11-4 精霊
精霊王。
その肩書から察するに、精霊の1番偉い奴……と言う事は流石に俺でも分かるが、根本的な話として―――…
「精霊って何? 亜人の仲間?」
「えぇ!? クイーン級冒険者なのに、アークさん知らないんですか!?」
「知識量に肩書は関係ないでしょ?」
肩書の偉さと知識量が比例するなら、どんな物でも偉くなれるのはガリ勉だけって事になってしまう。まあ、クイーン級の冒険者が色んな知識や知恵に触れる機会が多いってのは否定しないけど。
「精霊は、まあ、なんか、アレだ…自然に密接に関係した? 実体の無い、なんか良く分からん幽霊みたいな奴って認識なんだが?」
つっても、俺にとっての精霊ってのは、ゲームに出てくるイベントキャラやボスなんだけどね?
だが、そんなゲーム脳な俺の認識は間違って居なかったようで、ターゼンさんは1度大きく頷く。
「概ね間違いではないかと。ただ、付け加えるなら、精霊は大昔―――大戦の時代より更に昔にこの世界を去ったと言われているのです」
「この世界を去った?」
大戦の時代って……亜人戦争だよな? って事は600年前よりもっとって事か…? それに去ったってなんだ? 異世界にでも旅立ったのか? …………まさか、俺等の世界に……って、流石にそれはねえか。
「はい。ですので、その後の時代では、精霊とは伝承や戯曲、吟遊詩人の唄の中だけの存在なのです」
え? 何それ? ダメじゃん…。精神をどうにかしてくれる精霊が大昔に行方不明になってるなら意味無くない? ……と言う俺の呆れが顔に出ていたのか、ターゼンさんがニヤリと笑う。本人もそんな事は承知の上、だから、この話には先があるようだ。
「―――しかし、東の大陸の内陸部には、精霊信仰が強く残っている場所があるようです。数は少ないですが、精霊を目撃した…と言う話もあるとか」
流石情報通を自称しただけはあるな。不確定な昔話だけでなく、その先……行動を起こす為の取っ掛かりになる情報も集めてくれていたなんて、願ったりかなったりで頭が下がります。
「行けば会える…と言う程簡単な話ではないでしょうが、精霊と同じく自然と密接に関わっている妖精の白雪さんを連れているアークさんなら、もしかしたら……」
普通の人間が会いに行くよりは、精霊が姿を見せてくれる可能性は高いって事ね。
白雪の事を抜きにしても、現在はロイド君が居なくなって力を取り出す事が出来なくなったが、≪赤≫はまだこの体の中に居る。この世界の精霊が具体的にどういった存在なのかはまだ判らないけど、信仰の対象になる程度には神様に近い存在だって事だろう。だったら、俺の中の魔神を感じて姿を見せるかもしれない。
「なるほど、行ってみる価値は十分あるって訳ですね?」
「ええ」
精神を肉体から引き剥がせる力が本当に精霊にあるのだとしたら、もう1つ期待してしまう。もし、人……いや生物の精神への干渉力を持っているのなら、もしかしたら精霊ならロイド君を蘇らせる事が出来るかもしれない、と。
………いや、いやいやいや、過度な期待はするな。まだ精霊に会えるかすら分からないんだし、期待し過ぎると透かされた時にダメージがでかい。
「詳細は、こちらに地図と共に纏めて置きましたので、後でご覧下さい」
差し出された3枚の羊皮紙を受け取る。
うち1枚は地図で、丸印がいくつかつけてあった。この丸が精霊の目撃されたって場所か。
次の目的地は―――東の大陸のほぼ全てを治める大国アヴァロア、か。………全然知らない土地だわ、うん。
「ありがとうございます。何も手掛かりない状態で、これだけ情報集めるの大変だったでしょう?」
「いえいえ、クイーン級の魔物から御救い頂いた御恩を考えれば、まだまだ返し足りませんよ。まだ何か、私共に力になれる事があればなんでも仰って下さい」
ターゼンさんが裏表の無い笑顔で言うと、隣でマーサさんも「うんうん」と頷く。
損得無しの、純粋なお礼と感謝の気持ちを向けられると、人助けをする事は無駄じゃないんだと実感出来て嬉しい。
「ありがとうございます。何かあれば、是非頼りにさせて貰いますよ」
「ええ、是非! 商人として、一家の父として、御恩を返せぬままでは恰好がつきませんからね!」
正直、俺としては十分過ぎる程返して貰ったと思っているだけどね? 貰った情報の真偽も、役に立つか経たないかも全部関係無く、ここまで俺達の為に骨を折って情報収集してくれた事が嬉しくて感謝してもしきれない。
* * *
ターゼン夫妻と別れ、ギルドで国外に出る事を伝え、向かった先はプリアネル。俺とパンドラは初めて訪れた国だったが、俺の居ない間にフィリスと白雪は来た事があるらしい。
どこかエスニックな雰囲気を漂わせる街並みを、フィリスに先導されて歩く。
周りからメイドを連れて、肩に妖精を乗せている変人と奇異な目を向けられながら歩く事5分、目的の家に到着。
平屋建てだが、そこそこ大きな家。この国のクイーン級冒険者、泉谷真希の家。
「ここがあの女の家です」
「でっけー家だなぁ…」
この規模の家を元の世界で買うとしたらいくらかかるんだろう…。
どーでも良い事を考えながら、木製のドアをノックする。
「すんませーん」
暫く待って―――…。
ドアが開いて、小柄なメイド姿の女性が出て来た。
「はい。何の御用でしょうか?」
一瞬見慣れない俺の来訪に警戒心を見せるが、俺の首から提げられたクイーン級のシンボルを見て慌てて居住まいを正す。
「真希さんいらっしゃいますか? アークが来たと伝えてくれれば、多分判ると思うので」
「ああ! 貴方がアーク様でしたか。アステリア王国のクイーン級であり、マキ様の恋人の」
「ちょっと待って…」「今の言葉の撤回を求めます」「アーク様に恋人は居ない!!」
3人揃ってツッコミを一斉に返し、出遅れた白雪だけがオロオロしている。
「え…? 違うのですか? マキ様が、『結婚を前提に肉欲に溺れた付き合いをしている』と言っていたのですが……」
マジで何言ってんだあのショタコン!?
妄想は頭の中だけにしといてくれよ…!! っつか、メイド相手に妄想垂れ流すって大人としてどーなのよ…?
「とりあえず、真希さんの言っていた事は冗談ですから忘れて下さい……」
「はぁ…」
若干納得いって無さそうな顔。まあ、主人の言葉を今会ったばかりの俺に「忘れろ」とか言われても反応に困るのは当たり前か…。コッチに言うより、言った本人とっちめて取り消させた方が確実だな?
「で、真希さん居ますか?」
「はい。少々お待ち下さい」
ペコリとお辞儀をしてから家の中に引っ込む。
「ったく、あのショタコンめ。何、勝手な事言ってんだっつーの……」
「始末しますか?」「殺しますか?」「メッてしますわ!」
ロボメイドと大食いエルフが物騒な事を言ってる横で、白雪だけが可愛らしい事を言っている。うちのマスコット兼癒し系だなお前は本当。
『それは、褒められてますの?』
勿論です。
『だったら良いんですの』
ご機嫌に俺の頬っぺた甘えてくる。
再び扉が開いて、さっきのメイドとは違う背の高いスラッとしたモデル体形のメイドが出て来て丁寧にお辞儀をする。
「お待たせしました。マキ様がお会いになるそうです、中にどうぞ」
「どうも」
何か背後に気配を感じて振り向くと、パンドラがいつもより少しだけ険しい顔をしていた。
「……何、その顔?」
「同じメイドとして対抗心を燃やしています」
「…言っちゃなんだが、お前の本職メイドじゃなくて戦闘用サイボーグじゃん……」
「…………」
「おい、何『忘れてました』みたいな顔して視線逸らしてんだ、ちゃんとコッチ見ろ」
「早く泉谷真希に会いに行きましょう」
「…………」