10-25 姉弟水入らず
「御2人とも、昇級おめでとうございます」
「ありがとうございます」「どうも……」
パンドラとフィリスが、受付の差し出した白いルークのクラスシンボルを受け取る。
流石魔晶石。換金したら、一発で換金ポイントが貯まって昇級になった。
これで2人共ルーク級。俺等の様な人外を除いて、ルーク級は冒険者としての最終到達点であり天辺だ。
……こりゃあ、2人がクイーン級になるってのも強ち冗談じゃないかもね?
「それにしても驚きました。アークさんの御供の方達ですからただ者ではないと思っていましたが……まさかクイーン級を討伐する程の強者だったなんて」
受付のお姉さんが褒めてくれたのに、当の2人は「当たり前だ」とでも言いたげな顔でシレッと流した。パンドラは自身の評価にさほど興味が無いし、フィリスは人間に褒められても嬉しくないし…。事情は分かるが、もう少し友好的にして下さい。
「アークさん達がいらっしゃれば、アステリア王国は安泰ですね」
そんな太陽のような安心しきった顔で言われても……。街1つ吹っ飛ばした過去のある俺としては愛想笑いを返す事しかできない。
「おいおいマジかよ?」「あんな綺麗なお嬢ちゃん達がルーク級…!?」「今夜誘ってみようかな?」「バカ止めとけ!? クイーン級の連れだぞ!?」「いや、でも一晩だけなら…」「アークの旦那に黒焦げにされても俺は庇わんぞ?」「………やめとこうか?」「……うん」
命拾いしたな? 俺が何かするって訳じゃないが、そんなもんするまでも無く2人が勝手にナンパした奴をボコり倒すだろうし。
「マスター」「アーク様」
「何…?」
2人が、何かを期待する目で俺を見つめていた。
「「誘ってくれないのですか?」」
「なんにだよ?」
聞き返すと、フィリスがおずおずと顔を赤らめながら…。
「ディナーに」
「いつも一緒に食ってんじゃん」
「…………そうですね」
するとフィリスの後を引き継ぐようにパンドラが…。
「夜、部屋に」
「いつも寝る時は同じ部屋だろ」
「…………そうですね」
うむ、納得して貰えたようでなによりだ。
……にしても、近頃2人が妙に好意を向けて来ている気がする……。男として嬉しいは嬉しいけど、ロイド君の体で何かする訳にもいかんしねぇ……色々堪えるのも、年頃の男としてはしんどいぜ…。
* * *
場所を移って領主邸。
ここに辿り着くまでに、色んな人に酒に誘われ(未成年なので断った)、食事に誘われ(予定があるので断った)、床に誘われ(パンドラとフィリスが田舎のヤンキーみたいな絡み方をして追い返した)。
10m歩く間たびに6人くらいに声をかけられて、正直疲れてしまった…。
で、なんで領主邸に来たのかっつーと、改めて夕食に誘われたからだ。さっきは断ったが「依頼も終わったよね?」と軽く笑ってない目で言われたら、「はい」と頷くしかないですよね……ええ、本当に。
見た事も無いような料理を出され(超美味かった)、「領主って毎日こんなん食えるのか!?」と戦慄していたら、今日は俺等の為に特別なメニューだとリアナさんがコッソリ教えてくれた。そして、皆がフィリスの食いっぷりにドン引きしていた………はい、本当にスイマセン…。ついでに1食分浮いてマジあざーっス。
食事の後は、談話室……庶民の家にはまずないお金持ちな部屋に通され、ワイン片手の領主様夫妻と寝巻に着替えたルリに冒険話をせがまれて、今まで倒したクイーン級の魔物の話や、竜種エグゼルドと戦った話やら(場所の話は適当に誤魔化した)、今までの冒険話を色々と聞かせた。
俺の隣のパンドラは、時々相槌をうったり足りない説明を横から口出ししたり。反対側のフィリスは、自分の知らない俺の戦いを聞いて嬉しそうにしてるし……白雪はディナーでお腹いっぱいになって、フードの中でグッスリだし。
良い感じに領主様がほろ酔いになって来たところでお開きになり―――リアナさんが、
「じゃあアーク、今日はお姉ちゃんと一緒に寝ましょうね」
「は?」「え?」「何を言っているのですか?」
俺達は揃ってアホな声を出してしまった。
微妙に次の反応を出せない俺達に、酔いで赤くなっている領主様が嫁さんと若干イチャつきながら…。
「たまにしかリアナに会えないんだ、今日くらい姉弟水入らずで過ごすと良い。ああ、お仲間の部屋は2階に用意させてあるから心配は要らない」
領主様の言葉を聞いて、ウチのロボメイドとグラトニーが剣呑な空気を放ち始める。
「「マスター(アーク様)と同じ部屋を要求します(する!)」」
「……いや、今日は遠慮してくれ」
「マスター?」「アーク様…?」
俺の言葉に、2人が困惑した声を出す……っつうか、世界の終わりみたいな顔すんなフィリス!?
「そんなにあの胸に甘えたいのですか!?」
お前…なんちゅう事を…。
「そうよそうよ!!」
ルリよ、お前は何故フィリスに賛同する……。
っつか、別に下心で言ってるんじゃねえっつうの…。リアナさんの近くに居れば、ロイド君が少しは元気になってくれるんじゃないかと思ったんだよ……。全然ロイド君元気にならないし、声聞こえないし、意識の深い所に沈んでて上がって来る気配がまったくない。
リアナさんと―――ロイド君の日常に近付けば、少しは…と思うんだが、今のところ変化ねえんだよなぁ…。
ロイド君が元通りになってくれないと、俺も心が落ち着かない。
まあ、そう言う訳で、周りの文句を無視して、今日はリアナさんと寝る事になった。赤の他人の“中身”としては、変な気持ちになったりしないように全力を注ぐ事にする。幸い、性的な部分はロイド君の体に引っ張られてるから、姉に対して何か思う事もないとは思うけどな?
最後まで「一緒の部屋で寝ます」と言い続けていたパンドラ達をなんとか説得し……と言うか無理矢理納得させ、ついでに人の服の中で寝息を立てている白雪の面倒も押し付ける。
で、リアナさんの部屋に引っ張り込まれ……。
部屋にあんまり物が無いな? 何と言うか、生活に必要な物だけを置いてあるって感じで、無駄な物が全然無い。ああ…生活に必要なだけしか金を使わないようにしてるのか……ロイド君への仕送りの為に。
……………う―ん………ロイド君の為と思って、手を引かれるままここまで来てしまったけど、今さらながら良いのか……? 体は確かに弟だけど、中身は赤の他人だぜ…?
「あの…リアナさん?」
現在リアナさんが寝巻に着替え中の為、背を向けたまま訊く。
「なあに? お姉ちゃんって呼ぶ?」
「違くて…。あの、俺、体はともかく中身は弟さんじゃないですよ…?」
「ええ、知ってるわ。この前来た時に聞いたもの」
「そうですか……。あの、それじゃ一応訊きますけど…」
「なあに?」
「ベッド…1つしかないですよね……?」
ここは使用人としてのリアナさんに与えられた私室だ。ベッドが1つなのは当たり前なのだが……えー、そのー……一緒に寝るって、まさか1つのベッドでって事ですかねぇ?
「そうよ? 姉弟だもの、大丈夫でしょう?」
なんでこの人、そんな「当たり前」みたいな感じなの? 今さっき中身が弟じゃねえって確認したばっかりでしょうが…!
一緒に寝るって、俺はてっきり一緒の部屋で寝るだけでベッドは別々だと思ってたのさ。
「いや、だから俺弟さんじゃないですって」
「大丈夫よ、私にとってはロイドも貴方も弟だもの。」
すごい! 流石博愛主義者!? 人類皆兄弟的な思考の人!!
………リアナさんが大丈夫だって言うのなら…良いのか? まあ、俺の方から変な事するつもりは欠片も無いし…っつか、そもそもそんな気持ちが爪の先程も湧いて来ないしな?
「もう良いわよ?」
振り返ると、白い寝巻に着替え終わったリアナさんがベッドに腰かけていた。
これだけのプロポーションで、こんな美人が寝間着姿でベッドに座って居たら、まあ普通の男だったらルパンダイブするかもしれないが、同じ遺伝子から生まれた姉弟と言うのはちゃんと上手い事作られて居るようで、「あー寝巻姿だなぁ」程度の感想しか浮かばなかった。
「それじゃあ、寝ましょうか?」
「…えーっと……はい」
パーカーとヴァーミリオンの収まっているベルトを机の上に置いて、リアナさんに導かれてベッドに入る。
リアナさんに対しての性的な感情は浮かんでこないが、女の人と一緒にベッドに入るこの状況に妙にドキドキする。異性と一緒の布団で寝るなんて、子供の頃カグと寝た時以来だからなぁ…。
「じゃあ、明り消すわね?」
「どうぞ」
サイドテーブルに置かれて居た照明用の魔導器が消え、部屋の中は頼りない月明かりだけの暗闇が満たす。
「お休みアーク、ロイド」
頭を撫でるように触れて、額にキスをされた。
何事かと一瞬ビビったが……あれか? 洋画でよく見るお休みのキスか。
「お休みなさい……“姉さん”」
起きた時にロイド君が元気になっている事を願って、静かに目を閉じた―――…。