11-9 樹氷の森
防寒対策をして、更に陽が昇ってもまだまだ寒く、仕方なくフィリスに頼んで耐寒魔法を唱えて貰い、それでようやくいつも通りに動けるようになった。……で、早速J.R.(ジャスティスリボルバー)に頼んでターゼンさんの地図に示されて居た場所に案内して貰う。何カ所か丸が付けられているが、とりあえずベールから近い所から潰して行こう。
道端に積もった雪の残る街道を歩く事1時間ほどで、目的地に到着。
樹氷の森―――。
地面から突き出された氷柱のような木が何百何千と並ぶ荘厳な森。アッチの世界でも雪国……っつか、寒い地方になんて旅行でも行った事ねえから、こう言う寒冷地方の光景を直に見るのは初めてだ。
「ここが?」
「ああ! ここが地図に丸の付いていた“氷精霊の住まう森”だ!!」
また随分判りやすい名前の森だこと。
まあ、でも確かに、これだけ綺麗な場所だったら精霊が出て来ても驚かねえな?
「樹氷なんて初めて見たよ俺」
「私もです」「ですわ」
パンドラと白雪が物珍しげに眺めている横で、フィリスがあまりの美しい光景に言葉も無く白い息を吐きながら見入っている。
「ちっちっち、あまいぞレッド達! 残念ながらこれは樹氷ではない!」
言うと、俺達が問い返す間もなくおもむろに樹氷に近付き、枝を1本パキンッと折ってその断面を見せる。その断面には、木の芯がなく完全に氷だった。
「樹氷は木に氷の粒が付いて凍った奴だろ? ここにあるのは全部氷の塊だ! 長い年月をかけて、雪が降って、太陽や雨で融けてはまた凍り、繰り返すうちに歪な氷の塊になったのがここにある物ってわけだ!!」
「へぇ~…」
ここの気候や地形で生まれた特有の自然現象って事かな?
「樹氷を見たいのなら、もう少し大陸の南に行かないとダメだ! ん? どうしたレッド、そんな不思議そうな目で?」
「いや……J.R.がまともな説明をしてるから…」
話の通じない熱血脳筋馬鹿かと思ってたから、こんなちゃんとした説明をされてビックリしてしまった。
「褒めるなよ、照れるだろ?」
むしろどっちかと言えば貶したような気がするけど……まあ、本人が気にしてねえなら良いや。
「まあ、それはともかく。名前の通りにここに精霊が居んのかな?」
「居る!! 何故なら、俺が精霊に会ったのもここだったからな!!」
「……え? そうなの…?」
って事は、ここに居た精霊はコイツに殴り飛ばされてどこかに立ち去ってるって事? ……ここを探すの、もしかして無駄じゃね…? まあ、一応探してみますけども。
森の中に足を踏み入れる。
信仰の対象である精霊の住まう森って事で、普段は誰も近付かないらしく、地面の雪が半端に融けて固まってる……超、滑るんですけど…。
前を歩くJ.R.はスタスタと平気そうにしている一方、俺達は3歩進むごとに転びかけている。パンドラは背中にカグを背負っている事もあってかなり厳しそうだが、それでもなんとか転ばずに堪えている。フィリスは……地面が滑ると言う状況が初めてらしく、面白いようにツルっと滑って尻もちをついている。
「フィリス、大丈夫か?」
右手を差し出すと、顔を赤らめながら手を取る。
「あ、ありがとうございます。少々腰が痛いですが大丈夫です」
尻を強打して腰が痛いってのは……大丈夫なんだろうか?
「気を付けろよ……つっても、慣れてないと気を付けようもねえのか…?」
「はい、情けない話ですが地面がこのように滑るのは初めてで…」
不甲斐無さを嘆く様に俯き、恥ずかしさも感じているのかローブの隙間に見える耳が赤い。
このまま歩かせるのは危ないかな…? パンドラはまだ転んでないけど、カグを背負ってる分危なさはフィリスより上だし。
あー、くそ考えが甘かったな? スパイクブーツか何か、滑らない対策を探して用意しておくべきだった…。
「お困りの様だなレッド! では、正義の化身である俺が良い案を出してやろう!!」
寒風に赤いマフラーをはためかせながら、不敵に笑う。
「【浮遊魔法】を使えるなら、足元を浮かせれば良いのさ!!」
「なるほど、頭良いな!?」
「俺が考えた訳じゃないけどな!! そこそこの魔法を使える人間は、この国だと大抵そうしているって話さ! はっはっはっ!!!」
言われた通りに、早速フィリスが魔法をかけて俺達の体を浮かせてくれた。確かに、これなら滑らないな。足元10cm程度を浮かすだけなら魔力の消費も厳しくないだろうし。
足を動かすと、ちゃんと移動する事が出来た。ただ、歩いていると言うよりはフワフワした足元を泳いでいるような感触だが…。
フィリスには悪いがスキルの【浮遊】で浮いてる方が快適だな…。
「よし、準備は整った! さあ、悪の精霊を倒しに行くぞ!!!」
目的変わってますけど? いつの間に精霊が悪になったの? ……って、ツッコミ入れる前に走り出してるし!? あっと言う間に豆粒だし!? 足早!? 足場悪いのに動き早っ!?
「急いで追いかけようか?」
「はい」「気は進みませんが…」
俺もだよ。
全力でフィリスの意見に賛成しつつフワフワ歩いてJ.R.の背中を追う。その途中、フードの中で毛皮のマフラーに包まって居た白雪が震えているのに気付く。
「白雪、寒いなら服の中入るか?」
「違うんですの……」
フードから顔だけを出すと、顔色が明らかに悪いのが分かった。それに、伝わってくる感情に怯えや恐怖が混じっている。
「どうかしたのか?」
「ここ……なんだか恐いですの…」
「恐い?」
俺は特に何も感じないけど。まあ、【魔素感知】を失ってて、他の能力も駄々下がってる俺の感覚が鈍すぎるってだけかもしれないが。
「あの…アーク様? 白雪が怯えている事と関係あるのかは分からないのですが、私からも1つ宜しいでしょうか?」
「おお、構わねえけど。何?」
「ここに足を踏み入れてから、ユグドラシルの枝が何かに反応しているような気がするのです」
ユグドラシルは、あの都庁みたいな大きさの樹だ。亜人達曰く、「世界を安定させる存在」だそうだが、そんな大層な樹の枝が何に反応するんだ? 考えても判らないので素直に訊く事にする。
「何か、とは?」
「すみません、私にもそこまでは……。ですが、ユグドラシルが何かしらの反応を見せる程の存在があるとすれば、それは魔神のような強大な力を持つ何かだと思います」
こんな場所で、そんな物が居るとすれば―――…
「精霊か」
「……そこまでは何とも言えませんが」
っつか、話してる間に特撮オタクの背中すら見えなくなってんだけど……どこまで行ったんだ?
………何故か、冷たい汗が滑り落ちた。
キョロキョロと辺りを見回すが、何も居ない。けど―――なんだ? 何も居ないのに、何かが居る気がする。
感知能力には何も引っ掛かって居ないが、何かが俺達―――じゃねえな…俺に向かって敵意を向けている気がする。
「マスター?」「アーク様?」「父様?」
「なあ? 何か居ないか?」
小声で尋ねると、先程の俺の様にキョロキョロと辺りを見回す。
「何も居な―――」
パンドラの言葉を遮るように、樹氷…いや、氷柱の枝が不自然な光の反射をして……
――― ヤバいッ!?
頭が警告を発した時には体が勝手に動いて、光を向けて来る枝に向かって【魔炎】を放っていた。
その炎を突き破って、レーザーのような白い光が俺の肩を貫く―――
「うぁッ!!?」
咄嗟に反応したパンドラに引っ張られたお陰で左肩を浅く抜かれた程度で済んだ…けど、くっそ痛ぇ…! 今の、パンドラが引いてくれなかったら顔面のど真ん中をぶち抜かれてたぞ!?
氷柱の枝がチカッと光る。が、2撃目が放たれる前にフィリスが超速の詠唱で切断の魔法を放って、枝を切り飛ばす。
「マスター!」「アーク様!?」「父様! 父様大丈夫ですの!?」
フィリスがすぐさま回復魔法をかけてくれるが痛みが引かない…。
傷は巻き戻し再生のように治ってくれるが、焼けるような痛みが左肩に張り付いたまま剥がれてくれない。そう言えば、俺って怪我はしょっちゅうするけど、意識ある時に魔法で治癒して貰った事ってほとんどねえや。
にしても、なんだ今の攻撃…!?