10-20 一息ついて
「疲れた…」
転移を終えた俺は、安堵の息を漏らす。
ルディエでの仕事はしんどかった…。いや、戦い自体はそれ程の物じゃなかったんだが、問題があったのはその後だ。周りが俺の事をやたらと持ち上げるものだから、団長さんと姫様が是非王様に自身の口から報告して欲しいと言って来た。「死んでも嫌です」とは流石に言えず、「次の依頼があって急いでますから」と誤魔化して、ダッシュでギルドに報告を出して、転移係のお姉さんを急かしてルディエを離れた。そのせいで、先代の墓参り行き損ねたんだよなぁ……。
その後も、淡々と2つのクイーン級指定の依頼を済ませて、ようやくグラムシェルドに戻って来た。
時刻は…PM4:00くらいかな? まだ日が高い。今日最後の依頼にも、これなら間に合いそうだ。
「アークさん、お疲れ様でした」
隣に立っていた少し歳食ったおば……お姉さんが労いの言葉をかけてくれた。
この人は、2人目の転移係だ。お兄さんの方はルディエでダウンしてしまったので、そこからはこのお姉さんが俺の足になってくれていたのだ。
「いえ、そちらこそお疲れ様です」
「いえいえ。クイーン級冒険者の戦いぶりを近くで見れたんです、疲れなんてどこかに吹き飛びましたよ!」
「はぁ…」
自分が人外な能力を振り回している事は自覚しているが、そこまで騒がれるとそれはそれでちょっと泣きたい気分になる。
「父様、お疲れなんですの?」
肩に腰かけていた白雪が、心配そうな声を出しながら頬に触れて来る。
「いや、別に、全然」
精神的な疲れは感じているが、肉体的には全然疲れていない。戦闘を何度もしたって言っても全力戦闘は1度もないし、気分的には軽くじゃれた程度の戦闘しかしていない。
心配してくれたお礼に頭を撫でる。
嬉しそうに笑う白雪の姿を見て、転移のお姉さんが微笑ましい物を見る優しい目を向けていた。何やら可愛い物好きらしく、出会った瞬間から白雪にキャーキャー言ってたからなぁ…。
ま、それはともかく、さっさとギルドに向かおう。パンドラとフィリスが、もう待ってるかもしれないしな。
クイーン級のクラスシンボルと、肩に妖精を乗せて大通りを歩くとえらい騒がれるから、あえて裏道を選んでギルドを目指す。グラムシェルドの土地勘はないが、まあ、適当に歩いたって辿り着くもんだ……多分。
3度行き止まりに捕まって、白雪とお姉さんからむっちゃ白い目を向けられた。いや、仕方無いですやん? 土地勘ねえし、この街地味に裏道が入り組んでるし…。決して俺が方向音痴な訳じゃねえからな?
なんとかギルドの在る通りに辿り着くと、ギルドの前に人だかりが出来ていた。
「なんじゃこりゃ?」
「わかりません」「ですわ」
様子を見ていると、どうやら人垣の向こう側に誰か…もしくは何かが居るらしく、それを目当てに芸能レポーターの如く人が集まったらしい。………いや、まあ、何が居るのかは感知能力持ってる俺には分かってるんですけどね…?
この人だかりは通行の邪魔になるか。人払いの意味で、輪の中心に居る奴を呼ぶ。
「ゴールド」
すると「ガゥ!」と元気な声が返って来て、大きな赤毛の狼が軽々と人垣を越えてストンっと俺の前に飛んで来た。
そう…皆に囲まれて居たのはコイツだ。
凶暴そうな大きな魔獣が、ギルドの前で丸くなって眠っているのが珍しかったらしい。恐いもの知らずが興味本位で体を撫でたりしていたようだが、ゴールドは別にその程度の事で怒ったりはしない。相手が俺の敵でないのなら襲いかかるような事もないので、されるがままだった。それで街の人間達の警戒も薄れたようで、こうして人が集まった…と言う事情と思われる。
俺のお腹にスリスリと鼻先を擦り付けて甘えてくるゴールドを撫でていると、白雪がパタパタと降りて来て一緒に撫で始めた。
「クイーン級のクラスシンボル!?」「アークの旦那っ!?」「え? え? あの魔獣ってクイーン級の使い魔なの!?」「妖精さん可愛い…」「あの小さい子が、この国最強の冒険者か…」
「パンドラとフィリスはギルドの中か?」
「クゥン」
どうやらそうらしい。いや、流石に狼語は解らんが、多分そうだろう。コイツがギルドの外に居たって事はそれ以外にないだろう。
「護衛役ご苦労さん。白雪、ゴールド戻すから離れてな」
「はーい」
名残惜しそうにゴールドの耳を撫でていた白雪が離れると、最後にワシャワシャ顔を撫でてから俺の体の中に戻す。
「またヨロシクな」
炎となって四散したゴールドを見て、周りの人間がどよめく。いちいち説明する気もないので、集まっていた人達を置き去りにしてギルドに入る。
「マスター」「アーク様!」
俺が探すまでも無く、隅のテーブルでお茶を飲んで居た2人が駆けて来た。
「お帰りなさいませ」
「おお、ただいま。そっちはどうだったよ?」
パンドラの綺麗なお辞儀に出迎えられながら、軽くお互いの情報交換をしておく。
「はい。滞りなく依頼を終了しました」
「そうか。コッチもクイーン級指定の依頼を5つこなして来た」
自分達が依頼1つ終わらせる間に、俺が依頼を5つ終わらせた事に妙に尊敬の眼差しを向けられた…特にフィリス。別に転移で移動時間短縮してたからってだけだと思うんだが…。
「お疲れ様ですアーク様」
「疲れる程の事はしてねーけどな? そっちはもう依頼の報告終わったんだろ?」
「はい」「ええ」
と、それぞれクラスシンボルを取り出す……あれ? ナイトの駒が黒くなってる?
「もしかして昇級した?」
「はい。討伐依頼のルーク級の魔物が予想外に大量でしたので、その換金ポイントと依頼難度で昇級できたようです」
「大量にって……何匹よ?」
「13匹です」
ルーク級13匹って……下手なクイーン級を相手にするよりヤバくない?
2人の姿を改めて上から下まで確認するが、怪我らしい物は1つも無い。それどころか服の破れも無い。
俺にジロジロ見られてフィリスが若干顔を赤くして、パンドラは……ノーリアクションの平常運転だった。
「……無事、だったんだよな?」
見て分かるが、一応確認して置く。
「「はい」」
マジか。ルーク級13匹を無傷で討伐出来るなら、普通にクイーン級も倒せるんじゃねこの2人?
「父様、次に急がなくて良いんですの?」
「おっと、そうだった」
白雪に言われて、次の依頼がある事を思い出す。
「お急ぎなのですか?」
「分刻みのスケジュールって訳じゃないけど、陽が落ちる前に来てくれって依頼人からのご要望でね。これが今日最後の依頼だ」
今日受けた依頼は6つ。ギルドに来ているクイーン級指定の依頼は他にもあるのだが、比較的緊急性の高い物を見繕った結果が今日の6つの依頼だ。
そして、今日最後の依頼場所に移動する為に、転移係のおば…姉さんに着いて来て貰っているのだ。
「移動する前に魔石の換金して来るわ」
「出先でなさらなかったのですか?」
「いや、しようと思ったんだけどさ? ほら、今手元にキング級の魔晶石が3つもあるじゃん? 本部じゃなきゃ換金できないから、本部でやってくれって支部の人に泣かれてさ…」
キング級の魔晶石はその等級の魔物が居た証明であり、管理も浄化も他の魔石や魔晶石とは扱いが別物らしい。まあ、キング級の魔晶石に何かあって、魔物復活なんて事になったら世界規模の危機だしねえ…。
それに、もっと単純な話として、キング級の魔晶石は換金額が莫大だ。支部だとその金額を用意するにも一苦労らしい。
「さっさと済ませて移動しよう」
「最後は行き先はどこなのですか?」
「―――カスラナ」
俺とパンドラが2万匹の魔物を相手に大立ち回りした町。
そして、リアナさん……ロイド君のお姉さんの居る町。姉に会って、心の奥で弱っているロイド君が元気出してくれると良いんだが……。
そんな小さな期待を胸に抱きながら受付に巨大な魔晶石を3つ差し出すと、白眼を剥いて気絶されて、結局グラムシェルドを離れたのは40分後だった。