれた水晶霊だったが、まだ戦意は衰えていないようで立ち上がるや否や両肩のクリスタルを光らせる。
レーザーもどき!?
「避けろ!!」
と叫んでみたけど、あの攻撃をどう避けるんだよ!?
水蒸気の幕はもう剥がれてしまった。光の減衰は出来ない―――。
――― 光が走る
J.R.が首を少しだけ右に動かす。
左足を5cmだけずらす。
肩を少し傾ける。
変なダンスでも踊っているような奇妙な動き。だが、ダメージは1つも受けていない。
特別早く動くわけでもなく、最小限の動きだけで、あの光の攻撃を見切って避けている―――!? 人間技じゃねえよ!? マジで化物かよコイツ!?
「なるほど。周りの氷の枝でこのピカピカを反射させてるのか!」
言うや否や、軽いステップで近くの氷柱の木に近付き―――
「オラァ!!!」
殴り折った。
「ぇええええ!? それ折っても良かったのッ!?」
気を使って傷付けないように戦った俺の意味は!?
「え? ダメだけど?」
「じゃあ何で折ったし!!?」
「邪魔だから!」
答えシンプル!?
俺だって戦ってる時は邪魔に感じてたけど、すっごい頑張って折るの我慢してたんですけど!? 何でこの人こんなに躊躇なくやってんの!?
「大丈ーーー夫ッ!!! 全部コイツ等のせいにすれば良いんだ!!!」
「……おい…正義の味方」
それで良いのかお前…。
「俺は正義の味方だが、ダークヒーローも好きだ!!」
「それダークヒーロー的行動じゃねえよ。ただの姑息な奴だよ」
俺のツッコミを無視して次の氷柱を圧し折る。
「へいへいへーい! さっきのピカピカした攻撃はもうやらないのか!」
なんて判りやすい挑発をするんだ……下手クソか!?
「避けれる物なら避けてみるが良い!!」
でも乗って来るのかよ!? 避けれる物ならって、さっきから避けてますやんその人!?
全身の水晶が光を放つ。大小様々な光が辺りに迸り、氷柱に反射されて、色んな方向や角度からJ.R.に襲いかかる。
逃げ道はない。
「正義執行!」
無駄に叫びながら握っていた右手を、上に振り上げながら開く。
手の平からキラキラとした何かが飛び散る。氷の粒―――さっき殴り折った氷柱の欠片。空中に舞った氷の粒が、チカチカと光る。
水晶霊のレーザーもどきを勝手に変な方向に反射する。
さっき折ったのは、これの布石だったの!? 以外と頭使って戦うタイプ!?
全てのレーザーもどきを氷の欠片で逸らせたわけではないが、3割くらいがあらぬ方向に飛んで行ってくれたお陰で避けるスペースが出来た。それを逃さず、軽いステップで距離を詰める。
軽いステップ……いや、傍目には軽いステップに見えた、だ。
だって、余裕のある踏み出しだったし、そこまで力が入っているようには見えなかったから……。
なのに、踏み出した一歩目が、次の瞬間にはドンっと地面を撒き上げて―――本人は水晶霊の目の前に居た。
「くッ―――!?」
水晶霊が慌てて距離を取り直そうとするが、その行動を始めるより早く拳がヒットして拳型のスタンプがもう1つ増え、クリスタルの破片が飛び散る。
「ぐぉっ!!?」
更に殴る。殴る。殴って殴って殴る。
相手がパンチの威力に負けて吹き飛べば、再び軽いステップで距離を詰め直し、反撃の間を与えずに拳を連打して封殺する。
ストレート。フック。アッパー。
拳のスタンプを全身に刻もうとするように様々な殴り方をする。それに、やっぱり拳の出が無茶苦茶早い―――っつか、早過ぎる。
意識的に目を凝らして居ないと、振り終わりの動作くらいしか確認できない。
「気付いたら殴られている」を現実で実行する奴を初めて見た。
J.R.の間合いに捕まったら、これ空間転移でも使わない限り逃げられなくね?
「喰らえ、正義の鉄拳―――!!」
呑気に観客目線で分析している間に、フィニッシュにかかっていた。
今までの無駄の無いコンパクトな動きではない。大きな踏み込み、全身のバネと筋力を遺憾無く使い、拳を振り被る―――。
「ジャスティスパンチ!!」
ぶっちゃけ、ただのパンチ。
それなのに―――その威力で、空間が歪んで見えるのはどう言う理屈だろうか?
固く甲高い音をたてて、水晶の体が砕ける。
「ごぅあああああああっ!? 人間がァあああああ!!!?」
叫び声だけを残して、キラキラと輝く小さな破片が雨のように降り注いだ。