11-3 商人の恩返し
所変わってグラムシェルド。
昨日の今日だから帰って来た感は薄いが、昨日は朝から晩までバタバタしっぱなしだったので、ちょっと気分が落ち着いた。ちなみに、カグは一向に目を覚ます気配がないので、一先ずはカスラナの宿屋に置いて来た。一応「目を覚ましても部屋から出ずに待ってろ 良太」と書置きはして来たけど…。
早速冒険者ギルドに向かう。その道すがら―――。
「アークさん!」
「ん?」
後ろから呼び止められて振り返ると、若干小太りなオッサンが手を振りながら走って来た。
「ターゼンさん?」
「アークさん、良かった。ようやくお会いできました!」
初めてこの町に来る途中で助けた商人一家のターゼンさんだった。風の噂で、小さな店を出してそれなりに繁盛しているとは聞いていたけど、確かに元気そうで何よりだ。
目の前まで来ると、ゼェゼェと肩で息をしながら笑う。……普段運動不足っぽいのに頑張って走るから…。
「お久しぶりです。何かありました?」
息が整うのを待ってから問う。
「ええ、例の件でお話が。もう少し早くお伝えしたかったのですが、何分アークさんはクイーン級の方ですから気楽に連絡を取る事も出来ませんでして…」
「あー…なんかスイマセン」
例の件って言うと、助けた時のお礼に“体から精神を剥がす方法”の情報収集を頼んだ事だよな?
正直、このタイミングでそれかぁ…と言う気分だが、それを表に出すのは失礼極まりないので頑張っていつも通りの対応をする。
「道端で聞く話しじゃなさそうなので、後でお店の方にお伺いしますよ」
「そうですか? では、お待ちしております」
足早に走り去る背中を見送る。
あんなに急いでるって事は、店が繁盛してるって噂は本当らしいな? 旅商の足止めて資金作りに出した店だって話だけど、このままグラムシェルドに居着いても良いんじゃねえかな?
………にしても、ターゼンさんの話って……? 今まで俺達が取っ掛かりになるような情報さえ見つからなかったのに、何か掴んだって事だよな? 商人の情報収集能力すげぇ…。まあ、その情報が当てになるような物だったらだが…。
頭の中で、もやもやと考えながら、再びギルドに向かって歩き出す。
俺が相当難しい顔をしていたからか、パンドラ達も終始俺に話しかける事も無く黙って歩く。
色んな事を考えているうちにあっと言う間にギルドに着く。
ギルドに待機していた冒険者と受付のお姉さんに軽く挨拶をして、ギルマスに取り次いで貰う。「どうぞ」の一言であっさり階段に通される。相変わらずクイーン級の肩書があると簡単に話が進む。昨日はエントランスに置いて行ったパンドラ達も今日は同伴させる。
………いや、だって、皆居た方が強面のギルマスも怒らないかもしれないじゃん?
* * *
結果だけ報告します。
ぶ ん 殴 ら れ ま し た!!
もう、パンドラ達が居るとか関係ねえの…。「昨日の今日でどう言う事だ!?」って、泣きながら殴られました。いや、まあ、国の与るギルドマスターとしての苦労はお察ししますが、暴力に訴えるのはのは良くないよ、うんうん。
その後パンドラとフィリスが全力でギルマスを攻撃しようとしだすし、止めようとしたら間違えてパンドラに引っ叩かれるし………散々過ぎるだろ。素直に1人で行けば良かったと心底後悔してしまった。
まあ、愚痴はともかく……ギルドへの報告義務は果たしたし、渋々ながらギルマスもコッチの事情を酌んでくれた。これで、暫くは大丈夫だろう。
ロイド君を蘇らせる事で、失った≪赤≫の戦闘力も取り戻せるとは思うが……もしかしたらロイド君と≪赤≫の接続が切れて戦闘力は戻らないかもしれない。まあ、その時は…クイーン級返還どころか、冒険者を引退だなぁ。
つっても、それもこれも、全部ロイド君を蘇らせる事が出来たら……だな。
とりあえず、ターゼンさんの店に向かい話を聞こう。
「ちわーっス」
ターゼンさんの店は仮住まいとは思えない程立派……こんな場所を用意してくれる“知り合い”って何者だよ……。
「アークさん、お待ちしてましたよ!」
「あらあらアークさん、お久しぶりです」
ターゼン夫妻に出迎えられて店の奥の居住スペースに移動する。
濃い目の紅茶と、見た事も無いお茶受けを出され(1分もかからずフィリスが食べ尽くした)全員が席に着いたところで改めて挨拶をする。
「アークさんパンドラさんお久しぶりですね。マールもお会いしたいと言っていたのですが、生憎今は配達に出ていて」
「そッスか。帰って来たら、俺達が宜しく言っていたと伝えて下さい」
「ええ、ええ、勿論です」
言いながら、マーサさんがフィリスの食べ尽くしたお茶受けの追加を出してくれた。
「そう言えば、大分遅くなってしまいましたがクイーン級への昇級おめでとうございます」
「ありがとうございます」
とは言っても、今はクイーン級の業務は停止中だけど。
「いやー、流石アークさんですな! 勿論、初めて会った時にクイーン級の魔物をたった1人で倒してしまったのを見て、いずれ世界に名を知られる冒険者になるだろうと確信していましたが」
夫妻が顔を見合わせて笑う。
まあ、商人としてクイーン級の冒険者と個人的な知己を得られたのは笑いが止まらないだろう。
肩で静かにしていた白雪が、ピョコンっと机の上に降りて若干怒った顔で夫妻を睨む。
「もう! 父様とパンドラさんには挨拶するのに、なんでいつまで経っても私の事を無視するんですの!?」
「おや、この小さな方は…?」
「白雪ですの!!」
「なんと!?」「本当に!?」
もう、なんか、アレですよね? 光る球しか知らない人には、この美少女フィギュアの姿は絶対白雪って判らないですよね……。
「これは失礼しました。まさか、あの白雪さんがこんなに可愛らしく成長しているとは思いませんでした。ああ、いえいえ勿論前の姿も可愛らしかったですけどね?」
「まあ、可愛いだなんて! 父様父様、聞きました? 私の事を可愛らしいって」
「はいはい聞いた聞いた。可愛い可愛い」
「なんだか、投げやりで雑ですの…」
「そんな事より―――」
「そんな事!? 父様、今そんな事って言ったですの!?」
白雪にポカポカと威力0のパンチを食らいながら、スルーして話を進めて貰う。
「それで、頼んでた情報…何か手に入ったんですか?」
「ええ。ただ、情報と言うには少々頼りない物なのですが…」
確実な情報が欲しいのは確かだが、どうせ手持ちの情報はゼロなので正直どんな情報でも欲しい。……まあ、今本当に欲しい情報はロイド君の復活法だが…。
「構いません、聞かせて下さい」
「はい。皆さんは東の大陸に伝わる『狼の双子』と言う寝物語を御存じですか?」
パンドラ、フィリス、白雪と順に視線をかわすが、全員答えは「知らない」だ。勿論俺もコッチの世界の寝物語なんて知る訳無い。
「いえ、まったく」
「体の大きな兄と、体の小さな弟の双子の狼の話なのですが、掻い摘んでお話します。体の大きな兄は、同じ生まれなのに体の小さな弟を馬鹿にし、餌を奪って弟が衰弱して死にかけるまでずっといじめ続けていたのです」
寝物語に聞かせるには、随分生々しい弱肉強食だな? 自然淘汰の摂理を子供に教えるってんなら正しいかもしれんが……。
「それを見兼ねたある存在が、兄弟の心を入れ替えてしまうのです」
「心を…入れ替える……!?」
肉体から精神を離して、別の体に入れ直す。まさしく、俺が探していたものだ!
「話の着地としては、大きな体を得た弟は、自分を虐げて来た兄に報復する事なく、餌を分け合い、時には助けて、改心した兄と共に仲良く暮らした…と言う話なのですが、皆様がお気付きのように問題なのは、その双子の心を入れ替えた存在です」
「それは、いったい?」
少しだけ言い渋るような溜めの後、ターゼンさんはハッキリとそれを口にした。
「精霊王です」