11-6 アヴァロア
東の大陸へは、ギルドの方で転移出来る人を探して貰って【長距離転移魔法】で一瞬で渡った。ギルドの依頼とは関係ないところでの転移を頼んだので、勿論料金が発生。
うーん……コッチの世界に来て最初の頃はちゃんと徒歩で旅してたけど、クイーン級になってからは転移でパッと移動してばっかで感覚がおかしくなりそう…。それに、ちょっとだけ船旅もしてみたかったんだけどな? まあ、今は状況が状況だし、悠長にそんな事してらんねえけど。
目の前にはアヴァロアの首都。「長居すると捕まるので」と転移係の冒険者は早々に料金を受け取って自国に立ち去って残されたのは俺達だけ。
にしても―――…
「寒……」
なんだここ、無茶苦茶寒いぞ!?
時刻的には夜明け前……カスラナを出たのが昼頃だから時差は約7時間ってところかな? 陽が出る前だから寒いのは理解出来るけど、それにしたって寒い。フードの中に居る白雪がガタガタ震えているのが背中に伝わってくる。
「ここってもしかして北半球?」
「はい。異世界で言えばロシアと似た気候と推測されます」
簡単にローブを着せたカグを背負ったパンドラが、白い息を吐きながら言う。
カグは最初俺が背負って行こうとしたのだが、途端にパンドラとフィリスが「「私が背負います」」と言って来たので任せてしまった。現在左手に力が入らない俺としては、有り難い提案だったが……コイツ等の俺をカグに近付けないようにする時の圧力は半端じゃねえな……。
「うわ……マジかよ…? マイナス何十度とかになんのか、もしかして?」
「恐らくは」
とすると、今の「寒い」で済んでる気温も、この国にしてみればかなり暖かいんじゃねえのか? 何にしても、こんな軽装でこの寒さは辛いな。コッチは寝たままのカグや、小さい白雪が居るし。
「パンドラ、フィリス、もうちょっと俺に寄っとけ」
「はい」「はい!」
2人が引っ付く勢いで近くに来る。
右手に【魔炎】で炎を生み出す――――くっそ、火を点けるだけの作業なのに安定しねえ…。スキル失っただけじゃなくて、残った手持ちのスキルの制御も覚束なくなってんじゃねえか…!
「暖かいです」「父様、ありがとうございます」
軽く暖をとるだけでも一苦労だな。
【レッドエレメント】が有れば、もっと楽に周囲を温められるんだが…。
「マスター、炎が安定しないのですか?」
フィリスと白雪は誤魔化せたっぽいけど、パンドラには速攻でバレたか。
「まあ…ちょっとな?」
「父様が…ですか?」
「≪赤≫の御方が、炎の制御を………」
炎で暖をとって居た2人が揃って泣きそうになる。
「いや、別にこの先永遠に戻らないって訳じゃねえと思うし、泣く程の事じゃねえよ?」
「ですが!」「ですけど!」
「マスターの炎は、力の象徴とも言うべき物でしたので、それが無くなる事は精神的な主柱を失うに等しいと判断します」
「うーん…まあ、そうなのか」
これ以上事有る毎に精神的にダメージを受けられたら堪らんし、俺自身もさっさとロイド君と≪赤≫の力を取り戻さないと落ち付かない。さっさと精霊を探しに行きたい―――けども、その前にコッチの国のギルドには顔出しておかないとな? クイーン級が国を渡る時に審査受けなくて良いつっても、一応報告義務はあるからねえ。
アヴァロアの首都ベール。第一印象は、ゴチャッとした町。歩いてみた感想も、ゴチャッとした町。
なんつうか、「区画整理? 何それ美味しいの?」くらいの勢いで建物が好き勝手にゴチャゴチャ建っていて歩き辛いのなんの…。角を3つも曲がれば方向を見失って迷子になりそうになる。昭和に流行った巨大迷路とかって、こんな感じだったんじゃねえかなぁ…。
町の住人も寒さに慣れているっぽいけど、それでもあまり外には出たがらないらしく人とすれ違う事がほとんどない。時々もこもこした服装の人に擦れ違うが、皆早足で、道を尋ねると早口でババッと説明して去って行ってしまう。寒い地方が早口なのはコッチも北海道も変わらねえな。
同じ場所を何度かグルグルしたり、行き止まりに捕まったり………本当に迷路の中を歩いてる気分だな? これが首都って大丈夫かよこの国…?
それでも何とかギルドに辿り着く。
多少大きな大きな通りに面した場所にあった……っつか、俺等が入って来たのが南門。対してギルドがあったのが北門の目と鼻の先だった。……真反対じゃん? 北門から入ってれば、20分近くうろうろと迷子する事もなかったじゃん?
にしても、本当に寒い……報告終わらせたら、ちゃんとした防寒着揃えに行かねえとそろそろ洒落にならねえな。………とか考えながらギルドに入ろうとしたら、扉の横に変な男が寄りかかって立っていた。
年齢はガゼルと同じくらいだが、どこか顔つきには幼さが残り悪戯っ子のような印象を受ける。こんな寒さの中で無意味に立っているくせに、やたら薄着で鼻水を垂らしているのも何やら変人っぽさを感じさせる。
何より、首に巻かれたやたら長い赤いマフラーが風に揺られているのが怪しさ満点だった。
…………絶対に関わり合いになりたくない人だ。
目をつけられないように、横をそっと通り過ぎてギルドの中に入る……あ、建物の中はちゃんと暖かい。広いエントランスの所々に暖房用の魔導器が設置されているお陰か。ありがたやありがたや。
フードの中で小さくなって震えていた白雪も、暖かい室内に入るとピョコンと出て来て定位置のように俺の肩に座る。
「あったけぇ~」「ですわ」
暖房万歳。寒さなんて怖くない、もうこれで無敵なんじゃないの?
いっその事暖房用の魔導器1つ買って行こうかしら?
『父様が力を取り戻したら、必要無くなると思うんですの?』
……はい、そうですね。
エントランスで暖をとって居た待機組の冒険者達の視線を浴びながら受付に向かう。
寒い中を薄着で来て、しかも美女2人と妖精を連れている子供……更に、首に提げているのはクイーン級のシンボル。まあ、これで注目するなって言う方が無理だよな?
「…誰だ?」「おい、あのクラスシンボル…クイーン級!?」「メイド無茶苦茶綺麗なんですけど!」「おい馬鹿待て、隣のローブの女も相当ヤバいぞ!」「え? お、ぉおお!? マジかよ、あんな美女2人も連れてるってどういう事だ!?」「妖精…か? 初めて見たな」「銀髪に赤い異装……まさか、アステリア王国の<全てを焼き尽くす者>か!?」
地味に騒がれながら受付に到着。
受付のお姉さんが、チラッと俺の首のシンボルを確認して緊張の息を飲み込んだのがわかった。
「どうも」
「ようこそベール冒険者ギルドに。今日はどのような御用件でしょうか?」
「アステリア王国冒険者ギルド所属のアークです」
首からクイーン級のシンボルを抜いて渡す。
お姉さんが少しだけ震える手で触れると、認証の魔法が発動して赤く光る。
「はい、確かに。他国のクイーン級の方がどのような御用でしょうか?」
返されたシンボルを、白雪に手伝って貰って首に掛け直す。
「暫くこの国に留まるので、クイーン級の報告義務で来ただけです。後ろの2人は俺の連れです」
クイーン級の連れって事なら、普通の冒険者も入国審査不要になるのは特権だよねぇ。
「了解しました。アステリア王国のギルドへ報告しておきますね?」
「お願いします」
「それで…そのお聞きしたい事があるのですが…?」
「はい?」
「……もしかして、この国で何か大きな事が起きるのですか?」
なんだ突然? 何か起きるって……別にそう言う話は聞いてないけども?
「いや、特にそう言う事はないと思いますけど? どうしてそんな事を?」
「あ、はい。先日も他国のクイーン級の方がいらしたので…。立て続けに絶対強者である方達がこの国を訪れるのは何か起こるからなのでは…と愚考いたしました」
ああ、そう言う事ね。
呼んでも無いのに怪物みたいな強さの奴がちょこちょこ顔出したら、それはそれで不安になるわな。
「ちなみに、そのクイーン級って?」
「グレイス共和国のガゼル様です。ああ、でも、2日ほどで別の国に行かれたようですが」
「ガゼルが?」
アイツ、実家の島に戻ったら、その後は武者修行の旅してくるつってたよな? 島から戻って武者修行の最中に立ち寄ったのかな? まあ、この国をあとにしたってんなら、会う事もねえだろう。どの道、気が済んだらアッチの方から呼ぶだろうし。