11-2 失った力
「それと、もう1つ大事な話し」
「はい」「なんでしょうか?」
「≪赤≫の本当の継承者であるロイド君が居なくなったから、俺の戦闘力がガタ落ちになってる」
フィリスと白雪が声を出さずに「え!?」と言う顔をした。パンドラだけが、無表情に俺を見つめている。
そう、そうなのだ。目が覚めても疲れが取れていないのもコレのせい。
体に付与されたスキルはまだ有効だが、魔神依存のスキルは完全に使えなくなっている。具体的には【赤ノ刻印】【魔人化】【レッドエレメント】【回帰】【魔素感知】【炎熱化】【空間転移】【浮遊】【炎熱特性付与】、それと勿論ロイド君無しでは魔神になる事も出来ない。ついで……と言うとアレだが、ヴァーミリオンの【炎熱吸収】【火炎装衣】【レッドペイン】もへし折られた事で使えなくなっている。
スキル以外でも、≪赤≫の身体能力強化が無くなっているのも大きい。【フィジカルブースト】は失っていないが、このスキルは乗算式のタイプだから、元々の身体能力が決して高いとは言えないロイド君の体だと恩恵が薄い。
「具体的に、どの程度の戦力低下なのでしょうか?」
「前の約10分の1くらい。等級で言えば、ギリギリルーク級に入れるかどうかってレベル」
「理解しました」
俺が弱くなった事を特に落胆する様子もなく、冷静に現状を確認するパンドラの姿に妙な安心感を覚える。
「戦力低下の話でもう1つ」
3人に見えるように左手を目の高さに上げて見せる。
「父様……」「これは…!」
魔神の刻印が色濃く浮かび上がった左手。2度目の魔神化によって、刻印が肘の辺りまで広がってしまっている。
左手の身体機能がゴッソリ持って行かれて上手く力が入らず、握力が10㎏も無いのが自分でも分かる。戦闘どころか、日常生活に支障をきたすレベルだ。
パンドラが手を差し出す。
「握ってみて下さい」
言われた通りに左手で握る。
「力を入れていますか?」
「………ああ。これが全力」
「握力、8.5㎏です」
幼稚園児か俺は…。
パンドラが手を離すと、心配そうに白雪が左手に降りて来る。
………白雪が重い。
左手にかかる何百gの白雪の体重を重く感じる。今まで手に乗っても、肩に乗っても白雪の体重なんて気にした事も無かったのに……。
自分が手の平に乗っているのがしんどいのだと白雪が気付き、慌ててパタパタと飛んで肩に移動する。
うん。やっぱり肩だと全然重さ感じねえな?
「父様、大丈夫ですの?」
「死にはしないけど……まあ、大丈夫ではないな…」
俺が弱音を吐くと、慰める様にヒシっと頬に抱きついて来る。お礼の気持ちを込めて、右手で白雪の体を撫でる。
「アーク様…その御身体で、これからどうなさるのですか?」
どうなさるって……俺の取るべき道は、決まってるよな?
「ロイド君の精神を生き返らせる方法を探す」
「……御言葉ですが、見つかるでしょうか?」
フィリスが不安そうに言うのも分かる。
正直、俺だってそんな方法本当にあるのか首を傾げているくらいだ。でも、それでも、探すしかない。俺にとって、ロイド君にこの体を返すのは、この世界で絶対に果たさなければならない義務だ。途中で投げ出すわけにはいかないし、そんなつもりもない。
「分からん。けど、探すさ」
「そう、ですか……。いえ、そうですね!」
「マスター。ここまで旅での情報収集での成果を踏まえて発言しますが、根本的にアプローチの仕方を変えた方が良いのでは?」
「…と言いますと?」
「はい。ここまでマスターの探されて居た“体から精神を引き剥がす方法”も、これから探そうとしている“精神の蘇生法”についても、人の世界でその方法を探せば必然魔法に行きつく事になると判断します」
まあ…そうだろうな。不思議な現象を起こすとなれば、魔法がスキルの力に頼る事になる。普通の人間がスキルなんて持ってる訳ねーから、魔法でどうにかするって内容になるわな。
「しかし、魔法でどうにかなると言う話であれば、全ての魔法を知ると言うマキ=イズミヤに聞けばそれで済みます。ですので、魔法以外の方法を探す事が良いのでは? と提案します」
「なるほど…」
真希さんが“体から精神を剥がす魔法”は存在していないって言ってたしな? 魔法に関する情報はあの人に訊けば一発で終わるから、その他の方法を探しましょうって、そりゃあ、ごもっともです。
ロイド君の精神を復活させる方法の情報は今のところ皆無。
一応真希さんの所に行って、魔法で何とか出来ないか相談するだけしてみるが……正直望みは薄いだろう。
パンドラの言う通り魔法以外の方法を探すってんなら、そもそも情報収集の方向性を変える必要があるかもな……。今までのように町で訊き込みしても限度があるし、人間相手じゃ魔法の情報に偏るし…。
だったら、亜人はどうだろう? 妖精のポケットのように、魔法でもスキルでもない“種族特性”として不思議な力があるのなら、もしかしたら何か取っ掛かりになるような力を持っている亜人が居るかもしれない。亜人は皆俺……と言うか“≪赤≫の御方”に対して無条件に好感度MAXだから情報収集も楽だし。
「ところでマスター?」
「ん?」
「結局あの女は、なぜここに居るのですか?」
とベッドの上のカグを指さす。フィリスと白雪もそれを追って視線を向けるが、やはり敵意全開だ。今まで敵だったってのもあるだろうが、亜人にとっては600年前の戦争で自分達を滅ぼそうとした≪白≫の継承者だからかな…?
「≪青≫を見逃す代わりだって寄越して来た」
「罠ではないのですか?」
「……かもな?」
「今すぐどこか遠くに捨てて来る事を提案します」
フィリス達が「うんうん」と全力で頷いている。
んな爆弾を見つけた時のような反応をされても……。まあ、ヤバさで言えばコッチのが危険だけどさ…。
確かにパンドラの言う通り、俺の戦闘力が果てしなく下降した状況で不必要なリスクは回避したい………が、これは俺にとって必要なリスクだ。
もし仮に相手の罠であったとしても、カグが奴等の手を離れて、俺の手の届く場所に居ると言うのなら取り戻す絶好のチャンスだ。………まあ、罠じゃなくてそのまま取り戻せるのが1番いいんだけどさ…。
「………」
「マスター?」「アーク様?」
「悪い。暫く、近くに置いておきたいんだ」
「しかし、マスターに危険が…」
「そん時は……まあ、そん時でなんとかするさ」
なんとかするって、どうするんだよ?
自問してみても答えは無い。そもそもカグがここに居る事が罠で、起きるや否や襲って来るとかだったら、今の俺の戦闘力では正直どうしようもない。パンドラとフィリスの働きに期待するしかない他力本願なのが現状です…はい。
我儘なのは理解しているが、ロイド君の事と並んでカグの事は俺の譲れない一線だ。
「マスターがそう仰るのでしたら従います」
微妙に納得してないニュアンスなのは嫌味だろうか…? いや、パンドラに限ってそれはない……と思いたい。
「これから、どうするんですの?」
「とりあえずグラムシェルドに行こう。俺がこんな状態じゃクイーン級の仕事は出来ねえし、ギルマスに事情話しておかねえと」
隣国のクイーン級の仕事もするって宣言した翌日に戦う力が激減しましたって報告すんのか………下手すりゃあの強面にぶん殴られるな。
ウチの国のクイーン級指定の依頼と、ガゼルに頼まれたグレイス共和国の依頼…合わせて他に回して貰うしかねえよなあ……。真希さんの所に寄ったら、ついでに協力してくれるように頼んでみるか? 引き換えに「デートしろ」とか言われるかもしれんけど…。
「ではすぐに出発しますか?」
「自分の出番か!?」とフィリスがやる気を出した目で見て来る。やる気がないよりは、有る方がずっと良い。有能な人間なら尚更だ。
「あー………」
一瞬、頭の片隅にリアナさんの姿が過ぎる。カスラナを離れるなら、領主様にも合わせて挨拶して置くべきかと思ったが……正直、ロイド君が護れなかった現状で、リアナさんの顔をちゃんと見れる気がしない…。
逃げかもれないが、今回はパスさせて貰おう。
心の中で1度謝って気持ちを切り替える。
「そうだな、すぐに移動しよう。転移頼めるか?」
「はい、勿論です!」