10-24 討伐完了
パンドラの神器に付与されたスキル【タイムキーパー】。その力を惜しみなく使い、影の指揮者を追い詰めて行く。
なんとか距離をとろうとする敵を追いかけてパンドラが走る。通常時に比べれば、5倍くらいの速度。流石に皇帝程の速さじゃねえけど、劣化版のゴーストとタメ張れるくらいには速い。……って事は、一般人の視覚では捉えられないレベルの速さって事だ。
近付きざまに、影の指揮者の足を蹴る。
ドゴンッと、とてつもない速度で蹴り上げられる棒人間の体。そして盛大に捲れ上がるメイドのスカート。
「父様!」
「別に下心はねえよ」
……ちょっと嘘だ。
いや、だって仕方無いじゃん? スカートがギリギリまで捲れて生足が見えたら、そりゃ男だったらドキドキしますやん?
コッチが呑気な会話をしている間に、パンドラが蹴りですっ転ばした影の指揮者を仕留めに行く。
スカーレットを振り被り、一気に首を狙う。が、相手は腐ってもクイーン級の魔物、腕を振ってそれを防ぐ。スカーレットごと腕を弾かれてパンドラが体勢を崩す。それを見て攻め所と判断したのか、足のダメージを無視して中途半端に座った状態から、立ち上がりながらパンドラに飛びかかる。
危ね…!
無意識に体が、炎を撒く準備をする―――が、今回は必要無かった。
「“加速”」
パンドラが―――更に―――速度を上げた。
飛びかかる棒人間をバックステップで避け、カウンターの一撃を放つ。さっきと同じ首狙い。さっきと違うのは、魔弾で【バインド】を使い、相手を逃がさないように確実に仕留めに行った事だ。
ただ……魔弾を放ってから、スカーレットを振るうまでの時間を全て合わせても1秒にも満たない。圧倒的な速度に任せた暴力。
「終わりです」
地面から生えた鎖で動きを封じられた影の指揮者の首に深紅のコンバットナイフを捻じ込んだ。
体を固定されたまま悪足掻きにもがくが、パンドラはそんな反応を無視して、ナイフを横に振るって首をかき切る。
音も無く切り裂かれた首から、血の代わりに黒い魔素が噴き出して辺りを満たす。
影の指揮者を構成していた魔素量が一気に減り、やがて体を維持出来なくなって爆散した。
「ぉ、逝ったな?」
「やったー! 凄いですの!!」
俺の肩に座っていた白雪が、小さな手でパチパチと称賛を送る。
パンドラが大本を倒した事により、フィリスが足止めしていた雑魚も勝手に自壊して魔素に還る。
敵の気配が無くなった事を確認したフィリスは、安堵の息を吐いてからユグドラシルの枝でトンっと地面を叩く。すると、カスラナを囲んで居た土の壁が引っ込んで、何事も無かったように平地に戻る。
「アーク様、お待たせしました」
「いや、待ったって程でもないけど……」
フィリスが戻ってくるなり頭を下げる。
「マスター、終わりました」
転移みたいな速度で戻って来たパンドラが、魔晶石を俺に差し出す。
その手を優しく押し返す。
「それはお前達のもんだ。換金もお前達でやんな?」
「しかし、マスター宛ての依頼を私達が報告するのは、マスターの名前に傷がつくのでは?」
いや、そんなんどうでも良いけど……。傷付いて困る程、今の地位や肩書に愛着もねえしな?
そんな物より、パンドラとフィリスに正当な評価がされる事の方が俺には重要だ。俺が居る時は良いけど、前の時みたいに俺が何かの事情で一緒に居られなくなる事があるかもしれんからな? そん時に俺無しでも動きまわれる程度の地位と名声は2人に持って置いて欲しい。
「構わねえよ」
「そうですか」
と淡白な返事をして魔晶石を引っ込める。パンドラはともかく、フィリスは若干納得いってないって顔してるな…? まあ、無理にでも納得して貰おう。そもそも、戦ったのはお前達なんだから、むしろ当たり前だと思うんだが……。
そんな会話をしていると、カスラナの方からバタバタと誰かが走って来た。
「父様、誰か来ますわ」
「知ってる」
問題は誰かっつー事だが…。
あれ? 領主様だわ? そして後ろに領兵と冒険者がいっぱい。
「アーク君、無事か!?」
息を切らせて、額に汗する姿は領主らしくねえ姿だが、それだけ心配されて居たと思うとちょっと嬉しかったり……。
ただ、戦闘中に出て来られたら正直邪魔だったので、全部終わった後に来てくれてよかったです……ええ、本当に。まあ、出てきたくても、フィリスが土壁で町覆ってたから出て来れなかったんだけどね?
「ええ。大丈夫ですよ」
「魔物の群れが現れたと聞いて慌てて出て来たんだが……魔物はどこに?」
多分、前回引き籠って追い込まれたのを反省しての行動なのだろうが……いや、違うか。防壁がボロボロで引き籠る事が出来ないから、攻める以外に選択肢がなかったのか。何にしても、俺が出ている事は分かってたんだし、丸投げして大人しくしててくれれば良いのに……とは言え、自分の町を自分で護りたいって気持ちも分からんでもないが…。
「もう終わりましたよ?」
「え……?」
後ろの冒険者達も「え? マジで?」と口をあんぐりさせている。
そうでしょう、そうでしょう。前回の2時間くらいかかった戦闘を考えれば、敵が現れて、ものの10分で片付いたなんて冗談のようでしょう?
「……流石クイーン級冒険者、と褒めるところかな?」
「いえ。今回戦ったのは俺じゃないですよ?」
「え?」
「倒したのは、ウチの女性陣です」
と魔晶石を持って突っ立ているパンドラと、隣で俺に対しては絶対に見せない仏頂面をしているフィリスを指さす。
「……相手は影の指揮者……クイーン級の魔物だったのだろう? それを彼女等が?」
「ええ」
俺が冗談を言ったと思ったのか、領主様が連れて来た者達が少し笑っている。ただ、笑いが引き攣っているのを見ると、本気で笑っているのではなく、俺の話が信じられなくて笑っているだけだろう。
「マジッすよ? 今のうちにコイツ等と顔繋いで置いた方が良いと思いますよ、そのうちクイーン級に昇級するかもしれないですから」
全員がギョッとしたのに、ちょっと面白くて吹き出しそうになってしまった。
っつか、フィリスまでギョッとしてんじゃねえか!? パンドラは流石に無表情だが、無言のままジッと俺の顔を見つめている。
「彼女等は、君がそれ程評価する実力者なのか!?」
「そりゃもう」
俺からの評価が嬉しかったのか、フィリスが顔を赤くして俯く。
「とりあえず町戻りましょうか? ここで立ち話しててもしょうがないですし」
「うむ。もっともだな?」
俺達の話を待っている面々に視線で合図を送り、領主様と並んでカスラナに向かって歩き出す。
「それにしても、つくづく君には驚かされてばかりだな? いやいや、責めているんじゃない。むしろこんな驚きなら歓迎だがね」
「はぁ……なんかお騒がせしているようでスンマセン」
口先だけで謝りながら、道端に生えていた青い花弁の小さな花を白雪に渡す。
「わーい!」
大はしゃぎで受け取って、嬉しそうに匂いを嗅ぐ。見かけは変わっても、花好きなところだけは全く変わらんな? 流石妖精。
……っと、立ち去る前にもう一仕事しとかねえとな?
皆に気付かれないように、自然体で足を動かしながら首から提げている神器のスキルを起動する。
【魔素吸奪】で半径3kmの魔素を指輪の中に吸う。………って、余裕で吸いこんでるな? ルディエの地下でも散々吸ったくせにまだまだ吸い込めるのかよ……? 何この無尽蔵感?
でも、これで影の指揮者とその手下を形作って居た魔素は全部消えた。っつうか、魔素自体が無くなったから、暫くルディエ周辺で新しく魔物が生まれる事はない。
………魔素が無くなったら【魔素感知】で何も見えねえや……。ま、良いけど。