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11-1 喪失

 宿屋の一室。ベッドには、眠ったまま目を覚まさないカグ。俺は、壁に背を預けて床に座っている………。

 窓の外はまだまだ暗く、朝は遠い。

 カスラナの町は、道端の雪を除けばいつも通りの姿を取り戻していた。強制的に眠らされていた町の人達は、恐らく朝起きても何が起こったのか知る事はないだろう。

 見張りと見回りの兵士達が、慌てた様子で目を擦りながら兵舎から飛び出して行き、陽が出る前に足を進めたい旅商達が、護衛の冒険者を連れて町の外へと出て行く。


「はぁ……」


 本当は、宿屋じゃなくて領主様の御屋敷に戻ろうかと思ったんだが、考えてみたら身元不確かなカグを人様の家に勝手に上げる訳にも行かず、宿屋の主人を起こして無理矢理部屋を空けて貰った。

 一応屋敷の方には、起きがけの門番に「宿屋に居るから」と言伝を頼んで来たので、パンドラやリアナさんが起きても心配する事はないだろう。


「はぁ……」


 何度目か分からない溜息を吐いて、ユックリと目を閉じる。

 意識の隅々まで探ってみても―――どこにも、何も居ない。


――― ロイド君が居ない


 この体の中には、俺の意識しか存在していない。

 1つの体に、独りの意識。普通なら当たり前のこの状態に、心細さを……寂しさを感じている。いや、それ以上に…なんだこれ? これから先を考えなきゃいけないのに、未来を考えるのがしんどくて、全部投げ出してしまいたい。

 動くのも、思考するのも……もっと言えば生きている事すら辛い。

 ……………これが喪失感って奴かな…?

 目を開くと、月明かりの差し込む小さな宿の一室。

 何も変わらない現実。

 今、目の前にある全てが夢で、目を覚ましたら見慣れた自分の部屋のベッドの上だったら、どれ程良いだろうか? この世界に来てから……何度それを願ったか…。

 …………何百回、何千回、何度願おうが、何度祈ろうが、この世界は―――この現実は俺を逃がしてくれない。


「…泣き(ごと)言ってる場合か…」


 しんどくても、泣きたくても、痛くても辛くても、俺が折れたらそれこそ、本当にロイド君が“終わって”しまう。

 ベッドの上で横になっているカグに視線を向ける。起きる気配はミジンコ程もない。コイツ……こんな寝汚い奴だったっけ? いや、つってもカグの寝ているところなんてガキの時以来見た事ねえな……。いつも俺が起こされる側だったし。

 カグが起きたら、色々話したり聞いたりしねえとだな。連中が何をしたいのかいまいち不明だし、俺の体使ってるのがどこの誰なのかも分かるかもしれんし…。

 床に置いていたヴァーミリオンを手に取ってみる。

 鞘に収まったいつも通りの姿……しかし、抜いてみると丁度刀身の真ん中辺りで折れた柄の部分だけ。

 力任せに折られたようで、刀身はグシャグシャになっている。上半分と繋げる事は、いかに神器と言えども不可能だろう。【自己修復】のスキルでもついていれば別だが、そんな便利な物はないし。【オリジン:赤】の中にあったスキルはパンドラに渡してしまったし…。

 ………ヴァーミリオンもロイド君と一緒だ。さっきの“俺”との戦いで死んでしまった。

 見ているのが辛くて鞘に戻し、音を立てないように気を付けながら床に置く。

 失った物はもう1つ………。


「はぁ……」


 何度吐いても、溜息が尽きない。

 膝を抱えて顔を埋める。

 ……………いっそこのまま…明日が来なきゃ良いのに……。

 疲れた体と意識が、休息のために眠りの海に落ちて行く―――…。


 ……


 …………


 ……………


 …………………


「マスター」「アーク様」「父様」


 体を揺さぶられて目が覚める。

 膝に埋めていた顔を上げると、見慣れた顔が3つ俺を見つめていた。言うまでもなくパンドラとフィリスと白雪だ。

 パンドラとフィリスは膝を折り、床に座っている俺と視線の高さを合わせ、白雪はパタパタと蝶のような羽を動かしてホバリングしている………皆無事そうだな。まあ、当たり前だけど。


「おはよう」

「「「おはようございます」」」


 朝の挨拶を返されながら固くなった体を伸ばす。

 ………久々に味わう、昨日の疲れの取れていない気だるい目覚め。そんな疲れが顔に出ていたのか、パンドラが心配そうに手を伸ばして俺の頬に触れる。いつもの肉布団目覚ましの簡易版。俺の体調を触れる事でチェックしている。


「体温、脈拍に異常はありませんが、顔色が(すぐ)れません」

「ん…そうだな。ちょっと体がダルいかな?」


 ただ軽くダルイだけ。だが、今までそんな事、朝には1度も口にした事なかったから、3人にはすぐに俺に何かしらの異常が起きたのだと(さと)られた。

 白雪が肩に止まって、泣きそうな顔になりながら抱きついて来る。


「朝から、町の外に大規模な戦闘跡が見つかったと人間達が騒いでいます。もしや、それはアーク様が?」


 チラッとフィリスの視線が、ベッドの上で未だに眠ったままのカグに向く。

 多分3人とも、部屋に入って来た時には驚いただろうな? 敵側に居た筈の≪白≫の継承者が、俺と一緒の部屋で寝てるんだから。


「ああ、昨日の深夜に≪青≫が来てな。お前達も町の皆も、野郎の能力で眠らされていたから気付かなかっただろうけど…」

「「申し訳ありません」」


 肝心の戦いの時に俺と一緒に居られなかったのが悔しかったらしく、不甲斐ない自分に心の底から怒りを感じている。


「いや、責めてる訳じゃないんだ。≪青≫の奴、魔神になってたから、どの道危な過ぎてお前達を連れて行く訳には行かなかったし」

「……それで、あの女は?」


 無表情に見えるが警戒心全開のパンドラの目が、射抜く勢いでカグを睨む。気持ちは分かるが、少しでも友好的で居て欲しいもんだ。……まあ、無理か。今までが今までだし、カグの奴も洗脳が解けてるとは限らないし。

 

「うん。≪青≫は何とか倒す寸前まで追い詰めたんだけど、俺の体を使う例のアイツが現れてな……」

「無事なのですか?」

「こうして()られるのだ、アーク様が勝ったに決まっているだろう!」


 フィリスは時々、俺の事を万能の神様か何かだと思っているんじゃないだろうか?


「悪いけど、勝ったとは言い難いな……」


 内容的には、むしろ見逃されたのはコッチの方だ。

 ヴァーミリオンを抜いて見せる。


「これは……!?」「父様の剣が……」

「野郎にへし折られた」


 自分の馬鹿さ加減を晒しているようで、ちょっと泣きたくなる。

 白雪が変わり果てたヴァーミリオンを、悲しそうに触れる。


「それと………」


 無意識に、ロイド君の死を口にする事を拒む。それを誰かに言ってしまえば、嫌でも受け入れなければいけないから…。

 ………ダメだ…まだロイド君が居なくなった事をちゃんと受け入れる事が出来ない…。

 居なくなったなら居なくなったで、次の行動を考えて動きださなきゃいけないのは分かって居るんだけど………理性が理解していても、心が次の行動に起こす力を出してくれない。


「何か?」

「…………」


 馬鹿か……! このまま喪失感で足止めてる場合かよ…!

 喋る事を拒否する心を無視して、口を開く。


「それと、ロイド君が……殺された…」

「ロイド。もう1人のマスターがですか?」

「アーク様の体の、本当の持ち主ですよね? 生きているのでは?」

「体はな。けど……精神が、な」


 胸に手を当てて、心の奥底に耳を澄ませてみても誰の声も聞こえない。


「なんとか、蘇らせる方法を探したいんだが……」


 3人が黙る。

 そりゃ、そーだよな…。肉体の蘇生法も見つからないのに、精神の蘇生法なんてそこら辺に転がっている訳がない。


 なんとか……方法を探さないとな。



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