10-23 新しい力
「クイーン級の魔物を、私達がですか?」
「ああ」
自分でも若干無茶振りしたかな? とは思うが、同時にパンドラとフィリスがクイーン級に通用するかどうか試金石としては丁度良いとも思うんだよ。
影の指揮者は確かにクイーン級だが、問題になるのは奴が作り出す大量の雑魚だけだ。しかし、フィリス曰く“ユグドラシルの枝”が広範囲殲滅に適しているそうなので、それがどの程度なのか見るには良い機会だ。
取り巻きの雑魚を排除出来たなら、残るのは個としてはさほど脅威でも無い影の指揮者だけ。多少強いと言っても、神器を持っているパンドラなら1対1で何とかなるレベルだろうと俺は見積もっている。
それに、そもそもの話として、影の指揮者は夜とも呼べないこの時間なら、大した力も出せないだろうしね。
「お前達の新しい力も確認しておきたいしな」
「大丈夫でしょうか?」
「ダメそうなら俺が手を出すし、とりあえず頑張ってみてくれ」
「はい」「お任せ下さい!」
前に出る2人の背中を見送る。
「父様、パンドラさん達は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だろ」
少なくても、俺は大して心配してないけど。
白雪が心配そうに見つめる先で、パンドラが右手に神器を、左手に銃を握る。一方フィリスは、有る程度俺達から離れた所で立ち止まりユグドラシルの枝を構える。
「始めるぞ」
「はい。どうぞ」
2人の事務的な短い会話が終わると、フィリスが大きくワンドを振り被る。
「“吹き荒れろ”!!」
ユグドラシルの枝が振られると、風が歪む―――。
空気が渦巻いて、目の前の魔物の群れに襲いかかる。
砂埃が巻き上がり、周囲に転がっていた石や木片が風に呑まれる。凄まじい風力に押されて、巻き上がった石が魔物を撃つ弾丸となり、木片が敵を貫く刃に変じる。
凶悪な、文字通り風の速度で襲いかかる凶器。
高速の小石が頭にヒットして弾け飛ぶ魔物。小枝に体を貫かれて四散する魔物。風に吹き飛ばされて地面に叩きつけられ死ぬ魔物。
食い荒らすように魔物の間を暴れ回る風―――。
「“焼き尽くせ”!!」
もう1度振るわれるワンド。
そして―――魔物を呑み込む真っ赤な業火。
吹き荒れていた風に、炎が絡まり、煽られ、大きく、鋭く、そして激しく燃え上がる。真っ黒だった視界が赤く塗り替えられて、炎のカーテンの向こう側で何十、何百、何千という数の魔物が魔素を飛び散らせる。
「うぁ…フィリスの奴、凄ぇな」
大暴れつったって限度があんだろうがよ…。
「父様! 父様、なんですのアレ!? とってもビックリですの!!」
「ホントにな…」
フィリスから枝の説明は聞いていたけど、凄まじいな…?
あの風も炎も、魔法じゃない……らしい。そして、俺のスキルでの炎とも違う。
ユグドラシルの枝は“自然を操る”力を持ってるんだそうだ。
地、水、炎、風、あらゆる自然に存在する力を我が物とする。フィリスの手の中にあるボロっちい古木のワンドは、“そういう”物らしい。
魔法じゃないから魔力の消費はない。ディレイもない。魔法防御にも引っ掛からない。まあ、とは言っても威力の調節がクソ程難しくて、100を95くらいに抑えるのがやっとらしい。つまり、広範囲をバカスカ爆撃するのは得意だが、ピンポイントを狙うような事は苦手って事らしい。ま、元々フィリスは広範囲魔法を得意とするし、そう言う意味では噛み合わせは良いのかもね。
にしても、何のリスクも無しにアレだけの力を振り回せるって、すんごいチート武器だな…。ドラゴンゾンビの件でも使われずに居たってのも頷けるヤバさだ……。まあ、あのワンドでエグゼルドを倒せたかどうかは、また別の話だが。
ゴリッと数の減らされた魔物の群れが動く。
カスラナを覆っていた囲みが一気に小さくなる。
…っと、呑気に構えてる場合じゃないかな? カスラナは防壁を前回の騒ぎで半壊させられてるし、この数が雪崩れ込んだらひとたまりもねえぞ!
魔物の接近より早く、カスラナを護る炎の壁を―――……しかし、炎を捻り出す前に動きが止まる。行動を迷った訳でも、体に異常があった訳でもない。
ただ気付いただけだ。フィリスの次の一手に…。
「“隆起しろ”!」
地響き―――。
カスラナの周囲10mの地面が盛り上がり、高い高い壁となって魔物の侵攻を止める。
おおぅ…超上手い。マジで俺の出る幕ねえな?
一方前方の魔物はほぼ全滅状態―――だが、大きな魔素の塊が1つ残っている。クイーン級の魔物、影の指揮者。
見間違える事の無い棒人間のような見た目。全く強そうには見えない魔物だが、能力的には間違いなく一般人の絶対的脅威であるクイーン級の魔物。
ユグドラシルの枝の攻撃でも仕留め切れなかったのか。
そう言えば、前にエンカウントした時はまともに戦闘せずにチンパンジーに喰われたから、耐久力や防御能力はまったく確認出来なかったんだよなあ。以外と防御性能は高いのかな?
いや、相手にダメージが少ない……と言うか少な過ぎる。全属性耐性でも持ってるんじゃねえか? だとすると、フィリスの魔法も枝の自然操作でも潰し切れねえぞ。
……つっても、フィリスは元から雑魚散らしに徹してるっぽいな? だって―――
「行きます」
家のメイドが、距離を詰めに走りだしている。
周囲から集まって来る魔物の群れ…
「“降り注げ”!」
それを、天から落ちる雷が遮る。
「止まるな!」
「元から止まるつもりはありません」
重量級の体重でパンドラが走る。
影の指揮者が近付いて来る敵に気付いて反応。退くか、迎え撃つか、兵士に紛れるか、判断に迷う。
そんな美味しい隙を、パンドラは見逃さない。
走りながら、左手の銃から魔弾が放たれる。
影の指揮者の背後の地面に炎弾が、右横の木に雷がヒット。外したんじゃない、相手の逃げ道を潰したんだ。それを受けて、逃げる選択肢を捨てて前に出る。
お互いに近付く。
パンドラが魔弾で牽制し、影の指揮者がそれを煩わしそうに受ける。だが、ダメージの通りが極端に悪い。やっぱり属性効果じゃ倒し切れないぞアイツ。
お前の火力じゃ、影の指揮者は物理で殴り殺すしかねえぞ。どうすんだパンドラ? 相手がクイーン級の中じゃ戦闘能力低いって言っても、決してお前の能力で楽勝な相手じゃねえぜ? 正面きっての殴り合いじゃ、圧倒的にお前が不利だ。
出し惜しむな! 全力でいけ!
「【タイムキーパー】」
パンドラがポツリと呟くと、その姿がブレる。
軽く足を踏み出しているように見えるが、動きが―――加速する。
速度の桁が変わる。ギアがいきなりトップに入る。
――― 一瞬
開いていた距離が、僅か一瞬で詰まる。
接近戦。
影の指揮者が、目の前に現れたパンドラに蹴りを放つ。
空気を切り裂く様なその蹴りを、パンドラは肉体の速度に任せて避ける。いや、それだけじゃない! 蹴りの下を潜りながら、スカーレットでその足を切りつける。
足から魔素が飛び散り、痛みから1度距離をとって立て直そうとする。
「逃がしません」
パンドラがスカートを翻し、間合いが再び詰まる。
接近を嫌って、拳を振るおうとするが―――パンドラがそれを許さない。
魔弾が振りに入った拳に当たり、拳の軌道を曲げて威力を殺す。
加速しているパンドラとでは、スピードが違い過ぎる。相手が行動1つやる間に、パンドラは行動2つ終わらせている。
パンドラの奴……神器の力、キッチリ使いこなしてんじゃねえの。