11-10 エンカウント
「パンドラ、ありがとう。命拾いしたわ」
「いえ。マスターを御守りするのは私の使命です」
回復魔法をかけ終わったフィリスにもお礼を言って、改めて辺りを見回す。
「先程の攻撃はなんだったのでしょうか?」
「さてな。ここの主の手荒い歓迎とかじゃねえか?」
なんにしても、敵は俺を狙っているのは間違いない。
さっきのレーザーみたいな攻撃を放った時、枝に1番近かったのはフィリスだし、複数相手の定石通りにやるなら、最初に狙われるのはカグを背負って自由の利かないパンドラだ。にも関わらず、敵は最初に俺を狙った……しかも明らかに殺すつもりの攻撃で。こっちの思惑や善悪を確認する事も無く、問答無用で殺意の一撃を放ったって事は、明らかに俺にとっては“敵”って事だ。
「父様……恐いですの…」
「白雪、ここでは俺から離れてな。多分、狙われてるのは俺だ」
「どうして父様が…?」
「知らん。思い当たる事が多過ぎる」
恨みなんて売った覚えは1度もないが、相手が勝手に買っていきやがるんだからしょうがない。クイーン級冒険者の地位も、魔神の継承者の立場も、誰かしらとぶつかるから仕方ねえと言えばそれまでだが…。
「マスター、1度この森から離れる事を提案します」
「私もパンドラに賛成です。何者か判りませんが、アーク様を狙う不届き者が居ると言うのなら、それ相応の準備を整えるべきでしょう」
まあ、確かに俺がいつも通りの万全な状態ならともかく、今のロイド君無しのクソ雑魚な状態では気付いたら死んでいた…なんて展開が有り得るからな。さっきだって、パンドラのフォロー無かったらアウトだったし。
っつか、戦力として期待した特撮オタクはマジでどこ行ったん? まあ、あっちも腐ってもクイーン級だし、放置して行っても大丈夫だと思うけど…。
「そうだな、一旦仕切り直し―――」
――― 振り返ると、“何か”が立っていた。
人……のように見える。少なくても、シルエットは……。だが、体がクリスタルだ。
透き通る体に、空の青を反射する姿が妙に美しくて神々しい。
顔面はツルリとしていて顔のパーツらしき物が1つも見当たらないが、この水晶人間が俺を見ているのが判る。
パンドラとフィリスが、水晶人間が俺に敵意を向けているのに気付き間に割って入る。
「何者だ?」「先程のマスターへの攻撃は、貴方ですか?」
水晶人間が鋭い指先でフィリスを指す。そして、次に俺の肩から顔を出していた白雪を。
「な、なんだ?」「……ですの?」
「守人の娘達よ」
喋った!? 口も無いのに。
っつか、守人って何? フィリスと白雪の共通点は―――亜人?
「何故、魔神と共に居る?」
「貴様には関係ない事だ!」「そうですの!」
この水晶人間の狙いは魔神の継承者なのか? って事は、俺だけじゃなくカグへの攻撃も注意だな。
「お前達守人は、魔神の敵対者であった筈だ。理解に苦しむ」
守人ってのが亜人を指しているのだとすると、亜人は魔神の敵対者? いや、まあ、亜人戦争で確かにそう言う感じになっては居るけど……。
「何度も言わせるな、貴様には関係ない!! そもそも、貴様こそいったい何だ!」
「私が判らぬか? ………ふむ、なるほど。この世界に毒が撒かれて以後、あまり干渉せぬようにして来たからか」
……毒? 何言ってんだコイツ? 毒なんて効きそうに無い体してるくせに。
「私はこの世界の安定を守る事を“種を撒く者”より役目とされた精霊が1つ、水晶霊なり」
「「「精霊!?」」」
なんか、イメージと違う……。
もっと、こう、非物理っぽい感じの、火とか水とか雷が形になった感じのが出てくると思ってたんだけど……。
「魔神よ、ここに来たと言う事は、私達精霊を消しに来たのか?」
「違う」
「そうか」
角張った水晶の右腕を大きく振る。
ゾワッとした嫌な予感に引かれてその場を飛び退く。
ヒュンっと空気の壁が切り裂かれる音と共に、俺の立っていた大地が鋭く抉り斬られて居た。
「違うって言ってんじゃん!?」
「関係無い。魔神が精霊の領域に踏み込んだのだ、殺さぬ理由がない」
チッ、完全に殺る気満々じゃねえかよ…! なんでこんなに初対面なのに憎悪全開なのこの人……人じゃない精霊だ!
俺自身やロイド君は関係無い。魔神の継承者だからか! つまり、魔神と精霊ってのは出会ったら殺し合うような関係なのか?
まあ、だからって―――無抵抗に殺されてやる気なんて欠片もねえけどな!
「とりあえす、殴り合いを始める前に聞け。俺は精霊王とやらに用があって来たんだ、会わせて貰う事は可能か?」
「ふざけるなよ魔神! 貴様等を王に会わせるとでも本気で思っているのか!?」
やっぱダメですよねぇ…。そう答えるのは判っていたけど、戦闘開始した後に言ったら、それはそれで更に絶望的だし……。
折角精霊に会えたんだし、出来れば素直にお取り次ぎ願いたいんですけどね。
「そこを曲げてなんとかできませんか?」
「ほざくなっ!!」
チカッと右肩の水晶が不自然な光の反射をする。
さっきの氷柱の枝から放たれたレーザーみたいな攻撃の前兆―――正直、さっきの枝で知って居なければ反応出来なかった。だが、初見殺しの技だろうと知っているのなら2度目からは必殺ではない。
体を振って射線を外す―――
「それで、避けたつもりか?」
「マスター!」
パンドラの声に反応して左を向く。途端に左足に激痛。
氷柱の枝が俺に向けて光を放っていた―――!?
精霊本体が放った光を反射しても攻撃の判定が残ってるのか!? マジでレーザー光線みたいな攻撃だが、多分違う。レーザーは突き詰めれば熱線だ。だけど、俺には【炎熱無効】があるから熱ダメージは無効に出来る。それを貫通されるって事は、もっと別の何か……まあ、正直攻撃の正体はどうでも良い。問題なのは氷柱が鏡のように光の反射角を作り放題のこの森の中じゃ、避けようがないって事だ!
俺に駆け寄ろうとするパンドラを手で制する。
「離れてろ!」
「ですが―――」
「俺よりもカグの事を頼む!」
コイツの狙いが魔神なら、カグだって狙われている。今は俺に怒りが向いているが、いつターゲットが変わるか判らない以上、パンドラは下手に動かせない。
「……畏まりました」
パンドラが答えに迷ったのが判った……けど、渋々でも納得してくれた。
さて、問題はコッチだ。フィリスが居るとは言え、現在の俺の能力で攻略できる相手か? 正直かなり微妙。
とにかくあの縦横無尽に撃ってくるレーザーもどきをどうにかしないと始まらない。1番手っ取り早い対処法は、フィリスのユグドラシルの枝でここら一帯の氷柱を消し飛ばして貰う事だ。けど、これは最後の手段だな。
この氷柱の森はこの国の人にとっても、精霊にとっても大事な場所らしいし、戦いの後の展開を考えるとあまり破壊したくない。……まあ、ラーナエイトの一件が無かったら、そんな物構わずにやってたかもしれんけど……今の俺にとっては大規模破壊行為は御法度だ。しかし、そう考えると広範囲攻撃を得意とするフィリスも戦力としては心許ない。
「アーク様、彼奴の相手は私が!」
フィリスが前に出ようとすると―――
「ダメよ」
美しい鳥の鳴き声のような女の声と共に、辺りに積もっていた雪がフィリスと俺を隔てるように壁になる。
「なっ!?」「なんだと!?」
「ユグドラシルの守人、魔神をこの世界から消す折角の機会なのだから、邪魔をしてはダメよ?」
雪の壁の上に、雪と同じ真っ白な肌の女が立っていた。だが、明らかに人間ではないのが判る。精巧に作られた雪の彫像が動いているようにしか見えない……と言うか、多分そうだ。
「雪の、感謝するぞ」
「ええ、水晶の。ここが魔神を消す好機、逃す理由はないわ」
あの雪の彫像も精霊っぽい感じか……?
ああ、クソ、マジですか? 精霊1人でも勝てるかどうか怪しかったのに、2人出てくるとかどんな苛めだよ…。