10-22 カスラナの危機
「待たせてしまってすまないね?」
領主宅の庭で待つ事30分程。戻って来た領主様の第一声がこれだった。
家の中に改めて案内されて、前来た時に通された応接間で話を再開。
「改めて、良く来てくれた」
俺から順にパンドラ、フィリス、白雪を見る。
「いえ、こちらこそ来るのが遅くなってすいません。ちょっとプライベートがゴタゴタしてまして…」
「いや、事が起こる前に来てくれたのだから、それで十分だよ」
執事の男がタイミングを測ったように茶を配る。
「どうも。それで、クイーン級の俺を呼んだって事は、何か起こったんですか?」
「正確には、何か起こりそう…だな」
クイーン級への依頼で、いずれ何かが起こりそうって事は……近場で上級の魔物の姿が確認されたとかそんな感じか?
話に興味が有るのか無いのかいまいち不明なパンドラとフィリスは、無遠慮に茶をすする。
「また影の指揮者でも出ました?」
とか場を和ます冗談を交えてみたり。
「うむ。流石クイーン級、すでに気付いていたか」
「え……?」
嘘!? マジで大当たりなの!?
なんなの今日!? 皇帝もどきのゴーストと言い、リベンジモンスターの日なの!?
「先日、大森林を通って来た商人達が森の中で魔物の大軍を見たと言うんだ。しかし、その報告を受けてギルドに調査を依頼したが、森の中に異常は無かった」
「前の時とまったく同じですね?」
「ああ、もしやとは思ったが……前の時の様な愚は犯すまいと早々に君に依頼を出させて貰った」
クイーン級の魔物が近くに潜んでいる可能性を見て、変に体裁や金銭を気にせず俺を呼んだのだ良い判断だと思う。
影の指揮者自身は大したこと無いが、奴の生み出す魔物は量に物を言わせる上に、夜が深くなるにつれて強化されるからな。それなりの数を揃えられると、もうどうしようもない。
「つまり、町に被害が出る前にちゃちゃっと排除して来いってのが、今回の依頼ですか?」
「うむ。森での目撃情報から時間が経っているのでな? そろそろ危険ではないかと気を揉んで居たんだ。丁度良い時に来てくれたよ」
「そう言う事なら、今夜にでも森に行ってみますよ」
俺の今までの経験から言うと、俺が来た丁度いいタイミングで魔物が何かやらかそうとするんだから、どうせ今回も今日か明日辺りに起きるに決まってんだよ。何が嫌って、そう言う事を無意識に読めてしまえる自分が嫌だわ……。
「おお、そうか! 前回も君達に救われたのでな、領民たち共々是非当てにさせて貰うよ」
「クイーン級として、貰う金額分のお仕事はしますよ」
出された紅茶を飲んで一息つく。
とりあえずどこかで飯食ったら森に行ってみるか。前の調査の時の様に敵が隠れて姿を見せないかもしれないが、あの時とは違って今の俺には【魔素感知】が有る。相手が隠蔽能力に特化でもしていない限りは発見できる自信が有る。いざとなればゴールドの鼻やサファイヤの探知力を当てにしても良いしな?
ふと、やたら静かにしているルリに目が行く。
憎悪のこもった目を向けて来る事も無く、赤い顔をしながらチラチラと俺の事を見て来る。何か言いたい事があるのかと視線を合わせると、パッとそっぽを向いて暫くするとまたチラチラと見て来る。
何? 何なのその恋する乙女みたいな反応? そんなルリを見て横の2人が妙に殺気立ってるし……早くこの場を脱出したい…。
「うむ、期待しているよ」
「それでは、日が暮れないうちに色々準備しておきたいので、俺達はこれで失礼します」
「そうか? よければ食事でも一緒したかったのだが?」
「ありがとうございます。大変魅力的な話ですけど、ギルドの方にも早く話しを通して置かないといけないので、お気持ちだけいただきます」
貴族の御誘いを断るなんて、短気な相手なら首を刎ねられかねない事案だが……そこは、まあクイーン級の特権って事で見逃して貰おう。
俺が立ち上がっても、未だに殺気を放ち続けている横の2人の手を引いて立ち上がらせる。
「ほら、睨んでないで行くぞ」
「はい」「は、はい!」
なんだろう…2人のテンションが上がった? っつか、パンドラはともかくフィリスの手むっさ熱いんだけど? コッチの手が汗ばんで、嫌な顔されないかちょっと心配してしまう。
「あっ……」
そのまま2人を引っ張って部屋をあとにしようとすると、ルリが何か言おうとした。
「ん? 何……ですか?」
一応領主の娘だからねぇ。領主様の前では敬語使っておかないと……。
「……別に、何でもないわよ!」
「はあ、そうですか? それでは、我々はこれで失礼します」
扉を閉めると、中から「ダメ! 私やっぱり素直になれない!」「ルリ様、お気を確かに」と言う会話が聞こえた気がしたが、まあ多分俺には関係ない話しなので、大人の礼儀としてスルーしておく。
領主宅を出ると、その足でギルドに向かい依頼の受注と、森での調査での話を聞く。しかし、目新しい情報はなかった。まあ、大して期待していた訳じゃないから別に良いんだが、前の時と状況が同じ過ぎてギルドに詰めていた冒険者達も不安そうにしていた。
「さーて、陽が落ち始めたしさっさと飯食っちまおうぜ」
鈍くさしてると、本格的に夜になる。
本当に森に影の指揮者が居るのなら、闇の中は奴のテリトリーだ。多少能力が強化されても問題無く倒せる自信はあるが、要らんリスクを負う理由もない。
「ん?」
「マスター?」「アーク様?」「父様?」
空気に乗って、変な魔素が流れて来たのが視えた。
あ……コレは……うん、ダメな奴だな。
「どうかなさったのですか?」
「まーた、飯食う時間無かったし………仕方ねえ、先にお仕事を済ませよう」
「アーク様、それは…どう言う?」
「どう言うって………」
――― 町中に響き渡る、五月蠅いくらいの警鐘
「こう言う事だよ。行こう」
警鐘を聞いた町の住人が、全開の恐怖の再来を予感して慌てて表に出てくる。中央通りは、あっと言う間に人の波に呑まれた。何人かは、俺とパンドラの顔を見て安心して家の中に戻って行ったが、その他の人達は阿鼻叫喚の大騒ぎだった。
あ~あ、やっぱり見計らったかのようなタイミングで来やがったよ……もう、メンドクセ……。
歩いて行こうにも、人の波を掻き分けて進むのは流石に勘弁してほしいなあ。手っ取り早く転移で飛ぶか?
「転移で門まで飛ぶ。捕まってろ」
フィリスがおずおずと俺の手を握り、パンドラがギューっと俺に引っ付いて来る。
「………パンドラ、近い」
「転移面積は狭い方が、マスターへの負担が小さくなると判断しました。お気になさらないで下さい」
いや、するだろ? 反対の手を握ってるフィリスがむっちゃ睨んでるし…。
まあ、いいや。さっさと転移しよう。
パッと移動。
門の前は大通り以上の大騒ぎで―――って、前の時と本当に同じ展開だな。
門の外を見ると……夕闇に照らされて、遠くに黒い靄を纏った魔物の大軍が見えた。
わーお、本当に同じ展開で笑え過ぎ。俺の腹筋を殺す気かコノヤロー。
さてさて…このまま魔物の群れに突っ込んで行っても良いけど、その前に、この場を少しは落ち着かせるか。
命一杯の力で、地面に足を踏み下ろす。ドンっと地響きのような音と、小さな振動が辺りに広がって、周囲の騒ぎが一瞬止まって俺に注目が集まる。
「皆、大丈夫だから落ち着いて」
いつも通りの、不安も焦りも無い落ち着いた声で言うと、青褪めていた皆の表情が少しだけ和らぐ。
「アークさん…!」「戻ってらっしゃってたのね」「なんだ、慌てる事なかったじゃないか」「アークの旦那が居るなら、俺等がバタバタする必要なかったな?」「だな…戻って飲み直すか」「おおお、英雄がまた町を救って下さるのか…!」
おし、ここに居る連中だけだけど落ち付いた。
一部だけでも冷静になってくれれば、あとは他の場所の騒ぎも連鎖的に収まって行ってくれんだろ?
ま、その前に討伐し終わっちまうかもだけど。
見張り台の上の衛兵に軽く手を振って「あとヨロシク」とこの場の収集を頼み、俺達は門の外に出る。
背後から「頑張って下され!」「応援してます!」「……手は出さないけど、心は一緒に戦ってますから!」「派手な炎術期待してます!」と無責任な声が飛んでくる。
トコトコ歩く先には、視界を覆い尽くす黒い影。残り少ない陽の光に抗うように、密集して黒い塊になっている。
「結構多いなぁ」
「およそ1万5000匹です」
前回よりも軽く少ないか。つっても、これだけウジャウジャしてると、5000って数でさえ誤差に思えてくるから不思議だ。
「おーし、腹も減ったしパパっと終わらそう」
【魔素感知】【熱感知】を全開にして、カスラナを囲む魔物全てを射程に捉える。
「【告死の魔眼】」
瞳の奥で赤い光が躍―――…あれ?
視界の魔物も、感知能力で捉えている魔物もまったく変化無し。
俺の魔眼は必殺って訳じゃねえけど、取り巻きの雑魚程度なら殺せると思ったんだけどな? 流石に生身の状態でクイーン級レベルまで仕留められるとは思ってなかったけど、ちょっとショック……。
「マスターのその能力は、効かないのでは?」
「え? なんで?」
「マスターの眼球の能力は、相手の心臓、及び核となる魔石に作用する能力との説明でしたので」
「ああ、そっか。アイツ等が影の指揮者の生み出した雑魚だとすると、アレは全部“魔石無し”なのか」
「はい。ですので効く効かない以前に、能力の対象として捉えられないのではないでしょうか?」
なるほど。言われてみればごもっとも。
しょうがねえ……炎ばら撒いてチマチマ始末して行くか。
ヴァーミリオンに手をかけたところで、ふと思いつく。
試すには丁度いい機会じゃないか? 振り返って、俺を見守っていた2人に視線をやる。
「何か?」「どうかしましたか?」
「あれ、お前達で倒してみるか?」