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10-26 雪の降る夜

 寒さを感じて目を覚ます。

 なんだ…?

 部屋の中の空気が冷えている。夜なのだから寒いのはそうだろう。だが、それにしたって寒過ぎる。実際、リアナさんが尋常じゃない程抱きついて来て暖をとろうとしている。いや、まあ、弟を溺愛しているこの人の場合、寒くなくても抱きついてきそうではあるけども……。

 この急な寒さ、それに―――…。


「はぁ……」


 リアナさんの体温に包まれながら溜息を吐く。

 どうやら、行かないといけないらしい……。

 正直、ベッドの中から出たくない。と言うか、リアナさんの腕の中から出たくない。ロイド君の体が、ここが一番安心出来る場所なのだと知っている。この温もりの中に居れば、外の世界でどんな恐ろしい事が起きても大丈夫だと穏やかな心で眠って居られる。

 ………けど、このまま寝てる訳にはいかない。

 今の俺は、戦えない一般人じゃないからな? ……それに、リアナさんの腕の中は俺の居場所じゃない。

 リアナさんを起こさないように気を付けながら、腕の中から抜けだす。

 手早く支度を済ませ、部屋の中を熱放出で少しだけ温める。


「ぅうん……ロイド………」


 リアナさんが目を覚ましたのかと思ったら違った。ただの寝言だったらしい。……ロイド君と一緒の夢でも見てんのかな…?


「行ってきます」


 部屋をあとにして領主邸の廊下を歩く。

 当然だが、やっぱり廊下もヒンヤリしてんな…。熱をばら撒いて、冷たい空気を少しだけ和らげて置く。けど、こんなの焼け石に水だな。

 パンドラ達に声をかけて行くか迷い、結局言わずに行く事にした。一応念のため、白雪に思考が伝わらないように意識を締め出す。普段はやらないからちゃんと締め出せているか不安だけど……。

 不安と言えば、ロイド君がまったく元気になって居ない事も不安だ。リアナさんと一緒に居れば多少は良くなるかと思ったけど………ダメだったか。

 

 屋敷を出ると―――雪が降っていた。


「また、いきなりな展開だな…?」


 正直、結構ウンザリしている。

 俺の体に落ちた雪が、放出している熱量に触れてジュッと瞬時に蒸発する。

 今何時だろう…? 時計が無いと、時間の感覚を計る物が太陽くらいしかねえから、陽が落ちると時間が全く分からん。

 少しだけ地面を白くする程度に積もった雪の上を歩く。踏みしめた部分だけが融けて足跡が残る。

 歩いている人がいない。いや、それは良い。コッチの世界じゃ大きな街以外は陽が落ちたら真っ暗で、出歩く人がいる方が異常だ。

 だが、見張りが立っていないのはどう言う事だろうか? 夕方にあんな騒ぎがあったばかりで、見張りが居ないなんて事が有り得るか? いや、ねえだろ。

 多分だけど、皆眠ってるんじゃないかな? 夜だから……ではなく、この雪と冷気のせいだろう。いやいや、寒いから眠くなるってんじゃなくて。この寒さの中に感じる微かな違和感。俺はそれを知っている。


 崩れた防壁を越えて更に白い平原を歩く。


 【炎熱特性付与】。魔人スキルの1つ。炎熱に様々な効果を付与する異能。カスラナを包む冷気に、コレと同じ力を感じる。付与されている効果は恐らく“誘眠”。冷気に力を付与されているってんなら、どこのアホがこんな事をしたのか考えるまでもない。と言うか、俺1人だけがこうして起きていられる状況が全てを物語っている。

 暫く夜と雪に包まれた世界を歩く。


 そこに奴は居た―――。


 雲間から地上に差し込む月明かりに照らされた、人間のシルエット。

 そいつの周囲だけ雪が積もって居なかった。いや、空から降ってくる雪が、まるでそいつに恐れるように避けている。


「よお? 待ちくたびれたよ」


 グリンッと壊れた人形のように首が動き、そいつが俺を見る。

 水野浩也―――≪青≫の継承者。

 数日前に、“俺達”がアルフェイルで右手を引っこ抜いてやったと言うのに、懲りずにリベンジしに来たのか?


「待ち合わせの約束をした覚えはねえが?」


 俺の返答に、楽しそうに笑う。

 笑って体が振れるたび、中身の無い右袖がヒラヒラと揺れる。


「はっはは、そりゃあそーだな」

「お前何なの? 正直、出て来られるとうんざりなんだけど?」

「そう嫌うなよ? 連中の目を掻い潜って、こうして1人で会いに来てやったんだぜ?」

「誰も頼んでねえよ。怒られる前にさっさと帰れやハゲ」

「いやいやいや、折角こうしてエンカウントしたんだ。リベンジさせて貰わなきゃな?」


 残った左腕で神器(インディゴ)を抜く。

 完全にやる気らしい。

 クソ面倒臭い。継承者相手の戦いはただでさえ神経すり減らすっつうのに…。コッチは今ロイド君が不調で、コイツと遊んでる余裕はねえんだよ…!


「だったら、この冷気と雪止めろ。話はそれからだ」

「嫌だね」


 絶対言うと思った。コイツと言う人間が、少しだけ理解出来た事に不快感が湧く。


「お前なら気付いているだろうが、この冷気には全ての生物を眠りに誘う力がある。この意味は理解出来るよな?」


 やっぱりか。この手の能力は、同質の能力……魔神の力を持つ相手には効かない。

 冷気と誘眠、取り合わせとしては相当達が悪い。冷気の届く範囲に居る生物全てを、強制的に凍死させるコンボ。


「カスラナの人間を凍死させるつもりか?」

「そうなるな?」

「止めろ。それに何の意味がある?」

「はっ、意味? 意味なんてねえさ? だが、お前達正義の味方には行動に意味が必要だろう?」

「……何言ってやがる…?」

「正義の味方らしい理由を用意してやったって言ってるのさ? 町を脅かす悪党と、それを護る為に戦う正義の味方………分かりやすいだろっ!!!」


 水野の立っていた地面がドンっと音と振動を撒き散らし、降り続ける雪が凄まじい加速に煽られて、道を開けるように吹き飛ぶ。その手に握られるインディゴは、いつの間にか透明な氷の刃の剣となっている。

 無意識に体が後ろに飛びつつ、腰のヴァーミリオンを引き抜く。

 水野の一切容赦の無い斬撃。直撃を受ければ体が真っ二つになりかねない威力。それを半分まで鞘から抜いたヴァーミリオンで受ける。


「ははっ、やっぱり一撃必殺とはいかないかね!」

「当たり前だろうがっ!!」


 ヴァーミリオンを鞘に戻す動作でインディゴを弾き、体勢を崩した隙を狙って顔面を殴りに行く。


「残念でしたぁ~!」


 拳が届く前に、【冷纏】とか言う氷の盾を作るスキルで防御を固められる。

 だが―――甘いぜ!! 

 【魔素吸奪】で、氷を形作る魔素を奪う。途端に、氷がパキンッとひび割れる。

 ここら一帯の魔素は、夕方吸い尽くしたから少し時間が経った程度では濃くならない。そんな薄い魔素を集めて盾にしたって、俺相手には紙同然だ!


――― 構わずぶん殴れ!!


 ついでに拳に炎熱を乗せて、氷の盾を殴る。触れると同時に、盾が紙のように砕け散って防御が無くなる。水野の視線に一瞬驚きと困惑の色が見えたが、仮にも魔神を宿している継承者だけあって反応がクソ程早い。防御が消えた事を頭が認識するよりも早く、俺の拳を転移で回避しようと―――。

 【炎熱特性付与】で、拳に纏っている炎熱に“転移誘導”を付与。

 転移の光で消えた水野の体が、俺の拳の目の前に現れる。


「え……?」


 フルスイングで顔を殴り飛ばす。


「ごぅ、ふッ!!!?」


 クリティカルヒットの感触だけを俺の拳に残して、水野の体が吹き飛ぶ。が、地面に落ちる寸前で体を捻って着地、落下ダメージは流石に回避した。

 ユラリと顔を上げた水野の右頬には痛々しい火傷。本当なら、今の一発で火達磨にしてやるつもりだったんだが、流石にそこまで上手くいかないか。

 水野が顔の火傷に触れる。


「はっ………ははははは! やっぱり強いな≪赤≫は……」


 どこか自嘲するような笑い。


「あー…クソ、俺の魔神が≪赤≫だったら、立場は逆だっただろうになぁ…」


 何言ってんだコイツ…? 自分が負けてるのが、魔神の相性のせいだとでも思ってるのか? いちいち口にはしないが、相性的にはむしろこっちが不利だろ。

 俺と水野の差は、多分強者相手にギリギリで戦って来た経験値の差。そして、そのギリギリの状況で手にして来たスキルの差。

 今までの水野の行動を思い返すと、コイツは基本的に自分より弱い者をいたぶる事ばかりしている。己の力の大きさを誇示し、酔い痴れる為の戦いをするコイツと俺とでは、潜って来た修羅場の数が違う。戦いのバリエーションなら、どう足掻いても水野は俺には勝てない、ここだけは断言して良い。


「説教するつもりはねえが、コッチの世界でも少しは真っ当に生きたらどうだ?」


 コイツが元の世界で真っ当に生きていたかどうかは知らんが。


「バッカバカしい! 絶対に嫌だねっ!!!」


 「聞き分けの無い奴は殴ってでも分からせろ」と言うが、コイツはアレだな? 「バカは死んでも直らない」の方だな。

 正直、俺もコイツをこれ以上野放しにするつもりはない。魔神の力が世界の終わりに関わっているのなら、今の継承者の中で一番何か“やらかしそう”なのは間違いなくコイツだ。

 同じ世界から来ている異世界人としてのケジメの意味でも、アルフェイルで腕1本だけで取り逃した責任の意味でも、ここで2度と出て来ないように―――ぶっ潰す!!


「そうだ…そうだよな? お前は強いよ、出し惜しみなんてしてる場合じゃねえよなぁあ!!」


 空気が変わる。

 二ィッと水野の口が醜く歪んで笑う。


「“氷河の如く―――”」


 その言葉の意味を俺は知っている。


「“深海の如く―――”」


 呪文のように並べられる言葉の先に何が待っているのか、俺は知っている。


「“世界の全てを青く染め上げる”」


 止めなければと分かっているのに、体が地面に縫いつけられたように動かない。


「“我に力を”」



――― 魔神覚醒


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