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10-31 取り戻したもの、失ったもの

 俺の姿…俺の声。

 何度目かの俺の姿をした何者かとの邂逅。

 会うたびに思う―――…俺って、こんなに憎たらしい顔してましたっけ…?


「お久しぶり……と言う程エルフの村で会ってから時間は経っていないか」

「そーだな。あん時は殴り損ねたから、こんなに早く殴られに出て来てくれて嬉しい限りだ」

「嬉しい、と口にする割に顔は笑っていないね?」

「そりゃあ、テメエが俺の体を勝手に使ってやがるからな? 体の使用料の請求はキッチリさせて貰うぜ?」

「悪いが、踏み倒させて貰うよ」

「許すと思ってんのか?」


 俺の言葉にクスッと笑う。俺の顔が笑うと死ぬほど腹立つ!!!

 ……腹は立つが、無暗に突っ込むような真似はしない。どんな手品を使ったのかは解らないが、コイツは干渉出来ない筈の≪(オレ)≫の世界に勝手に踏み込んで来て、世界を包んで居た太陽の熱量を消してみせた。

 ルナに言われた事を思い出す。


――― 「お前の本当の体には、もしかしたら原色の魔神が宿っているかもしれん」


 【事象改変】で閉じられたこの世界に入って来たって事は、確かに俺達と同じように魔神を宿しているか……もしくは同じような力を持つ何かか…。何にしても、注意をしなくて良い理由はない。


「まあまあ、いきり立たないで欲しいな? 今回は別に君と戦いに来た訳じゃないんだ。勝手に外出した、水野君を回収しに来ただけさ」

「ざっけんなボケ…! 王手かけたところで、横からしゃしゃり出て来て無効試合なんて納得する訳ねーだろうがっ!!」


 命一杯の怒りを目力に籠めたが、サラリと流される。


「君からしたら、まあ、そうだろうね?」


 パチンっと指を鳴らすと、先程砕け散った世界の景色が逆再生で元通りに組み直される。

 ≪赤≫の世界から―――強制的に引き摺り出された!?

 ちょっと待て!? ここまで好き勝手やられるって事は、俺の体を使ってるコイツは―――魔神の上位存在…もしくは、上位能力を持ってるのか……!? いや、だけど、そんな物が存在するのか!?

 いや、いやいや、現実を見ろ! 実際にやられてんじゃねえか。


「そこで1つ提案があるんだが?」


 勝手な事を言いながら、体が生焼け(ミディアムレア)になった水野を小脇に抱える。水野が意識を失っているかは分からないが、体がキラキラと光って急速に回復を続けているところをみると、少なくても死んではいない。

 くそっ…野郎の力が正体不明過ぎて、迂闊に手を出せねえ…。

 とにかく、この場から逃がさないように、話に乗っかっておこう。


「聞くだけ聞いてやる。言え」

「交換、と言う事でどうかな?」

「ぁあ?」

「だから交換だよ。君が水野君を見逃すと言うのなら―――」


 何も無い空間に手招きする仕草。すると―――空間が剥がれ落ちるようにして真っ黒な穴が開き、そこからズルリと人が落ちて来る。


「―――っ!!?」


 落下運動を始める前に、見えない糸で吊り上げられたように穴から現れた人間が、磔にされたような不自然な姿勢で空中に浮く。


「カグッ!!」


 それは、紛れもなく、俺の幼馴染の、よく見慣れた、いつも隣に居た、秋峰かぐやだった。

 目は開いているが焦点が合っておらず、意識があるようには思えない。実際、体のどこにも力が入って居ないから、何かの力で空中に吊り上げられた人形のようだ。


「―――君の大事な幼馴染は返そうじゃないか」

「!?」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 「カグを返す」。そう言ったのか? 散々好き勝手に操っていたくせに?

 何考えてんだコイツ? コイツ等は、魔神の力を狙っているんじゃないのか? カグからは≪白≫の気配をちゃんと感じる。って事は、魔神の力だけを抜けだして、器だけになったから必要無いとか、そう言う事じゃないよな?

 分からない……考えても、コイツの提案の意味が分からない。


「何を考えてる…?」

「どう言う意味かな?」

「お前等は、魔神の力を集めているんじゃないのか? なんでいきなり手放すような真似してやがる?」

「いやなに、コチラも色々と予定が狂ってしまったのでね? これ以上手元に置いておくメリットが無くなったと言うだけの話さ」


 カグの事を、物のように言うのが凄まじく不愉快でたまらない。そして、それを口にしているのが俺と言うのが尚の事イラつく。

 ……だが、感情を抜きにして冷静に現状を考えてみる。

 選択肢は2つ。

 1つ。野郎の提案を無視してぶち殺しにかかる。

 2つ。野郎の提案を呑んで、見逃す代わりにカグを取り戻す。

 前者の問題は、奴の力が不明で実際にブチ殺せるかどうか分からない事。下手すりゃ、≪青≫が復活して2対1の状況になる可能性だってある。

 後者の問題は、奴が本当にカグを返す気があるのかどうか分からない事。返すふりして、実はまだ洗脳されたままでした……なんて展開も十分有り得る。

 …………結局、どっちを選んでも不安は残るか…。選択肢がどっちかしかねえのなら、さっさと終われる可能性の方を取るか。これ以上長引かせると、カスラナの人達も…ロイド君もどうなるか分からないし…。


「言い方が死ぬほどイラつくけど、その提案を呑んでやる」

「君が少しは話の分かる人間で良かったよ」


 クスクス笑う。

 ロイド君やカスラナの事情が無かったら、確実に後先考えずに殴りかかっていた自信があるけどな。


「では約束通り、彼女はお返しするよ」


 磔状態のまま空中に浮いていたカグの体が、放り投げられたように放物線を描いて飛ぶ。

 慌ててその体を受け止めようと、無意識に視線と体がカグの体を追って動く―――……いや…動いてしまった。


――― 目の前に“敵”が居るのに


 カグの体を受け止める寸前、ヒヤリとした悪寒が頭の天辺から足元まで走り抜ける。

 空中のカグを追っていた視線を下ろすと―――手の届く距離に“俺”が居た―――。

 スローモーションのように、二ィッと口元を歪めた“阿久津良太”の体が俺の胸―――心臓に手を伸ばす。

 逃げられない―――体が動かない!

 

「君も“完成”した以上、あまり手を出したくはないんだがね? だが、君に自由に動かれると、コチラも色々迷惑するんだよ」


 トンっと軽く触れた奴の手が―――ズプンッと泥の中に沈むように俺の体の中に滑り込む。

 痛みは無い―――不快感も無い。だが………なんだ、この……凄ぇ虚脱感……? 感情とか、やる気とか、心に依存する力が無理矢理外に吐き出されているような錯覚。


「だから、君の相棒(・・)には、舞台の上から御退場願おうか?」


 奴の目が怪しく光る。赤にも青にも、黒にも白にも見える輝き―――その光の先に、何かの死が見えた気がした。


――― ぅわ…あああ―――ッ!!?


 頭の奥に、誰かの悲鳴が―――「君の相棒には」―――ロイド君っ!!?

 全身から力が抜ける。

 勝手に魔神の姿が人に戻されて、空間を走るひび割れから赤い光が消える。


「まあ、元々先は長くなかったようだし、少しだけ終わりが早まっただけさ」


 目の前が暗転したような感覚。

 色んな感情が心の奥の方から込み上げてくるのに、頭の中はやけに静かで、凍りついたように冷やかに今起こった事を認識していた。


 ロイド君が死んだ。


 分からない。

 今、自分がどう言う精神状態なのかが、自分で理解出来ない。

 ……だけど、体は今何をするべきかをちゃんと理解していたようで―――ヴァーミリオンを目の前の男の首に振り被っていた。

 今、自分が首を落とそうとしているのが、俺の体だと言う事実は頭には無かった。ただ、コイツを殺さなければ―――純粋な殺意だけが剣を振らせた。

 避ける事も、防御する様子も無く、男は黙って深紅の刃が振り切られるのを待っていた。

 だから、迷う事無くヴァーミリオンを振り切る―――。


――― パキ


 視界を横切って、赤い何かが宙を舞う。


 放物線を描いて落ちて来たカグの体が、受け身も取らずに地面に落ちる。

 そして、それを追いかけるように先程視界を横切った赤い何かも地面に落ちる。柔らかい土の上に半分埋まるようにして落ちたそれは―――ヴァーミリオンだった。


「……ぁ?」


 いや、何言ってんだ? ヴァーミリオンは俺が今握って―――……

 視線を自分の手に向けると、確かに俺の右手はヴァーミリオンを握っていた。ただし、刀身は圧し折れて無くなっていたが―――…。

 地面に落ちているのはヴァーミリオン………の折れた刀身。


「すまないね? 武器まで奪うつもりはなかったんだが、コチラも首を落とされては困るんだよ」


 俺を警戒する事も無く、水野の体を片手で抱えたまま無防備な足取りで離れて行く。


「………待…てよ……!」


 背中が遠ざかる。


「待てよッ!!!」


 しかし、そこには転移終わりの残光しか残って居なかった。

 俺の声が、夜の闇に虚しく響いた。

 全身から力が抜けて、握っていた折れたヴァーミリオンを落とし、膝から崩れ落ちる。


「………なんだよ、これ……?」


 心の中にも、体の中にも、ロイド君の意識がどこにも見つからない。

 ああ……そうか…死んだからか?

 

 ………………


 …………


 ……


 ………死んだ? ロイド君が死んだのか?

 行き場の無い俺の精神の居場所をくれた、臆病で、勇気があって、優しい異世界の男の子が死んだ。

 俺にとって、1番近くて遠い友人。俺の心が折れかけた時には、いつも励まして、尻を叩いてくれていたロイド君が死んだ?

 こんな場所で?

 こんなに呆気なく?


「……カグ…」


 目を閉じたまま、目を覚ます様子がない幼馴染。

 助け出せたのは、本当に嬉しい………けど、引き換えに何を失った? どっちも天秤に乗せるような存在じゃない。俺は、両方とも助け、護らなければいけなかったのに……それなのにっ!!!

 自分の馬鹿さに怒りが噴き出す。


「ぁあああ、アアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」


 取り戻したもの。カグ。

 失ったもの。愛剣と―――ロイド君。


 それが、俺に突き付けられた事実だった―――……。



十通目 生命の道標 おわり

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