10-28 ≪赤≫と眷族達
風を切って赤い光が奔る。その正体は―――炎を纏うゴールド。
光速に片手小指がかかっているような速度……秒速300kmオーバー。落雷を視認してからでも回避出来る超スピード。
魔神になった俺達に、単純な速度だけで着いて来られるのはゴールドだけだ。
ゴールドの神狼の姿のコンセプトは“忍者”だ。俊敏で、かく乱を得意とし、敵の隙をついて致命打を叩き込む。うむ、まさに忍犬らしい戦い方だな。……いや、まあ、犬じゃなくて狼だけど……忍びと言うには燃えてて目立つけど……。
≪青≫の周囲を赤い光が縦横無尽に駆け抜ける。無理な攻撃はしない。魔神になっている俺が居るから≪青≫への“攻撃無効”の現実は書き換えられるけど、ゴールド達が多少有効打を入れただけじゃ、アイツは死なねえからな…。
ゴールドの力走虚しく、≪青≫の目は俺1人だけしか見ていない。だが、その視線が剥がれて上を見た。そこに居たのは―――≪青≫に向けて龍の息吹を吐き出す深紅の神龍サファイア。
天から降り注ぐ、赤い炎と黒い分解の光の混じった混合ブレス。まともな奴が食らえば即死。だが―――≪青≫はまともじゃない。サファイアの攻撃で仕留め切るのは無理だ。
けど―――目くらましには十分過ぎる!
「ゴールド!」
俺の声に赤い光となってなっていた狼が高らかに吼えて答える。即座に赤い光が分裂し、ゴールドの分身を作り出す。
≪青≫がサファイアのブレスを回避しようとした瞬間、ゴールドの分身体の1つが躍りかかり、接触と同時に起爆して逃げ道を潰す。
―――上出来!
≪青≫が回避を諦めて、【事象改変】でブレスを無かった事にしようとする。
「エメラルド、フォロー頼む」
「お任せを」
執事のお辞儀を置き去りにして、早過ぎない速度で突っ込む。
≪青≫が無効にしようとしたブレスを、横から割り込んで“無かった事にした事を”無かった事にする。
結果、ブレスは≪青≫を直撃する―――。普通なら直撃は死……だが、≪青≫の体は焼かれる事も分解される事もない。まるでスポットライトでも浴びるように、天からの光を受けながら、俺に向かって手を横に振る。
場を包んで居る冷気と雪が、≪青≫によって凶器と化す。
最初にその被害者となったのは空を飛んでいたサファイアだ。ユラユラと風に吹かれて待っている雪が体に触れると、ジュッと嫌な音を立てて深紅の鱗が溶け落ちる。
サファイアが痛みに体をくねらせるが、動けば動く程巨体に雪が触れてダメージが増える。
「チッ―――」
雪に何か付与しやがったか!?
――― 【オリジン:赤】より、一時的に【異能解析】を取得 ―――
頭の中に凄まじい量の情報が流れ込む。
この場の能力を全部解析しようとすると、≪青≫も解析の対象に入ってしまうからか。魔神同士でも、相手の解析はそう簡単じゃないか。
とにかく、この雪は……なんだ? 融解? 熱ダメージ反転?
雪に何かしてるんじゃないのか? 一定以下の冷気に触れると、それを体が“冷気”ではなく“熱”として処理してしまい、熱ダメージを受けるとその熱量に関わらず体が溶けだすって感じだな。
まあ、平たく言えば「体が冷えると溶ける」って事だな。
それを認識した途端に、周囲から冷気が渦を巻いて俺に襲いかかる。
「主様!」
「俺は良い。サファイアのフォロー頼む!」
「畏まりました」
足を止めずに更に間合いを詰める。
融解は確かにヤバい能力だ―――だが、熱ダメージに反応して発動するってのは、俺に対しての挑発か何かか? 炎熱を司る≪赤≫の俺には【炎熱無効】が付いている。冷気からのダメージ反転での搦め手であっても、最終的に体が受けるダメージが熱による物と判定されるなら、その全ては俺には無効だ。
【魔素吸奪】で溜め込まれて居た魔素を使って炎を燃焼させる。
「いい加減、雪がチラチラと鬱陶しい!」
家一軒丸呑み出来る程の大きさになった炎弾を空に打ち上げる。
1秒もかからずに雪を降らせる雲の高さまで到達した炎の塊は、閃光を撒き散らして爆発―――その凄まじい衝撃で空を覆っていた雲を周囲30kmから噴き散らす。
これでヨシ。
【事象改変】で、冷気にかかっている付与効果の“ダメージ反転”と“融解”を無効にする。「雪が降ったままの状態で無効にすれば良かったんじゃね?」と思うかもしれないが、万能に思える【事象改変】も自分以外の所への干渉はちょっと苦手だ。
例えば、俺自身に対する攻撃はすぐに無効に出来るが、不特定多数を狙うような物を消すのは難しい。しかも、その攻撃が俺に対しては効果が無い物だと尚の事難しい。今回の攻撃が正しくそれだ。だから、一度その攻撃に自分から干渉する事で、無効にする事実を捻じ込んでやった。
……説明してみて、どう言う事なのか自分でも意味が分からなかったが……「まあ、そう言う事なのだから」と納得するしかない。そもそも【事象改変】は神の領域に踏み込んで居る異能力だ。人間の頭で理解しようとする方が間違いだ。
「流石だな、≪赤≫の魔神?」
能面のような表情の無さで≪青≫が称賛を口にする。その間も、ゴールドが分身体を使って絶え間なく攻撃を向けているが、攻撃が1つもヒットしていない。
分身体も、ゴールド本体程ではないが、ギリギリ音速に届くくらいには速い。それが10体で、統率された群れとしての動きをするんだから恐ろしい。……だが、それでも≪青≫を捉える事が出来ない。
≪青≫はそこまでの速度を出している訳じゃない。ただ、動きに無駄が一切ない。最小限、最低限の速度と動きで分身体の攻撃を全て避けている。
「そっくりそのまま、その言葉返してやるよ!」
瞬間の溜めから、地面を蹴って矢を撃ち出すように足を前に踏み出す。物理法則を無視して、一歩目からトップギアの最高速度に到達。
瞬きよりも早く≪青≫の目の前に辿り着く。周囲を走るゴールドの分身体の間を縫って接近し、右手でヴァーミリオンを振りながら左手で炎を放つ。
「ぉぉおおおおっ!!」
2本の剣がぶつかり合い、周囲に衝撃波が走る。あまりの余波に、分身体が吹っ飛んだ。
………ゴールドごめん…。
けど、これで≪青≫の腕は封じた!
左手から放った炎を、無防備に顔で受ける―――けど、ダメージが通って無い…。コイツも俺と同じように【全属性究極耐性】を手持ちに入れてるか…。さっきサファイアのブレスがノーダメージだった時に予想はしてたけどな。
属性の究極耐性を持ってるとなると、炎熱でダメージを通そうと思ったら最低でも最大威力の“プロミネンス”じゃなきゃダメだな……。それ以上の物となると【事象結界】で赤の世界に引っ張り込んで、太陽に叩き落とすしかない。
基本は物理で殴るか、斬るかした方が確実か。
チラッと視線でゴールドに視線を送ると、俺の命令を読みとって吹き飛んで散って居た分身体を集める。
タイミングを見計らい、氷の剣を切り払って体勢を崩す。その隙を狙い、体を無理矢理捻って蹴りを≪青≫の鳩尾に叩き込む。
「ぐ…」
小さな呻き声を漏らして≪青≫の体が折れる。
くっそ…体かってぇな!? アダマンタイトでも蹴ったみてえだぜ。まあ、実際はそんな金属触った事もねえけどな。
俺が後ろに飛ぶと同時に、戻って来た分身体が、避けられない≪青≫の体に殺到する。
足に、手に、腰に、首に、至る場所に噛みつき、噛み付く場所の無くなった2匹はタックルで飛びかかる。
そして―――起爆。
「っつ……!?」
竜巻のような爆風と、体を貫く様な熱波が周囲の木々を根こそぎ引っこ抜いて灰にする。
すんげぇ威力と衝撃………核弾頭かよ?
……けど、これでもダメージは碌に与えられないな。やっぱ、目くらましにしかならねえか。
「エメラルド―――」
上空でサファイアを抱えていた赤い髪の執事、
「叩き潰せ」
その深緑の瞳が、俺の命令を受けて輝く。
「はっ! お任せ下さい!」
エメラルドの右腕が消失―――先程雲を吹き散らすのに空に撒いた熱量が押し固められ、ビルのような大きさの手を形成する。
アルフェイルで見せた天を覆う手に比べればずっと小さいが、質量は大して変わっていない。大雑把に見積もって1億トンくらいある。桁が大き過ぎて、どんな重さなのか正直俺にも想像つかないな。
その1億トンの拳を、煙に巻かれたままの≪青≫に振り下ろす―――。